四季巫女家の【五】女は、氷の貴公子に融かされる

明治サブ🍆第27回スニーカー大賞金賞🍆🍆

第1話「生まれた瞬間から【要らない子】」

 取り上げられた瞬間から、は『要らない子』だった。


 代々四人の娘を生み、春神・夏神・秋神・冬神の巫女として仕えさせてきた名家シーズン家の五女として、あたしは生まれた。

 四番目が、双子だったのだ。

 取り上げられた順番だけで『五女』となったあたしは、仕えるべき神を持たず、まるで犬猫のように檻の中で育てられた。



   ◆   ◇   ◆   ◇



 春神に愛されし『花の長女ファースト・オブ・フラワーズ』、

 夏神の友『太陽の次女セカンド・オブ・サン』、

 秋神の忠実なるしもべ『実りの三女サード・オブ・ハーベスト』、

 そして、冬神に仕えるべく修行中の『雪の四女フォース・オブ・スノウ』。


 シーズン公爵家の美しき四姉妹は、今日も世間の注目を集める。

 四季神たちは四姉妹の祈りを通じて、治水・飢饉防止・天候安定・豊穣・魔物討伐など様々な加護を王国に与えている。

 四姉妹とシーズン公爵家は、まるで神そのもののように崇め奉られている。


 ……一方。

 この物語の主人公は仕えるべき神を持たず、『ただの五女フィフス』と名付けられた。

 フィフスは世間からその存在を秘匿され、冷たい屋根裏部屋で育てられてきた。

 愛を知らず、温かさを知らず、息を潜めて生きてきた。

 そんな彼女に転機が訪れたのは、18の時。



   ◆   ◇   ◆   ◇



「お前の嫁ぎ先が決まった。グレイシャ辺境伯家だ」


 笑顔の父――シーズン公爵が、に話しかけてきた。

 ある日、急に呼び出され、恐る恐る父の執務室に向かってみれば、開口一番これだった。


「グレイシャ辺境伯……」


 フィフスは、ガサガサな声で呟く。

 日頃、人と話す機会がないので、喋り慣れていないのだ。


 グレイシャ辺境伯領は、魔物で溢れる危険な地。

 そのグレイシャ家が、シーズン家の『末娘』を求めてきたのだという。

 グレイシャ家には、『婚約者が立て続けに十名近く、死亡するか大怪我を負った』という曰くが付いている。

 冷たい屋根裏部屋で暮らしているフィフスだが、メイドが掃除に使った後の新聞紙に目を通し、最低限の時事情報は身に付けていた。


 十数年振りに間近で見た父は、ひどく残虐な笑みを浮かべていた。

『ゴミのちょうど良い処分先が決まった』と、その顔に書いてある。

 フィフスはもう、18歳。

 さすがに婚約者も決めず、嫁がせもせずに放置しておくのは外聞が悪い、とこの父は考えたのだろう。


「グレイシャは軍務閥貴族の筆頭だ。

 戦争や魔物討伐しか能のない野蛮人どもめ。

 国を動かしているのは、我がシーズン家を中核とした内務閥だというのに、ヤツら、軍備増強のために予算を寄越せと国王陛下に上奏したのだ。

 その金は、我らのために使われるべきだというのに。

 そうは思わんか?」


「は、はい……」


「そこで、今回の婚姻だ。

 お前をグレイシャ家に嫁に出せば、グレイシャ家に借りを作ることができる。

 さらに、お前が魔物に襲われて死にでもすれば、『監督不行き届き』としてグレイシャ家を糾弾できよう」


「え……」


「グレイシャ家と家族になるつもりなど、ない。

 お前は行って、死んでこい。

 そうすれば、役立たずのお前でも、軍務閥に対するカードの1枚くらいにはなれるだろう」


「そ、そんな」


「何だ、文句でもあるのか?

 できそこないの娘め。

 お前は、今まで育ててやった恩を返すこともできないのか?」


「わ、は……いえ。このお話、喜んでお受けいたします」


 もとより、フィフスに拒否権などないのだ。


「よろしい。屍になるまで戻ってくるな」



   ◆   ◇   ◆   ◇



「聞いたわよ、名無しの妹さん」


 部屋から出ると、双子の姉フォース・オブ・スノウがニヤニヤと笑っていた。


「『氷の貴公子』に嫁ぐことが決まったんですって?

 何でも、人の心がないってくらいに冷酷な人だそうよ。

 魔物退治に無理やり同行させられた令嬢たちが、もう何人も、盾にされて死んだらしいわ。

 あたしの優しい婚約者とは大違い。

 でも、役立たずのアンタにはピッタリの婚約者よね。

 名誉なことよ。さっさと死んで、シーズン家のためになりなさい」


 フィフスは、卑屈に微笑んだ。


「っ、何よ、バカにして!」


 スノウがフィフスの頬をぶった。


「アンタは五女。出涸らしの五女。

 穀潰しのアンタなんて、さっさと死ねばいいんだわ」



   ◆   ◇   ◆   ◇



「アイス様……」


 実家で過ごす最後の日。

 冷たい屋根裏部屋で、フィフスは幼い頃に出逢った想い人『アイス』へ想いを馳せていた。

 家名は知らない。

 冷たい名前だが、温かな笑顔が特徴的な少年だったと記憶している。


 まだ4歳かそこらの頃の記憶。

 5歳になっていなかったのはだ。


 フィフスとて、政略結婚は貴族家令嬢の責務だと理解している。

 だが、誰かのものになってしまう前に、死ぬ前に、アイスに逢いたかった。



   ◆   ◇   ◆   ◇



 翌日、フィフスは馬車に乗せられ、グレイシャ領に向かった。

 同行者は御者1人。護衛はいない。

 公爵令嬢の嫁入りとはとても思えないほど、それはひどい待遇だった。

 その証拠に、馬車にはシーズン家の紋章すら描かれていない。

 むしろ、道中で魔物か盗賊にでも襲われて殺されることを期待しているかのようだった。

 父の言葉を思い出すに、事実そのとおりなのだろう。


 路銀はない。

 御者もまた自分の仕事の危うさを十分理解しているのか、道中一泊もせず、無理な速度で強行軍を図ったようだった。

 そのお陰と言うべきか、普通は2日掛かる旅程を1日で踏破した。

 もっとも、グレイシャ邸に着く頃には、すっかり夜も更けてしまっていたが。


「あ、あっしはこれで失礼しやす」


 グレイシャ邸の門の前にフィフスを放り出し、御者は馬車とともに逃げるように去っていった。

 あとにはただ、真夜中の往来にフィフスただ1人が残される。


「…………」


 フィフスは呆然と、グレイシャ邸を見上げる。

 真夜中だというのに、ポツポツと明かりのついているその屋敷は、『お屋敷』というより『要塞』だった。

 多重の門扉。

 高くそびえ立つ4つの尖塔。

 壁の銃眼からは、今にも矢が飛んできそうだ。

 馬も弓も剣も知らないフィフスにとって、その要塞はとても恐ろしく、暴力的なものに見えた。


(そっか……ここ、最前線なんだ)


 グレイシャ辺境伯領は、東をシーズン公爵領、西を巨大な火山に挟まれている。

 火山は、『火竜』たちの棲まう場所。

 火竜は一匹でも街に降りてくれば、街が炎の海に沈むほどの強大な魔物だ。

 グレイシャ辺境伯家は、その火竜たちから王国を守る『盾』としての役割を期待されて、この地に代々封じられてきたのだ。


 フィフスが途方に暮れていると、にわかに門の内側が騒がしくなってきた。

 フィフスが放り出されたところを見ていた門番が、誰かを呼びにいったのだ。


「あらあらあらあらまぁまぁまぁまぁ!」


 屋敷の中から出てきたのは、元気の良い、快闊とした様子の中年メイドだった。

 門を開け、フィフスのそばまで小走りでやってきて、


「こんな夜更けにどちら様で?」


「あっ、あの、私は……」


 絶望的なほど人付き合いに慣れていないフィフスは、何と答えて良いやら分からない。


「銀色の髪」


 メイドがランタンを近付けて、


「それに、とても綺麗で愛らしい蒼の瞳。

 アナタ様はもしや、シーズン公爵家のご令嬢!?」


「えっと、はい」


「予定よりずいぶんと早いお着きで。

 それに、たったおひとりでいらっしゃったので?

 お荷物は?」


 フィフスは手ぶらだった。

 そう。持参金はおろか、嫁入り道具も、換えの下着すら持たされていなかったのだ。


「あらやだ、わたくしったら。

 お嬢様を立たせたままにしてしまって」


 メイドが口に手を当てた。

 芝居掛かった仕草だが、それが何とも可愛らしく、この元気な女性に似合っていた。


「ささ、フォース・オブ・スノウ様。どうぞこちらへ」


 フィフスは、嫌な予感を覚えた。

 メイドが、双子の姉の名を呼んだからだ。



   ◆   ◇   ◆   ◇



 清潔な部屋。

 柔らかなソファ。

 温かいお茶に、お茶請け。

 人からこんなにも優しくしてもらったのは、のことだった。

 それだけに、フィフスは罪悪感に苛まれていた。


(この歓待は、姉のスノウに向けられたもの。

 私なんかが受け取って良いものではないのよ。

 早く打ち明けなくては)


 深夜にもかかわらず、あれやこれやと世話をしてくれるメイドを、フィフスは見つめる。

 黒髪に灰色の瞳。

 身長は170センチばかりと、フィフスよりもやや高め。

 歳の頃は四十を超えているだろうか。

 目元にやや年齢を感じさせるものの、その動きは非常にテキパキとしていて、見ていて気持ちが良い。

 何より良いのが、何度もフィフスに向けてくれる、笑顔だ。


 だが、こちらの正体が冬神に愛されし『冬巫女の四女フォース・オブ・スノウ』ではなく、仕えるべき神を持たない『名無しの五女フィフス』だと知ったら、この笑顔は嫌悪の表情に変わってしまうのだろう。

 フィフスは、それが怖い。

 が、怖がってばかりもいられない。

 この歓待を受ければ受けるほど、フィフスの正体を知った時のメイドの怒りが大きくなるだろうから。


「あっ、あの」


「はい?」


 メイドが手を止めた。笑顔でこちらを向いてくれる。


「私、その……」


「どうかなさいましたか?」


 メイドがソファの前まで来て、しゃがみ込んでくれた。

 まるで、怯える子供をあやす母親のようだった。

 恥ずかしくなったフィフスは、意を決して言葉にする。


「私、冬神の巫女ではないんですっ。

 私は、五女。スノウの双子の妹で、フィフスと申します」


 怒られると思った。

 幻滅されると思った。

 フィフスはぎゅっと目を閉じて、相手の言葉に備える。

 が、


「あら、そうなのですか?

 ごめんなさいね、わたくしったら早とちりをしてしまって」


 返ってきた言葉は、フィフスを糾弾するものではなく、むしろ気遣ってくれる内容だった。


「……え?」


 フィフスは戸惑う。


「坊ちゃんはともかく、旦那様は快く思わないかもしれません。

 お嬢様、どうかお心を強く持ってくださいね」


 ――コン、コンコン


 応接間に、執事服の初老の男性が入ってきた。

 執事がメイドに何事かを告げる。

 メイドがフィフスのそばに来て、


「もう少しで、坊ちゃんがお越しになられます」


 と告げた。


(坊ちゃんとは、辺境伯様のご嫡男。つまり、私の婚約者のこと)


 ひどいもので、フィフスは婚約者の名前すら聞かされていなかった。

 あの冷酷な父は、フィフスに対して『死ぬ』以外のことを何も期待していないらしい。


(氷の貴公子。

 冷たいお方だと聞いてはいるけれど、どんな方なのかしら……?)


 再び執事が入ってきた。


「アイス様のお越しです」


(アイス!?)


 それは、遠い記憶の中の王子様――フィフスの想い人の名だ。

 冷たい名前に反して、とてもあたたかな笑顔の少年。


(アイス様……)


 もしも相手があのアイス少年なのだとしたら、フィフスは望まなかったはずの結婚で、図らずも幼い頃に諦めたはずの恋心を成就させることができることになる。

 果たして、


 ――ガチャリ


 入ってきたのは、すらりと背が高く、作り物めいて美しい容貌を持った少年だった。

 背はフィフスよりずいぶんと高く、180センチくらいか。

 細身のように見えるが、服の腕周りなどは筋肉によって押し上げれられている。

 灰色のショートヘアで、紫色の瞳、切れ長で凛々しい目元。

 顔立ちは、中性的かつ美しい。

 軍人貴族然とした金糸入りの肋骨服を着ており、指揮・典礼用とは思えない無骨な剣を帯びている。


「アイス・オブ・グレイシャだ」


 その、フィフスの婚約者となる男性が、短く言った。

 その声は、ぞっとするほど冷たかった。


(同一人物……?)


 何しろ十数年も昔のことで、記憶は曖昧だ。

 3、4歳かそこらの頃と17歳の今では、見た目も立ち居振る舞いもまったく変わっているだろう。

 それに、彼の射抜くような冷たい視線からは、思い出の少年が持っていた温かさは少しも感じられなかった。


(やっぱり、別人……)


 フィフスが静かに落胆していると、アイスが眉をひそめ、首を傾げてみせた。


「あっ」


 将来の旦那様から挨拶を頂いたのに、返礼もせず呆けているとは何事か。

 フィフスは大慌てで頭を下げた。

 左足を下げ、ゆっくりと両膝を曲げ、裾を引きずらないようにスカートを持ち上げる。

 カーテシー。

 十数年前に学んだきりだったが、体は覚えていた。


「申し遅れました。

 私、フィフス・オブ・シーズンと申します」


「フィフス? 『雪の四女フォース・オブ・スノウ』ではなく?」


「……は、はい。『ただの五女フィフス』でございます」


「父――グレイシャ辺境伯は、末の娘・スノウを所望したはずなのだが」


「そ、その……」


 フィフスは震える。

 あの父は、何ということをしでかしたのだろう。


「わ、私が、その『末娘』なのです。

 スノウの双子の妹――五女のフィフスです」


「五女? 聞いたこともないが」


「世間からは隠されておりましたので。

 私は、仕えるべき神を持たない、出涸らし巫女なのでございます」


 フィフスは、ひやり、と悪寒を感じた。

 いや、事実として部屋が冷えていた。

 アイス・オブ・グレイシャ。

 グレイシャ家は、類まれなる氷魔法の腕前によって、代々、火山にはびこる火竜たちを封じ込め続けてきた武闘派の名家だ。

 その、武門の末裔が、怒りとともに魔力をたぎらせているのだ。


「では、これは!?」


 アイスが懐から羊皮紙を取り出し、バシンと机に叩きつけた。

 それは、契約書だ。

 長々とした条文が書かれているが、要旨は2つ。


『シーズン公爵家は末娘をグレイシャ家の嫁に出す』

『その見返りに、グレイシャ家はシーズン家に王国金貨1万枚を支払う』


(い、いちまんまい!?)


 フィフスは目を剥いた。

 王都の一等地に豪邸を建てられるほどの大金である。

 もちろん、公爵家なら出せないような金ではない。

 辺境伯家も、きっとそうなのだろう。

 だが、大金だ。辺境伯家にとっては、きっと相当無理して出したのであろう大金。

 辺境伯家は、『シーズン公爵家の末娘』にそれくらいの価値を見出したのだろう。

 だがそれは、『シーズン公爵家の末娘』が氷魔法に優れた『冬神の巫女』だった場合の話だ。


「ここに書かれてある『末の娘』とは、お前のことだったのか?

 シーズン卿は、我らが冬神の巫女を求めているのを承知のうえで、わざと勘違いするように仕向けたということか!?」


 部屋に霜が降り、フィフスの息が白くなる。


「申し訳ございません!」


 フィフスは床に身を投げ出し、深々と頭を下げた。

 この首を落とされても文句は言わない、という恭順の姿勢だ。

 父は、辺境伯家を騙して金貨1万枚をむしり取ろうとした。

 両家の印章が捺印されている以上、この契約書は有効だ。

 そして、フィフスが『シーズン家の末娘』であることには違いがない。

 これで、あの意地汚い父は金貨1万枚を手にすることができる。

 あとは、フィフスがたまたま『不幸』に見舞われて外交カードの1枚に変われば、父の企みは完成する。


「申し訳ございません。

 ですが、どうか家と姉スノウをお許しください。

 お詫びに私の命を差し出しますから」


 フィフスは、来たるべき死の瞬間に備え、ぎゅっと目をつぶった。


「…………。

 ……………………。

 …………………………………………?」


 だが、待てど暮らせど、その瞬間は訪れない。

 恐る恐る顔を上げてみると、そこには困惑した――というより毒気を抜かれた様子の、アイスの顔があった。


「こういうとき、普通は自分の命を乞うものだと思うんだがな」


 彼はポリポリと頬を掻いてから、


「お前を送り返すにしても、まずはシーズン家に手紙さきぶれを出さなければならない。

 今日はもう遅い。話の続きは明日にしよう。

 ――メイド長」


 アイスの言葉に、先程から良くしてくれているメイド――メイド長が居住まいを正した。


「風呂場に案内してやれ。それと、食事の用意を」


「畏まりました」


 メイド長が、うやうやしく礼をする。


(お風呂? お食事?)


 ぽかんとするフィフス。

 まさか、自分のために風呂と食事を用意してもらえるなんて、予想のはるか外だったのだ。



   ◆   ◇   ◆   ◇



 その後、ぽかんとしたままメイド長に案内され、あれよあれよと言う間に風呂に入れさせてもらい、温かな食事を提供してもらった。

 湯に浸かったのなんて十数年振りだったし、塩味と香辛料がたっぷり効いた肉料理もまた十数年振りのことだった。

 屋根裏部屋か納屋にでも案内されるのかと思っていたら、通されたのは清潔で広く、天蓋付きのベッドが設置された豪奢な寝室だった。


 フィフスは、真夜中だろうが追い返されるだろう、と覚悟していた。

 いや、それ以前に、頭を下げたあの時に、殺されていてもおかしくなかった。

 父はそれだけのことをしでかしたのだ。

 大金を支払わせて、ニセモノをつかませた。


 グレイシャ辺境伯領は火竜の脅威に晒され続けてきた場所だ。

 というより、希代の天才氷魔法使いだった初代がその魔法で火竜を撃退し、時の王にその魔力と武力を認められたため、王国を火竜の脅威から守るために、この地に封じられたのだ。

 つまり、火竜と戦い続けることこそが、グレイシャ辺境伯家の存在意義。

 そんなグレイシャ家にとって、水・氷系統の魔法使いは喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 ましてや、冬神に愛され、文字どおり神業レベルの秘術の数々が使えるという冬神の巫女ともなれば。


 グレイシャ辺境伯は四女フォース・オブ・スノウを、対火竜の戦力として、そして優れた氷魔法使いの子女を生む存在として迎え入れるつもりだったのだろう。

 だが、実際に来たのは無能なフィフスだった。

『末娘』という契約書の文言に嘘偽りはない。

 が、父は五女の存在を秘匿したまま契約を結んだのだ。

 確信犯である。


『屍になるまで戻ってくるな』


 父の、冷たい言葉を思い出す。

 あの父のことだ。

 この家を追い出されたら、シーズン家への帰り道で盗賊や魔物に見せかけて暗殺しようとしてくるだろう。


「アイス様……やっぱり別人だったのかしら。でも」


 出された寝間着も、フィフスからすれば信じられないほど上等なものだった。

 追い返されて、自分が死んでしまったら、あの父はそれをグレイシャ家の所為だと糾弾するだろう。

 つまり、死ねば、グレイシャ家に迷惑になる。

 態度こそ冷たかったが、アイスはフィフスをこのとおり歓迎してくれている。

 ならば、自分はその恩に報いなければならない。


(明日から頑張ろう。

 頑張って、ちゃんと生きて、ちゃんと死のう)


 どこまでも他人本位で自己愛に欠けるフィフスは、そう決心して眠りについた。

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