Game 011「霧烟る山の暗闇/川の流れの先」



 霧けぶる山の暗闇だった。

 夜空は薄明るく、白夜のように仄かな光を湛えているが、樹林に鎖された天蓋は濃い陰影を落とす。

 然れど、その陰影の隙間を、魔法の明かりを頼りにし、足速に駆けていくモノたちの姿があった。

 三人のニンゲンである。


「──“火炎フランマ”ッ」

「GYAAAAAAAAAA──!」

「クッ、さすがに硬いわね……!」

「無駄撃ちはやめろ! オマエは明かりの維持に専念しろ!」

「竜蛇を相手に、魔法を温存しとく余裕が!?」

「リンドブルムの鱗を貫けるなら呪文を唱えろ!」


 そうでないならサポートに回っていろ!

 中年と思しい男の声に、魔法使いの女が「チィ……!」と舌を鳴らす。


 その横を、精悍な騎士が突風のように走り抜けた。


 赤銅色の若騎士。

 立派なロングソードを携えたソードマスター。

 ルキウスは前方に聳える、一際立派に育った大木に目をつけると、そのまま勢いを緩めず直進し、なんと、タ、タ、タ……! 軽業師のように五メートル近く空を駆け上がった。

 垂直に近い幹を、さながらパルクールの要領で利用し、重力の拘束さえも感じさせず、身軽に後方へ転身。


「!?」

「GYAAAAAAAAAA──!」

「ウオオオオオオアアアアアアアアアアアアアーーーーーッッッッ!!!!!」

 

 そして、まるで戦場の大銅鑼。

 獅子のごとき裂帛の咆哮。

 騎士は荒ぶる獣ドラゴンに頭上から飛びかかると、その剣を砲丸ほどはあろうかと云う右目に、ブサリッ! 突き刺した。


 柔らかな眼球に、剣が柄まで捩じ込まれる。

 

 後ろ脚と翼なきモノリンドブルムは激痛に絶叫し、しかるのちに脳機能を停止。

 十メートル以上ある巨体から、完全に生命の律動を失ってしまった。

 地響きに似た絶命の証。

 霧烟る山の夜に、濃厚な竜血臭が混じり始める。


「う、うへぇ……ドラゴンスレイかよ」

「さすがですね、ルキウス卿!」

「……」


 中年の男と、二十代半ばほどの女。

 〈神代探訪〉の〈探検者シーカー〉二人に、ルキウスはチラリと視線を投じ、竜蛇の死体からロングソードを引き抜く。


「リンドブルムを殺した程度では、ドラゴンスレイの威名は名乗れまい」

「いやいや、何をおっしゃいますやら。リンドブルムとて立派な竜種。うちのモノでも、一人で対処できるのは数えるほどですよ。〈王の剣〉の称号は伊達じゃありませんなぁ」

「オマエにも、出来たんじゃないのか?」

「え? ハッハッハッ! いやぁ、どうでしょうねぇ? 若い頃ならイケたかもしれませんが、最近はどうにもカラダが追いつきやせんで」


 無精髭に茶髪の男は、腰をさすりながらケラケラとうそぶく。


 ──たぬきだな、とルキウスは見抜いた。


 何故なら、エドガーというこの男。

 飄々とした態度や言葉とは裏腹に、まったく息が上がっていない。

 腰をさすって、如何にも加齢による〝ガタ〟を演じて見せているが、先ほどの戦闘でも、後輩に注意を促す余裕を見せていた。

 経験を積んだ〈探検者シーカー

 油断のならない男である。


(反面……)


 魔法使い、ミリエル。

 赤毛に近い茶髪を、後ろでひとつに結った長身の女。

 こちらは最初に、後衛として役割分担を取り決めておいたにもかかわらず、やや前のめりなきらいがあって、感情が表に出やすい。

 ルキウスに対しても、合流からずっと尊敬の籠った眼差しを送って来ている。

 ゆえに切り崩すなら、まずはこちらからだろうな、とルキウスは気鬱に思った。


 ……とはいえ、まだその〝とき〟ではない。


「今夜はここで、休むとしよう」

「ふむ……まあ、それが良い考えでしょうなぁ」

「ええ? でもエドガー先輩、ここすごくリンドブルム臭いんですけど……」

「バカヤロウ。竜血がこんだけ流れてんだ。ヘタな獣は寄って来ねぇし、山の怪異もビビって近づかねぇよ」

「火を焚く燃料にも事欠かない」


 言いながら、ルキウスは霧に濡れた枝を適当に拾って、竜蛇の口腔近くでマッチのように鱗上を擦る。

 火はそれだけで、簡単に点いた。

 ブレスを吐く前に殺したので、可燃性の竜気が口腔付近には漂っている。

 竜気は得てして、発火現象を起こしやすい。


「それ、あんまオススメはしないやり方なんですけどねぇ……」

「死んだ直後なら、危険はないさ」

「ん? おや、ご存知なんで?」

「一度、腐敗が進んだ地竜を見たコトがある。竜気がモワモワ辺り一面に広がって、火気は厳禁だからと大勢の騎士が見張らされていた」

「ハハッ、腐ったドラゴンは、下手したら大火を招きかねませんからなぁ」

「火なら、私が魔法で用意しましたよ?」

「魔力は天からの類稀な贈り物。無駄に使う必要は無いですよ、レディ」

「え、レ、レディだなんて……」


 ミリエルが頬を赤く染め、エドガーが「こいつ……」と呆れた顔で眉を顰める。

 騎士であるルキウスと違い、二人は市井の出である。

 〈神代探訪〉に所属しているため、ある程度は敬意を払われる立場にあるが、身分差はあった。

 年若い娘のありきたりな反応に、中年は「勘違いするなよ」とボソリ呟く。

 ミリエルはムッとした顔で、小さく「分かってますよ!」と言い返していた。

 ……二人ともきっと、悪い人間では無いのだろう。


「ともあれ、この辺りに他にリンドブルムがいなければ、今夜はしばらくは安全でしょう」

「そうだな。……砦を抜けるのに、少し時間をかけ過ぎたか」

「ヴリコラカスがいなかったので、これでもかなり最短攻略だったと思いますよ」

「例の魔物か。過去、〈神代探訪〉が敗れたと云う」

「大昔のコトなんで、我々は記録でしか知りませんがね? ヴリコラカスが本当に記録通りの魔物だったなら、百鬼夜行にも等しかったはずです」


 だが、〈朽ち果てた怪人砦〉に、ヴリコラカスの姿は無かった。

 それすなわち、


「第三王子殿下は、きっと生きてらっしゃいますよ」

「……そうだな。ああ、そうなのだろう」

「いやー、でも、聖剣ってだとしたら本当にスゴいですよね。伝説の魔物を簡単に滅ぼせちゃうなんて」

「プリンス・ベルーガ……前にどっかのパーティで、チラッと見かけたコトがあるんですが、まさかあんな小さな子が聖剣の担い手に選ばれるとは」

「……殿下は昔から、お優しい方だった。少々気弱なところはあったが、どんなモノにも分け隔てなく接していた」

「ふぅむ。なら、聖剣がヒトの心根を見抜くというのは、本当なんでしょうなぁ」

「カルメンタリス教の、ありがたい聖具ですからね」

「……」

「……ルキウス卿、気は急くかもしれませんが」

「いや、分かっている。すまない、気は遣わないでくれ。ただどうしても胸騒ぎがしてな」


 ルキウスは二人から顔を背け、木々の間の暗闇をジッと見つめる。

 

「殿下は生きてらっしゃる。その友人も、恐らくは共に無事でいる」


 聖剣があれば、大抵の魔物は脅威にならない。

 ロスランカの地が地獄のような呪いに満ち満ちていても、至高の聖具には対魔物、対魔法の究極、聖域結界の正式解放も備わっている。

 もはや聖剣ある限り、ベルーガ・ベルセリオンが魔物に殺される可能性は、ほとんど無いと言っていい。


(それに、オルドビス家の妖精の取り替え児チェンジリングもいる)


 あの半魔は、ベルーガを生かすためなら、指輪の神秘を惜しみなく使うだろう。

 斥候、偵察、物見、先遣。

 ロスランカの地では、奇しくも役立つ能力ばかりを駆使して、できる限り安全なルートを選択しているはずだ。

 戦闘面でも、あのデイモン・オルドビスの落とし子ならば、ベルーガに不足している現実的で冷徹な判断能力などでフォローを行い、パーティの生存率を的確に引き上げているに違いない。

 砦の攻略も、きっとアレのサポートがあったから乗り越えられたはずだ。ルキウスにはその直観があった。


(もちろん、リンドブルムなどの危険な生物に遭遇すれば、彼らも危ない)


 怪物はいとも容易く、無慈悲に、若き命を食らうはずだ。

 しかし、ルキウスには不思議とそうはならない予感があった。

 王国最強の肩書きを得て、〈王の剣〉として長年英雄をやっているからかもしれない。

 自分がどうにかできる存在は、他人も同じようにどうにかできてしまう。そんな気が無性にしてならない。


 聖剣、指輪。


 どちらも尋常の人間には、備わらない才能ゆえに。

 ベルーガたちはきっと、リンドブルム程度の怪物には決して殺されないだろう。

 それでも、


「……現役の〈探検者シーカー〉の前で、口に出すのは憚られる発言かもしれんが」

「構いませんよ。なんです?」

「私は……この世界が嫌いだ。ここはヒトに、弱さを突き付ける。とりわけ──」


 狂える英雄。


「正気を喪った神代の強者、ですか?」

「ああ」


 神話『ロスランカリーヴァ』には、ルキウスよりも遥かに強い人間が死ぬコトもできず、今なお彷徨を続けている。


「我々も、ヤツらは好きじゃありませんがね」

「そうか。殿下と再会する前に、私はどうしてもヤツらに遭遇してしまう気がしてな」


 あるいは、ベルーガたちが先に、ヤツらと遭遇してしまう。

 それは避けたい。

 あの夜、慈悲ある終わりを与えると言った想いに、嘘は無いから。


「……ままならないものだ」


 ルキウスは複雑な胸中と共に、夜明けを待つのだった。

 





 ────────────

 ────────

 ────

 ──





 黒飛龍の名は、イリスにした。

 朝になって陽の光を浴びると、鱗が虹色のように輝いたからだ。

 黒蛋白石ブラックオパールのような遊色効果。

 あるいは、サンビームと呼ばれるヘビにも似ているだろうか。

 光の反射や角度によって、不思議な虹色を発していたため、ギリシャ語で虹を意味するイーリスから、少し音を縮めてイリスと名付けた。

 アルカンシェルやアルコバレーノも捨てがたかったが、どうやら雌龍らしく、案を上げるとガブリエラから「可愛くないし女の子っぽくないですわ」と却下されてしまった。


「あまり長い名前をつけても、この仔もきっと覚えにくいだろうから、短い方が良い気がするよ」

「そうですかね? 古龍原語ドラゴン・バベルが分かるんですから、ドラゴンの言語理解力は俺たちと然程変わらないはずだと思いますけど」

「じゃあ、訊いてみたら?」


 ベルーガからの提案もあり、俺は黒飛龍にアルカンシェル、アルコバレーノ、イリス、順に呼びかけていき、どれが良いかを質問してみた。

 しかし、黒飛龍は分かっているのか分かっていないのか。

 どの呼び方でも判然とした反応は見せず、大きなアクビをしてカラダを伸ばすだけだった。

 興味関心、要望の類いは無いと受け取るしか無かった。


「では、イリスちゃんで決定ですわ!」


 斯くして、ガブリエラの意見が採択された。

 ちなみに雌だと分かったのは、朝、イリスが廃墟の外で排尿を行っていたため。

 盛大な水音と、強烈な匂い。

 思わず何事かと飛び起き、鼻を押さえながら状況を確認したら、そこにあったのは世にも珍しき龍種のトイレシーン。

 寝起きにいきなり、直視したい光景ではなかった。

 だが、視界に飛び込んで来たあの絵面は、忘れたくとも当分のあいだは忘れられない衝撃……まあ、そんなワケで性別が判明したのである。


 さて、〈竜蛇に焼かれた廃墟〉の、西に進んだ川沿いだった。


 太陽は中天に移動し、ロスランカの地で最も明るい昼の時間。

 結局、警戒していたリンドブルムとは一度も遭遇しないまま、俺たちは〈翼なき蛇の地〉をいよいよ抜けようとしていた。


 歩いているのは、手記に記されていたルートで、甌穴かめあなのある麓川沿い。


 川幅はだいたい5メートル。

 水深はそこまで深くないが、流れる勢いは強い。

 石と土の苔むした河原を歩きながら、時々水を飲み、魚やエビなどを獲っては、次なる目的地を目指していた。


「足元が悪いですわね……」

「転ぶと危ないので、注意してください」

「よかったら手を繋いでおこうか? ガブリエラ」

「大丈夫ですわ。履き慣れない靴ですけど、今は着替えられたので、すっかり動きやすいんですの!」


 ほら! とガブリエラはピョンピョン飛び跳ねる。

 動きにくい寝間着ネグリジェから、男物のチュニックとズボンに装いを変え、上着には狩人のカウルフードスカーフ。

 金髪縦ロールと本人の高貴な顔立ちとは、まったく合っていないが、ガブリエラの格好はとても機能性に優れたものに変わっていた。

 普段は身につけない衣服に少し興奮しているのか、少女のテンションは今朝から妙に高い。


「慣れない靴で動き過ぎると、靴擦れになりますよ」

「そんなもんとっくになっていますわ」

「えっ、ちょっ、ダメじゃないかガブリエラ! たかが靴擦れでも、傷がひどければ膿むコトだってあるんだよ?」

「大丈夫ですわよ。実は痛いところにはもう、ハンカチを巻いてありますから」


 応急処置は完璧ですわ、とガブリエラは得意げに胸を張った。

 だが、応急処置というコトは、傷自体はあるという意味だ。


「少し見せてください」

「え?」

「幸いここには、水が近くにあります。水質も悪くはない。ハンカチを洗って、乾かしてからまた手当てをしましょう」

「そ、そんな、別にかすり傷ですわよ?」

「殿下とイリスのおかげで、周囲の安全はだいぶ担保されています。少しくらい立ち止まったからといって、危険はありませんよ」

「そうだね。僕もレイゴンに賛成」

「ベルーガ様まで……」


 ガブリエラはたじろいだが、「で、では……」と観念した様子で立ち止まった。

 ベルーガがすかさずガブリエラの傍に歩み寄り、その腕と腰を支える。


「え、す、座らなくていいんですの?」

「河原の石は痛いですよ。俺が脱がしますので、そのまま殿下に掴まっていてください」

「……へ!?」

「それで、どっちの足ですか?」

「ちょちょっ、ちょっとお待ちになって!?」


 あん? なんだよ?

 と見上げると、少女は耳を赤くし、恥ずかしそうに狼狽えていた。


「靴なら、自分で脱ぎますわ!?」

「俺に足を触られるのが嫌なんですか? 殿下もいるんです。足首より先は、決して触りませんよ」

「い、嫌とかではないですけど! でも!」

「レイゴン。念のため、両足とも確認しておいた方がいいよ。ガブリエラは変な気遣いをたまにするから」

「それもそうですね」

「ベルーガ様!? あっ、そんなっ、いや……!」


 有無を言わさず、右足から靴を脱がす。

 すると、ガブリエラの右足首にはたしかにハンカチが巻かれていて、腱のあたりを擦りむいているようだった。

 男物の靴は頑丈な革製であるため、少女の柔らかな皮膚には硬すぎたのだろう。

 ハンカチのおかげで血は止まっていたが、ジクジクと地味な痛みを発しているはずだった。


「まったく……そら、左足も」

「そっちは結構ですわ! 擦りむいているのは、本当に右だけですので!」

「ガブリエラ?」

「本当ですわよ! 嘘じゃありません!」


 ガルルルル!

 羞恥心のあまりに威嚇まで始めたため、俺は肩を竦めて左足に伸ばしていた手を引っ込めた。

 川の水でハンカチを洗いに行き、帰りに一本、手頃なサイズの流木を拾う。

 イリスがいるため、火は簡単に用意できるようになった。


「イリス。“レアドラリス”」

「──!」


 ボウッ! ボホボウッ!


「わ、熱い……」

「これなら、すぐに乾きそうですね」

「あ、ありがとうですわ、レイゴン……」

「Cururu?」

「! も、もちろんイリスちゃんも! とってもありがとうですわ!」


 不意に顔を近づけてきたイリスに、ガブリエラはビックリしたのか、上体を仰け反らせてバランスを崩しかける。

 その体勢を、ベルーガは慌てて直してあげていた。


「おっとと……にしても、ハンカチを乾かすドラゴンかぁ。なんだか僕たち、すごく荒唐無稽な体験をしてるね?」

「不謹慎かも知れませんが、俺は少しだけ楽しくなって来てますよ」

「そ、それは本当に不謹慎ですわよ!?」

「でも、聖剣と古龍原語ドラゴン・バベルに、本物の飛龍。レイゴンじゃなくても、この状況にワクワクして来ちゃうのは、仕方がないんじゃないかな?」

「ロスランカリーヴァなのに!?」


 仰天した顔で、ガブリエラは俺たちを見た。


「二人とも浮かれすぎではなくて!? 聖剣があろうがドラゴンのお友達ができようが、わたくしたちは未だ門扉ゲートも見つけられていないんですわよ!?」

「それはまあ、そうだけど……」

「手記に従って探していけば、きっと見つかりますよ」

「楽観視ですわ! ここは死と呪いの神話世界、狂気に沈んだロスランカリーヴァ! 古龍原語ドラゴン・バベルのおかげか、イリスちゃんとは仲良しさんになれましたけれど、他はぜーんぶ、くるくるぱーのアッパラパーイカレポンチさんなのですからね!」

「くるくるぱーのアッパラパーイカレポンチさんって……」


 語彙力がユニークすぎる。

 正真正銘の公爵令嬢から、ものすごいパワーワードだ。

 思わず呆気に取られ、微苦笑を滲ませる俺とベルーガ。

  そんなこちらの様子に、ガブリエラはますます一言言ってやりたくなったのか、続けざまに捲し立てた。


「それに! 仮に王国に戻れたとしてっ、なんですの!?」

「え、どうするって、そんなの……」

「裏切り者のルキウス・アルベリッヒには裁きを与えますわよね? だけど、それだけじゃ今回の件、終わりにはなりませんわ!」

「!」


 断言に息を飲み込むベルーガに、ガブリエラは少し迷った様子を見せながらも、意を決した表情で話を続ける。


「本当はもう少し、王国に帰れる目処が立ってから触れるつもりでいましたけれども、良い機会なので言っておきますわね」

「ガブリエラ様」

「レイゴンは口を挟まないでください。これはだからこそ、避けては通れない問題です」


 少女は言った。


「ウェスタルシアに戻れても、命を狙われている状況に変わりはありません。ベルーガ様もお気づきなのでしょうが、今回の件はどう考えてもプリンス・ベゼルが糸を引いています」


 つまり、腹違いの兄との決着をつけない限り、ウェスタルシアに戻ってもベルーガに安息は無い。

 王位継承を巡る争いは、むしろウェスタルシアでこそ本格的に、生存競争を激化させるだろう。


 ロスランカの地では、まず生き延びるコトが第一だと考え、俺も言い出すつもりは無かった。


 だが、聖剣とイリスの存在が、奇しくも現状に〝余裕〟を生んでしまっている。

 親友として、幼馴染として、いや、何より婚約者として。

 ガブリエラはベルーガに、教えておかなければならないと考えたのだろう。


「ベルーガ様。あなたにありますか? 兄君と戦う覚悟が」

「……そ、そんなの……」

「相手はあなたを、殺す覚悟でいますわよ」

「っ」

「だからどうか、考えておくべきですわ。王国に戻った先で、あなたは何をしなくちゃいけないのか」


 第三王子ベルーガ・ベルセリオンの、それは宿命であり重い責任だった。


「ハンカチ、乾きましたよ。まぁ俺としては、ガッシリ掴まり立ちで話す内容でも、その相手を大切に腰から支えながら考え込む問題でも、ないと思いましたが」


 許嫁同士、仲が良くて大変結構なコトです。

 言うと、


「「…………」」


 カァーー……!

 ベルーガとガブリエラの顔が、揃って赤くなった。


(この二人の関係が、未だに掴み切れない所以は、こういうところにあるんだよな……)


 もしかしたら、第三王子殿下は両刀使いの可能性があるのかもしれない。

 ただ単に仲が良いだけか? いいや。俺には疑念が拭えない。

 それもまた、ウェスタルシアに戻れたら避けては通れない難題である……




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る