第12話「【フィフス】」

「む、これは?」


 アイスとのスキンシップを楽しんでいたフィフスを、辺境伯の声が現実に引き戻した。


 辺境伯は、絶命した火竜の鱗に触れる。

 鱗には、何やらキラキラとした黃色の粉末が付いている。

 辺境伯はその粉末をすくい取り、鼻に近付ける。

 とたん、


「ぬ、ぬおおおおおおおっ!?」


 頭を抱えた。

 かと思った次の瞬間、フィフスに向かって襲いかかって――


「ふんぬぅ!」


 ――くる前に、自らの顎を強烈な拳で打ち抜いた。


 ばったりと倒れる辺境伯。

 フィフスとアイスが唖然としていると、やがてむっくりと起き上がった。


「分かったぞ!」


「な、何がですか?」


「この粉を嗅いだ瞬間、巫女様に対して猛烈な殺意が湧いたのです。

 この粉こそが、火竜たちを惑わしている原因です」


「……え? つまり、火竜たちの目的は、私?

 だったら――」


「フィフス!」


 アイスが怖い顔で睨んでくる。


「自分だけが街を出ればいい、なんて馬鹿なことは言うんじゃないぞ?」


「わ、分かってますよ」


 フィフスは、むずがゆい。

 フィフスは火竜の亡骸に近寄り、粉をすくい取った。


「これの発生源、探してみますね。【いと美しき冬神様――」


 詠唱し、


「【フルエリア・ミスト・サーチ】」


 結びの句を口にした。

 とたん、領都全体を覆う結界の表面から霧が立ち上り、西へ西へ、火竜たちがやってきた方角へと広がっていく。

 やがて――


「見つけた。火山の麓に、この粉の発生源がいます」


「さすがは巫女様!」


 辺境伯が満面の笑みを浮かべる。


「では、今からその発生源を叩きに行って参りますぞ」


「いえ。行くのは私です。

 辺境伯様は、ここであの軍勢と戦わなければならないでしょう?」


「むぅ」


 辺境伯は束の間、言葉に詰まったが、すぐにうなずいた。


「そのようですな。

 巫女様は【アイス・シールド】によって火竜どもからご自身を守ることができる。

 が、人間の軍隊相手では分が悪い。

 他方、グレイシャ領軍は籠城戦ならばあの軍勢にも抵抗を維持し得るが、火竜と敵軍をいっぺんに相手取るのは無理がある」


「はい。私が打って出れば、火竜たちは私の方について来ます」


「だが、それではフィフスが危険過ぎる!」


 アイスが反対する。


「はい。だから――」


 フィフスは、アイスに微笑みかけた。


「一緒に来て。私を守ってくださいね、私の騎士様」


「っ! 分かった!」


 アイスが嬉しそうに微笑む。

 フィフスは久しぶりにアイスの笑顔を見ることができて、嬉しい。

 と同時に、フィフスは自分を恥じていた。

 いくらグレイシャ家の嫡子で未来の旦那様とはいえ、相手は年下。

 頼もしいように見えて、まだまだ子どもなのだ。

 もっと自分の方から、歩み寄ってあげるべきだったのだ。


「行って参ります」


 城壁から降りて、アイスの馬に乗せてもらう。

 城門を開いてもらい、外へ。

 敵軍が気付く前に、馬は素早く南下し、森に入った。

 このまま迂回し、敵軍の背後――火山の麓へ抜けるつもりなのだ。


 フィフスが辺境伯に説明したことは、すべて本心だった。

 理屈で考えて、この『粉』の発生源を叩くのは自分の方が戦略上、良い。

 だが、それだけではなかった。

 フィフスの胸の中には、とある『予感』があったのだ。

 魔法の霧が感知した魔力反応の中に、馴染み深い反応があったからである。



   ◆   ◇   ◆   ◇



 それは、大木だった。

 火山の麓、山の入口に、場違いなほど太く高い木が立っていた。

 大きな大きな木が蠢き、黄色い粉――花粉を辺りに撒き散らしていた。

 以前、ここに来た時には、あんな目立つ木は生えていなかったはずである。


「アイス様、結界でご自分の顔を守って。

 けっして、あの花粉を吸わないように」


「分かった」


 花粉を吸った火竜たちがフィフスたちの上空を旋回し、フィフスが結界を解除するのを今か今かと待ち構えている。


「だが、アレが元凶だと言うのなら、さっさと凍らせ尽くし、切り倒してしまえば――」





「フォースゥゥゥウウウウウウウッ!!」





 怨嗟の叫びが聴こえてきた。

 その声を聞き、声の方――大木上部を目にしたとたん、フィフスは目の前が真っ暗になった。


 そこに、双子の姉――フォース・オブ・スノウがいた。

 大木に体を取り込まれ、変わり果てた姿で、スノウが叫んでいた。

 思ったとおり、馴染みのある魔力反応はスノウのものだったのだ。


「アンタサヘイナケレバ! フォースゥウウウ!」


 狂乱したスノウが、叫んでいる。

 大木の枝が意思を持って蠢き出し、触手となってフィフスたちに襲いかかってくる!


「アイツ、まさかフォース・オブ・スノウか!? どうしてこんなことに!?」


 触手を剣で斬り払いながら、アイスが叫ぶ。

 斬っても斬っても、触手は後から後から生えてきて、際限がない。


「死ネ死ネ死ネ、オ願イダカラ死ンデェエエエエッ! フォースゥゥウッ!」


「アイツは何を言っているんだ!? アイツ自身が四女フォースなのに。

 フィフス、極大氷魔法でアイツを無力化できないか!?」


 一方、フィフスは金縛りにでも遭ったように、動けない。

 嫌な汗が全身から吹き出し、震えが止まらない。


「おい、フィフス――ぐあッ!」


 ひとり戦っていたアイスが、背後から忍び寄っていた触手の群れに激しく打ちつけられ、吹き飛ばされた。

 地面を何度も転がり、全身を打ったアイスは、倒れ伏したまま起き上がらない。

 気を失ってしまったのだろうか。


「憎イ憎イ憎イ憎イッ。フォースゥウウウ!」


 触手が伸びてきて、フィフスの首に絡みついた。

 フィフスの小柄な体が、いともたやすく宙吊りにされる。

 触手が、首を圧迫してきた。

 息が、できない。


 反撃しようにも、詠唱のための発声ができない。

 いや、そもそも、フィフスは情緒がぐちゃぐちゃになってしまっていて、魔法発動のための精神統一もままならない。


(そう……アナタは私のことを、そんなふうに思っていたのね)


 自分はきっとこのまま、この大木に殺されてしまうのだろう。

 だが、それも当然の報いなのかもしれない。


(ごめんなさい、――フィ・・

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