第15話「【冬神】」
「は、ははは……」
アイスはその、人外同士の戦いを呆然と眺めていた。
大木に取り込まれたフォース・オブ・スノウ――いや、彼女こそが本当の『フィフス』なのだろうが、アイスはヤツのことをスノウと呼ぶことにする――が、幹から無数の触手を生やし、フィフスに打ちかかる。
するとフィフスが、ふわりと腕を振る。
それだけのことで、アイスや父ですら生じさせることができないような膨大な冷気が生じ、すべての触手を凍らせ、バラバラに砕いてしまう。
スノウが花粉を発し、空を舞う火竜たちをフィフスにけしかける。
するとフィフスが、空に向けて手を掲げる。
それだけのことで、火竜たちは氷のオブジェに早変わりし、墜落してこなごなに砕け散る。
スノウは、たったひとりでも王国を滅ぼしてしまえるほどの強さを持つ、まさに魔神だ。
だが、そんなスノウと火竜の大軍を楽々と封じ込めてしまうフィフスは、まさに女神だ。
神と神の戦い。
加勢しようにも、付け入る隙がまったく見つからない。
だが、
「…………?」
アイスは、違和感を覚えた。
アイスは最初、フィフスがあっと言う間に勝ってしまうものだと思ってた。
が、いつまで経っても戦いの決着がつかない。
ふたりの力が拮抗し、それどころかフィフスが押されているようにすら見える。
その時、
「坊ちゃま、アイス様!」
見知った男――グレイシャ領軍の従士が馬に乗ってやってきた。
従士が、真っ青な顔で叫ぶ。
「隣国軍による攻撃が始まりました!」
「何てこと――」
◆ ◇ ◆ ◇
(くっ……【グランド・グレイシャ】ッ! 【トリプル・アイス・シールド】ッ! 【アイシクル・ニードル】ッ!)
初級から神級までの氷魔法を駆使しながら、フィフスは攻めきれずにいた。
制御せずに攻撃魔法を放ってしまったら、妹まで傷付け、死なせてしまう可能性が高いからだ。
「フィフス! 早くそいつを滅ぼすんだ!」
アイスの声が聞こえる。
「フォースごと大木を断ち斬ろう!
手数が足りないのなら、お前がそいつの攻撃を防いでいる間に、俺が断ち斬ってやる。
お前と俺が力を合わせればできる!」
「駄目!」
フィフスは泣き叫ぶ。
「この子をこれ以上、傷付けるわけにはいかないんです!」
「なぜだ!? そいつはお前を虐げ続けてきたんだ。
今さらお前に、そいつを助ける義理なんてないはずだっ」
「死ネェエエエッ! 死ンデ頂戴、フォースッゥウウウウッ!」
妹が、怨嗟の叫びを上げる。
そう、この妹は、5歳の誕生日に入れ替わって以降、事あるごとにフィフスを虐げて虐げて虐げ続けてきた。
そのことに、思う所がないわけではない。
だが、
(すべては私自身の業なのよ、フィフス!
この子は被害者に過ぎない。
この子が私に強い態度を示すのは、虐げられていた過去に舞い戻りはしないかという恐怖に怯えているから。
だから私が――せめて私だけは、最後までこの子を守ってあげなければ!)
「だが、フィフス!」
アイスが、なおも言葉を続ける。
「敵軍が、ついに攻撃を始めてしまったんだ!」
(なっ――)
その言葉に、フィフスは我に返った。
やや自己陶酔に陥りかけていたフィフスは、現実に引き戻された。
妹ひとりの命と、グレイシャ領都に住む数万の民の命。
『
フィフスはそれらを、冷静に天秤にかけた。
「……。
…………。
……………………ッ!」
天秤にかけて、悩んで、それでも結論を出せなかった。
(くっ……こうなったら!)
フィフスは、あらかじめ用意していた『奥の手』の1つ目を用いることにした。
迫りくる触手と火竜の群れを凍らせながら走り出し、大木の元に駆け寄り、その太い太い幹に抱きついた。
「スノウ! 帰ってきて、スノウ!」
叫びながら、フィフスは膨大な冷気を大木へ直接叩き込む。
再生した触手がフィフスの背中を打つが、構わず冷気を流し込み続ける。
『奥の手』の1つ。
それは、捨て身の特攻だ。
「今ならまだ間に合う!
アナタはスノウ、四女なのよ。これからも四女として生きていくことができるのっ。
だから――」
幹に抱きつき、大木に直接触れることにより、繊細な魔力操作が可能になる。
フィフスは細心の注意を払いながら、スノウは傷付けず、木の部分だけを凍らせようとする。
だが、
「死ネ死ネ死ネェェエエエエエッ!」
無数の触手がフィフスに絡みつき、フィフスを木の幹から引き剥がした。
そのままフィフスは、人形か何かのように空高く投げ捨てられる。
「フィフスッ!」
アイスが抱きとめてくれた。
だが、
「ぎゃあっ」
触手に打たれた背中が痛み、フィフスはうめき声を上げる。
「馬鹿! お前はまた、無茶をして! あんなヤツのために」
「あんなのでも、家族なんです」
震えながらも、フィフスは叫ぶ。
「大切な妹なんです!」
…………ふと。
ふと、フィフスは、周りがすっかり静まっていることに、気付いた。
いや、それは自分の勘違いだ。
依然として空には火竜の群れが舞い、遠くからは数千の軍勢による鬨の声が聴こえてくる。
だが、フィフスはとても静かな心境にいた。
フィフスは、スノウの方を見た。
スノウと――最愛の妹と、目が合った。
スノウが、涙を流した。
そして、言った。
「……お姉ちゃん」
「――っ!」
フィフスは、覚悟を決めた。
もうひとつの――最後の『奥の手』を使うことを、決めた。
「アイス様、もし私が巫女の力を失っても、愛してくださいますか?」
それは、念のための確認に過ぎなかった。
決心を固めた以上、もしこれでアイスに『愛せない』と言われても、その時は甘んじて受け入れるつもりだった。
だが、
「当然だ」
アイスは即答してくれた。
それで、フィフスは最後の迷いを捨て去ることができた。
「冬神様」
フィフスは手を伸ばす。
そこに、ひとりの少女が立っていた。
雪のように白く小さな、白銀の髪と瞳を持った少女。
フィフスを幼少の頃からずっと守り続けてきてくれた、『冬神』だ。
「お願いします、冬神様。私の一生分の魔力を捧げますから。
どうか、妹を守って――」
フィフスの手が、冬神の手に触れた。
とたん、フィフスは猛烈な倦怠感に襲われる。
全身の――いや、今現在だけでなく、生涯に渡って使えるはずだった全魔力が、ズルズルと吸い上げられ、冬神の中へと奉じられていく。
巫女からの捧げ物と祈りを受け取った冬神が、その手を天に掲げた。
一瞬の出来事だった。
次の瞬間、空を埋め尽くしていた火竜はすべて雪と化して空に溶けていった。
そして、スノウの体を蝕んでいた呪いの大木も。
大木が粉雪となって消え去り、あとにはただ、五体満足のスノウだけが残された。
「今まで……」
朦朧とした意識の中、フィフスは最後の気力を振り絞って、冬神に語りかけた。
「今まで本当にありがとうございました。
どうか、妹をよろしくお願いします――」
そこから先の記憶はない。
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