辺境の学舎でゆっくりしたい氷魔術教師

白綴レン

第1話

 帝国領独立魔導学舎。帝国軍直属の学舎で卒業した者の多くは帝国軍の魔導部隊に所属することとなるエリート校。だがそのエリート校とはいえど帝都に近いところと遠いところ、とりわけ辺境近くになると生徒数も少なくレベルもあまり高いとは言えない。卒業して帝国軍に所属すると言っても帝都の本隊に加入することはなく辺境警備などにあてがわれることも多い。帝都にある本校の教師たちは、ミスをしてしまったり指導がうまくいかなかったりした時に冗談めかして辺境校への左遷を怯えるなど、辺境校の扱いは決して良いものとは言えなかった。

 そんな辺境校の一つで教鞭を執る一人の教師、カイル・リベリア。黒髪に白髪が交じる壮年の男性で、細身ながらしっかりと鍛え上げられた肉体は豊富な戦闘経験を感じさせる。だが教育熱心かと言うとそういうこともなく、生徒に教える際はあくび混じりになることもしばしば。能力は決して低くないのだが意欲がない、というのが周囲の評価だった。

「今日は魔力操作の演習だ。魔力で珠を作ってそれを維持したまま演習場に来いよ~」

 十数名の生徒に指示を出したら自分も魔力の珠を作って体の周りにふよふよと浮遊させる。流石に教師だけあってカイルの出した魔力の珠は安定してカイルについていく。生徒たちも大きさや安定感にムラはあるものの、なんとか魔力の珠を維持したまま演習場まで歩きつくことができた。

「よーしおつかれ。俺くらい、とまではいかずともキリエくらいスムーズに運べるように練習しろよ」

「ありがとうございます、カイル先生」

 手本の一人として挙げられたキリエと言う少女が丁寧にカイルに礼を言う。彼女はカイルの言う通り魔力の操作が上手く、先程の課題も魔力の珠を安定させたまま運ぶことに成功していた。

「魔力操作の精度はそのまんま魔術の精度に直結する。このくらいできるようになると……」

 生徒たちに魔力操作の重要性を説きながら魔力の珠を複数作り、高速で動かした軌跡で文字を刻んでいく。魔力操作の高い精度があってこその曲芸だ。

「こういうことも可能になるわけだ」

 パキンっと、演習場の端で音が響く。生徒たちがそちらに目を向けると先程まで何もなかったはずのところに杖を持った人の氷像ができていた。

「すげ……」

「まぁここまでできるのは何十年と経験を積んだあとでいい。俺の得意な氷ってのがこういうのには相性いいのもある。とはいえ、さっきも言った通りキリエくらい、つまり珠の大きさをぶらさず一定の速度で運ぶくらいのことはできてほしい」

「うげぇ」

「集中力の必要な動作だ。事故に気をつけて練習するように。散っ!」

「はいっ!」

 意欲のあるものは素早く、ないものは気だるげにカイルの元を離れてそれぞれ魔力の珠を出し始める。しかし集中が続いているはじめの数分は良いが、次第にコントロールが乱れていく生徒が増えていく。カイルは声をかけながら生徒の練習をサポートしていった。

「まだ十分も経ってないぞ。ほらほら集中集中」

「でもこれ、結構しんど……」

「しんどくなくすための練習だ。ほら大きさがぶれてる」

「っす……」

 やる気の薄い男子生徒、ロイに声をかけて集中を促す。他にもちらほら見える集中の欠けた生徒に声をかけて回るが十代そこそこの少年少女の関心は地味な鍛錬では続かない。少しずつ手を抜き、サボり始める生徒たち。カイルは諦めたようにため息を付くと休憩の許可を出した。

「ったく、できるようになってもらわないと俺の査定が……」

 カイルもドカッと演習場の地面に座り込みそっとひとりごちる。カイル自身も熱心に教育したいという野心があるわけではないが、生徒の成績はカイルの給料にも関わってくる。となると当然結果が求められるわけで、指導にも熱が入るというわけだ。

「ほらそろそろ休憩も終わりだ。キリキリ練習して俺の給料を上げてくれ」

「本音はそれかよ~」

「成績いいほうがお前の将来の給料も良くなるかもしれないだろうが」

「それはそうっすけど……」

 なんとか休憩を伸ばそうと雑談するロイに応えながら他の生徒の様子も見ていく。休憩明けすぐは比較的安定している生徒が多く、短時間であれば魔力操作の精度は充分といえるだろう。それからしばらく同じような指導が続き、演習の時間は終わった。

「そこまで。長い鍛錬お疲れ。食事をしっかり摂ってゆっくり休むように」

「終わった~メシメシ~」

「先生もお疲れ様でした。失礼します」

 食事を求めて演習場を駆け出す者、カイルに律儀に挨拶をして出ていく者、友人と談笑をしながら歩いていく者、 それぞれが自由に演習場を抜けていった。食事時というのもあってほとんどが食堂に向かっているようだ。カイルも最後の一人が演習場を抜けたのを確認すると扉に鍵をかけて教員用の部屋に向かって歩いていった。

「お疲れー」

「カイルお疲れ。どうだ調子は?」

「リンか、ぼちぼちだ。まぁどこまで言ってもやる気次第だな」

「基礎はどうしてもな。応用に進んでやったらいいのに」

「めんどいだろう。そっちの方が」

「ま、お前はそう言うだろうさ」

 同僚の男性教師、リンが声をかけてくる。演習場の鍵を返しながら雑談交じりに近況報告を交わしていく。リンは熱心かつ優秀な教師で、受け持つ生徒の大部分が応用魔法学の授業を受けるまでに育てる、まさにエリート育成をしていた。なんでこんな辺境の学舎にいるのか不思議に思われる人材でもある。

「うちのキリエなんかはそっちにやってもいいくらいの優等生なんだがな」

「おいおい自分の生徒をそんなふうに言うなよ。キリエちゃんはだいぶお前のこと慕ってるみたいだし」

「まぁ、なんか妙に信頼されてるんだよな……」

「お前、やる気ないだけで優秀だからなぁ」

「お前ほどじゃねえよ」

「ははは、褒めても何も出ないぞ」

 軽口を叩きながら、二人は教員用の弁当を受け取って広げていく。詰められたおかずを口に運びながら雑談は続いていく。

「とはいえだな、俺はお前を評価しているんだぞカイル」

「買いかぶり過ぎだよ。俺は器用なだけだ」

「その器用さが並外れていると言っているんだ。それに魔力量も相当だろう」

「教員に必要な能力からは外れてる」

「教員とは言うがな、俺らは本質的には……」

「カイル先生、少し良いですか?」

「おう? 少し待ってくれ。すまんなリン、お呼び出しだ」

「あ、ああ……」

 カイルは残った弁当を一気に口に放り込むと水筒の水で流し込んで待たせていた女性に向き直った。

「お待たせしました」

「いえ、急がせてしまいましたね」

「大丈夫ですよ。それで、要件は?」

「校長がお呼びです」

「校長~? わかった、すぐ行こう」

 カイルは女性職員に先導されるままに校長室へと向かっていく。この女性が要件を伝えて終わりじゃないあたり、校長は何が何でもカイルを連れてこいとでも言ったのだろうか。カイルは顔をげんなりとさせながら校長室に入っていった。

「校長、お連れしました」

「ご苦労。下がって良いぞ」

「失礼します」

 カイルを連れてきた女性が下がり、部屋には校長とカイルの二人きりになる。重苦しい空気を気にせず、カイルが口を開く。

「で、じいさん。何の用だ」

「口の聞き方に気をつけなさい。これでもお主の上司じゃぞ」

「はいはい。校長、何の用ですか」

「帝国軍からお主に依頼じゃ。盗賊団がおるらしい」

「わざわざ俺に? 自分等で始末すりゃいいじゃねえか」

「どうにも辺境に配置されてる軍が手を焼いているようでの。本隊を引っ張り出す前に遊軍としての依頼じゃろうよ」

「はぁ……、断ったりは」

「したらこの学舎の立場も悪くなるしお主の席もなくなるじゃろうなぁ」

「はいはい、受けますよ」

 イヤイヤと言った様子で帝国軍からの依頼書を受け取るカイル。盗賊団はそれなりの規模らしく、戦力の低い辺境の軍では確かに対処が難しそうだった。

「ま、このくらいなら楽勝か」

  

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