Game 013「裏切りの騎士、再び」
戦いは呆れるほどに一方的だった。
蒼銀の騎士、ローエングリン。
神話『ロスランカリーヴァ』で、龍殺しを成したと歌われるモノ。
水神エレインの子にして、二振りの神剣を振るう
右に握られた清冽剣アリアは、冷たく澄んだ流水の刃で。
左に握られた凛冽剣オルトゥナは、骨を刺すような
教会の聖堂は寒気厳しく、凍気過酷な冬の泉のごとき戦場に変わった。
清冽剣で斬られたモノは、石の柱でさえ鋭利に斬り落とされ。
凛冽剣で斬られたモノは、半端に混じった氷の欠片にザクザクと傷口を抉られる。
流動する剣の刃は、中距離にも対応した。
まず初めに、狙われたのは俺だった。
妖精の指輪による隠形と斥候。
危険なモノが無いか、確認するべく〈エレイン教会〉に侵入し、初めは何も問題無いと思った。
聖堂の中は清閑としていて、生物の気配や罠の類いは、まったく見当たらなかったからだ。
それでも注意深く辺りを確認し、最後のダメ押しで〈姿隠し〉による隠行を解除。
白色の祭壇と、木の葉の散る聖堂内で、堂々と足音まで立ててみた。
何も現れなかった。
何も起こらなかった。
だから俺は、教会の扉を内側から開けて、皆で
「Err……」
「!?」
瞬間、何の兆しも無く突然背後に
「グッ、がはっ!?」
「レイゴン!?」
「ベルーガ様!」
「──うッ!」
蒼銀の騎士は続いて、ベルーガにも蹴りを入れ、白髪のプリンスは教会の外に吹き飛ばされてしまった。
いったい何故そんなコトになったのか。
答えは知っていた。
神話『ロスランカリーヴァ』には、狂える英雄がいる。
歌物語の登場人物で、煌めくような伝説を打ち立てた神代の英雄たち。
けれど、今や死と呪いに犯されたロスランカの地では、英雄は尋常の死を与えられない悲劇の虜囚なのだ。
強者であるがゆえに滅び切れず、伝説の〝マスターピース〟であるがゆえに半ば現象化した存在。
例えるなら、シュレーディンガーの猫みたいな概念に似ている。
今どこに居て、いつ姿を現して、何を求めて行動するのか。
姿が現れるまでは誰にも分からないし、なのに生きてはいるから、常に彷徨していて神出鬼没。
(ゆえに誰が言ったか……!)
『英雄現象』
そして、蒼銀の騎士装束と二振りの神剣。
舞踊のような剣術使いとなれば、ウェスタルシア国民なら誰もが知っている。
炎の生き物であるドラゴンを、母である水神の加護を得て百頭は斬り殺したと語られる人物。
そんなヤツが、よりにもよってこのタイミングで、俺たちの前に出てきてしまった。
「……っ、イリスッ! “レアドラリス”ッ!!」
「──!」
躊躇している余裕は無かった。
ヤバいとは思いつつも、イリスを頼るしか方法が見つからず、咆哮、破壊、憤怒、炎。
ドラゴンブレスを意味する〝ことば〟を叫んで、ローエングリンとの戦闘を開始させ、
「Err──Err──Errrrrrrr──!!」
蒼銀の騎士は、幼体とはいえ純血の龍種を前にし、かつての戦いでも蘇らせたか。
狂気と殺意を爆発させ、双剣のダンスを演じた。
神速の殺し合いだった。
黒き飛龍は龍炎を吐き、英雄は剣の舞で炎を掻い潜り、迫る白刃に虹色の鱗はぬらりと地を飛び立つ。
強風と尻尾の鞭。
双剣でガードし、ローエングリンは水と霙の斬撃を連投。
再度放たれる龍の息吹が、小規模の水蒸気爆発にも似た衝撃波を起こす。
……その戦いに、俺たちのいったい誰が割って入るコトが出来るだろうか?
「イリスちゃん……!」
「っ、ガブリエラ様、立って!」
「でもイリスちゃんがっ」
「俺たちが逃げなければ、イリスだって逃げられません!」
「っ」
尻もちを着いて倒れていた少女を、脇腹を抑えながら立たせる。
ベルーガは教会の外に飛んだため、二人で少年のもとに駆け寄り、無事をたしかめた。
「殿下ッ、怪我はありますか!?」
「ぅっ、グ……大丈夫、聖剣がたまたま間に挟まってくれたおかげで……たぶん打撲くらいで済んだよ」
「なら、急いで逃げましょう。アレはローエングリンですッ、今の俺たちじゃ絶対に勝てない!」
「ッ、僕の聖剣でも……?」
「英雄現象は魔物じゃない! 魔法や魔術による再現ならまだしも、アレは本物のローエングリンです!」
異なる神話、異なる宗教体系とはいえ、神の血を引くものに、カルメンタリス教の聖剣は意味を成さない。
「イリスはどうするの?」
「っ、俺たちが逃げれば、イリスも逃げるでしょう。ドラゴンには翼がある」
「でも、ローエングリンはドラゴンスレイヤーだよ。イリスはまだ仔どもだから、きっと殺されちゃうよ……!」
「たった二晩の付き合いです……!」
「それでも! レイゴンだってホントは分かってるんでしょう!?」
そうだ。
俺は分かっている。
この場にいる誰より、いちばん最初にその判断を下したのは俺だ。
実際に〝ことば〟を告げて、身代わりに仕立てあげたのも俺。
「見捨てちゃダメだよッ、レイゴン……! だって君、あんなに嬉しそうにしてたじゃないか! 仲間だって言ったじゃないか!」
「──っ!」
「でも、ベルーガ様っ、レイゴンが逃げるべきだと言ってるんですわよ!? わたくしたちを生かし、わたくしたちを守り、わたくしたちのために一番矢面に立ってくれているレイゴンが!」
「……ッだけど、レイゴンの指輪と逆手剣と、イリスの連携があれば──!」
ベルーガとガブリエラの間で、言い争いが始まりそうになった瞬間。
「Curuuuuuuurn……!」
「Errrrrrrr──!!」
「「「!?」」」
イリスが、痛哭の叫びを上げて俺たちの横へ吹き飛んで来た。
巻き上がる土煙、龍の炎の熱気、沸騰しそうな血の飛沫が、頬に跳ねる。
ローエングリンは〈エレイン教会〉から、ゆらり、ゆらり、こちらに歩き始め、然れどイリスは脚を斬られたのか、上手く立ち上がれない。
ベルーガとガブリエラが、思わずといった様子で俺の外套を掴んだ。
握った拳に、力が入る。
脂汗がコメカミを伝い、けれど──覚悟は決めるしかなかった。
「……分かりました。イリスを失えば、どのみち状況は逆戻り……いや、五十歩百歩ですからね」
「「レイゴン!」」
「でも、俺が死にそうになったら、二人は絶対逃げてくださいよ……!」
半現象化した神代英雄の倒し方なんて、現職の〈
それでも、ヒトのカタチをしてヒトのように動いているなら、急所の位置は変わっていないはずだ。
逆手剣を抜き、ローエングリンの前に出る。
「Err……?」
「よぉ、英雄。淫魔と妖精のハイブリッドは、きっと神代にも居なかったんじゃないか? ちょっと遊んでくれよ──!」
愚直に真正面から、走って斬りかかる──と見せかけて!
「──Err?!」
互いの間合いに入る寸前、〈姿隠し〉でこちらの姿を消した。
ローエングリンは驚き、右に左に首を振って、俺を探す。
しかし、俺は目の前から移動していない。
逆手剣を、鎧の隙間を狙って刺し込む──勝機はそこ!
ゆえに神懸り的な刹那の
「Errrrrrrr──!!」
「なァっ!?」
ローエングリンが、双剣から無差別に斬撃を乱射した。
刃が肌に、触れたかどうかという一瞬だった。
胸当てと肩当ての狭間、僅かに覗いた心臓への道。
緊張は凄まじかったのに、奇跡的にも刃はそこへ滑らかに吸い込まれ、この一撃ならば例え仕留めきれずとも致命傷は与えられる! と、確信を抱きかけたコンマ0.01秒。
蒼銀の騎士は文字通り、肌で危険を感じ取ったか。
自身の周囲半径三メートル圏に、水と霙の刃を大縄跳びのように流動させた。
〝斬る〟動作を実際にしなくとも、双子の神剣は自由自在だったらしい。
俺は〈取替え〉によって大きく距離を取って、間一髪で難を逃れた。
が、咄嗟の判断すぎて、瞬間移動時の物音までは隠し切れない。
「Errrrr──!」
英雄は迷わなかった。
〈姿隠し〉によって、未だ不可視であるにもかかわらず、凛冽剣が胴の位置に叩き込まれる。
逆手剣を間に挟むが、ザクザクザクザクッ!! 霙の流動は盛大に肉を抉った。
血が吹き出て、妖精の神秘が途切れる。
「逃 げ ろ ッ !」
「レイゴン──!!」
「ダメッ! ベルーガ様!」
ベルーガが聖剣を抜いて、ローエングリンに走り始めた。
ガブリエラが止めようとし、間に合わない。
まったく。
(さっき逃げろと言っておいただろうが)
他者に優しくする時だけ、ベルーガは
聖剣が何ゆえにプリンス・ベゼルではなく、ベルーガ・ベルセリオンを選んだのか。
愚かしいとは思うものの、理由はこういうところにあるのだろう。だから、死なせたくないんだよ。
「──ローエングリンッッ!!!!」
「Err?」
逆手剣を
死角に瞬間移動する。
裂かれた胸下から脇が、無理な体勢にブチブチ皮膚を断裂させるが、この一撃は肉を断たれようが絶対に叩き込む。
致命の撫で斬り、首に刃を滑らせ──!
「Curururu──!」
「ッ!? イリス──!」
命を賭した特攻を、雌龍は許さなかった。
出会った時と同じハイスピードの滑空で、俺をローエングリンから一気に掻っ攫う。
斬撃の乱反射のリプレイ。
地を転がってそれを眺めて、命を救われたと理解はしたが、ベルーガがまだあそこにいる。
怒りのあまり、我も失っているのか。
小柄な第三王子は大上段でローエングリンに突っ込んで──英雄は無慈悲に聖剣を弾き飛ばした。
返す刃で、双剣が少年の細首を挟み込むように迫り──
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──
その凶行を、私は止めるしかなかった。
────────────
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──
その赤銅を、俺は理解できずに硬直した。
「ルキ、ウス……?」
「──はい」
「なん、で……」
「今は問答より、この場を脱するのが先でしょう」
「ルキウス卿! 煙幕を張ります!」
「あ、あなた方は……!?」
「
「Errrrrrrrrrrrrr──!!」
見知らぬ女性が、ベルーガとガブリエラを戦場から遠ざけていく。
煙幕を張った中年の男が、自分も慌ててその後を追っていく。
赤銅色の若騎士は、ローエングリンの双剣を器用に受け流して、羽織っていた外套をヘルムの上から英雄に被せると、煙幕に乗じて逃げた。
状況は混迷を極め、意味不明だった。
だが、この機を逃がすワケにはいかない。
裏切りの騎士を、再びベルーガに近づかせられるものか。
「イリス、頼む……!」
「Curururu!」
俺とイリスもまた、〈エレイン教会〉から脱し、ベルーガたちの後を追った。
背後でローエングリンの、苛立ちに満ちた雄叫びが響いた。
しかし、双剣のドラゴンスレイヤーは、俺たちの後を追っては来ず、水神の名を冠する教会に、あくまでも留まるつもりのようだった。
あるいは日が沈み、夜が来たため気が変わっただけかもしれない。
英雄現象は現れた時と同様、不意に気配を消すと、不気味な静けさの中に溶け込んで行った。
ルキウス・アルベリッヒの外套だけが、〈エレイン教会〉の前庭に残される。
ロスランカの地で迎える、八日目の夜が来た……
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