Game 008「山岳地帯 翼なき蛇の地」



 さて、神話世界『ロスランカリーヴァ』についてだが、これが具体的にどんな神話として知られているのか。


 これまで簡単に〝暗澹陰鬱ダークファンタジー〟としか触れて来なかったものの、本格的な探検を始めるにあたって、やはりおさらいはしておくべきだろうなと俺たちは話し合った。


 ロスランカの地は、今でこそ死と呪いに満ち溢れてしまっているが、元からそうだったワケではない。


 本来は〝ドラゴンと神々の歌〟とも呼ばれ、世界の旧支配者であるドラゴンと、それに抗い勝利を収めた神々の新世界開闢譚である。


○──────────────


 かつて、この星は、『獣の王』たる竜種に食い荒らされ、自然の調和が乱されていた。

 野蛮にして酷薄、粗暴な荒くれだった竜種は、生と死のサイクルを破壊するほど、星にとって有害な存在だった。


 星は嘆き、憤り、竜種を諌めるべく『獣の神』たる龍種を創造した。


 それにより神を得た獣たちは、『強き力の律』によって野生の掟を敷かれ、弱肉強食、敗者淘汰、食物連鎖の理に従った。

 星は霊長の座を〝ドラゴン〟のものと認め、世界はとても長いあいだ彼らの王国になった。


 王国の名は『ロスランカ』と云う。

 

 然れど、野生の掟、強き力の律。

 所詮それは、獣の理。

 世が移り変わり、幾星霜と時が経つにつれて、星には〈最初の人々〉が誕生した。

 

 〈最初の人々〉は獣の王、竜種に訴えた。


 我々が育てる牛や羊を、どうか食べないでください。

 貴方がたの口は、体は、あまりに大きすぎて、我々の食べる分が無くなってしまいます。


 竜種はヒトをも食らった。


 〈最初の人々〉は獣の神、龍種に訴えた。


 我々が住む家を、どうか壊さないでください。

 貴方がたのもたらす暴虐、爪や牙の残酷さ、翼のもたらすつむじ風、尻尾の地割れは、我々にはとても耐えられません。


 龍種は──ドラゴンは、聞く耳を持たなかった。


 ゆえに、争いが起きた。

 〈最初の人々〉を哀れんだ自然神々が、〈最初の人々〉の文明や文化から性格を得て、彼らのために立ち上がったのだ。


 いかずちは農耕と雷霆の神に。

 ほのおは竈門と鍛冶と戦の神に。

 みずは恵みと癒しの漁の神に。

 だいちは豊穣と祭りと狩猟の神に。

 かぜは季節と天候と詩の神に。

 

 様々な神が荒ぶる獣ドラゴンと戦った。

 〈最初の人々〉からも、英雄が現れた。

 戦いは厳しかった。

 しかし、神々は勝利した。

 霊長の座は斯くて、彼らの物となり新世界が創世されたのである。


 ───────────────○


「でも、そこからまた時が経つと、〈最初の人々〉は神様への感謝を忘れてしまうんだよね」

「与えられた平和と安息に堕落の隙間が生まれてしまい、神々は人々の元から去ったと教わりましたわ」

「俗に、ロスランカリーヴァの三つの物語群サイクルとも云われていますね」


 獣の時代であった旧世界のドラゴン・サイクル。

 神々の時代であった新世界のデウス・サイクル。

 人々の時代に変わってしまった史のヒストリア・サイクル。


 ドラゴンと神々の歌を三つに分割すると、主にそのような大枠に分けられるそうだ。


 共通しているのは、いずれもロスランカの地で紡がれた霊長を巡る歌物語だという点。

 後世に語り継がれたのは、失われたかつての世界を夢想して、ヒトが憧憬と冀望きぼうを抱かざるを得なかったからだろう。

 エルノス語の古語で、リーヴァは〝憧憬と冀望の叙情詩〟を意味する。


「だけど、ドラゴンも神々も、別に滅びたワケじゃない」


 ロスランカの地には、今なおふるき神秘が息づいている。

 理由は分からないが、狂気と絶望と殺意に染まって、ひょっとしたら神代よりも、遥かに恐ろしい存在に変貌を遂げて。






 〈朽ち果てた怪人砦〉を後にしてから、一晩が経った。

 あれから、俺たちは山岳地帯を歩いている。

 怪人たちの砦は、どうも切り立った岩崖に聳えていたようで、玄関扉を開けて外に出ると、峻険な山の風景が広がっていた。

 気温はやや低く、高地ゆえか空気も少し薄い気がする。

 ただ、緑が無いワケではなく、森林限界を迎えるほどの高さではないようだ。

 踏みしめる地面は湿っていて、雨がよく降るのかもしれない。

 ひとまず山道に沿いながら、麓を目指し移動を続けていた。


 道中、五回ほど山の怪異に遭遇しそうになったが、ベルーガの聖剣のおかげで妖しいモノは寄って来ない。


 後ろから着いてくる、ペタペタという謎の足音。

 木立の隙間から垣間見える、不自然な青い光。

 風に揺れる木々のざわめきに、ふと入り交じるハッキリしない誰かの話し声。


 そうした〝山怪〟が、ときに恨めしそうに、あるいは非常に物欲しそうにして、あるところまでは近くにやって来るのだが。

 ベルーガの持つ聖剣が、その度に聖なる光を放って俺たちを守り、あちら側の住人を何処かへ遠ざけてくれていた。


「まさに、殿下サマサマですね」

「ええ。ベルーガ様のおかげで、昨夜は久しぶりに安眠できた気もしますわ!」

「いやいや……」


 軽口を叩くと、白髪のプリンスは苦笑して「やめてよ」と言う。


「僕は別に、何もしてないし」

「ですが、セレノフィールは殿下がいなければ、意味を為しませんからね」

「そうですわよ。聖剣に選ばれたのですから、えっへんって胸を張っても良いと思いますわ」

「殿下はいま、最高級の魔除けの御守りですよ。超助かってます」

「え、そうかな……じゃあ、そうかも?」

 

 えへへ。

 ベルーガは照れ笑いをして両頬を抑える。

 その仕草に、俺はつい真顔に戻ってしまうが、コホンと咳払いを挟んで〈探検者シーカー〉の手記を確認する。

 マップは〈朽ち果てた怪人砦〉の内側までで情報が終わってしまっていたが、手記の方は砦だけじゃなく、『ロスランカリーヴァ』全体について書き綴られている。


「よく読めますわよね、レイゴン」

「え?」

「それ、古エルノス語でしょう? わたくし、古語は苦手ですわ」

「ああ。あの〈探検者シーカー〉はエルフのようでしたからね。長寿種族的には、古字体のほうが親しみ深いんでしょう」


 別に大した話ではない。

 ウェスタルシア王国というか西方大陸では、エルノス語が公用語だ。

 古エルノス語は日本語で言う草書体みたいなモノなので、ちょっとコツを掴めば読むのは容易い。

 俺は小さい内からヰ世界の常識を識りたくて、色んな書物を読み漁っていたから、このくらいの読解は苦もなく行える。


(きっと、好きこそ物の上手なれ、ってヤツなんだろうなぁ)


 もっとも、生粋のヰ世界人であるガブリエラからすると、これは古典を勉強するみたいな話だろう。

 昔の人の言葉は、妙に仰々しかったり堅苦しかったりするからな。

 苦手意識を抱いてしまうのも、無理はないかもしれない。

 しかし、貴族は平民と違って、豊富な教養を求められる。

 若い内から色んな言語に触れておくのは、どの家でも義務であり必須だ。

 その証拠に、ベルーガはひょこりと俺の手元──手記を窺うと、少しゆっくり目ではあったが、問題なく中身を読み取れた様子である。


「へえ。このあたりは、〈翼なき蛇の地〉って云うんだ」

「みたいですね。手記によると、リンドブルムが多数棲息している土地だったとか」

「? 砦は未攻略でしたのに、どうしてそんなコトが分かっていますの?」

「夜の星と周囲の植生などから、ある程度の位置情報は絞り込めると聞きます」

「ウェスタルシアにある門扉ゲートは、なにも〈アリアティリス〉のだけじゃないしね」

「他の門扉ゲートから探検に出かけて、ロスランカの地について多角的に調査をしていれば、各門扉ゲート間の位置関係も割り出せるモノがあったはずです」


 〈朽ち果てた怪人砦〉は、きっとそうやって場所を推測・特定された。

 ガブリエラは感心した顔で、「ふむふむ。なるほどですわ」と頷いている。


「じゃあ、この近くにはたぶん、門扉ゲートがあるという理解でよろしくて?」

「うん。僕もそういうコトになると思うよ、ガブリエラ」

「ただし、その門扉ゲートが何処に繋がっているモノかは、まったく分かりません」


 ウェスタルシアに繋がっていればいいが、すべての門扉ゲートがそうだとは限られていない。

 モノによっては、この『ロスランカリーヴァ』内の更なる何処かへ繋がっているモノもあるかもしれない。


「物理か魔術か、とにかく封鎖されて通れなくなっていたら、ウェスタルシア確定だと考えていいでしょうけどね」

「複雑な気持ちにさせていただき、どうもありがとう」


 高貴な貴族令嬢は、ジト目で俺を睨む。


「とっ、とはいえ、手記にこのあたりの土地情報が少しでも記されていたのは、神様の有り難い思し召しだろうねっ」

「エルフの〈探検者シーカー〉に感謝しましょう。あと、聖剣の女神様にも」

「文明の光、いと聖なる光の炉、偉大なるカルメンタ様。とってもありがとうございます!」


 ガブリエラが胸の前で両手を組み、祈りの定型句を口ずさんだ。

 俺もベルーガも、横にならえで同じく祈りを捧げておく。

 ロスランカの地での祈りが、ウェスタルシア王国の国教の女神に届いてくれるかは分からないが、神が実在するヰ世界で〝神頼み〟の価値は高い。

 やらずに損するより、とりあえずやっておいて気休めにしておくのも、精神の衛生を維持するのに役立つファンタジー・ライフハックのひとつだろう。


「ところで、さっきリンド何とかって言いました?」

「言いました」

「それ、どんなヤツですの?」

「ガブリエラ様。ここは〈翼なき蛇の地〉……」

「変な名前ですわよね。蛇はもともと、翼が無い生き物ですのに」

「つまり、それ自体が暗喩ってコトかな……」

「?」


 ドラゴンには翼がある。

 しかし、ドラゴンから翼を取り除けば、それは地を這う蛇にも似ている。


「竜のなかでも、〝ドレイク〟と呼び慣わされる種の亜種で、リンドブルムは後ろ脚と翼なきモノ──『竜蛇』の通称です」

「……え、え?」

「要するに、亜種だけれども荒ぶる獣ドラゴンの棲息地域に、僕たちはいるんだ」


 〈朽ち果てた怪人砦〉のヴリコラカスも危険だったが、アレ一体で建国王が〝最も危険な門扉ゲート〟だと判断したとは思えない。

 なにせ、建国王は今のベルーガと同じで、聖剣の担い手だったのだ。

 ロスランカリーヴァは、ドラゴンと神々の歌。

 リンドブルムが多数棲息していたなら、それはたしかに、〝最も危険な〟と判断するにも、納得の危険性である。


「め、めちゃくちゃ怖い場所じゃないですの!」

「しかも、ドラゴンは魔物じゃないので、殿下の聖剣も特に通用しませんしね」

「あはは……」

「さ、最悪! 最悪補足ですわ! この男は!」

「安心してください。手記は一応、過去形でしたから」

「楽観はできませんわ!」


 キーーッ! と、ガブリエラがハンカチを噛んで唸った。

 寝間着なのに、ポケットにハンカチを忍ばせているなんて、貴婦人レディはさすが育ちがいい。

 だがいいかげん、寝間着だけでは可哀想になってきた。

 山道を歩くのには薄着だし、俺とベルーガの外套を代わる代わる貸すにしても、雨が降ってカラダが濡れれば、体温はどうしたって低下してしまう。


(昨夜は結局、焚き火無しで寝るしかなかったからな……)


 拾った薪が湿っていたため、ベルーガでも火を熾せなかったのだ。

 冷たく湿った地面の上で、身を丸めて寝るのはお世辞にも安眠できたとは言えない。

 ガブリエラは気丈なため、無駄な心配を掛けさせまいと今のところ平気を装っているが、朝から移動中、腕や肩を堪え切れない様子で寒そうにさすっていた。

 食事でエネルギー補給をするにも、火は必要になる。


「手記によると、麓には廃墟があるそうです」

「じゃあ、今日はそこが目的地だね」

「廃墟……まあ、壁と屋根があるなら、野宿よりマシですわね」

「ちなみに、廃墟ってコト以外に何かメモはある?」

「いえ」


 手元を覗き込もうとしたベルーガの動きを察して、俺は気づかないフリでパタンと手記を閉じた。

 手記には、〈竜蛇に焼かれた廃墟〉と書き殴られていたためだ。

 他の選択肢が存在しないのに、余計な不安を煽る必要は無いだろう。

 麓まで行けば、どうせ斥候は俺の仕事だ。

 まずは道中だけでも、前向きに移動を続けたかった。


「麓の廃墟まで、何か採れそうな木の実なんかあったら、今夜の食事にしましょう」

「え? あ、うん。そうだね」

「わたくし気になっていたんですが、神代の植物って、食べても大丈夫なんですの? ほら、よく言うじゃありませんの。冥界のザクロには気をつけなさいって!」

「ああ。食べたら、二度と元の世界に帰れなくなるってパターンのお話だね」

「もう砦で、鳥肉食べたじゃないですか。アレと同じですよ」

「……ハッ!? つまり手遅れってコトですの!?」


 ガーン!

 少女は口元を押さえ、「イヤー!」とムンクの叫びのポーズで固まった。

 ベルーガは首をひねりながら、無意識下での不安の現れだろうか、聖剣の柄頭に右手を置いている。


「……神代の動植物が、何もかもとは限らないんじゃないかな?」

「フン。仮にあの鳥肉でアウトだったら、俺はガッカリです。何の神秘も感じられなかった」

「神秘性があったら、逆にアリだったんですの!?」


 信じられませんわこの男!

 目を剥くガブリエラに、「さぁ?」と返事しつつ付近の低木などを見る。


「見た感じ、あんま食べられそうな低木果樹は無さそうですね」

「僕、木苺とか好きなんだけどなぁ……」

「わたくしは、リンゴが好きですわ」

「あいにく、どっちも無いですよ」


 リンゴは低木果樹ですらないし。

 三人で溜め息を吐き、山道を下っていく。

 が、しばらくそうしていると、


「あ」

「ん? どうしたの、ガブリエラ?」

「あそこ、ヤギさんがいますわ」

「ヤギ?」


 ガブリエラは視力がいいのか、山道の先でノソノソ歩いているヤギを見つけた。

 小さいヤギだが、ツノが立派に生えていて、頭の横で綺麗な円を描いている。

 野生の動物らしく、カラダは薄汚れていて綺麗ではない。

 しかし、仕留めればタンパク質の補給にはなるだろう。

 ビタミンとか食物繊維とか、そういうベジタブルでフルーティな栄養素が恋しい頃合いだが、肉は見過ごせない。


「狩ってきます」

「あ」

「ちょっ、レイゴン!?」


 逆手剣を抜いて構える。

 瞬間移動は即座にヤギの背後へ俺を運んだ。

 すかさず、胴体に刃を叩き込もうとし──スカッ!


「……!?」

「メェェェェェェェェェッ!?」

 

 そこで、俺は横から飛んで来た何か黒い影に、勢いよくヤギを掻っ攫われてしまった。


「っ、なんだ!?」


 慌てて影を視線で追うが、茂みに消えた何かは、ヤギの悲鳴を残して遠ざかっていく。

 一部始終を見ていたベルーガとガブリエラも、走って俺の元までやって来た。


「い、今のは何ですの!?」

「分からないけど、とんでもなく素早かったよッ」

「大きさはヤギより、少し大きいくらいでした……!」


 大型犬か、それより若干大きいくらいか。


「まさか、リンドブルムですの!?」

「……いえ、本物の竜蛇なら、もっとデカいはずです」

「何にせよ逃げた方がいいッ、野生動物にしろ怪物にしろ、僕たちエサになっちゃうよ!」

「イヤーーーーーー!!」


 麓を目指し、山道を駆ける。


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