Game 014「超人」



 時は少しばかりさかのぼり、レイゴンらが嵐の夜を〈隠者の小洞窟〉で過ごしていた頃。

 ルキウスたちは、〈竜蛇に焼かれた廃墟〉を出立し、地下道を進んでいた。

 先頭を案内するのは、ドワーフの大男である。


「おい。本当にこの道を使えば、プリンスたちに追いつけるんだろうな?」

「な、何度も言わせるなッ、オレはただ麓川を下っていったなら、次はあそこを目指すはずだって……推測でモノを言っただけなんだよ!」

「だとしても、貴様は流刑人の分際で、しぶとく生き残っていた。ならば、貴様の思い当たる場所こそが、殿下の次なる目的地だろう」

「……ク、クソっ!」


 悪態を吐くギンガムに、ルキウスは剣を突きつけながら先導を続けさせる。

 リンドブルムを殺した翌日、ルキウスらは順当に〈竜蛇に焼かれた廃墟〉に辿り着いた。

 そこは、すでにベルーガたちが移動を開始した後であり、廃墟には謎の異臭のみが残されているだけかに思われたが、ギンガムもまた戻って来ていた。

 黒飛龍から逃れ、晴れて真なる自由を手にしたギンガムだったが、しかし行く場所など何処にも無い。

 腹も減っていたため、すごすごと廃墟に戻るしかなかったのである。


 その後の流れは、およそ言うまでも無い顛末だ。


 ルキウスらはギンガムを拘束し、尋問した。

 ギンガムは地下室のある廃墟からなら、ベルーガたちが向かったであろう〈エレイン教会〉まで、地下道で近道できると話した。

 なぜ〈エレイン教会〉なのか?

 それは水と食料を補給しながら、出来るかぎり安全に移動を行うなら、この辺りで選択できるルートが自ずと限られるためだった。


 ミリエルの魔法が明かりを揺らし、四人は嵐の轟音を岩土を隔てて感じながらも、着実に前へ進んで行った。


 道中、ルキウスは迷った。


 ──今ここでなら、エドガーとミリエルを殺せる。〈神代探訪〉の目を排除できる。

 ──ギンガムという男に道案内をさせれば、二人は要らないのではないか?

 ──いや、それは軽率か。流刑人は信用できない……〈探検者シーカー〉の助けだって、必要になるかもしれない。

 ──仕掛けるにしても、確実を期さなければ……


 岩土の壁にツラツラと、雨水が滴り落ちる地下道。

 足元に落ちる影はあやかしのように見え、闇の奥からは何時なんどき、魔物や怪物が現れるか分からない。

 歴戦の騎士であっても、否、歴戦だからこその神経を焦がす緊張感。

 双肩にのしかかった重い使命も合わさって、ルキウスの心は日に日に暗がりに染まっていく。


 大蝙蝠、大百足、大触手。


「ひ、ひぃ……!」

「──うおおおおぉァッ!」

「お見事」


 途中に現れる奇怪な生命を蹴散らしながら、ルキウスは自分もまたそれらと同じ下等な命に落魄おちぶれていく感覚だった。


(──いや、そうではないな)


 この身はすでに、狗にも劣るクズ。

 守ると誓った主君の子に剣を向け、騎士道を汚した最低の〈王の剣〉

 名誉も誇りも、とっくに地に堕ちている。

 魂は苦痛にもがき、良心と正義感は叫びながらルキウスを罵り、胸の底から張り裂けそうなほど嫌なものが裡に溜まっている。


 しかし、それでも殺さなければならない。


 なぜなら、ルキウスは知ってしまったからだ。

 ベルーガの母方筋、辺境伯クロムウェル家の悪逆なる陰謀を。

 先王の妃を殺し、娘を使い先王を籠絡し、血を継ぐ子どもが生まれれば、ついには先王さえも病に見せかけ殺す。


 証拠は残されていない。


 しかし、ルキウスはプリンス・ベゼルをよく知っている。

 仕えた主君の自慢の世継ぎ。

 公正明大で、智慧や武勇にも優れ、民からも人望篤い理想のプリンス。

 出来ることなら、自分が彼の守り手になりたかった。


 第三王子の護衛に任じられたコトを、不満に思っていたワケではない。


 主君の子を託されたという事実に違いはなく、名誉ある役目だと誠心誠意、身を粉にして働いて来た。

 けれど、ベルーガは王子の割に膂力に優れず、気質もまた人々の上に立つべきそれでなく。


 ──もう少し、しゃんとしていただけないものか……


 ルキウスはもどかしい思いに駆られるコトも、しばしばあった。


 〝尊敬する主君と、立派な子息に、二代にわたり仕えられたら〟


 名誉と忠誠を重んじる騎士として、それ以上の喜びは無い。

 だが、


 ──フッ、王国最優、最強と謳われておいて、未だ不足を思うなど……あまつさえ更なる栄誉まで望むなど、騎士にあるまじき強欲だな……


 ルキウスは自重して、喜んで第三王子の身辺警護を務めて来た。


 ──これでいい。これでも充分に恵まれている。


 ベルーガが聖剣を抜くまで、ルキウスは生涯、自分はこの子の盾になるものだと信じて疑わなかった。

 あの晩、ベゼルに不意に呼び出されるまでは。


 ──ベゼル殿下、こんな夜更けに何用でしょうか?

 ──サー・ルキウス。聞いてくれ……


 恐るべき陰謀だった。

 第一王子ベゼルは、たったひとりで戦っていた。

 ルキウスは自分が忠心を捧げて守ってきたベルーガが、仇の子である真実を知った。


 天地が揺らぐ選択を迫られた。


 幼く、非力で、ルキウスが守らなければすぐに怪我をし、ワンワンと泣き出してしまう在りし日のベルーガの顔が頭の中に浮かび、


(私は──裏切り者になった)

 

 ベルーガには何の咎も無いと分かっていたが、謀反人の子が王になるなど、決して見過ごせない悪だったからだ。

 冷酷非情な王太后に、野心の火に焼かれた辺境伯。

 ベルーガでは彼らに立ち向かえない。いいように操られて国を奪われてしまう。


 王にすべきは、どう考えてもベルーガではなく、ベゼルだった。


 たとえその選択が、ルキウスに裏切りの刃を振るわせるコトになっても、陰謀は破らねばならない。

 たとえその選択が、ルキウスにの罪業を科すとしても。

 邪な卑劣者の手が、聖王聖君の清き王権に触れるよりかは、遥かにマシなのだから。


(……せめて私の手で)


 直接ベルーガの命を奪おう。

 罵りも呪いも、すべてを受け止めなければ、ルキウスは騎士たる誇りの最後の牙城まで、無惨に失うコトになる──ゆえに。



「──そ、そら、この先が〈エレイン教会〉だ!」


 ギンガムが告げた到着の言葉の先。

 地下道から地上へ出て、すぐに聞こえた闘争の音。

 聞き慣れたベルーガの、くぐもった呻きが耳朶を震わせた気がして、


「……殿下ッ!」


 双剣の英雄が、今まさにベルーガの首を断とうと動き出した刹那、カラダは勝手に英雄の攻撃を止めていた。

 ロングソードによるインターセプト。

 間に合ったのは奇跡に等しい神技だった。

 ビリビリと痺れる両腕。

 英雄の剣威に、〈王の剣〉であるルキウスですら戦慄が禁じ得ない。


「ルキ、ウス……?」

「──はい」

「なん、で……」

「今は問答より、この場を脱するのが先でしょう」

「ルキウス卿! 煙幕を張ります!」

「あ、あなた方は……!?」

ですよ! さあッ、早くこちらに!」

「Errrrrrrrrrrrrr──!!」


 横から奇襲したルキウスに、神代英雄はすかさず対応し剣筋を変えた。

 ルキウスは水の流れに逆らうコトなく、敢えて

 英雄は体勢を崩し、ルキウスは外套を被せるコトで視界を奪う。

 その際、一瞬チラりと視界に入り込んだのは、オルドビス家の落とし子が派手に血を流しながらも、黒い飛龍に掴まって、戦場を同時に離脱する姿だった。

 神秘の寵児は、ドラゴンすらも魅了するのか。

 気になる驚きはあったものの、どうあれ……



「──必要な人間は、揃いましたね」

「ルキウス……」

「この恥知らずの裏切り者ッ!」

「──フ、フハハッ……ハハハハッ!

 殿下、それにレディ、あの晩の決着を、此処でつけさせていただきます!」


 谷の狭間で、剣を抜いた。


「──な、ルキウス卿!?」

「気でも触れたか、〈王の剣〉ッ!」

「いいや。最初からこれが、私の使命だったのだ……悪いがオマエたちにも、ここで死んでもらうッ!」


 だから邪魔をするなら、早くしろ。

 姿の見えぬレイゴン・オルドビスに、ルキウスは黙したまま語った。


「我が名はルキウス・アルベリッヒ……裏切りの刃である!」





 ────────────

 ────────

 ────

 ──





「我が名はルキウス・アルベリッヒ……裏切りの刃である!」


 その名乗り上げを、黙って見ておく真似はできなかった。

 夜の谷底。

 川の水面に翠色ホタルの光。

 薄明るい空の下、濃い影に覆われた断崖の渓谷で、赤銅色の若騎士はよりにもよって、堂々とベルーガの心を再び傷つけた。

 その宣告が、宣言が、いったいどれだけベルーガの胸を抉るか、分かっているのか?


「──イリス」

「Gurururu……!」


 ローエングリンにやられた傷は、すでに龍炎で焼いて塞いでいた。

 意識は二〜三度、白く弾けて気絶しそうになった。

 だが、俺もイリスも、もう動ける。

 ドラゴンの生命力は強く、俺もまた、尋常のニンゲンではないからかもしれない。

 なんにせよ、混乱の戦場に、ドラゴンにまたがって飛び込む──!


「ルキウス・アルベリッヒィィィィィィッ!!!!」

「! っ、来たか、オルドビス家の妖精の取り替え児チェンジリングッ!」

「“レアドラリス”──!」


 咆哮、破壊、憤怒、炎。

 イリスは俺の願いに応え、ドラゴンブレスをルキウスに放つ。

 万象滅ぼす龍の火炎。

 赤銅色の剣使いは、川に飛び込んで大過を躱した。


「こ、今度は何だ!?」

「ドラゴン!?」

「味方ですわっ! レイゴン! 無事だったんですわね!?」

「アレが味方!? いったいどうなってやがる……!」

「どうもなにも、見ていたなら分かるでしょう!?」


 ガブリエラが二名の男女に怒鳴った。


「ウェスタルシア最優にして最強の騎士、サー・ルキウスは死んだのです! あなたがたと一緒にいたのは、ベルーガ様の命を狙う最悪の裏切り者!」

「な──」

「……クソッ! そういうコトかよ!」


 中年の男が、陰謀に巻き込まれた事実を察したのか、舌を打って顔を顰める。

 遠くから様子を見ていたが、やはりルキウスの仲間ではないらしい。

 ならば話は早い。


「殿下!」

「レイゴンッ」

「その人たちと一緒に、砦まで逃げるんです!」

「……砦まで!?」

! そうですね!?」

「! え、ええ! 〈アリアティリス〉には、いつでもあそこから帰れるわ!」


 女性の肯定に、目を見開いて震えてしまうのは、仕方がない。

 ベルーガとガブリエラは、それだけで泣きそうになって、しかし涙は落とさず。

 目元を拭うと、すぐに覚悟の決まった顔になった。

 二人とも、〈朽ち果てた怪人砦〉にいた頃とは、比べ物にならないくらい心が強くなっている。


(なら、これはもう逃げるが勝ちだ……!)


 王国最強のソードマスターに、殺されぬままウェスタルシアに戻れれば、罪の在処は明かされる。

 法の裁きがルキウスに報いを与える。

 第一王子ベゼルとの戦いは、その後で考えればいい。

 今はただ、幼馴染二人を無事に家に帰せ……!


「はぁ、はぁ……させると思うのか、この私が?」

「純血の龍種に、勝てると思うのか?」

「ドラゴンスレイか……騎士の勲には、さぞや相応しい威名になるだろうな!」


 ザバリ、ザバリ。

 川から上がったルキウスは、濡れた刃で襲って来た。

 水で濡れてカラダは重くなっているはずなのに、凄まじい跳躍力だった。


「ッ!? イリス!」

「────!」

「チィッ……!」


 旋回して緊急回避。

 攻撃を外し、川岸に着地した若騎士は、剣を杖のようにし呪文を唱えた。


「“槍衾の堅壁ピルム・ムーリアリス”ッ!」

「うおっ!? な、なんだこりゃ!?」

「ル、ルキウス卿、魔法使いでもあったの!?」

「……安心しろ。私が使える呪文は、これひとつだけだ。逃がしはしない」


 行く手を塞がれたベルーガたちは、ほぞを噛んで戦場に振り返る。

 だが、忘れているのではなかろうか?


「ベルーガ様っ、剣を!」

「そ、そっか、そうだった!」

「! 聖剣か──!」


 白虹剣セレノフィール。

 あらゆる魔物、あらゆる魔法を打ち破る至高の名剣。

 ベルーガ・ベルセリオンは、もはや彼の剣と共にある限り、聖域の化身である。


 霧霞の白鞘から、光輝の剣身が抜き放たれる。


 『聖なる光臨グローリー・ハロー


 白色の虹霓。

 月暈の淡き氷晶光。

 輪となって広がる霧の虹が、ルキウスの創り出した凶悪な障害物を、文字通り雲散霧消させた。


「殿下がいつまでも、守られるだけの薄弱な王子だと思うなよ!」

「──ッッッ、ならば追いつき、力の差を以って斬り伏せるまで!」

「それこそ、俺がさせると思うのかよ!?」


 イリスの背の上で、左手をこれ見よがしに掲げる。


「ぬ!?」


 逆手剣を構える。


「! 何処に──!」


 妖精の指輪を知るルキウスは、当然、俺が何かと位置を取り替えたと思ったのだろう。

 だから、分からない。

 俺たちがこの地で、新たに手にした神代の武器のチカラ。

 伝説のアンデッドの、核にまでなっていた〝殺し〟の道具。


 ──ブゥンッ!


「!?」


 風切り音に振り返りかけても、もう間に合わない。

 逆手剣の神秘は、必ず対象の急所を、死角から狙える位置に所有者を運んでくれる。

 宙に現れた俺は、そのまま斜めに落下速度も込めて、剣をルキウスの首に叩き込んだ。

 個人の武勇ではどうにもならない。

 まず間違いなく、致命的な一撃クリティカルヒットだった。


「──GAAAッッ!!」

「!?」


 ルキウス・アルベリッヒは、それを衝撃波を伴う咆哮で防御した。

 武人の威圧、野戦の蛮声、獅子の裂帛。

 人間の喉からは、決して出せないはずの大音声がルキウスの全身を守り、俺もろとも周囲の石まで弾き飛ばす。


「レイゴンッ!?」

「騎士の“ウォークライ”か!」

「王国最優、最強の肩書きを……あまり舐めないでもらおうか」


 河原を転がりながら、何とか体勢を立て直した。


「ッッッ、〈王の騎士キングズナイツ〉はバケモノかよ!」

「護国を背負う騎士ならば、当然の技だ」


 人でありながら、人たるを超えた証『超人戦技』

 武の真髄に至らなければ、ソードマスターの称号など贈られない。

 ルキウス・アルベリッヒは、混じり気の無い人間でありながら、人外犇めくこの世界で、仮にも最強の看板を背負う者。

 そんなヤツが、普通の人間であるはずがなかった。


(忘れていたのは、俺も同じか……!)


 本気の戦いは、まさにこれから始まる。

 ならばこちらも、持てるすべてを使って抗うまで!


「指輪よ!」

「──馬鹿の一つ覚えだなッ!」


 隠形。

 同時に走り、足元の石を拾って投擲。

 飛んでくる石礫を、ルキウスはロングソードで叩き落とした。


「今さらこんなものが、何になる!」

「“レアドラリス”!」

「!?」


 俺は投擲を続けたまま、イリスに龍炎を頼んだ。

 空から炎が、またしてもルキウスを襲う。


 ボゥ、ボゥ、ボボボボゥッ!


 迫るドラゴンブレスに、ルキウスは川へ逃げ込むしかなかった。

 その隙を、俺は容赦なく石で狙った。


「──きっ」


 ルキウスは恐らく、「汚いぞ」と発しそうになったのだろう。

 だが、卑怯汚いを論じるなら、ベルーガを裏切ったルキウスの方こそが最も汚い。

 頭を狙った石はすべて避けられたが、背中や肩には何個か当てるコトができた。

 嫌がらせにしかならないが、どうあれダメージには変わりない。


「今のうちです!」

「レイゴンも!」


 ベルーガたちに合流すると、急いで川上に向けて走った。

 イリスもまた、炎を吐き終わり、空から俺たちに合流する。

 川は二度の高熱に沸騰し、もはや煮えたぎる熱湯だった。


「──やったか!?」


 振り返り確認した瞬間。


「ウソ……だろ……!?」


 川の水が、内側から縦に割断された。

 まるでモーセの十戒。

 鋭く長く、川底に〝道〟を作った騎士が、真っ直ぐに後を追ってきた。

 疾走する赤銅は、折り畳まれていく川の揺り戻しを背にして、しかし水に呑み込まれない。

 グングンと距離を縮められる。


(……こんなヤツがッ)


 ベルーガみたいなひ弱なガキを、有無を言わさず殺そうとしているのか。

 ふざけるなよ。


「ルキウス・アルベリッヒィィィィィィッッ!!」




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