Game 003「聖剣のプリンス」



 〈朽ち果てた怪人砦〉は、その名の通り怪人たちの砦だ。


 怪人と聞くと、つい日曜朝の特撮番組を思い起こしてしまう人もいるだろうが、この世界における怪人は主に〝怪物的な人類〟の意味で扱われている。

 書物によっては、〝人かどうかも怪しい〟と、そんなふうに表現しているモノもある。


 ゴブリン。

 トロール。

 オーク。

 オーガー。


 代表例を挙げると、典型的なファンタジー種族の名前が並んでくるが、もちろんその他にもいろいろいる。


 東方大陸の豹頭猿ジャガーマン

 西方大陸の蜥蜴人リザード

 南方大陸の処刑熊鰐ペトスコス

 北方大陸の水掻き鬼アドゥー


 いずれも本で知る限り、知能が低かったり、生まれついての食人種族だったり。

 あるいはヒトに対して、異様に攻撃的だったりという性質で知られている。


 つまり、怪人の名を冠するような城砦があれば、それはロスランカの地に限らずとも、大いに警戒して然るべき


(もっとも──)


 神話世界『ロスランカリーヴァ』の怪人類であれば、その危険性はさらに無視ができない。

 怪人は怪物的ではあるが、ヰ世界生物学上は一応〝人類〟の枠組みである。

 どんな怪物にも怪物なりの理性はあるし、本当に誰彼構わず襲う見境無しのモンスターなら、彼らよりも格上である土地神やドラゴンなどに、とっくに怪人どもは滅ぼされているだろう。


 だけど、ロスランカの地は繰り返す通り、混沌と狂気が蔓延はびこる暗澹陰鬱ダークファンタジー。


 あれから、俺たちは狂えるゴブリンと三回ほど戦闘になった。

 運に恵まれたコトに、いずれも一体ずつの遭遇であったため、最初と同様の作戦で何とか難を逃れることは出来たが、ベルーガとガブリエラはすっかり精神を消耗してしまった。

 数ではこちらが勝っているのに、ゴブリンどもはやはり我を失っている。

 そのせいか、移動を続け、ようやく安全地点セーフポイントに到着した先刻には、二人とも上等な衣服が汚れるのも気にせずに、直接地べたに座り込んでしまったほどだった。


 いま、俺たちは〈神代探訪〉が残した過去の探検根拠地ベースキャンプ


 時の経過で少々うらぶれてはいるが、かつて本物の〈探検者シーカー〉が設営したため、魔除けや結界等の防衛策が張られていて、ひとまずは安全な場所までやって来られた。


 朽ち果てた石城の、奥まった中庭。


 元は恐らく、庭師の作業小屋か何かで、寝台とテーブルなどは、きっと後から運び込まれた物だろう。

 薄汚れた一枚の毛布と、ペタペタになったマットレスが、如何にも収穫品といった風情で使われた形跡があった。


 卓上には、ところどころが錆びかけのナイフやフォーク、銀食器の皿が数枚。


 裏手にはマップに記されていた通り、井戸もあった。

 パッと調べた感じ、水が毒されている様子もなく、三人揃って心底安心したのは言うまでもない。

 とはいえ、やはり直飲みはリスクは感じるので、カラダを清めるにしても、沸かしてから使おうというところで話は固まっている。


「ちょっと待ってね。すぐお湯を張るから」

「あ、ありがとうございます、ベルーガ様。まさかこんな、ベルーガ様のお手を煩わせてしまうなんて……」

「気にしないで、ガブリエラ。お湯を張るくらい、別にどうってコトないよ」

「でも、王家の方にこんな……」

「ガブリエラ様。王家だろうと侯爵家だろうと、ロスランカの地では、人は出来ることをやらなければ」

「分かっています! それでも、これは心の問題でしょう!?」


 ぷんすかぷんすか。

 金髪縦ロールはツンケンして肩を怒らせる。

 良かった。

 どうやら俺にキツく当たれるくらいには、メンタルが回復してきたようだ。

 飲み水の補給と、身体を清められると分かって、公爵家ご令嬢も多少は肩の力を緩められたと見える。


(まあ、目の前で婚約者好きな人が自分のために、あくせく働いてくれてるんだもんな)


 少女としては、嬉しくないはずがないだろう。

 それに、ベルーガの手際は傍目からも優れている。

 道中で見つけた中サイズの水桶。

 井戸から水を汲んで、焚き火で熱した焼き石を投入し、湯沸かし。

 ベルーガは正真正銘の王子のクセして、なぜか火熾ひおこしなどが上手い。

 直接的な切った張ったは苦手としているようだが、こうした野営技術などは俺よりも上手だった。

 ガブリエラからしたら、カッコイイ姿を見れて、さぞかし胸キュンってところだろう。


(でも、俺としてはもう少し、剣の方でも役立って貰いたいんだけどな……)


 桶にせっせと小さな焼き石を入れ、パタパタと手で仰ぎながら湯加減を見ている白髪美少年を見る。


 プリンス・ベルーガ。

 ウェスタルシア王国の第三王子。

 ベルセリオン王朝の末子。


 剣術に長けていないのは仕方がないとしても、現状のコイツはいささか以上に頼りなさすぎる。

 ガブリエラは完全な非戦闘員なので、囮の役割くらいしか任せられないが、ベルーガは男として王家の武術指南役から、直接剣の手ほどきを受けているはずだ。

 だから、ベルーガが俺と同様に、少しでも戦闘でに回ってくれるなら、取り得る作戦や行動パターンなども、幾らか増やせる。

 なのに、


(……今のところ、雑用ばっかで役立ってるんだもんな)


 プリンスだぜ? コイツ。

 いったい誰から、野営技術なんか学んだのだろう。

 細い手首に白魚のような指。

 貴人の手にはまるで似つかわしくない作業が、こうして見下ろしている間にも、驚くほどの手際で進められていた。


「そろそろ良い感じかな。さすがに湯船は用意できないけど、ガブリエラ」

「ええ! 充分ですわベルーガ様! 大切に使わせていただきます」

「うん。レイゴンも、ここはガブリエラが先でいいよね?」

「はい。では、俺と殿下は少し表に出ていますか」

「? あ、そうか。そうだね! カラダを清めるのに、異性が近くにいちゃマズイもんね!」


 もちろん、貴婦人への配慮は心得ているよ!

 ベルーガは何か、わざとらしいくらいに「うんうん」頷きながら、小屋の玄関に移動した。


「……」


 やはり、内面は女の子なのだろうか?

 多様性が叫ばれる時代に生きていたため、差別意識があるワケではないが、友人が実際に〝そうかもしれない〟となると、受け止めるのに多少の時間が必要そうである。

 というか、仮にもしそうだったとして、ガブリエラの気持ちとか思うと、いろいろ不憫でならないのだが……


「──あの、レイゴン? あなたもその……」

「すみません。いま出ていきます」


 ガブリエラに「はよ出てけ」とアピールされたので、ベルーガを追って小屋の玄関を出る。

 外では、ベルーガが壁に寄り掛かって、目を細めながら空を見上げていた。

 ロスランカの空は日にもよるが、大抵はどんより曇っている。

 命を狙われたばかりの第三王子としては、ますます憂鬱になってくる空模様かもしれない。


「思い出しているんですか? 一昨日の夜を」

「……そりゃあね。命を狙われるのは、アレが初めてだったワケじゃないけど、今回のは特にショックが大きいから」


 意気消沈。

 ベルーガの声は変声期前というコトもあって、殊更に哀れを誘う。

 ウェスタルシア王国の第三王子は十四歳。

 しかし、少年にしては低い背丈と、小柄な体格、ソプラノに近いアルト。

 身体的特徴は小学校六年生から中学一年生の間。

 実際はまだ十一歳だと打ち明けられたとしても、俺は恐らく納得できてしまう。


 そんな子どもが、どうして命を狙われなければならないのか?


「……俺もちゃんと、背景を理解できているワケじゃないんですけど」

「うん」

「今回の〝裏切り〟は、やっぱり『聖剣』が理由ですか?」

「……時期的に、逆にそれ以外の理由は思いつかないかな」


 苦笑を作り、ズルズルと力を抜いて地面に腰を下ろすベルーガ。

 俺も横に座りながら、ポキポキ肩と首の関節を鳴らす。


 ウェスタルシア王国のベルセリオン王朝には、建国王の時代から代々の王族に受け継がれている『秘宝』がある。


 〈聖剣セレノフィール〉


 またの名を、白虹剣。

 人類文明の守護神である女神から、古代の職人に与えられた〝聖なる工芸品を作る力〟

 それにより魔物や魔法を打ち破り、数多の退魔伝説を後世に残した逸品である。


 


 聖なる工芸品にもランクがあり、上質、高級、至高の三つにおいて、セレノフィールは至高の格付け。

 人類文明を愛する女神は、人類文明を護るために恩寵を授ける。

 ゆえに、至高の聖具は俗人や悪人の手では扱えない。

 相応しい資格を持っていない場合は、本来の性能をまったく発揮しないそうだ。


 ベルセリオン王朝では、その特性を利用して、大昔から〈聖剣王の儀〉なるものを行って来た。


(要するに、聖剣の初代担い手である建国王にあやかって、自分たちは清く正しい聖王聖君ですよー、ってなアピールに使うために)


 だが、ひとつの家系に延々と、聖剣に相応しい人間が必ず生まれてくるはずはない。

 ある時代から、〈聖剣王の儀〉はレプリカを使った形式的な伝統儀式に変わっている。

 国民の前では表向き、本物の聖剣を抜いたように見せかけ、王権の正当性を長らく訴えてはいるが、実態としてはもう何世代も前から、本物の聖剣は抜かれていない。


 とはいえ、別にそれが悪い話ってワケではない。


(たった一本の剣で、統治者がコロコロ変わっちまったら、国は混乱に巻き込まれるからな)


 民も薄々は察している。

 しかし、それでもベルセリオン王朝の統治が続いているのは、国としてそれが問題の無いシステムだったからだ。


 自分たちの王様が、聖剣を持っている。


 国民感情としても、それは他国の人間に結構自慢できる。


 けれど、だからと言って、王家が本当にレプリカだけで儀式を済ませて来たかというと、そうではない。

 ベルセリオン王朝としても、一族から聖剣の担い手が現れれば、偉大な建国王のように周囲からより一層の敬意を集められる。


 そのため、〝王の代替わり〟が行われる時期になると、彼らは王宮の奥で内々に、本物の〈聖剣王の儀〉を執り行っていた。


 ウェスタルシアの有力な貴族も限られた人数だけ参列し、儀式は先々代や先代と同じく、当代においても肩透かしで終わるだろう。


 誰もがそう思い、気楽に構えていた一週間ほど前。



 抜けてしまった。

 鞘からスルリと、滑らかに軽く。

 当人自身も愕然とした顔で、驚くほどアッサリ、『担い手』に選ばれてしまった。


 あれは間違いなく、王国が文字通り震撼した瞬間だっただろう。


 儀式の進行役だった司祭。

 参列していた諸公。

 評議会の参議たち。

 あの場にいた誰もが目を見開き、驚愕の事態に狼狽えていた。

 しかし、心を最も千々に乱れさせていたのは、恐らく……


「──第一王子ベゼル殿下は、弟である殿下を本気で弑そうとするほど王位を欲して?」

「兄上は……そうだね。あのひとは昔から、自分が未来の王様になるんだって言ってたから……」


 顔を膝の間に埋め、くぐもった声でベルーガは頷く。

 第一王子、ベゼル・ベルセリオン。

 一週間前の〈聖剣王の儀〉が無ければ、彼は何の憂慮も無く、王位継承を受け入れられただろう。

 なにせ、順当に行けば長男であるベゼルに、一番の権利があるのだ。

 ベゼルを取り巻く周囲も、彼を次の王として戴冠させる準備を進めていた。


 なぜなら、第二王子ベルモンドは生来の虚弱体質。

 一日の大半をベッドで過ごし、ひどい時は食事さえ自分の手では覚束無い。

 そして、第三王子ベルーガは健康体ではあったが、気弱な性格で知られていて、且つ幼い。


 選択肢は最初から、一つに絞られていたようなものだ。


(……それが、まさか土壇場でひっくり返される可能性が出てきたってんだからな……)

 

「辛いですね、殿下」

「……うん。兄上にとって、僕はたった一週間で、邪魔な存在になっちゃったんだ」

「兄弟仲は?」

「悪くなかったと思うよ。歳が離れてるから、あんまり話をする機会も無かったけど、図書館では何度かおすすめの本を教えてくれたんだ」


 だから、とベルーガは言葉を続けた。


「兄上は悪くないよ。僕だって、王様になるなら兄上が相応しいって思う」

「けれど、それは殿下が殺されていい理由にはなりません」


 言うと、ベルーガは微かに肩を震わせ、顔をさらに俯けた。

 静かな場所なので、地面に落ちる水滴の音が耳元へ届く。

 おいおい、泣くなよ泣き虫め。


「殿下は本の虫だけでなく、泣き虫まで飼っておいででしたか」

「レイゴン……ありがとう」

「礼を言うのは、王国に戻れてからにしてください。俺たちはまだ、助かるかどうかも分からないんですよ」

「それでも、僕はもう何回もレイゴンに救ってもらってる」

「褒美はたっぷりお願いしますね」

「ははは……」


 笑顔が戻ったところで、俺も小さく気を緩めた。

 ただでさえ頼り甲斐がないのに、ここでメンタルブレイクまでされたら、たまったもんじゃないからな。

 冗談に笑える程度に元気があるなら、こっちとしても安心である。


「しっかし、どうせ聖剣の担い手に選ばれたなら、セレノフィールを持って此処に来たかったですね」

「え?」

「だって、彼の白虹剣があれば、少なくとも魔除けの観点では、最高の安全を確保できましたよ?」

「……うーん。でも僕、聖剣の使い方とかまだよく分からないし、持って来れてたとしても上手く使えたかどうか……」

「いやいや。そこは、嘘でも自信を持ってくださいよ。殿下は正真正銘、本物の担い手なんですから」

「う、うん。けど、聖剣はどうして僕なんか選んだんだろう? 兄上の方が、よっぽど人徳もあるはずなのに」


 ベルーガの疑問に、たしかにと俺も思う。

 第一王子ベゼル・ベルセリオンは、陰謀渦巻くウェスタルシアでは珍しく、人格者で知られている。

 父王が病に伏せり、床に縛られるようになってからは、実質的な王の務めはベゼルが半ば代行していたそうだ。

 伝え聞く評判でも、これといって問題があるような人間だとは思っていなかった。


 だがしかし──


「っ」

「今となっては、聖剣が殿下の兄君を選ばなかった理由が、分かる気がしますけれどね」

「……そうかも、しれないね」


 俺たちはそこで、揃って唇を引き結んだ。

 ウェスタルシア王国の王宮から、神話世界ロスランカリーヴァへ。

 たった三人の子どもが、どうして〈朽ち果てた怪人砦〉なんぞを遭難中なのか。


 事件は一昨日の夜。


 身の毛もよだつ〝裏切りの刃〟によって始まった。


 ウェスタルシアにて最高の騎士たちと呼ばれる、選ばれし〈王の騎士キングズナイツ〉のひとり。


 第三王子ベルーガ・ベルセリオンの身辺警護役にして、王国最優と誉れも高かった〈王の剣〉が、あろうことかベルーガを襲ったのである。


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