アースジャンキーたちの、限りなく自由なあの世生活

ぴったりゼロ

第1話 アースジャンキーの大学生活


「もう少しマトモなモノを見せて頂かないと…コレじゃあ集まった意味がないですよね。」


 あの温厚なテレビ局員のプロデューサーがキレていた。会議室にいる30人がオレを見て残念そうな顔をする。そう、全てオレのせいだ。制作会社の社長が顔を真っ赤にしていた。

 

 フリーランスで番組ディレクターをしているオレは、数ヶ月前から周囲には内密に〈番組のかけ持ち〉数を3つに増やしていた。妻の買い物依存で借金が出来た為だ。家庭の為とかなり無理をした結果、睡眠を極限まで減らして仕事をしている。

 

 今日は電車で寝落ちして局プレビューに30分遅刻したうえ、間に合っていない完成度50%のサイテーなVTRを発表した。ここ数ヶ月いろんな現場で〈やっちゃいけないタイプ〉のミスが続いていた。まさに地獄だ。多分次で番組は降ろされるだろう。


(明日からまた別番組を探さなくてはいけない、ツテの残りももう無いが、どうしたものか…とりあえず3時間だけ寝よう。)


…そう思いながら、ストレス太りの中年のオッサンはネットカフェの座敷で48時間ぶりのまともな眠りについた。



♢ 


「ガハッ!ハァハァハァ、強烈だな〜死ぬかと思った。」


〈アース世界〉につながるターミナルプールの一つで、オレは水に浸かった顔の部分を引き上げた。専用のフェイスマスクから水がしたたり、直ぐに霧散してなくなっていく。

 

(コレはマジでヤバいな。刺激が強すぎる。イタ気持ちいいのが強すぎるんだよ!)


 思わずニヤけてしまう口元を手で隠すオレの名前は〈ダダ〉。大学4年の春を迎えている。


オレたちのクラスで最近取り組んでいる〈アース最大深度実習〉は〈アース世界〉で人生の最も不遇でネガティブな3年間を体験するという〈短期集中講座〉だ。


 正直なはなし、オレはこの実習で〈快感〉を感じ初めてしまっている自分に気がついた。

 学びの喜びとは違う、純粋な〈快感〉。

 ネガティブなコントラスト体験を快感として感じてしまっている自分…


 (こんな事、誰にも言えない。)


〈変態性〉に目覚めてしまったのだ。


〈アース〉の中への強烈な没入感。〈アースの中〉で生きているという実感。

 負荷がかかるほど、アドレナリンがドバドバ吹き出す。

 オレはすっかり興奮しサバイバルモードになった〈アース〉の自我に同調し、コントロール不能になるほどの〈振り切った感情的反応〉を体験する。

 どうやら魂であるオレは、それを〈快感〉として捉えるようだ。


 こういう〈変態性〉をもつコンを〈アースジャンキー〉というらしい。誰にもバレないようにしないといけない。


 そんなオレをよそに、隣のブースはずいぶんと真剣に取り組んでいるようだ。


 〈アース〉にダイブ中のクラスメイトを取り囲む存在が5つ。気分調節機器を手早く操作している。

 このターミナルの〈ガイド職員〉である天使様が、せわしなく指示を飛ばす。


「そこのアニマルスピリットさんは〈孔雀〉かしら?もっとエナジーを多めに出して下さい。彼女ががもっと高価な洋服を欲しがるようにしなければならないの。特に〈外見の意識の高さと優越感〉の出し惜しみは厳禁です。買い物の抵抗をなくす為〈自由に羽ばたく気持ち〉も入れて見ましょう。」


 タスク達成の為、ちゅうちょは出来ない。


「〈指導霊〉のみなさんは、〈孔雀〉の出したモノを片っ端から〈表層意識〉に注入するのよ。それと〈深層意識〉にある〈不安〉を全てリストアップしてメモリが8になるまで刺激してください。満たされた気分になるのは、買い物時限定よ。」


 〈ガイドスピリット〉の皆さんは、日々、生徒たちが考えたタスクをこなす為の手伝いをしてくれている。〈アース〉世界へダイブする事で生徒たちは〈徳〉を積み、〈ガイド〉のみなさんも手伝う事で〈徳〉を積む…いわゆるウィンウィンの関係だ。



 ターミナル脇のエディットルームでは、ダイブ明けの2つのコンが並んで〈アースの記憶〉の編集作業をしていた。


 今日体験したなかのネガティブな記憶をピックアップし脚色、トラウマとして整理保存する事で、〈アース世界〉のオレたちは後に記憶を何度も繰り返し自動再生する事が出来るようになる。そしてそれは〈絶望〉や〈後悔〉や〈自己否定〉などを促す材料になるので、今の時期は特に大事な作業なのだが、今回は何しろ量が多い。

 〈アース〉のオレがほとんど寝ていないからだ。

 さらに、次のダイブまで時間は残りわずかなので、ちょっと悲壮感を漂わせてしまっている。


「ダダくん、さっきの3ヶ月はかなりキツそうだったわね。なんだか私、買い物を楽しんでばかりで申し訳ないわ。」


彼女はパートナーでクラスメイトの〈ニニさん〉だ。〈アース〉ではオレの奥さんをやってもらっている。どうやら気を使わせてしまったようだ。


 「いやいや、そこはお互い様でしょ。コレから〈離婚シークエンス〉もあるし、ニニさんものんびりしてらんないよ。」


 〈アース世界〉で一年後、オレは無職となっていて彼女に暴力をふるい離婚する予定だ。

 その時の〈自殺未済シーケンス〉で、講座の最終目標である〈最大深度の負荷〉状態を体験する。


オレが通っている【アースコン立大学】は、文字通り〈アース世界〉を人類の立場から学ぶ為の大学で、生徒数は1億魂コン

 卒業までに〈アース内で覚醒〉する事を目指す特殊な大学だ。

 ちなみに入学試験なんて〈アース〉チックなものはもちろん無い。自動的に初めからそうなると決まってるものだ。決めたのはオレがオレである前のオレなので、理由は一生わからないモノだし、そもそも考える意味もない。


 進学しないこんは、とっとと上位世界へ方向性を定めて旅立っていく者もあれば、そのまま〈アース世界の人生〉を繰り返し体験し続ける者もいる。


 こんとしての一生もそれぞれなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る