第6話「シーズン家の【双子】」
フォース・オブ・スノウは苛立っていた。
原因は、双子の妹・フィフスがいなくなったからだ。
スノウは、忙しい。
巫女修行に勉強にダンスのレッスンに乗馬訓練に、と毎日毎日分刻みで生活している。
ストレスが、半端ではないのだ。
そんな、つらい日常の中での唯一の癒やしが、フィフスだった。
出涸らし、穀潰し、落ちこぼれ。
いつも死にそうな顔をしている、可愛い可愛い双子の妹。
フィフスをいびることだけが、スノウのストレス解消法だったのだ。
その、ストレス発散のはけ口がいなくなってしまった。
だから、イライラが止まらないのだ。
「あぁ、腹立たしい。
どうしてあの愚図はいなくなってしまったの!?」
シーズン邸の廊下をずんずんと歩きながら、スノウは不満を漏らす。
『さっさと死んで、シーズン家のためになりなさい』
かく言うスノウ自身が、フィフスに心無い言葉を掛けて背中を押したのだが、そんなことは記憶の彼方である。
スノウは、自分にとって都合の悪いことはすぐに忘れてしまうタチなのだ。
「お父様、レッスンのスケジュール、もう少し緩めていただくわけには――あら?」
食堂に入ると、ちょうど父・シーズン公爵が手紙を手にしていた。
その
「グレイシャ辺境伯家からのお手紙!?」
スノウの胸が高鳴った。
フィフスについて書かれているのだろうか。
(あの愚図、ヘマをやって追い返されてくるとか?)
「い、いや」
父が手紙を伏せてしまった。
「お前には関係ない」
「そんなこと言わないで、見せてくださいなっ」
スノウは手紙を奪い取る。
そこに書いていたのは――
「グレイシャ家百年祭?」
スノウは、ときめいた。
「行ってみたいです!
フィフスがどんなに惨めな目に遭っているのか、この目で確かめてやらないと!」
「だ、駄目だ駄目だ駄目だ!
お前を行かせられるわけがないだろう」
「えーっ、どうしてですか?」
「どうしてって……少し考えれば分かることだろう。
フィフスはお前の身代わりで嫁いだのだ。
だというのに、本物の冬神の巫女がのこのこと向かってみろ、さすがにグレイシャ家が怒り出すぞ。
最悪、お前を捕まえて無理やり嫁がせるかも」
「でもあたし、フィフスに会いたいです」
会って、罵倒して、嘲笑して、溜まりに溜まったストレスを発散させたい。
「そうだ、『氷の貴公子』はひどいぶ男らしいぞ。
ゴブリンとオークとダークホースと、えーと、ビッグボアを足して4で割ったような顔だ。
そんなのと結婚したいのか?」
「ええっ!?」
スノウはますます楽しくなる。
そんなぶ男と結婚することになったのか、フィフスは。
見てみたい。
フィフスがぶ男の隣で死にそうな顔をしているところを、見てみたい。
指を差して笑ってやりたい。
それは、さぞかし楽しいだろう。
母がやってきて、食事をしている間、スノウはそのことばかり考えていた。
どうやったら、父の目をかいくぐって百年祭に行けるだろうか。
往復に3日。
そのくらいなら、病に臥せって部屋に閉じこもっていることにすれば、父も母もごまかせるだろう。
メイドたちはスノウの言いなりだ。
馬車の手配は。
フィフスたちに近付いてもバレないようにするためには、外見を変えるためのマジックアイテムも必要になるだろう。
これは、面白いことになってきた。
◆ ◇ ◆ ◇
あっと言う間に1ヶ月が過ぎて、グレイシャ家百年祭の当日がやってきた。
「さ、フィフスお嬢様、できましたよ」
祭りの当日、フィフスはメイド長率いるグレイシャ家メイド部隊の全戦力をもって磨き上げられた。
朝から風呂に叩き込まれ、肌を磨かれ、髪を香油で梳かされ、鳥かごパニエで盛りに盛った豪奢なドレスを着せられ、化粧を施され、色とりどりの宝石でこれでもかと飾り付けられた。
まるで、一国のお姫様のような待遇だ。
「どうぞ、ご覧ください」
姿見の前に立たされたフィフスは、恐る恐る姿見を見る。
「これが、私……?」
かれこれ2ヶ月ほど前、この屋敷に来た当時のことを、覚えている。
やせ細り、骨ばっていて、頬がこけていた自分の顔を。
それが今や、健康的な肉付きを帯びていて、血色は良く、自分で言うのも何だが、何とも美しい顔貌に仕上がっている。
「坊っちゃんを呼んで参りますね。
ふふふっ、坊っちゃん、きっとびっくりしますよ」
「あっ、待ってください、心の準備が――」
フィフスの制止を聞かず、メイド長はアイスを呼びに行ってしまった。
ほどなくして、
――ドタバタドタバタッ
と、アイスが部屋に駆け込んできた。
「――ッ!」
フィフスの姿を見るや、アイスは息を呑み、
「お、おぉぉ……」
震えながら近付いてきて、
「綺麗だ、フィフス」
と、告げた。
とたん、フィフスは火でも噴き出しそうになるくらい、顔が熱くなった。
「駄目ですよ、坊っちゃん。
フィフスお嬢様にあまり恥ずかしい思いをさせないでくださいませ。
汗で化粧が崩れてしまいますから」
「あ、ああ。すまない。ほら、フィフス」
アイスが腕を差し出してきた。
フィフスはおずおずと、その腕を取る。
まさか自分が、こんな立派な貴公子にエスコートしてもらえる日が来るとは、夢にも思っていなかった。
◆ ◇ ◆ ◇
昼は、グレイシャ辺境伯領都の中央広場で数々の催し物が出される。
歴代当主の戦い振りを讃える歌劇だとか、
鶏を火竜に見立てた射的ゲームだとか、
火竜の角や牙を大放出しての競売だとか、
腕に覚えのある闘士たちの模擬戦だとか。
やや野性味が強い催し物が多いのは、戦闘が主産業のグレイシャ領らしい。
これには、貴族も平民も一緒になって興じる。
さすがに貴族と平民で座席は区切られているが、グレイシャ辺境伯領では貴族・平民間の隔意がそれほど大きくないのだ。
領がそのようになっている一番の理由が、
「ぬわーっはっはっはっ!
次は誰だ!? 誰か、吾輩を倒せる者はおらんのか!」
現当主・グレイシャ辺境伯の存在である。
「吾輩に勝てたら、即・従士に取り立ててやるぞ!
貴族だろうが平民だろうが貧民だろうが、誰でもだ!」
「「「「「うおぉおおおおおおっ! 辺境伯様バンザーイ!」」」」」
筋骨隆々な辺境伯が、拳闘試合で屈強な男たちをぎったんばったんとなぎ倒している。
そしてそんな辺境伯を、領民たちが熱苦しい声援で讃えている。
ここは、常に火竜や魔物の脅威にさらされている地。
そんな場所の領主が誰よりも強いというのは、そこに住む民たちにとって、何より心強いものなのだろう。
火竜を始めとする魔物たちとの戦闘が主産業と言えるこの領は、常に強者に飢えている。
強いものならば、貴族だろうと平民だろうと平等に取り立てる――それが、グレイシャ辺境伯領の方針なのだ。
「辺境伯様、本当にお強いのですね」
「あの人にはあまり近付かないでくれよ。
また、火竜の巣に放り込まれるかもしれないから」
「ふふっ。気を付けますね」
ふたりがいるのは、領都一高級な宿屋の2階、広場を一望できるテラスだ。
アイスに微笑みかけてから、フィフスは広場を見回す。
父と母の姿を見つけた。
だが、双子の姉・スノウの姿はなかった。
「……ほっ」
さすがのスノウも、ここに来るほど愚かではなかったらしい。
(……いや、案外、変装してそこらに潜んでいるかも)
スノウとは18年の付き合いになるが、5歳をさかいにして、スノウは年々ワガママの考えなしになりつつあるように思う。
それもすべて、原因の大本はフィフスにあるのだが。
「フィフス、少し、下に降りて遊ばないか?」
「そうですね。あの、射的ゲームなんて面白そうです」
アイスが、うやうやしく手を差し伸べてくれる。
フィフスは、気恥ずかしさを押し殺しながら、その手を取った。
◆ ◇ ◆ ◇
(なっ、なっ、なっ、何なのアレは!?)
フォース・オブ・スノウはハンカチを噛みちぎりそうなほどに怒り狂っていた。
スノウは認識阻害魔法の指輪を使って顔の印象を変え、裕福な平民くらいの装いで祭りに参加していた。
そうして、フィフスの姿を探した。
フィフスが死にそうな顔をして、ぶ男の婚約者に虐げられているところを見るためだ。
フィフスの姿は、すぐに見つかった。
あろうことか、広場の一番上等な宿屋のテラスから、広場を見下ろしていた。
あのフィフスに見下ろされるだけでも、我慢ならない。
それに、いつもボロ切れみたいな格好をしていたはずのフィフスが、スノウですら着たことのないような上等のドレスや、きらびやかな宝飾品に身を包んでいることが許せなかった。
さらに我慢ならなかったのは、フィフスの隣にいたのが、驚くほど美形の青年だったことだ。
(ぶ男だなんて、嘘っぱちじゃない!)
フィフスをうやうやしくエスコートする青年――アイス・オブ・グレイシャは、スノウの好みのど真ん中な、すらりとした美男子だった。
そんな美形が、あの出涸らしフィフスにかしずいているのだ。
(こんなこと、あってはいけない!
あの場所も、あの美形も、本当はあたしが手に入れるべきものなのにっ)
フィフスが、宿屋から出てきた。
美しき貴公子・アイスにエスコートされながら、だ。
民衆が、湧いた。未来の領主と若奥様に、盛大な拍手が送られる。
スノウはもう、我慢の限界だった。
(何としても、フィフスのあの顔を歪ませてやる。
恥をかかせて、身の程を思い出させてやる!)
フィフスたちが向かったのは、射的ゲーム場だ。
矢じりを綿で覆った矢で、檻の中を走り回る鶏を狙うゲーム。
何とも野蛮で、戦うことしか能がないグレイシャ領にぴったりなゲームだ。
スノウは先回りして、何か罠を仕掛けてやろうと考えた。
得意の水系魔法で地面をぬかるませて、フィフスを転ばせてやろうか。
いや――、
(コレ、ちょうど良いわね)
スノウが見つけたのは、檻のそばに置いてあった桶。
鶏の糞を集めて捨てていた桶だ。
スノウは桶の中に水を生じさせ、ぐちゃぐちゃドロドロの汚泥を作り出した。
「アイス様、弓もできるんですかっ?」
フィフスの声が聴こえてきた。
実家にいた頃とは似ても似つかない、華やかで楽しそうな声。
隣のアイスに対して媚びを売るような、『色』を含んだ声だ。
「嗜み程度だがな。俺の主力武器は剣だから」
それに応答するアイスの声もまた、フィフスの気を引こうという色を隠そうともしていない。
相思相愛なのだ。
(本っ当に腹が立つ!
フィフス、アンタは汚物まみれになっているのがお似合いよ!)
スノウは物陰から飛び出し、フィフスに向かって桶を投げつけた。
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