Game 012「嵐の後の神代英雄」



 手記によると、麓川の流れの先には滝があるらしい。

 滝は谷に繋がっていて、少し迂回して崖を降りると、〈隠者の小洞窟〉があるそうだ。

 その洞窟を中間ポイントとして、俺たちは谷の先にある〈エレイン教会〉をいったんの目的地にしていた。


 エレイン。


 ロスランカの地において、その名は水神を意味する。

 恵みと癒しと漁の神。

 水神エレインは広く信仰を獲得していたため、河川や湖畔、湾岸沿いなど、水気の多い土地では必ずと言っていいほど、教会が建立されている。


 門扉ゲートを探すに当たって、古びた遺跡や神殿跡地など、そういった場所を虱潰しにしていくのはウェスタルシアでも定石の手段。


 そのため、まずは近いところから調べていこうと、俺たちは方針を相談し合った。

 んで、〈隠者の小洞窟〉にようやく到着した。


「はぁ。この洞窟、なかなか紛らわしいところにあるね。見つけるのに、結構な時間がかかっちゃった」

「仕方がありませんよ。安全に崖を降りられる道を探して、それなりに迂回もしましたから」

「小さな洞窟と言う割には、そこそこ奥行きがありそうですわよ?」

「でも、幅はかなり狭いです」


 洞窟の奥は闇に浸されていた。


「隠者の、って枕詞が付くくらいだから、中はもしかすると広いんじゃないかな」

「今晩限りの宿です。イタズラに奥に踏み入って、変なモノと遭遇したら面倒ですよ」

「ちなみに、変なモノって何ですの?」

「ロスランカコウモリ、ロスランカムカデ、ロスランカローパー」


 いずれも、暗くてジメジメした場所で潜みがち。

 名前を挙げていくと、ガブリエラもベルーガもまるで渋柿を食ったみたいな顔で、ススススっ、入口側に移動した。

 だが、その時ちょうど、イリスが空から降りてくる。

 黒飛龍は入口付近で留まっていた俺たちを、押し退けるようにズンズン奥へ向かうと、振り返って唸った。

 途端、ピカリッ!


「「キャッ!」」

「Guru……!」


 雷が明滅した。

 数秒して、轟くような音も天を震わす。


 ドゴロゴロゴロゴロ……!

 ドゴロゴロゴロゴロ……!

 ドゴロゴロゴロゴロ……!


 雨が土砂降りになって、洞窟の中まで吹き込み始めた。


「嵐……!?」


 突然の天候悪化に、驚いて我が目を疑う。

 イリスは空を見上げて、不機嫌そうに唸り続けていた。

 どうやら、このドラゴンは急激な豪雨の訪れを、直前に察知していたらしい。

 つい先ほどまで、そんな予兆は一切無かったのに。

 しかし、ロスランカの地に二年潜っている俺は、この現象に心当たりがあった。


「マズイ。〝嵐纏い〟が来ました!」

「嵐纏い!?」

「なんですのそれは!」

「ドラゴンです! ただし、地上には降りて来ません! アレは逆巻く嵐に纏わりつかれて、地上に降りるコトができなくなった龍種で、ロスランカじゃ天災の一種に数えられています!」


 嵐の檻。

 永劫の罰。

 悶え苦しみ狂い果てるは、巨龍に敗れた竜巻龍。

 人間にとっては、ドラゴン自体がそれだけで天災のようなモノだが、〝嵐纏い〟は竜巻を司る龍で、本物の天災だ。

 しかし、遠い遠い大昔、竜巻龍は嵐を司ると云う巨いなる龍に敗北し、以来、永劫止まらぬ嵐の牢獄で罰を味わい続けていると云う。

 嵐は絶えず竜巻龍の肌を引き裂き、体力を刮ぎ落とし、しかして竜巻龍も、死を拒んで周囲に竜巻を起こすから、ロスランカの地には結果、猛スピードで空を移動し続ける、環境迷惑型ドラゴンが誕生した。

 これは通り過ぎるのを、ジッと待つしかない。


「クソッ、奥に行きましょう! このままじゃ、川の水が氾濫しそうだ!」

「か、風もすごいですわ! わたくし舞い上がってしまいそ──あぁあぁぁ!」

「ガブリエラ!? グッ、クゥ……! レイゴン……!」

「ッ!」


 ベルーガと二人で、飛ばされそうになったガブリエラを引っ掴む。

 洞窟の奥に進み、風雨から逃れられる位置まで、避難するしかなかった。

 イリスはすでに、奥へ進んでいる。

 ドラゴンが道の安全を確かめていると思えば、恐怖も薄らぐ。

 とはいえ、暗くて狭い閉所の息苦しさ。

 ロスランカコウモリもロスランカムカデもロスランカローパーも、俺は大嫌いなのでビクビクしつつ足を進めた。

 食人種は好きになれる理由が無い。数も多いしウジャウジャ気持ち悪いし毒持ちだし、最悪の生物だ。


(だから頼む、出ないでくれ……!)


 祈りながら、やっとの思いで狭き道を抜けた。

 すると、


「あら。ベルーガ様のおっしゃっていた通り、やっぱり中は広かったですわね」

「わぁ、ヒカリ苔がこんなに生えてるなんて」

「Curu……」


 奥まった小部屋。

 天然の石室。

 〈隠者の小洞窟〉には、ヒカリ苔の群生地があった。

 松明が無くても、充分に明るい。

 仄かに薄青く、ところどころに小さな翠色ホタル。

 下等で奇怪な生き物の巣窟かもと思っていたため、不意を突いた幻想的な光景に、数秒間だけ言葉を失った。


「……綺麗だ」

「ええ、本当に」

「見て! 足元も柔らかいよ! 苔がカーペットみたいになってる」

「Curururu」

「あっ、ちょっとイリスちゃん! そこは、わたくしが陣取ろうと思いましたのに……」

「ハハハ、仕方ないよ。おいでガブリエラ、ここも結構気持ちいいから」

「あら……じゃあ、失礼しますわね?」


 腰を下ろした美少年と美少女。

 微睡む黒飛竜。

 絵になる光景に、まるで御伽噺みたいだとつい頬が綻んでしまった。


「あ、レイゴン笑ってる」

「あなたもおいでなさい。突然の嵐に感謝ですわね? あなたの言葉に従っていたら、こんな綺麗な場所、一生見ないまま明日の朝を迎えていましたわ」

「すみません。警戒のし過ぎだったみたいですね」


 三人で川の字に横になり、天井までビッシリ生えたヒカリ苔の燐光に、心を和ませる。

 イリスが近くにいるため、洞窟内はすぐにドラゴン臭くなったが、三人とももう鼻の感覚が麻痺しているのか、匂いはあまり気にならなかった。


「ねえ、ベルーガ様?」

「ん?」

「昼間は少し、強く言い過ぎちゃいましわね。ごめんなさい」

「なんだ。そのコトか。別に謝らなくていいよ。ガブリエラの言ってくれたコトは、たしかに正論だった」

「でも、せっかく前向きになれていたところに、水を差してしまったでしょう?」


 だから、ごめんなさいですわ。

 少女はベルーガの手を握ると、横向きになって少年の顔を見つめる。


「わたくしは臆病な女ですわ。二人が楽しそうにしているのを見て、嫌だと思っちゃったんですの」

「嫌だ?」

「だって、わたくしはこの世界を、やっぱりまだ受け入れられていません。なのに、二人はワクワクするって、おっしゃったじゃないですか」


 それは、幼馴染二人がロスランカの地に適応を始めている一方で、自分一人だけが置いていかれているような疎外感。

 ガブリエラは気まずそうに告白する。


「でも、今はちょっとだけ、二人の気持ちが分かったんですの。レイゴン?」

「? なんです?」

「あなたが今さっき、子どもみたいな顔で笑ってるのを見て、わたくしも心から同じ気持ちだと感じましたわ」

「っ、そんなに不用心な顔をしてましたか」

「ふふ。ええ。ベルーガ様も、一番にはしゃいで」

「は、はしゃぐってほどじゃなかったと思うけど……」

「恥ずかしがる必要はありませんわ。だって、わたくしも素直に思いますもの。ここは幻想的で、綺麗な場所だって」


 ガブリエラはそこで、俺の手も握ってきた。

 意外な行動だった。


「だからこれは、わたくしたち三人の想い出ですわね?」

「……もちろん! 当たり前だよ! ね、レイゴン?」

「はい。きっと良い想い出になりますよ」


 気を利かせると、ガブリエラは笑った。

 ベルーガも微笑んだ。

 嵐の中の束の間の癒し。

 それは穏やかで、とても美しい時間だった。


「……明日は教会で、門扉ゲートを見つけられると良いですわね」

「できれば王国が、未発見の物だと尚よしです」

「〈エレイン教会〉かぁ……たしか、何個かはもう管理済みなんだよね?」

「まあ、最悪封鎖されてるかどうかだけでも、確認できればOKだと思います」

「王国管理下の門扉ゲートでも、封鎖されていなければ隙を突いて戻れますものね!」

「女神様に祈っておこうかな……」

「わたくしも祈っておきますわっ」


 文明の光、いと聖なる光の炉、偉大なるカルメンタ様。

 どうか明日の我らの道行きに、御身の加護をお授けください。

 ヒカリ苔に照らされた洞窟で、俺たちは目蓋を閉じて祈り合うのだった。













 ──しかし、翌日。

 嵐が過ぎ去った谷を抜け、夕刻に辿り着いた〈エレイン教会〉

 聖堂に入った俺たちを出迎えたのは、絶望の二文字だった。


「グッ、がはっ!?」

「レイゴン!?」

「ベルーガ様!」

「──うッ!」


 立ちはだかったのは、流動する水とみぞれの双剣。

 寒気と凍気を振りまく蒼銀の騎士。

 狂えるロスランカ人にして、神代の英雄。


 剣舞術の使い手ブレイドダンサー、ローエングリン。


 神話『ロスランカリーヴァ』では、龍殺しの逸話を持つ英雄だった。

 清冽剣アリアと、凛冽剣オルトゥナの所有者にして、水神エレインの子。

 すなわちは半神。


「Err──Err──Errrrrrrr──!!」


 ヘルムの奥に理性の光は無い。

 ただ燻んだ黄金のみ。

 正真正銘、本物の『神話』が言葉を失って、俺たちを殺しに来る。


 ……この世に神なかりせば。


 祈りは何処へ通じるのか?



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