第14話「【アイス・オブ・グレイシャ】」

 厳格な父と、こちらに無関心な母。

 優秀な兄たちと比べられてきた、卑屈な少年時代。


 良い思い出の少ない幼少期だったが、1つだけ、かけがえのない思い出があった。

『スノウ姉様』こと『フォース・オブ・スノウ』と一緒に遊んだ頃の思い出だ。


 ほんのひと夏の思い出であり、それも3つか4つの頃のことであるため、断片的にしか覚えていない。

 が、何でもできる『スノウ姉様』は女神のような存在に思えたし、彼女が操る氷魔法はとても美しかった。

 彼女から学んだ魔法の基礎は、今も自分の根底に息づいている。


 ここ、グレイシャ辺境伯領は地獄のような土地だ。

 いくら火竜を屠っても、火山の奥から湧いて出てくる。

 優秀な兄たちは勇敢に戦い、1人、また1人と死んでいった。


 自分が死んでしまっては、グレイシャ家を継ぐ者がいなくなってしまう。

 それに何より、今ここで死んでしまっては――



   ◆   ◇   ◆   ◇



(俺がここで死んだら、フィフスも死んでしまう!)


 アイスは目を覚ました。

 飛び起き、状況を確認する。

 すぐに、フィフスの姿を見つけた。

 大木の触手によって、首を絞められている!


「フィフスを離せぇぇえええッ!」


 氷をまとわせた剣で、フィフスの首を絞めている触手を断ち斬る。

 落ちてくるフィフスを、アイスは抱きとめた。


「フィフス、フィフス! 大丈夫か!?」


「けふっ……はぁっはぁっ」


 良かった、息がある!


「……アイス様?」


「あぁ、あぁ、良かった! フィフス」


 アイスは涙ぐみながらも、フィフスを抱き上げて大木から距離を取る。


「ソンナ、ドウシテ、アイス様!?」


 その大木――フォース・オブ・スノウが叫んだ。


「フォーォォォオオオオスゥゥゥゥゥウウウッ! アナタサへイナケレバ!」


 その時。

 スノウの言葉を聞いて、アイスの頭の中で組み上げられつつあったパズルの最後のピースが、カチリとはまった。


「ま、まさか」


 アイスは震える声で、腕の中の愛する女性――フィフスに語りかける。


「お前が、『スノウ姉様』――フォース・オブ・スノウだったのか!?」



   ◆   ◇   ◆   ◇



「……え?」


 アイスの言葉を聞いて、フィフスは呆然となった。

『スノウ姉様』――自分のことをそう呼ぶ相手など、ひとりしかいない。


「ま、まさか、アナタは、アナタ様は……ッ!」


「俺だ! 幼い頃、一緒に遊んだ泣き虫アイスだ!」


「アイス様!?」


 フィフスは飛び起きる。

 フォース――偽りの四女の怨嗟に飲み込まれ、生きる希望を見失いかけていたフィフスだったが、目の前のアイスこそが他ならぬ初恋の相手だったという事実に、一転して心が希望で満たされた。


「あぁ、あぁ、アイス様! お逢いしたかった!」


 心が震える。

 脳がしびれる。

 フィフスは思わず、アイスを抱きしめてしまう。

 そうしたら、アイスが抱きしめ返してくれた。

 痛いくらいに。苦しいくらいに。

 フィフスはそれが、嬉しかった。


 十数年の時を経て、フィフスはようやく今、初恋を成就させることができたのだ。


「憎イ……憎イ憎イ憎イ憎イィィィイッ!」


 無数の触手が、ふたりに打ちかかってきた。

 が、そのすべてはふたりに届くことなく、フィフスが全身から立ち上らせる冷気に当てられ、凍り果てて砕け散った。


「フィフス、この力……!」


「離れていてください、アイス様」


 フィフスは立ち上がり、最愛の妹に向き合う。


 現金なものだ。

 ほんの数分前まで、自分は生きる希望を失っていた。

 妹の怨嗟に当てられて、自ら死を選ぼうとすらしていた。

 なのに今、自分の心は震えている。

 初恋を取り戻した喜びに、最愛の人と一緒に生き続けたいという渇望に震えている。

 その震えが魔力となって、冷気となって、あとからあとから無限に湧き出してくるのだ。


「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネェェエエエエエエエエエエエッ!」


 四方八方から、触手が襲いかかってくる。

 同時に、大木から視界を覆い尽くすほどの花粉が発せられ、それに当てられた火竜たちが一斉にフィフスに襲いかかってきた。


「……ごめんね、本当のフィフス、私の最愛の妹」


 だがそれらのすべては、フィフスの腕のひと薙ぎですべて凍り尽くした。

 大木は枝という枝をすべて失った。

 空を舞う火竜たちは、次々と落ちていく。

雪の四女フォース・オブ・スノウ』――シーズン家の四女として生まれ、冬神に愛されながら、その実力を十数年来ずっとひた隠しにしてきた者の、真の力である。

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