Game 005「逆手剣のアンデッド」
神話世界『ロスランカリーヴァ』
そもそもではあるが、何故そんなものがウェスタルシア王国と繋がっているのだろう?
レイゴン・オルドビスとして生まれ変わってからしばらくして、俺は当然そこを疑問に思った。
何故なら、この世界の歴史などを勉強していくと、
どの書物でも、そのように語られていたからだ。
なぜ退去したのかは知らない。
だが、己が宇宙論──コスモロジー、つまりは『世界観』ごと地上を退去したと言うからには、それは〝そうしなければならない理由〟があったからのはずで。
世界の中に別の世界が内包される、マトリョーシカ的な構造のこの世界。
世界と世界同士は隣り合い、たしかに互いの存在を意識しているが、『境界』の秩序はあった。
分かりやすく言うと、北欧神話やギリシャ神話、インド神話などの独自性である。
世界観が異なる
なので、『ロスランカリーヴァ』へ繋がる
(にもかかわらず)
ウェスタルシア王国には、『ロスランカリーヴァ』への
しかも、それは王国の領土に複数口あり、今日においても自由に行き来が可能。
教育係だった男から聞いた話でもあるが、そんな
少なくとも、西方大陸においては唯一の特徴だと、これは古文書にも明記されている。
では、何故? 何故そんなコトになった?
答えは、
(
ウェスタルシアでは略して呼称されてしまっているが、境界を越える扉、異界に繋がる門。
それらは古き時代から、
異界とはすなわち〝隔り世〟
境界を分かち、この世とは隔たれた向こう側の世界。
あの世、地獄、黄泉の国、彼岸、冥界、根の国、常世、幽世。
そうした性質も多分に併せ持つから、異界にはバケモノが居る。
妖精郷に妖精がいるように、童話の森に精霊がいるように、
ヤツらは時に、堂々とこちら側に姿を現す。
その逆もまた然りで、
(遥か昔、ウェスタルシアが未だウェスタルシアと呼ばれる前の時代──)
聖剣を携えた英雄と戦って、ある魔物が消滅の窮地にまで追いやられた。
魔物は逃げ惑い、しかして英雄に負け、口惜しさからせめて完全に消滅してしまう前に、嫌がらせを残してやろうと。
英雄がこの地に国を築くだろうコトは知っていたため、最期のチカラを振り絞って『ロスランカリーヴァ』への門扉を開いた。
魔物は滅されたが、以来……
(ウェスタルシアには、死と呪いに満ち溢れた恐怖の神話世界が、常にすぐ傍らで息づくようになってしまった)
キング・ウェスタルシア一世。
ベルセリオン王朝の開祖にして建国王は、残された
〈朽ち果てた怪人砦〉
王宮の
何故なら、この砦には悪意に満ち溢れた陰険な罠や、ゴブリンなどの怪人類の他にも、とびきり危険な存在が巣食っていると判明したためだ。
「……やっぱり、いるね」
「あれが、〝怪人喰らい〟……」
「──わ、わたくしの気のせいでしょうか? あの方、ゴブリンを食べていらっしゃらない?」
「ゴブリンだけじゃなく、オーガーも食ってますね」
「イ、イヤー! カニバリスト! カニバリストですわ!」
「シッ! ガブリエラ! 声を落として!」
翌日の、昼過ぎだった。
ロスランカの地は昼と夜の境が曖昧で、日が昇る昼間でも常にどこか薄暗く、日が沈んだ夜間でも何故か白夜のように薄明るい。
そのため、時間の流れの変化がイマイチ分かりにくくはあるが、影の傾き方で辛うじておおよその時刻は掴める。
朝方から出発し、マップに従って砦の出口を目指すと、今日は幸運なコトに──あるいは嵐の前の静けさでもあるかのように──何かしらの危険にエンカウントすることもなく、スムーズに移動を進められた。
しかし、息絶えていた〈
〈朽ち果てた怪人砦〉が、何ゆえに〝朽ち果てた〟のか?
生きた怪人の数が少なく、どうしてゴブリンばかりが疎らに生き残っていたのか?
その答えは、いま目の前にある。
──クチャクチャ、ジュルル……
砦の出口を目前とした
〝怪人喰らい〟──正体は、魔物化したゴブリン。
「見たところ、アンデッドのようですが」
「吸血鬼……なのかな?」
「餓死者の成れの果て……たしかに、そうかもしれません。吸血鬼なら、過去に〈神代探訪〉が膝を折ったのも納得できます」
「手記には、なんて書いてありましたの?」
「ただ一言──〝逆手剣に気をつけろ〟と」
「……たしかに、持ってるね」
鋭く細く、黒塗りにされた暗器。
薄汚れた黒羽のフードクロークを被って、ゴブリンの格好はまるで暗殺者か盗賊のようでもあった。
屍肉を貪りながらも、右手からは剣を離していない。
広間がもう少し暗ければ、削げた顔肉や露出した腕の骨などは確認できず、アンデッドと判じるのには多少の時間がかかった可能性もあった。
だが疑問である。
肉体の損傷も修繕できない程度の吸血鬼が、〈神代探訪〉を引き返させる原因になったとは思えない。
王国最強の騎士とまでは行かなくとも、〈
強くなければ資格は与えられないし、魔物以外にも各種の危険に精通していなければならない。
吸血鬼はアンデッドのなかでも、特に恐るべき魔物として知られているが、アンデッド化してからの歴が短い個体は、そこまで絶望的な魔物じゃない。
吸血鬼は弱点が多いからだ。
清澄な水、陽光石、銀樹の杭。
有名な例だけでも三つもある。
退治方法も有名で、魔法の水壜に閉じ込めるとか、陽光石の鎖で首を縛り上げるとか、銀樹の杭を心臓に突き刺すなどすれば、吸血鬼は消滅する。
(もちろん、これは格の低い吸血鬼に限定された話にはなるけど……)
とはいえ、肉体の損傷を修繕できない程度のアンデッドならば、仮に吸血鬼でなくとも格が低いのは確実。
しかし、〈神代探訪〉が〈朽ち果てた怪人砦〉の探検を諦めたのは、少なく見積っても三百年以上前の昔。
神話世界じゃ時の流れの進み方に違いがあるのかもしれないが、最低でもあのアンデッド=ゴブリンは百年は年月を重ねているはずだ。
なのに、格が低そうに見える。
手記に残されていたメッセージも含めて、何かしら〝裏〟があるのは明らかだった。
ベルーガとガブリエラに合図して、広間から少し距離を取る。
三人一緒に、来た道を数分ほど戻って、曲がり角で作戦会議。
「さて、それじゃあまずは、俺が様子を見てきます」
「なっ、ダメだよレイゴン! ひとりで行くなんて、危なすぎるよ!」
「そうですわよ! 三人一緒に来たんですから、三人でやっつけてしまった方がいいですわ!」
「いや、殿下はともかく、ガブリエラ様は戦えないじゃないですか……」
「い、石くらいは投げられましてよ!?」
「味方に当てない自信はありますか?」
勇敢なセリフだったが、ご令嬢の細腕でまともな投石ができるかは、甚だ疑わしいと言わざるを得ない。
「ベルーガ様も、無理はしないでください」
「で、でもっ」
「聖剣があればまだしも、俺たちはいま普通の武器しか持っていません」
俺もベルーガも、腰に差しているのは名も知らぬ〈
ショートソードが二本、恐らくは双剣使いだったのだろう。
それらを一本ずつ護身用に。
比較的軽めの武器なので、とても助かっている。
けれど、ベルーガがそれを使いこなせているかというと、正直ビミョーなところ。
「援護くらいは、できるよ!」
「手が震えてます」
「ッ」
俺の指摘に、少年と少女は悔しそうに顔を伏せる。
無力なのは辛い。
その気持ちは痛いほど分かるが、だからといって無謀に走ってはいけない。
「それに、俺は別にひとりでアレを倒すつもりとは、言っていませんよ」
「え?」
「まずは様子見です。指輪のおかげで、斥候をするだけなら、気づかれる心配もありませんし」
「レイゴン、あなたの指輪ってでも……」
「慎重にやりますよ。なに、俺はこういうのに慣れてますから」
オルドビス領の
密告者の長の命令で、くだらない仕事に従事した数回の経験。
何の因果か、シーフ系の技能を育むのには恵まれてしまった。
「分かったよ、レイゴン。だけど、絶対に様子見で留めるんだよ」
「あなたが死んでしまったら、誰がわたくしたちを王宮に連れ帰ってくれますの?」
「もちろん、心得ています」
二人の了承を得たので、〈姿隠し〉を使い広間へ向かう。
息を潜めて足音に気を遣い、まずは改めて敵を観察。
広間の先には大きな玄関扉があり、アンデッド=ゴブリンは部屋の中央にいるため、壁際を動けば戦闘は避けられるかもしれない。
(いや、難しいか……)
床に散らばるシャンデリアの破片。
砕け散ったガラスや、壊れた柱の欠片が踏んだ瞬間に物音を立ててしまう。
玄関扉が開けられるか、密かに確認したい欲求に襲われたのだが、どのみち扉がひとりでに開き始めれば、アンデッド=ゴブリンにこちらの存在を気取られてしまうため、無駄なコトはしていられない。
やはり、ここで考えるべきは敵の能力がどんなものか。
また、攻略に役立ちそうな周辺環境の利用法……
(……使えそうなのは、シャンデリアと柱くらいか)
いざという際に〈取替え〉で位置を交換し、身代わりにするなりして使えるかもしれない。
本当は足元のガラス片などをアンデッド=ゴブリンの頭上などに投げて、タイミングよく柱と位置を取り替え、質量攻撃による圧殺などができれば良いのだが。
指輪は静止した対象でないと効果を発揮してくれないし、魔物に単なる物理攻撃は効かない。
生物ではないからだ。
非生物である魔物を退治するには、何らかの手順なりを踏む必要がある。弱点を把握している必要も。
(もっとも、身動きを封じるくらいでいいなら、物理攻撃も少しは役には立つだろうけどな)
消滅にまで追い込めないというだけで、物理攻撃が100%ダメージ無効とか、そんな理不尽は有り得ない。
幽霊などの非実体系の魔物ならまだしも、動く死体は実体を持っている。
問題は、そいつがどんなビックリ箱を隠し持っているか。
(様子見に徹するとは言ったけど)
本当にただ遠くから眺めるだけでは、攻略の糸口は何も掴めやしない。
俺はファンタジーが好きだが、ハックアンドスラッシュも好きなんだよ。
命は大事だけど、手をこまねいているだけじゃ、どうせジリ貧だしな。
いったん〈姿隠し〉を解除し、敢えて足音を立てる。
パキッ。
「……シャイァ」
ガラス片の割れ音に、アンデッド=ゴブリンがゆっくり顔を上げた。
オーガーとゴブリンの屍肉を床に落とし、ぬらりと立ち上がる。
右手には例の逆手剣。
窓から射し込む外の光が、天使の梯子のように広間に光と影とを作った。
空気中に舞うホコリが、キラキラ揺蕩う。
「よう。鬼が出るか蛇が出るか、いっちょ見させてもらおうか」
「……シャルシューア、シャアァァヴ」
アンデッド=ゴブリンは、静かに呟いた。
〝呪餐の贄よ、仄暗き死を馳走するがよい〟
「おいおい、ずいぶんとカッコイイこと言うな──あ!?」
思った直後だった。
アンデッド=ゴブリンが一瞬で姿を消して、その姿を見失ったと思った時には、黒塗りの逆手剣が、背後からこちらの首をスライスするように迫っていた。
──瞬間移動。
──死角からの致命の一撃。
刃が首の皮、薄皮一枚に触れて
「あッッぶなッッッ!?」
「……?」
俺も咄嗟に瞬間移動。
広間の床に散らばっているガラス片のひとつと、自分の位置を取り替えた。
アンデッド=ゴブリンは怪訝そうに首を捻る。
が、すぐにこちらへ視線を戻した。
同時に、二撃目も再演され
「シュウゥゥウゥゥ……」
「──さて。お互いに、瞬間移動がテメェの専売特許じゃないってのは、よく分かったみたいだな」
「シャルシューア、シャアァァヴッ!」
呪餐の贄よ、仄暗き死を馳走しろ!
語気が荒くなったのは、アンデッド=ゴブリンの怒りを意味していた。
逆手剣が、赤黒いドロドロを纏って、虚空を裂くよう振り抜かれる。
「……やっぱ有るか。魔物だもんなッ」
剣の軌跡からは、同じく赤黒い半液体状の怪物が生まれて来た。
ゴブリン、オーガー、恐らくは先ほどまで喰らわれていた二体。
プラス、他にも数種の怪人類が。
呪餐の意味が、何となく分かりそうな
(いや、というか分かったぞ?)
この魔物の本性は、
「……血と内蔵を啜るモノ。喰らいしモノの肉で晩餐を為すモノ。墓穴戻りの徘徊人。呪いの牙。オマエは吸血鬼じゃない……『ヴリコラカス』だな」
其の魔物は、犠牲者の怨念で呪いを殖やすアンデッド。
ただし、本体は動く死体の方じゃなくて、握られている武器。
さては生前、多くの怨みを買っていたのだろう。
ロクな埋葬もされず、ゆえに向けられた呪いが逆手剣から蠢き、ゴブリンを魔物へ変えてしまった。
本体が死者そのものではなく遺品であるなら、肉体の修繕が行われていないのもある意味で納得である。
コイツに名を贈るとするなら、差し詰め呪剣の殺し屋ヴリコラカス。
(けど困ったな……)
ヴリコラカスの退治法は、俺も知らない。
かなり珍しいアンデッドであるため、記録が無いのだ。
ってか、ほぼ神代の魔物である。
現代にまで逸話は残されていない。
辛うじて、名前が記されるばかりで……
「さすが、ロスランカリーヴァだぜ」
〈神代探訪〉が敗れた理由も、これで明白だ。
現在、敵の数は十にまで増えた。
たまらねぇ。
どうやって勝つか、ここから俺は一から考えなきゃならない。
ファーストアタックは名誉。
攻略できなきゃ死ぬだけだが、ヰ世界らしい状況にワクワクが込み上げる。
(赤黒いヤツらは、たぶん倒しても復活する感じだろうな)
無限湧きの厄介モブ。
そのうえ、本体は瞬間移動で死角から致命の一撃を狙ってくる初見殺し。
たかがゴブリンとは侮れない。
ゲームだったらコイツ、かなり卑怯なクソボスだろう。
アンデッドは魔物のなかでも、特に不死身なので、倒すには本当に弱点を見つけるしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます