第2話 忘れるモード

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「あなたはいつから働くつもりなの?いい加減にしてもらわないと…」


妻はオレを気遣う様子もなく、侮蔑するように吐き捨てる。


「知るかよ!誰のせいでこうなったと思ってるんだ!全部おまえのせいじゃないか!」


「大きな声を出さないで!借金の事お母さんにバラしたあなたが悪いんじゃないの?」


 仕事を失って半年、何もする気が起きず、自宅に引きこもっているオレは、妻に対して膨れあがる怒りのコントロールを手放しそうになり、焦って家を出た。しばらく夜中の街を徘徊した後、ネットカフェに向かう。子供たちに夫婦げんかを見せるよりはましだ。


(積み上げてきたキャリアを全て失った。カードの返済期限があさってに迫っている。どうすればいい…無理だ。もう無理だ。上の娘はもうすぐ小学校にあがるというのに…)



「ブハッ!ハァハァハァ…きっくぅー」


〈アース〉とこちらを繋ぐターミナルプールから顔をあげたオレは、フェイスマスクの下で笑っていた。


(今回のは凄かった!なんだあの反応は、アレが怒りなのか、怒りはあんなにも激しくなるものなのか!どれだけのアドレナリンが出たのだろう…)


オレは〈快感の余韻〉に浸りながらも、ニニさんにバレないように、〈真顔に戻して〉マスクを外す。


「ダダくんのアバター、かなり怒ってたね。私のアバターコントロールが上達してるせいもあるのかなぁ?〈暴力シーケンス〉にうまく向かえてるみたいね。」


「〈オレの実家の件〉を持ち出してきた時は、ニニさんがコントロールしてたの?アレは結構効いたな。〈オレの地雷〉に設定してたワードを見事に言い切ってたね。ありがとう。」


「いいえ、向こうと繋がるパイプの設定を細くしただけだよー。あとは勝手に自我の私がうまく反応してくれた。ガイドの皆さまは専属になって長いからそのせいが大きいと思う。」


こんなに真面目に学ぶニニさんを横目に、オレは〈不謹慎な念〉が出そうになるのを必死でおさえていた。


(ニニさん、イヤな役をやってもらった挙句、オレ実はこっそり快感を感じてしまっているんだ。変態なオレでごめんよ。)



 うちの大学は2年から〈アース体験システム〉のオプションな〈忘れるモード〉が標準搭載となる。

 

 コントラスト体験を通して自分を知り、より多くの〈徳〉をつむ為のオプションとして開発されたものだ。


 〈ボディ〉と同調した直後から、自動的に同調した事も含めてそれ以前の自分を忘れるのだが…

 よほどの事がない限り、〈中〉で思い出す事は出来ない仕組みなので、切り離された自分が色々ネガティブな事とかを突然考え出したり、とても小さい事にこだわったりするなど、予想外の反応をする…という、オレにとっては見どころ満載の素晴らしい神オプションが〈忘れるモード〉なのだ。

 

3〜4歳のアバターボディから使い始めるこのオプションの恩恵は多岐にわたる。


 スリル満点なうえ、こっちに戻ってきた時の〈超ホットする感じ〉がたまらない。

 

 あの「あぁ夢で良かった」という安心感は〈忘れるモード〉ならではのとても魅力的なクセになる感情なのだ。

 

 最もたまらないのは独特の〈リアル感〉だ。 〈生と死〉に代表されるコントラストの数々。

 惑星という広大な場所で時に味わう〈孤独感〉〈不安感〉はかなり刺激が強く、〈忘れているからこそ〉のヒリヒリ感がたまらなくクセになるのだ。

 

(思えばあの頃から既にオレは〈アースジャンキー〉だったのかもしれないな…。)

 

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