エピローグ

 数日後、フィフスはグレイシャ邸の中庭で洗濯物を干していた。


 あの後、火竜たちの援護を失った隣国軍は、早々に逃げ帰っていった。

 城門が破壊される前のことであり、幸い、本当に幸いにも、グレイシャ領側に死者は出なかった。


 フィフスは、翌朝には目覚めた。

 驚くべきことに、あれほど大木に痛めつけられたはずの体は、すっかり癒えていた。

 冬神なりの餞別だったのかもしれない。


 フィフスが起きだした頃、妹・スノウはすでに起きていた。

 大木の件は、シーズン公爵には告げられつつも、世間に対しては秘匿することになった。


 理由は主に3つ。

 1つ、幸いにして死者が出なかったため。

 2つ、スノウに種子を渡して魔物化させたのは隣国のスパイだった可能性が高く、スノウもまた被害者だったため。

 3つ、一番被害を被ったフィフス本人が、許すと宣言したため。


 辺境伯とアイスは渋面一色だったが、最後にはフィフスのワガママを聞き入れ、シーズン公爵たちを許すことにした。


 別れ際、馬車に乗り込もうとしたスノウがフィフスに手招きした。

 フィフスが耳を寄せると、スノウが消え入りそうな声で一言、


『……ありがと、お姉ちゃん』


 と言って、すぐにそっぽを向いてしまった。

 フィフスは、満足だった。


 そんなわけで、いろいろなことがうやむやのまま、一応の解決を見せた。


 あの日から、フィフスはいっさいの魔力を失ってしまった。

 今や完全詠唱をしても、冷風ひとつ起こすことはできない。

 だからフィフスは、『ただの五女フィフス』として辺境伯や婦人、使用人たちに頭を下げ、屋敷に置いてもらう代わりに、今までどおり家事を手伝わせてもらえるよう頼み込んだ。

 辺境伯は渋面。婦人は相変わらずの無表情だったが、使用人たちは両手を上げて歓迎してくれた。



   ◆   ◇   ◆   ◇



「本当に残念だったな」


 フィフスが楽しそうに洗濯物をしている。

 その様子を屋内から眺めている父――辺境伯が、ため息とともに言った。


「まさか、一生分の魔力を使い切ってしまうとは。

 アイス、今からでも遅くはない。フィフスくんとの婚約を解消し、別の嫁を探さんか?

 そういえば、■■■侯爵家にたいそう氷魔法に秀でた令嬢がいると聞くが――」


「父上」


 書類仕事と戦っていたアイスは、ぴたりと動きを止めた。

 辺境伯に対し、にっこりと微笑みかける。


「フィフスは俺の嫁です。誰にも渡さない」


 その瞳にはもう、辺境伯に対する畏怖や恐怖の色はない。

 優秀だった兄たちに対する気後れや、『自分にグレイシャ家当主が務まるのか』といった弱い感情もまるでない。

 そこにはただ、ひとりの女を愛し、その女のために全力で戦おう、という男の顔があった。


「ふふ……ぬわ~っはっはっはっ。いいだろういいだろう」


 一転して、父が上機嫌に笑った。

 バシンバシンとアイスの肩を叩いてくる。


「お前、一皮剥けたな。

 今日からお前がグレイシャ家当主だ。自分のことは自分で決めるがいい」


「……え? 良いのですか?

 俺はてっきり、決闘で父上に勝たなければ、当主の座は一生もらえないものと思っていたのですが」


「あぁもちろん、そっちのコースでも構わんが。

 お望みなら、今から1戦やるか?」


「ふふっ、やりませんよ。だいたい」


 アイスは目の前にうず高く積まれている書類の山を示して、


「すでに、軍政も領地運営も、実務は俺がやっていますからね。

 別にすぐに隠居するつもりはないんでしょう?」


「まぁそうだな。この拳で火竜を殴り殺せなくなるくらい衰えるまでは、最前線で戦い続けるつもりだ」


「なら、あと20年は現役ですね。つまり実質、何も変わらない」


「そうだ。だが唯一、変わることもある。それは」


 父がにやりと微笑む。


「お前の伴侶を、お前自身の意志で選べるということだ」


 アイスは微笑み、窓の外、くるくるとよく働くフィフスを見つめた。



   ◆   ◇   ◆   ◇



 さらに数週間後、フィフスは花嫁衣装を身につけ、神前でアイスと見つめ合っていた。


「病める時も、健やかなる時も――」


 神父が誓いの問いを投げかけてくる。


「冬神様の名の下に、互いを愛し慈しみ続けることを誓いますか?」


「「誓います」」


 ふたり揃って、返事をした。

 アイスが、フィフスのヴェールを上げる。


「アイス様」


「綺麗だ、フィフス」


 そうしてふたり、口付けをした。

 フィフスは、夢のようだった。


 5歳のあの日、妹に『四女フォース』の座を譲ってから。

 残りの人生はすべて罪滅ぼしなのだ、と思ってフィフスは生きてきた。

 自分にはもう、幸せになる資格などないのだ、と。


 それがまさか、初恋の相手と相思相愛になって、結婚できるとは。


 万雷の拍手がふたりを祝福する。

 フィフスはアイスと一緒に、式場の方へ視線を向ける。


 辺境伯が、満足そうに笑っていた。

 婦人も、おおむね満足そうな顔をしてくれている。


 父・シーズン侯爵と母は、納得しきってはいないものの、おおむね幸せそうな顔をしている。

 そしてその隣には、驚くべきことにスノウが参列していた。

 フィフスと目が合うと、視線を逸らされてしまったが。


 貴族と平民の垣根が低いグレイシャ家らしく、グレイシャ邸の使用人たちも参列していた。

 メイド長などは、号泣するあまり、さきほどからずっとずぴずぴ鼻を鳴らしているありさまだ。


「俺は、一生をかけてお前を守るよ、フィフス」


「はい。私も一生をかけて、お支えしますね。えっと」


 フィフスは気恥ずかしさをこらえ、


「だ、旦那様っ」


「~~~~!」


 年下の主人が、顔を真っ赤にさせた。


「それよりっ、本当に良かったのか? 結婚を機に、新しい名前を名乗っても良かったのに」


「いいんです。この名前は、アナタが呼んでくれた大切な名前だから」


 四季巫女家の【五】女は、最愛の男性へ、幸せいっぱいになりながら微笑みかけた。


「お願い。今一度、呼んでくださいますか?」

















 最後までお付き合いくださり、誠にありがとうございました!

 最後に、本作品のトップ画面から青い★をクリック・タップしていただき、『★で称える』を押していただけますと幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四季巫女家の【五】女は、氷の貴公子に融かされる 明治サブ🍆第27回スニーカー大賞金賞🍆🍆 @sub_sub

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ