Game 017「明かされる正体」



 もうひとつの血。


「思えば、昔から気になってはいました」

「なにがです?」

「レイゴン。あなたの目は、どうしてゴールドなのかしらね?」


 黄金の牝鹿ゴールデンハインド家の娘は、家名に黄金を冠するがゆえに、興味を持っていたと語った。


「わたくしの一族は、その昔、黄金を生み出す牝鹿を捕まえたコトで、莫大な富を築いたと云いますわ」

「知っていますよ。ゴールデンハインド家は、だからこの国の大蔵大臣に選ばれているのでしょう?」

「ええ。ですから、わたくしの家や領地には、本当に呆れるほどの黄金がありますわ」


 牝鹿を象った金色の像。

 金細工のアクセサリーや調度品。

 金粉をまぶした料理や、もちろん金貨も。


「わたくしが身につけているペンダントやピアスも、現に純金でできています」

「羨ましい限りです」

「そうでしょう? わたくしも、先祖の成した功績には誇りを抱いていますわ」


 黄金を生み出す牝鹿。

 それは、見るもの触れるものを問答無用で黄金に変え、一説には三つの山を生命無き静寂へ変えたと云われる脅威のカイブツ。


 まるでギリシャ神話の石化の蛇怪メドゥーサ

 あるいは、強欲王の御手ミダス・タッチにも似た呪いの化身。


 なので文字通り、神話に相当する生き物だったと、ウェスタルシア王国では『ゴールデンハインド伝説』が大層有名である。

 ガブリエラが先祖の偉業に尊敬を抱き、一族の繁栄を誇りとするのは、何もおかしな話じゃない。

 

「ですので、わたくしは黄金が好きですわ。好きな色は? と訊かれれば、迷いなくゴールドと答えるくらいに」

「なるほど。だから、俺の目も?」

「ええ。しかも、ゴールドの瞳を持つヒトなんて、わたくしあなた以外には、誰とも会ったコトがありませんの」

「たしかに、珍しい色だとは自分でも思いますね」


 エルフ、ドワーフ、ニンゲン。

 エトセトラエトセトラ。

 様々な種族が溢れる西方大陸で、俺のような黄金瞳を持つモノはめったにいない。

 だが、それも元々の出生が異常なのだから、当たり前の話ではなかろうか?


「俺は耳だってハーフエルフみたいに尖ってますし、髪色だって薄く桃色がかってる。顔つきも身体付きも妖精くさくて、そのうえ目の色がゴールドなことが、そんなに目を惹く特徴でしょうか?」


 だいたい、ゴールドと言っても俺の目は綺麗な黄金色じゃない。

 赤みを帯びたイエローゴールド。

 いや、この際レッドゴールドやピンクゴールドと表現した方が適当か?

 何にせよ、何もかもオカシイところだらけなんだから、目の色だけに関心を惹くのはナンセンスに思える。

 軽く肩を竦めると、ガブリエラは「わたくしも、これまではそう思っていましたわ」と言った。


「あなたは普通じゃありません。普通の人間じゃありません。妖精に攫われてしまったから、だからそのせいでいろいろ変なのでしょうと」

「……」


 そこで、淫魔の血が流れているせいだとは言わないところに、ガブリエラの優しさと魂の高潔さが窺える。

 俺としては別に気にしていない点なのだが、他者からの気遣いそれ自体は、とてもありがたいものだ。

 組んだ腕の名誉に、つくづく貴重な時間を感じる。

 だけど、と。

 ガブリエラはそこで、本題に入った。


「あの廃墟で、レイゴンの目は黄金に光り輝きましたわ」

「……そう言われると、なんだかピカピカしてたみたいで、ちょっとマヌケな絵面だった気がしてきましたが」

「もう、冗談じゃありませんのよ? アレはまるで、ホタルのように暗闇から浮かび上がってくる光でしたわ」


 切っ掛けは、間違いなく古龍原語ドラゴン・バベルとの接触だった。


「エルノス語の古語を、サラッと読み上げるのとは話が違いますわよね」

「まぁ、そうですね」

「わたくし、ベルーガ様とも話し合いましたけれど、あなたは

「神の血……?」


 つまり、あの双剣の英雄、ドラゴンスレイヤーのローエングリンと同じ半神だと言っているのか。

 言われてみると、たしかにあの騎士は、ヘルムの奥に黄金を宿していたような気もする……

 しかし、


「淫魔、妖精と来て、加えて神様まで? ガブリエラ様、それはさすがに属性過多ですよ」


 俺、ニンゲンの要素がどんどん無くなっちゃうじゃないか。

 デイモンの血はどこに消えてしまうんだ?


「疑問はもっともですけれども」

「ですけれども?」

「わたくし、レイゴンのようなに、実は心当たりがあるんですの」


 神の落とし子、デーヴァリング。


「神の落とし子……?」

「ええ。現代では絶滅したとされている種族ですわ」

「いきなり矛盾が生じましたが」

「まぁ聞きなさい。デーヴァリングは半神。つまり、神と人が子を生せば、新たに産まれる可能性はあるのです」

「理屈は正しいですが……」


 神話世界『ロスランカリーヴァ』の中ならまだしも、表側……現代の地上には、神々の姿は残されていない。

 六千年前に退去した。

 それが、この世界の歴史のはず。


「どの神話のなんて名前の神様かは知りませんが、神が地上に再来するほどの大事件が起きておいて、残されたのがだけ? ガブリエラ様。いくらなんでも、それは考えにくい」


 奇跡の桁が小さすぎる。

 ないでしょ、と首を振った俺に、しかしガブリエラは、どこか恐れ多い表情になりながらも滔々と続けた。


「デーヴァリングはその昔、あらゆる言語を読み解き、言葉の壁が一切無かったと云いますわ」

「え?」

「レイゴン。あなたは昔から、よく本を読んでいたそうですけれども、どの本もすぐに読めてしまうそうですわね?」

「そ、そりゃまぁ、読書が好きなので」

「ベルーガ様もよく感心していましたわ。同じ本の虫でも、あなたには敵わないと」


 なぜなら、


「どんな方言も、どんな言い習わしも、あなたはまるで同じ一つの言語であるかのように、すんなりと読んでしまうから」

「……いや、そんなはずは……」

「自覚は無かったかもしれませんわね。でもね、レイゴン? エルノス語ひとつとっても、この国には地域によって訛りや独特の言い回しがありますし、エルフ、ドワーフ、ニンゲン、それぞれで微妙に習俗だって変わってくるんですわよ?」


 エルノス語という大きな括りで、それらをすべて理解しきるなど、どんな人間にも出来はしない。

 この世界には、東西南北で四つもの大陸もあるのだ。


「あなたがこれまで、どれだけの本を読んできたかは知りませんわ。でも、ベルーガ様がおっしゃるのです。一緒によく本を読んで、同じ時間を共有していた方が、あなたはまるで古代から生きている賢者、それも長寿種族のようだと──あくまで言語力のみに関してですけれども」


 注釈しつつ、少女は補足した。


「そして、わたくしたちエルノス人には、種族の神話がありますわね?」

「……〈アリアティリス〉」

「そう。伝説上の輝きの国。ウェスタルシアでは神話にあやかって、同じ名前を王宮につけていますが、もともとの神話ではこれは、エルフの創造神様が最初のエルフと呼ばれる人々に与えたものでした」

「それが?」

「わたくしたちの種族神は、遥か遠い神代において、わたくしたちと共にあったという意味です」


 すなわち、


「……今のウェスタルシアにデーヴァリングが生まれてきたとしても、おかしくはない?」

「ええ。わたくしは思います。何かの機会が切っ掛けで、こうサラッと通り過ぎて行ったとか!」

「……じゃあ、通り過ぎついでに、セックスだけしていったんですか」

「…………そうですわ!」


 ガブリエラは真っ赤に頬を赤らめたが、首を縦に頷いた。

 最後の方はフワッとしている。

 しかし、一定の説得力があるのは認めざるを得ないか。

 俺がデーヴァリングであるという説に拠るならば、古龍原語ドラゴン・バベルを読めてしまった理由にも答えが与えられる。

 神の血が特別な〝ことば〟に反応して、活性化した。それもた充分に考えられる話だ。

 ガブリエラが嘘を吐く理由も見当たらない。


 とはいえ、そうなってくると……


「托卵? 神はオルドビス家に、俺を托卵したってコトになりません?」

「そ、それは、えっと……」

「デイモン・オルドビスの血が入ってないなら、俺は貴族でも何でもないって話に繋がっちゃうな……」

「ででででも、ランクアップはしてますわ! 神の落とし子ですから、もう、とぉってもありがたい存在!」

「フォローの仕方」


 おろおろと慌てたガブリエラに、苦笑いして片目を瞑って見せた。


「──さ、さてはからかいましたわねレイゴン……!」

「俺が今さら、血の繋がりを気にするワケないでしょう」

「ムキーっ! あなたのそういうところが苦手ですわ!」

「ムキーて……」


 口で言うヤツは初めて見たかもしれない。


「まぁ、それはともかく。俺がデーヴァリングだって話、わざわざ直接伝えに来てくださったのは、何でなんです?」

「む……」

「ガブリエラ様のことですから、心配してくれたんですか?」

「むむむ……」


 公爵令嬢は顔を斜に逸らして唸った。

 が、今度は首元まで赤く染まっている。

 金髪縦ロールで「ですわ」口調で、金のアクセサリー。

 外見はまるで高飛車系高圧的お嬢様そのものなのに、ガブリエラ・ゴールデンハインドは非常に心優しい少女だった。


 あらゆる言語、あらゆる言葉。


 デーヴァリングが本当にすべての〝ことば〟を理解してしまえるなら、その価値は高い。

 古龍原語ドラゴン・バベルひとつ読めて話せるだけでも、戦争の火種になりかねない特殊能力だ。

 イリスという証拠もあるから、周囲にバレれば身柄を狙われる可能性もある。

 というか、禁忌扱いでギンガムのように、罪人に仕立て上げられてしまうかもしれない。

 自己防衛のためにも、今後は自分の言語能力に注意して振る舞うようにしなければならなかった。


「ありがとうございます。わざわざ教えに来てくれて」

「感謝には、及びませんわ」


 礼を告げると、ガブリエラは咳払いを挟んで、澄ました顔になった。

 が、その顔が徐々に、どこか意を決したものに変わっていく。


「感謝には、本当に及びませんわ」

「……ガブリエラ様?」

「だって、わたくしは今日、あなたに脅迫をかけに来たのですもの」

「脅迫?」


 似合わないセリフに、思わずキョトン。


「ここまでの話は、レイゴンにとって必ず秘密にしなければならない話でしたわ」

「ええ」

「でも、困ったコトにここに、わたくしという秘密を知る人間がおりますの」

「ははぁ」


 要するに、秘密を守ってもらいたければ、言うことを聞けってな流れに持っていきたいのか。

 得心がいった俺は、少し戸惑いながらも続きを待った。

 すると、ガブリエラはベルーガの名を出した。


「レイゴン。あなたやっぱり、ベルーガ様の騎士になりなさいな」

「……それは、先日も断っている話ですよ」


 予想外の発言に、眉が八の字に下がっていく。

 ロスランカの地からウェスタルシアに帰還してすぐ。

 ベルーガは俺に、騎士になってくれと頼んで来た。

 第三王子に直接仕え、近衛として身辺警護を請け負う護衛役。

 ルキウス・アルベリッヒが果たしていた役割。

 それを、ベルーガは新たに俺にやって欲しいと頭を下げた。

 だが、


「殿下もガブリエラ様も、俺の夢は知っているでしょう?」

「……外の世界を、見て回りたいんですのよね?」

「はい。俺はこの世界を、自由に気侭に楽しく見て過ごしていきたい」


 幼馴染である二人には、隠すことなく明かしていた夢だ。


「俺はそのために、『ロスランカリーヴァ』に潜って自分を鍛え続けてきましたし、資金だって貯めています」

「あなたの夢は知っていますわ」

「なら」

「それでも!」


 ガブリエラは強く、こちらの言葉を遮った。

 組んでいる腕にも、いつの間にか力が加わっている。


「それでも……ベルーガ様のために、お願いですからその夢を諦めて欲しいですわ」

「…………」

「だって、レイゴン。、ベルーガ様の身の安全を守れるじゃないですの」


 わたくしには出来ない。

 公爵令嬢として生まれ、女の世界で育てられたガブリエラ・ゴールデンハインドには、荒々しく凶暴な男の世界に、立ち入る術が無い。

 ロスランカの地でも、それはずっと変わらなかった。


「あなたにショートソードを手渡された時、わたくしね? 実はものすごく途方に暮れていたんですの」

「……」

「こんなの使えない。こんなの持てない。まだ囮の役割の方がいい。そんなことまで思って。で、気づいたんです」

「何に?」

「わたくしは、ああ、女なんだなって」


 当たり前の事実。

 当たり前の現実。

 それは、あの時あの場にいた誰もにとって、疑いの余地の無い常識だ。

 ショートソードを持たせた俺も、別にガブリエラに戦いを期待して武器を持たせたワケじゃない。


「あれはあくまで、護身用の意味で渡したものです」

「でもね? わたくしは思いましたわ。自らの非力と無力さと、卑怯な心根を」

「卑怯?」

「戦わずにいられる立場。剣を持たなくても許される性別。そこに無意識の内に居座って、当たり前の権利だとすら思っていた醜い自分」

「別にそんなことは……」

「女の子みたいな顔をしていても、殿方であるレイゴンには分からないですわよ」


 男が女を守り、身を盾にして戦うのが当然だと考えている者には、守られる側である女の気持ちは分からない。

 ガブリエラは半ば、泣き笑いで言った。


「だから、ごめんなさい」

「……」

「わたくしはあなたに、不幸せを強要しますわ」

「ガブリエラ様」

「レイゴン、聞いて。ベルーガ様はいま、王宮でひとりぼっちのまま戦っています。けれど、レイゴンも知っての通り、あそこは王位継承を巡っての権力闘争の真っ最中」


 実の母や祖父さえ信頼できない伏魔殿で、ベルーガを守る者はどれだけ居るのか。

 暗殺の刃が、いつ再び襲ってくるか分からない不穏な状態。


「ベルーガ様が危ない目に遭うのは、レイゴンだって嫌ですわよね?」

「そりゃそうですが……」


 だからと言って、第三王子の近衛騎士に正式に叙勲でもされてしまえば、俺はもはや自由の身分とは掛け離れた場所に縛られてしまう。

 幼馴染は大切だ。親友は大切だ。

 だけど、片方が自らの人生を犠牲にして、片方のために身を捧げるようになってしまえば、それは友情ではなく何か別のモノに変わってしまうだろう。

 ベルーガには悪いが、対等な友人関係であるためにも、こればかりは首を縦には振れない。

 だから断った。

 それなのに、


「ガブリエラ様。貴方は殿下を救えるなら、自分が悪役になることも辞さないんですね」

「……ええ。だってわたくしは、レイゴンよりベルーガ様を選びましたから」

「それでも、俺は知っていますよ」

「?」

「ガブリエラ・ゴールデンハインドは、誰かを不幸に陥れてまで、自分の望みを叶えようとする人間じゃありません」

「っ」

「何より、俺は殿下に直接断りを入れて、殿下もそれを承知の上です」


 これはガブリエラの、婚約者を想うがゆえの独断に違いなかった。


「俺は殿下の騎士にはなりません」

「っ……でも!」

「話は終わりです。今日のところは、お引き取りを」


 腕を離し、ガブリエラから一歩離れる。


「大丈夫です、ガブリエラ様」

「なにがっ……!」

「殿下もロスランカの地を経験して、見違えるような強さを手にしました。ルキウス・アルベリッヒの前でのあの勇姿、忘れてはいないでしょう? 男らしく成長した殿下なら、きっと王宮での戦いも乗り越えていけますって」


 実際、ベルーガ・ベルセリオンには聖剣という類稀な味方もあるのだし。

 聖王聖君の復活となれば、後援者や支持者くらいは簡単に集まって来るはずだ。

 後ろ向きに考える必要は無い。

 俺はガブリエラを明るく励ました。

 直後だった。


「──────まさか」

「はい?」

「レイゴン、あなた……まだ気づいていないんですの……?」


 愕然とした少女の顔に、「ん?」と困惑。


「気づいてないって、何のことです?」

「ベルーガ様は……いいえ、あの子は──!」

「っ!?」


 襟を捕まれ、凄い剣幕で声を荒らげられた。

 少女の細腕が、ワナワナと震える。

 そして、第三王子ベルーガ・ベルセリオンの婚約者フィアンセは言った。


「……あの子は、──!」

「──は?」


 言葉の意味自体は、すぐに分かった。

 が、言われている意味を、理解するのには時間がかかりそうだった。


「殿下が、女……?」


 だとすれば、だとすれば……


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