第9話
「南西だな! 迎え撃つ!」
カイルは学舎の南西方向を目指して駆け出した。パキパキと身にまとった冷気で地面を凍らせて滑るように移動する高速歩法。
「カイルくんと敵勢力接敵まで二分!」
「敵勢力目視で確認、大型の魔道馬車を五台確認。百人近くいる可能性がある」
「カイル、止められるか?」
「そのために前に来たんだ、よっ! 大氷壁!!」
馬車の進路を阻むように巨大な氷の壁が反り立った。高速で走る馬車は止まりきれず氷の壁にぶつかり破壊された。
「やってくれたなカイル・リベリア!」
「……どちら様だ?」
カイルはパキパキと冷気をまといながら破損した馬車から続々と出てくる敵勢力を観察する。装備は整っているが軍式のものではなさそうだ。傭兵団や盗賊団といった類だろうか。
「ボス、リタ姐、ここはあっしらに任せて先に行ってくだせえ!」
「うむ。カイル・リベリアは強い、無理するなよ」
「アンチグラビデ!」
「おい待て! ちっ!」
ボスと幹部らしき女がふわっと浮き上がり氷の壁を飛び越えていく。カイルは魔術で撃ち落とそうとしたが敵の攻撃を防いでいる隙に突破されてしまった。
「まぁ、あっちはあっちで任せるか」
「この人数差で勝てると思うなよ! フレイム!」
「ボルト!」
「アクアショット!」
取り囲んだ敵から多種多様な魔法がカイルに襲いかかる。しかしカイルの生み出した氷の刃がそのことごとくを切り裂き防いでいく。
「氷刃、乱舞!」
そのまま氷の刃は周囲を飛び回りカイルを取り囲んでいた五人ほどをあっという間に切り裂いてしまった。
「さぁ次は誰だ? 来ないならこっちから行くぞ!」
カイルの氷刃が襲いかかる。敵は魔術で生み出した岩や炎で防ごうとするが鋭く冷たい刃は生半可な防御はたやすく切り裂いていく。
「そこまでだカイル・リベリア!」
「ちっ、骨のありそうなやつが出てきちまったな」
二十人ほどを切り伏せた辺りで人をかき分けて一人の魔術師が現れた。問答無用で切り裂こうとした氷の刃を岩の壁で防いだあたり、カイルの言う通り実力者なのだろう。
「よくも同胞たちをこれだけやってくれたな!」
「お前らが先に喧嘩売ってきたんだろうが! 生徒たちの安全のためにもここでやられてもらうぜ」
「ドラスの兄貴! やっちまってくだせぇ!」
「俺たちの、仇を……」
「おうとも! ドラス・アルバス、同胞の恨みを背負って、いざ!」
「やる気だねぇ! 氷槍!」
「ロックシールド!」
氷の槍と岩の盾がぶつかり合い砕け散る。牽制のように放つ氷や石のつぶてもお互いの魔力で弾かれてしまう。カイルは刃や槍を次々に放つがドラスの岩はそれらすべてを受け止めて砕けていく。
「ぐ、くぉ……!」
しかし、カイルの方が魔術の回転率が速い。ドラスの防御が少しずつ少しずつ押し込まれていく。ドラスが一歩、二歩と後ろに下がり体勢を立て直そうとするが止むことのない氷の連撃がそれを許さない。氷の刃が、槍が、岩を削りドラスの肉体を蝕んでいく。
「ぐぐ……ロック、アーマーぁっ!!」
数回氷の刃がかすったドラスは血を流しながら全身を分厚い岩で覆う大技を繰り出した。パキンパキンと氷の刃を砕く大岩はドラスの意思を汲んでスムーズに動いている。
「でけえな……」
「はぁー……はぁー……これで、どうだ! ロックショット!」
ドラスの魔力の大部分を使った魔術による攻防一体の大鎧。カイルが放った氷はその外装を貫くことなく阻まれてしまう。鎧の先から繰り出される大岩の連撃をカイルは防ぐのを諦めサイドステップで躱していく。大岩がカイルの生み出した氷壁に当たり砕けていく。そのまま数度繰り返せば氷壁に穴を開けることもできそうだ。カイルも攻めあぐねている様子で形勢は逆転した。
「は、はは……なんとか、これで……!」
息も絶え絶えだが形勢有利を悟ったドラスは大きく拳を突き上げる。周りの者もそれに倣って勝どきをあげた。
「そら、そりゃあっ!」
ドラスはブンブンと大岩の鎧を振り回し氷の壁を壊しにかかる。カイルに直接攻撃するよりも氷の壁を破壊して道を拓いた方が得策と判断したのだろう。
「ちっ! 厄介な事に気づきやがって! 氷鎚!!」
カイルの生み出した氷の鎚は大岩の腕とぶつかり弾きあう。しかし何度も振り下ろされる拳に鎚は砕かれ、氷の壁にダメージが蓄積されていく。
「そらそらそらぁっ!」
「ちっ、氷刃一閃!」
氷の壁に繰り出される大岩のラッシュ。すでにひびが入っていた氷の壁は数分間は耐えることができたが、しかし耐えきることはできず無情にも破壊されてしまった。しかし同時にカイルは氷の壁の防衛を諦め、敵陣営の減少を狙っていた。氷刃を大きく振り抜き敵の大部分にダメージを与え、何割かの人員を戦闘不能に追い込むことに成功している。
「カイルは捨て置け! 進軍、進軍せよ!」
「おおぉ~!」
ドラスの一声で崩れた氷壁を踏み越えながらドドドと学舎の方へと突撃していく軍勢。ドラスもドシドシと後ろから進もうとしたところでその足が止まった。
「氷結縛……行かせねえよ」
「足を凍らせられたか……ふぬ、ぬんっ!」
進軍はすでにカイルの射程を抜けようとしている。それでもカイルは軍勢ではなく幹部と思しきドラスを止めることを優先した。ドラスの鎧を凍らせて動きを止める。言葉にすると簡単だが相手の魔力の通った魔術を凍らせるのは並大抵の技ではない。ドラスが魔力を込め直し氷を砕くと、ドラスは再びカイルへと向き直った。
「ふぅー……負け戦を挑むかカイル・リベリア」
「勝ち目があるから挑むんだよ、ドラス・アルバス」
一定の距離を取り向き合う二人。まるで決闘直前のような緊張感、一陣の風が吹き、氷壁の破片が地面に落ちて砕ける。瞬間、二人の魔術が弾けた。
「氷刃一閃!」
「ロックブレード!」
氷と岩、二つの刃がぶつかり合い、氷が岩を切り裂きドラスに襲いかかる。しかし、ドラスの分厚い岩の鎧を切り裂くには至らず表面に食い込んで止まる。
「打ち合いでは勝てんが、質量勝負なら……!」
魔術の比べ合いで勝てないことを確認したドラスは大岩の質量で押しつぶす作戦に出る。拳を何度も振るい、カイルを押しつぶそうとするドラス。カイルは紙一重で避けながら冷気を何度もドラスに浴びせていく。
「避けてばかりで、いつまで保つかな!」
「そちらの魔力もいつまで保つやら!」
カイルの体力と、ドラスの魔力。どちらが先に切れるかの勝負に思えたが、カイルの狙いは別にあった。身にまとった冷気を強めてドラスの鎧を冷やしていく。
「おら、うりゃあぁっ!!」
大ぶりの一発をカイルが避けて、ドラスの拳が地面にめり込む。その瞬間、カイルは思いっきり冷気をドラスに向けて放った。
「大凍波!!」
パキパキンっとドラスの鎧が完全に凍結し氷に包まれる。
「氷爆!!」
そして、次の瞬間鎧ごと氷の塊が砕け散った。内部まで完全に凍結させた岩の鎧を、内部の氷を破裂させることで内部から破壊したのだ。
「ぐ、がっ……!?」
自身の防御に自信のあったドラスは何が起きたかを理解できずただ破壊された衝撃で吹き飛ばされている。魔力もほとんど残っておらず、大鎧を再び作り出すことはできないだろう。
「決着はついた大人しく捕まってもらおうか」
「そうはいくかよ、ロックショ……」
「氷結」
「…………」
悪あがきに魔術を放とうとしたドラスを完全に凍らせたカイル。そのまま進軍していった敵勢力を追いかけて学舎へと駆け出していった。
「無事であってくれよ……!」
今のカイルにできることは他の教員を信じることだけ。学舎の無事を祈りながらカイルは地面を滑りながら敵軍勢を追いかけていく。
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