第5話 となりのゲイバーのママンは〈天才エアギターリスト〉
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1人バイト先のラウンジを掃除していると、ドアが開く音が鳴る。
「すいませんまだ準備中… あれ、ママンさんか、おはようございます。」
「おこんばんわ♡今日もステージお借りしますわよ。」
開店前のエモエモパラダイス(エモパラ)にやってきたのは、となりにある老舗ゲイバーのママさんだ。
出会って最初の頃に「ママさん」と呼んだら
「私は〈ママ〉じゃありませんの。〈ママン〉ですのよ。ウチは〈アース〉のおフランス流の形式でやらしてもらってるお店なもんで、これからはそのようによろしくどーぞ。」
…とウインクらしき動きをして頂いた。
格式の高そうな流派でおそれ多いが、オレは尊敬の念を込めて〈ママンさん〉と呼ばせて頂いている。
日中は〈アース〉内にダイブして〈イタリアの軍人〉を体験しているそうだ。もちろん〈今は〉の話しだ。…で、夜は趣味でゲイバーというかショーパブを開いて楽しんでいる。
実はママンさん、ただの中年オカマじゃない。こう見えてスゴい魂だ。
エアーギター
今日も出勤前のリハーサルとコンディションチェックを兼ねて、うちの店のステージで一曲かまして行くようだ。
もちろんこの世界は全てがウィンウィンの関係なので頼む方もためらいはなく、好きな時に好きな事をするし、オレも良いものを鑑賞出来るのはありがたいのだ。
「客がいないステージだからこそ出来るエアープレイもあるものなのよ。」
と、酔ったママンさんから聞いた事がある。
〈まるでそこにギターがあるように〉弾く事と〈まるでそこに観客がいるように〉弾く事を同時にするのだ。並大抵の事ではない。
ママンさんは開店前のオフモードなのだろう。いつもの虎毛皮のロングコートで、ボディビジョンを隠している。
顔の部分には、中性的な男女の顔が次々と変化している様子が映し出されている。コレまで〈アース〉で体験した人格の顔がランダムにオートで映し出される設定だろう。
歩きながらコートのボタンを全て外し、ステージに上がると合図がくる。
「じゃあダダ君、よろしく。」
オレはピンスポット照明のスイッチをオンすると、ママンさんの表情にもスイッチが入る。
ニヤリとしながら〈誰もいないホールの〉観客たちを見回す。
「エブリバディ、セイ、ほーお!」
「……。」
「エブリバディ、セイ、いぇーえ!」
「……。」
しきりに手を耳をあて、レスポンスを求めるママンさん。
(いきなり〈あおり〉からかよ)
少し面倒だが、しかたがない。オレ1人でも客の役をこなそうとコールに答える。
「エブリバディ、セイ、ほっほっほ!」
「ほっほっほ!」
次第にママンさんのヴォルテージが上昇していき、乱暴にコートの前をはだけると、裸にビキニタイプのステージ衣装が露出する。ママンさんのお気に入り〈スワン2世〉だ。
ママンのステージ衣装は純白のビキニで、股間のところに純白のスズメの顔がついている。顔の両横に翼がはためいているカタチだ。スズメはクッション素材で立体的に造形され、先端に黄色いクチバシがついている。そのクチバシはギターの弦に見立てられ、ギターのピックでママンさんが弾くのだが、クチバシは弾かれると「チュン」と音が出る仕組みになっている。
ほんとうにこのスズメに生まれなくて良かったと思う。
「みんな今夜は集まってくれてありがとう!最高だぜ武道館!」
(ぶどうかんだったのか…)
「今日はそんなお前らに!私からのプレゼント…受け取ってください新曲〈デスパレード〉」
合図を聞いたオレは指定された〈いつもの〉曲を流す。〈アース〉の古いデスメタルの曲だ。
「ジャジャ〜ん」
と歪んだギターの音に合わせて、手元にあるクチバシを2回弾くと
「チュチュン」
股間から小さい音が出る。
ギターの音とスズメの鳴き声はほとんど同時、シンクロ率は95%を超えているだろう。
スズメの額に現れたゲージのメモリが大きく振れている。
(なるほど!スズメの鳴き声は〈シンクロ率〉の調整機能も兼ねているのか!さすがは元チャンピオンの衣装だ。)
そして、ここからがママンさんの真骨頂となる。
「じゃじゃじゃジャジャジャーン」
「(ちゅちゃちゅチュチュチュン)」
だんだんとフレーズのテンポが早くなっていくと、股間のスズメの目がまばゆいばかりにヒカリ始める。シンクロ率が100%に近づいている証拠だ。
ママンさんはギラギラした目を観客に向けながらオラオラ顔で、何か罵声にも聞こえる言葉をうわごとのように叫んでいる。
そして、曲が前奏の4小節を終える時、それは起こった。
スズメの目が強烈な赤い光に変わると、顔の周りから広がるように半透明のギターが発現したのだ。
そう!こちらの世界はシンクロ率(なりきり率)が100%という事があり得る世界なので、99%を超えると〈エアー〉がエアーでは無くなる。つまり本物のギターがうっすら実体化する。
彼女がイメージしたギターは、クリスタルのような角ばった反射の仕方をしながら液体のように波うつ〈V形〉のギターで、常に音に合わせて動きアメーバーのようなカタチに伸縮を繰り返していた。
「あぁ、美しい!スゴいです、ママンさん!」
おもわず叫ぶように念じるオレに、ママンさんがウインクを飛ばして来たので、オレは感謝と尊敬を込めてそれを受け入れる。
そもそも前奏の間の短時間でギターを実体化させる事が出来るのは、ほんのひと握りの天才プレイヤーだけだ。
ちなみにオレが〈イメージ〉を実体化させるまでに2時間はかかる。だからママンさんはすごい人なのだ。
…しかし、ボーカルパートが始まると〈顔芸〉の方に神経が行ってしまい、残念ながらギターは薄くなって消えてしまった。やはり全盛期を過ぎ年齢的にも厳しいようだ。
♢
リハを終えたママンさんは、毎回同じエモーションカクテルを飲んでテンションコントロールをしてから出勤する。
紫色の煙を出しているショートカクテルを小指を立てながら三口、しっかりと味わって飲み干す
「…きたきたきたきたキタキタキタキタ〜!」
ママンさんは目を閉じながら、ヴォルテージの上昇を確認していると、ふいに違和感を感じる。
「あれ?いつもと違うわ。何かしら…コレは〈怒り〉ね。何かをぶっ叩きたい気持ちよ。あぁ私は一切の納得が出来ないし、納得したくもないの。最高に許せないのよ!私の自由を奪う奴らを私は許せない。あぁ、この感じ、今日はひと味違ったステージになりそうね。」
ママンさんの瞳孔は真っ黒に大きく開ききっている
どうやら気に入ってくれたようだ。
(思った通りだ。おそらくママンさんも〈アースジャンキー〉のひとりなのだろう。ネガティブな感情に〈いい反応〉をしている。)
実はこの日オレは、いつものママンさんが飲む〈ゲイ魂の基本セット〉である〈モッキンバード〉のレシピに、〈社会に抗う若者の気持ち〉と〈革命の闘争と使命感〉というきわどい〈正義感系〉を加えてみたのだ。
ピックでバシバシされるスズメのクチバシを見て、なんとなく思い立ったのだが、思いのほかの高評価に感激する。
(ママンさんのプレイに影響を与える事ができるなんて、本当に素晴らしい。)
気をよくしたオレは、今まで気になっていて聞けなかった事を、勢いをかりて聞いてみる事にした。
「そういえば、ママンさんのその衣装って〈スワン2世〉なのになんでスズメなんですか?」
…少しの沈黙の後、ママンさんはタバコを揉み消しながらポツリと念じ始めた。
「そもそも私は〈アースの人生〉を10回近く体験してるんだけど、その全てを男性でも女性でもない〈中性〉で体験しているかなりレアケースなのよね。そんな私にとって〈股間〉は男性のそれでも女性のそれでもしっくりこなかった。その中間、もっとこう〈真ん中感〉が欲しかった。それでクチバシのある鳥がピッタリハマったわけ。」
なるほど!確かにそれなら納得だ。
「もちろん初めに作った〈スワン一世〉は白鳥だったのよ。でも白鳥って首が長いでしょ。私の激しいピックの動きに首の部分がついてこれなかったの。破壊してしまうのよ。ギターのイメージもろともね。」
ママンさんは2本目のタバコのケムリを吐き捨てるように続けた。
「それにね、白鳥って「クワーッ」て鳴くのよ。それってデスメタルには似合わないでしょ。」
ママンさんは少女のようにハニカミながら、股間のスズメのクチバシをデコピンして「チュン」と鳴らすと、愛おしそうに微笑んだ。
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