Game 002「淫魔と妖精の落とし子」



 安全地点セーフポイントへの道すがら、事の発端を説明しよう。

 俺の名前はレイゴン、レイゴン・オルドビス。

 いかめしい名前の通り、この世界では王侯貴族の一員として転生した。

 転生の経緯はよく分からない。でもそんなコトはどうでもいい。


 ファンタジーって、美しいよな?


 俺が転生したこの世界は、子どもの頃に読んだ外国の児童文学や、大人になってからも楽しんだロールプレイングゲームだったりに似ていて、とても夢の溢れる幻想世界ファンタジアだったのだ。


 王と騎士のハイファンタジー。


 例えるなら、まるでイギリスのアーサー王伝説。

 ウェスタルシアという偉大な王国があって、そこでは騎士道が称揚されて、魔物や怪物の脅威に抗いながら、人々は英雄の物語を歌い日々の幸福を望んでいる。


 空を見上げれば地球とは異なる天体が観測でき、大いなる翼を広げるドラゴンや、雲上に鎮座する謎の浮遊島。


 地を見渡せば、権勢を争い合う名家同士が繰り広げる烈しい戦火、戦乱と恐慌に紛れ密かに蠢くアンデッドのもたらす悲劇、地球には無かった神秘的な自然。


 五大の元素に踊る精霊は色彩いろ鮮やかに煌めいて、チカラある言葉、魔法の呪文や太古の詞が遠大な叙事詩を紡ぐ。


 エルフやドワーフといった異種族も存在し、彼らは目を見張る独特な文化を築いて、ヒトと共に息づいていた。


 思わず胸が踊り、手足がビリビリと戦慄わななき、興奮に瞳が輝く。


 自分がヰ世界に転生したコトを察して、そうならなかったはずがない!


 前世に対する名残惜しさ。

 失ってしまったモノへの寂しい気持ち。

 後ろを振り返らないコトに、戸惑いが無かったと言えば嘘にはなるけれども。


 だとしても、目前に広がった圧倒的なまでの幻想世界ファンタジアに、俺はすぐに前を向く道しか見えなくなった。


 それほどにこの世界を、美しいと思ったのだ。

 心から感動してしまった。


 だが、俺の人生は始まって早々、いくつもの問題を抱えているコトが判明してしまった。


 一つ、レイゴン・オルドビスは〝落とし子〟だったのだ。


 それも、ただの落とし子じゃない。

 異常誕生譚。

 普通とは違う変わった出生。


 母親がサキュバスだったのである。


 父は王国の侯爵、デイモン・オルドビス。

 彼は正妻であるオルドビス夫人とは別に、娼婦の愛妾を抱え、夫人が嫡男を妊娠している期間に庶子をも作った。


 つまり、俺はオルドビス侯爵家にとって醜聞スキャンダルの子であり、この時点で存在を歓迎されない子ども──


 落とし子を作るなんて話、王侯貴族にはありがちなコトで、面倒ではあってもある程度まで面倒を見てしまえば、後はちょうどいい頃合いで手切れ金を渡してさようなら。


 実際、オルドビス侯も産まれてくる俺を、行く行くはそう片付けて終わりにする腹積もりだったらしい。


 けれど、デイモン・オルドビスの火遊びは思わぬ憂慮を招いた。


 愛妾だった娼婦が、俺を孕んでいる最中に、夢魔インキュバスと情交を結んで魔物になってしまったのだ!


 この世界では、人が魔物に変わるコトがあるらしい。


 アンデッドを例に挙げれば分かりやすいだろうが、人から転じた魔、そういう化け物も存在していて、夢魔に魅惑された者はサキュバスになる。


 吸血鬼に血を吸われた者が、時にその花嫁へと変わってしまうように。


 サキュバスは魂を欲界に囚われ、淫欲の情婦として人々を色欲に導いては、セックスによって人間を食い物にする魔物だ。


 俺は淫魔の胎から産み落とされた。


 結果、レイゴン・オルドビスの頭髪は薄く桃色がかったピンクブロンド、瞳は赤みの強いイエローゴールドとなり、耳は少しだけ尖り、誰が見ても人外の血を継いでいるコトが明らかな、異形の混ざりだね


 父は典型的な西方大陸人で、髪は茶色く肌の色は白く、身体的特徴はコーカソイドに近い。


 なのに、産まれた俺にはデイモン・オルドビスとの血縁を感じさせるモノはまったく無く、あったのは母親譲りの妖しい容貌。

 種族的にはニンゲンであるはずだが、姿かたちは完全に異種族だった(あるいは、完全に魔物バケモノだった)。


 なので、そんな俺がオルドビス家にとって〝歓迎されない存在〟どころか、〝許容し得ない存在〟にクラスチェンジするのは時間の問題で、物心ついた時には家の中でほとんど村八分状態。


 家名こそ、名乗るのを許されてはいたが、それも俺を世間に放逐して悪さでも働かれたら、侯爵家の家紋に泥がつくから。

 監視と束縛のため、敢えて貴族籍を与えて籠の鳥としているようなものである。


 ……せっかくのヰ世界ファンタジーなのに、ほら、息が詰まりそうだろう?


 したがって、まずこれが大きな一つ目の問題。

 周りは俺を『半魔』だとか『異形の庶子』だとか言って遠巻きにするが、残念なことに俺自身に魔物の能力などは無く、母親から受け継いだ物があるとすれば、それはせいぜい生来の面の良さだけ。


 周囲になにかフェロモン的な効果で影響を及ぼしている様子も無いし、魅了チートなどがあればまだ偏見と差別にも納得は行ったが、話は特にそういったワケでも無かったので、ただただ居心地の悪い生活を強いられているだけだった。


 うん、自由が欲しい。


 この素晴らしく美しい幻想世界ファンタジアを、思う存分満喫して楽しみたい。


 じゃあ、そのためにはどうしたらいいんだ?


 考えた俺は、ひとりでも外の世界で生きられるくらい、強くなればいいんだと結論した。


 幸いなコトに、オルドビス家の鳥籠は窮屈ではあったが、侯爵家はウェスタルシア王国でも有数の大貴族。


 オルドビス家の一員であれば、市井の民とは違って選択肢は必然多く与えられ、俺が欲しいと思った知識や戦闘技術は、欲するままに手が届いた。


 ……まぁ、そこには嫡男である兄との確執や、教育係である男たち、親切なメイドなども巻き込んで、いろいろと騒動が巻き起こった忘れ難い過去があるんだけれども、それらはいったん話の着いたイベントであるため、ここでは割愛する。


 ともあれ、俺はそうしてこの世界について学んでいった。


 そして驚いた事実なんだが、ウェスタルシア王国にはと繋がる門扉ゲートが存在していたのだ!


 いや、遺されていたと言うべきなのか?


 王国の領土、各地に点在する異界の門扉。


 多くはほこらや、朽ちた寺院、遺跡の神殿や隠された洞窟など。

 人目につかない場所で次元の裂け目のように空間に穴を開け、各地の領主の監督のもと、厳重に管理されている。

 すなわち、秘密のポータルである。


 ウェスタルシア王国の門扉ゲートは、神話『ロスランカリーヴァ』の世界に繋がっていた。


 ……そうだな。分かりやすく言うなら、ハリ●タで云う魔法界。ナルニ●国物語でいうナル●ア。ヰ世界の中の異世界ってものを、イメージとして伝えるなら、だいたいそんな感じになるか。


 ウェスタルシア王国には〈神代探訪〉と云う王立機関があり、そこで働く者は尊敬を込めて〈探検者シーカー〉と呼ばれている。


 神話『ロスランカリーヴァ』は、死と呪いに満ち溢れたダークファンタジー。


 その昔は栄華を誇ったマトモな世界観だったらしいが、何かが切っ掛けで滅亡と混沌が吹き荒れ、彼の場所で生きるモノは皆んなオカシクなってしまった。


 凶暴化した現地人。

 見境を無くした原棲生物。

 暴れ回る怪物に、気の触れた神代の英雄英傑たち。


 危険は多い。


 しかし、『ロスランカリーヴァ』にある物は、現代では失われて久しい神代のオーパーツにしてロスト・アーク。

 持ち帰るコトが出来れば、それは国の繁栄を助ける優れた道具になるし、金銭に代えようものなら、莫大な富を約束する。


 ゲーム的な表現をすれば、つまるところオープンワールド・ハックアンドスラッシュだ。


 だから、俺はオルドビス領の門扉ゲートを通じて、十二歳の頃からこの『ロスランカリーヴァ』に潜っている。


 目的はもちろん、危険を承知した上での成長。

 そして、あわよくば伝説の武器などをゲットして、いずれ来たる独り立ちのための備えにするコト。


 落とし子である俺は、オルドビス家からすれば不幸な事故で死んでしまっても、何の問題も無い。

 よって、危険極まる暗澹陰鬱ダークファンタジーに、自分から身を投じたいというのなら、どうぞどうぞ。

 彼らは俺に、表立って「死ね」とまでは言って来ないものの、心の奥では恐らくそう願っている。


 だから止められもしない。


 悲しいけれど、元々愛情が存在していないからな。

 俺とオルドビス家の間には、肉親の情など育まれてはいない。

 そういう意味でも、俺は早いとこ独り立ちをしたいのだった。


 とはいえ、おかげで二年間の探検によって、少なからず経験を積むコトは出来た。

 その点では、俺は彼らに感謝してもいいかもしれない。

 まだ〈神代探訪〉によって探検され尽くした後の、比較的安全なエリアしか踏み込めてはいないものの、初心者用エリアでは不測の事態にあたふたするコトも、近頃は無くなって来たところである。


 ──だが、ここで忘れてはならないのが、二番目の問題。


 レイゴン・オルドビスは〝妖精の取り替え児チェンジリング〟でもあった。


 赤ん坊の頃に、妖精に攫われたのである。

 攫われた理由は、恐らく珍しかったからだろう。

 サキュバスから産まれたニンゲンなど、ヰ世界でもそうはいない。


 イタズラ者で気まぐれ屋。


 妖精に目をつけられた子どもは、妖精郷にかどわかされ、戻って来られた場合は不思議な贈り物を与えられている。

 大抵は取り替え児の加護と云って、妖精の眼を贈られるそうだ。

 しかし、俺の場合は例外で、別の物が与えられた。


 それこそ、である。


 人差し指の〈姿隠し〉

 中指の〈取替え〉

 薬指の〈惑わし〉


 妖精文字で刻まれた三種の名前。

 肌と癒着し、というか、骨にまで埋まったこれらは、端的に言えば俺に超能力を授けた。


 そのせいで、俺は王族にまで噂を運んでしまい、一応侯爵家の貴公子ではあったから、年齢が同じという理由で第三王子の誕生祝いで、〝見世物〟になるコトを求められてしまったのだ。


 プリンス・ベルーガ。

 ベルセリオン王朝の第三王子。

 あと、ついでにガブリエラ・ゴールデンハインド。


 出会ったのは八つの時で、奇妙なことにもう六年近くの付き合いになるだろうか。


 最初は気がまったく進まなかった。

 オルドビス家でさえ、俺は偏見と差別に晒されている。

 なのに、今度は国のトップからも奇異の眼差しを注がれ、サーカスの珍獣のように芸を披露するなんて、まったく人を馬鹿にした話だ。


 『ロスランカリーヴァ』へ繋がる門扉ゲートへの通行権。


 それを握られていなければ、間違いなく断っていた話だったろう。

 しかし、


(意外なことに、コイツは良いヤツだったんだよな……)


 周囲が俺を、フリークスにでも遭遇したかのように見下ろす中、ベルーガ・ベルセリオンは唯一、対等な視線で言ったのだ。


 ──来てくださって、ありがとうございます。


 その時の衝撃は、少しだけ忘れられない。

 もちろん、単なる社交辞令ではある。

 ベルーガ本人からすれば、特別な何かをしたつもりは一切無いに違いない。

 だけど、そんなベルーガだからこそ、俺にはあの時の言葉が尊いものに思えてしまったんだよな。


 どういうワケか、ベルーガの方も俺に好ましいものを覚えたようで、そこからは期せずして友情の物語も始まった。


 俺が他の貴族子息と違って、年齢不相応に落ち着いていたからだろうか?


 ベルーガはカラダを動かすよりも、いわゆる図書館で本を読んでいる方が好きなタイプで、同年代の男の子とは何処か交流も避けていた。

 その点、俺は傍目には女の子のようにも見える中性的な顔をしていたし、身体つきも幾ら鍛えたところで筋肉しくならない、非常にソフトな体型だった。

 前世基準で人前に出る時は、身嗜みにも気を使って必ず風呂に入っていたし、たぶんその辺りの繊細な感覚がベルーガのお気に召したのかもしれない。


 幼馴染で親友。


 気づけば、そんな間柄にもなっていただろうか。

 ベルーガのコトが好きらしいガブリエラからは、俺は鬱陶しいモノのように思われているきらいがあったが、いつの間にか三人揃っての組み合わせが多くなっていたのも、なかなか面白い縁ではあるんだろう。


(だから)


 見捨てられるワケは無いのだ。

 いずれ別れを告げるつもりでいるとはいえ、少なくない絆を結んだ友だちを、見殺しになんか出来はしない。

 そこは当然の人情。


(なんだけど……)


「ねえ、レイゴン」

「何ですか? 殿下」

「やっぱり、僕は君に『騎士』になって貰いたいよ」

「え! ダメですわよベルーガ様! ベルーガ様には、わたくしの家から立派な騎士を贈って差し上げますわ!」

「……そうですよ、殿下。黄金の牝鹿ゴールデンハインド家の者なら、人格も能力も最高だと思いますよ」

「──でも、こうやって助けられていると、どうしても思うんだ。は、レイゴンしかいないって」

「……」


 しっとりと、妙な湿度を含んだ言葉の響き。

 俺は気付かぬフリをしながら、密かに背中に冷や汗を流す。

 気のせいかもしれないが、最近、ベルーガの様子がちょっと変だ。

 いや、他意は無いともちろん信じたいところではあるんだが、なんかこう……なんだろう? 矢印? 矢印かな? うん、そこはかとない矢印を感じる!


(こう、好意Love的な意味で……!)


 キュッ、とお尻の筋肉につい力が入ってしまうくらいには、心の中の不安は大きい。

 大丈夫かな、これ? 俺、もしかして親友の中の開いちゃいけない扉を、解き放っちゃったりしてない?


(だ、大丈夫だ……きっと気のせいだ……)


 かぶりを振って、必死に言い聞かせる。

 まさかこんな、命の危険が付きまとう場所で、すぐ近くには美少女ガブリエラまでいるのに、男であるベルーガが俺なんかを選ぶはずが……いや、ベルーガなら有り得るのか!?


(……こいつ、まさか最初からホモだったとか!?)


 だとすれば、男のクセに妙になよっちいところも、納得がいく。

 俺は戦慄して足を止めてしまった。


「……?」

「どうしましたの?」


 直後、


「シュアッ!」

「! なっゴブリン!?」

「クッ、死角からの待ち伏せだなんて──!」


 偶然にもタイミングよく姿を現したのは、槍持ちの餓鬼。

 俺は驚いて、思わず指輪を使った。


「ッ、レイゴン、さっきと同じ作戦だね!?」

「うぅぅぅっ、分かりましたわよ! やればいいんでしょう!? ローリング・ストーンを何とか振り切った後だって言いますのに、まったく息付く暇もありませんわね! ほら、か弱い乙女はここですわよ! 殺せるものなら殺してみせなさいな!」

「シャアァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!」

「イヤーーーーーーーー!」


 騒がしいが、そのおかげで囮の役割は充分に任せられる。

 意識を戦闘に切り替えながら、俺はすぐさまゴブリンの背後に回って剣を捩じ込んだ。

 死角からの一撃には、同じく死角からの一撃!

 ゴブリンは痙攣して血飛沫を上げた。

 赤い液体がベルーガの外套にかかる。


「わ、わぁ……さすがレイゴン……頼りになるね」

「……ゴブリン、もういなくなりました?」

「いないよ、ガブリエラ。ほら、目を開けて」

「ひっ、血が!」

「……すみません、お召し物を汚してしまいました」

「大丈夫だよ。ちょっとクサイけど、怪我はしてないから。ありがとう、レイゴン」

「…………」


 微笑む少年から顔を背け、コメカミを揉む。

 とりあえず、今は余計なことを考えている場合じゃない。

 まずは王国への帰還。

 そこを目指して、気を張っておかないと。


「──行きましょう」

「う、うん」

「マップによれば、もう少しで安全地点セーフポイントです。古いですが井戸もあるそうなので、飲み水を補給できるといいですね」

「……その、できたら身も清められるといいのですけれど……」

「分かりました。でも、そこは井戸次第です。無理だった場合は、諦めてください」

「……ええ、承知していますわ」


 少女の顔が沈鬱に曇る。

 ベルーガの顔も暗い。

 ロスランカの地に慣れている俺はまだしも、二人の精神はそろそろ軋みを上げ始める頃合か。

 俺としても、カラダを不潔にしておくのは精神衛生上的にも避けたい。


 井戸の水が使えるものであるコトを祈る。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る