Game 016「後日談と日常の変化」
では、後日談の話をしよう──。
西方大陸中北部。
ウェスタルシア王国は王宮の〈アリアティリス〉にて。
恐るべき陰謀の夜。
第三王子ベルーガ・ベルセリオンを、亡き者にせんとして蠢いた陰惨な事件の顛末とその結果。
結論から言えば、犯人は捕まえられなかった。
ルキウス・アルベリッヒ。
国で一番の〈
先王の信頼篤く、また民の英雄でもあった男は、ロスランカの地にて死亡した。
謀反人、反逆者、裏切り者の大罪人。
被害者であるベルーガの手で、赤銅色の若騎士は返り討ちとなり、故国には二度と帰らぬ人となったのだ。
犯人……刺客が、死んでいるのなら法の裁きは与えられない。
俺たちはあの後、ミリエルという女性〈
男の〈
俺、イリス、エドガー。
ルキウスと戦って、重傷を負った二名と一頭だったが、幸いなコトに治療が間に合った。
日頃から命の危険が付き纏う仕事に就いているだけあって、現職の〈
「本当はこれ凄く高いんだけど、きっと今回は王家が補填してくれるわよね?」
「いいから、さっさと……飲ませろバカ……」
「はい、どうぞ。レイゴンくんもグビっとイッちゃって!」
とまぁ、割と瀕死の状態に近く、大量出血やら内蔵損傷やら、「あ、これダメなヤツかな?」と半ば諦めかけていた際に、俺たちはミリエルから薬を飲まされ回復した。
「……信じられない。焼いた傷口まで治ってる」
「──あぁ、生き返ったぜチクショウめ」
「そりゃあ『生命の水』ですから。良かった、もう死んじゃうかと思いましたよ」
「あの、イリスにも飲ませていただいても……?」
「ドラゴンにか? まぁ、一緒に戦ってたところは見たが……」
「……どうします、先輩?」
「オレたちを襲わないなら──いいだろ」
「絶対に襲わないと約束します」
「じゃあ、これ」
そうして、イリスも脚の治療を受けて回復した。
幼い黒飛龍はクルクルと喉を鳴らして喜んだ。
そんな途中経過を挟み、〈朽ち果てた怪人砦〉へ戻り、出てきた時と同様、同じ
もちろん、王宮では一騒動になった。
約一週間。
それだけの期間にわたって生死不明、行方不明扱いになっていた第三王子が戻ったのである。
ベルーガの母方筋──クロムウェル家は大いに喜んだし、ゴールデンハインド家──ガブリエラの生家も愛娘の生存に非常に安堵した。
と同時に、彼らは当然のごとく下手人への報復を追求した。
「プリンス・ベルーガ。レディ・ガブリエラ。並びにデイモンの息子が無事だったことは、まさしく神の思し召しだッ」
「〈
「プリンスの手で返り討ちに遭ったそうだが、口惜しい……口惜しい口惜しい口惜しい! できたコトなら、この手で直接、あの若造に最も惨き罰をくれてやったものを……!」
怒りに猛ったのは、オスカー・クロムウェルとミカエル・ゴールデンハインド。
王国有数の大貴族にして、評議会でも極めて強い発言権を持つ男たちは、ルキウスを散々に扱き下ろした。
悪罵と侮蔑は、小一時間近く続いたと云われている。
大総長ジェニファー・シャンゼリゼは責任を問われ、しかし、老獪な〈王の杖〉は真の黒幕が誰なのかを考えるべきだと主張した。
「あのルキウスが、何の理由もなくプリンス・ベルーガを裏切るものだろうか?」
「たしかに、彼は息子を、本当に小さな頃から知っているわ」
「騎士道の体現者と謳われ、数々の英雄働きをしてきた〈王の剣〉が、どうして主君に託された子を殺そうとしたのか」
「なにか、並々ならぬ所以があったのは、たしかでしょうね?」
王太后クルエラは不敵に微笑み、老女の言葉を肯定した。
肯定してみせるコトで、自分はその動機にまったく心当たりが無いと暗黙の内に嘯いていた。
評議会に集う二名の女は、言外に潜む敵意と対抗に誰より早く気がついていた。
「ルキウス・アルベリッヒが、プリンス・ベルーガを裏切ったのは、きっと誰かに惑わされたからよ」
「大いに有り得る話だろうねぇ。剣に生きる男というのは、得てして純粋で、不器用なものだから」
「ならば、問題は誰が第三王子殿下を弑そうなどと考えたのかか」
評議会において、唯一中立の立場であるデイモン・オルドビスが、平坦に議題をまとめた。
答えなど、皆が腹の内では分かっていた。
自ずと視線を集めたプリンス・ベゼルは、少しも気圧されることなく言葉を巻き取った。
「順当に考えれば、これが王位継承に関わって始まった事件なのは、言うまでもない。
であれば、皆の疑念が私に向くのも仕方がないだろう。
しかし、たかだか古の骨董品……聖剣を抜いたからと言って、ベルーガを王に担ぎあげる者がいるだろうか?」
「聖剣は王権の証そのもの。白虹剣セレノフィールに担い手たる資格を認められたなら、それはプリンス・ベルーガが本物の聖王聖君に相応しい証拠ではないですかな?」
「本気で言っているのか、外相? ベルーガの気質や能力は、ここにいる誰もが知っているだろう。一振りの剣に王を決めさせていたら、国は瞬く間に立ち行かなくなる。だからこそ、レプリカも作られたのだ」
「然れど」
然れど。
「失礼を承知で申し上げさせていただきますが、いつの時代も、偽物より本物が称揚されるのは人の世の常ッ! ゆえにこそ、私はプリンス・ベゼルに嫌疑をかけさせていただきますぞッ!」
「無礼者が……証拠は無いだろうッ」
「たしかに証拠は無い。ですが、状況が物語っておるからには!」
いずれ必ず、真偽のほどは暴かれるものと思われるがいい。
対立構造は明確に。
王権を巡る争いはさらに熾烈に。
評議会は第一王子と第三王子派で別れていく。
が、そこで孤軍に思われた第一王子に、味方するかのように発言したのが、密告者の長、デイモン・オルドビスだった。
「暴かれるべき真偽と言えば、先王陛下のご遺体から、毒物が確認された事実も我々は追求せねばならないでしょう」
「なんだと、デイモン?」
「長らく病気が原因と考えられておりましたが、最近、異国からある毒物が国内に持ち込まれた事実が判明しましてな。その毒は、非常に似ているのですよ」
「なにが、似ているのかしら?」
「先王陛下と先のお妃様が亡くなられた際の、衰弱の経過と死亡時の特徴が」
「……ほう。つまり、それは由々しいことに、我が父と母に毒を盛った者がいると。信じ難いが、いったい誰が、そのような大罪を犯したのだろうな?」
「プリンス・ベルーガの暗殺未遂とは、関係の無い話に思えますが?」
「王族の生死に関わる問題だぞ。関係が無いなどとは、まるで思えん。これは必ず、真相を暴かなければならない話だ」
睨み合う第一王子派閥と、第三王子派閥。
王宮の権力闘争は、更なる局面を迎えて続いていく様子だった。
そんなイザコザが、俺のヰ世界ファンタジーライフにおいて、メインストーリーであるはずがない。
ベルーガとガブリエラを、目立った怪我も無く無事にウェスタルシアに戻せた以上、肩の荷も降りてサッパリ気も楽になった。
裏切り者であったルキウスへの怒りは、消えている。
さすがに命を奪ってまで、恨み辛みは抱いていられない。
幼馴染の命が助かったのなら、今回の件はこれにて終わり。
ルキウスにはルキウスなりに、いろいろと複雑な事情があったのかもしれないが、俺にとって大切なのは、親友を救えた事実その一点だけだ。
陰謀に巻き込まれて、かなり厄介なトラブルを体験するコトになったが、終わり良ければ八割良し。
(これで、ようやく俺本来の人生に舞い戻れるぜ……)
ってワケで、「あー疲れた!」と。
しばらくオルドビス領の屋敷で、ダラダラ引き篭っての落とし子生活を堪能させてもらっていた。
ロスランカの地に二年間潜っている経験があっても、ひとり気ままに自分の命だけに気を遣って探検するのと、守らなきゃいけない命が二つもある状況では、精神的にも体力的にも消耗はケタ違い。
霊薬によって怪我こそ完治したが、少なくとも一ヶ月は日常を満喫したい。
だから、ここ数日は植物などを愛でたりして、ほのぼのと時間を潰していた。
あるいは、身の回りに起こった変化を味わっていた。
「Cururu……」
「おー、イリス。ウェスタルシアのヤギは美味しいか?」
「Curu!」
「そうか、美味しいか」
虹色に輝く鱗の肌を、撫でながら話しかけ微笑む。
イリスは現在、オルドビス領の森で密かに暮らしている。
ロスランカの地からウェスタルシアに移住するのは、神代のドラゴンにとってどんなものなのだろう? と気にしていたが。
どうやら問題なく、環境には適応可能な様子だった。
「故郷よりも俺と一緒にいたがるなんて、オマエもひょっとして、落とし子だったりするのか?」
「?」
首を傾げるイリスは、すぐに野生のヤギをガツガツ貪り、食事に夢中になった。
もちろん、
〈朽ち果てた怪人砦〉から〈アリアティリス〉に戻る際、俺たちは当然、イリスと別れるつもりだった。
まさか本物のドラゴンを、王宮に連れ込むワケにもいかない。
寂しくはあるが、どうせ一ヶ月もすれば俺は再びロスランカの地に潜るつもりだったため、後でまた会おう。
そう言って別れた──はずが、
(コイツ、次の日にはウチの
たまたま散歩をして、たまたま気がついたから良かったが。
俺以外の他の誰かに見つかっていれば、たちまち大騒ぎになってしまうところだった。
おかげで、それ以来すっかり森の散歩(イリスの様子確認)が日課になっている。
いつかは必ずバレる隠し事ではあるものの、はてさてどう周囲には説明したものか……
「結局──俺がどうして
絆を結んだから安全だ、なんて。
あっちの世界で起きたコトを知らない者には、まったく信じてもらえない世迷言だろう。
神代武器である逆手剣も、俺が正式な〈
(チクショウッ!)
売れば確実に一財産を築けただろうから、ものすごく悔しくてたまらない。
だが、没収ではなくあくまでも〝預かる〟という話だったので、俺が望めば、きっといつかは手元に戻ってくる。そう信じる。
今はいったん、目の前の黒飛龍をどうするか。
そっちに集中する必要があった。
さて、そんな折に──
「レイゴン様。ガブリエラ・ゴールデンハインド様がご訪問です」
「ガブリエラが……? 俺に何の用だろう?」
「なんでもお会いして、直接お話したいとのことです」
「分かった。じゃあ、会うよ」
メイドの知らせに、怪訝に思いながらもガブリエラの訪問を受け入れた。
オルドビス家の屋敷に、ゴールデンハインド家の令嬢が姿を現すのは、公的な行事を除けば初めてのことである。
落とし子である俺に用があるなんて、そんな貴族令嬢はほとんどいないからな。
まぁガブリエラなら、きっとベルーガ絡みでの用件だろう。
ゲストルームまで迎えに行き、ぺこりと挨拶した。
「ガブリエラ様。俺に話があるとか?」
「ご機嫌よう、レイゴン。ええ、ちょっと内密に、二人だけで話をさせていただけますか?」
「庭を散歩がてら、どうでしょう」
「いいですわね」
腕を組まれ、燦々と日の降り注ぐ初夏の爽やかさのなか。
綺麗に刈られた芝の庭へ、黙々と歩いて行く。
充分に屋敷を離れ、使用人の目と耳が無くなったところで、会話を再開。
「それで?」
用件を促すと、金髪縦ロール公爵令嬢は静かに訊いてきた。
「レイゴンは、ご自分の出自というか血について……どれくらい正確に把握しておりますの?」
「……出自というか血?」
突拍子も無い話題に面食らってしまうのは、俺でなくても当然の反応だったと思う。
レイゴン・オルドビスに流れる血液。
半魔物と蔑称される所以。
あるいは、赤ん坊の頃に妖精に攫われた件を踏まえて、肉体が恐らく何割か妖精化している点を語ればいいのか。
意図は読めなかったが、「それが何か?」
訊ねると、ガブリエラは興味を惹く一言で答えた。
「恐らくではありますけれど、あなたには
「なんですって?」
ガブリエラはゴクリと、唾を飲んで緊張した顔つきだった。
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