第8話
リコが逆探知を始めてから一時間が経過しようとする頃、実験室でうたた寝をしていたカイルはリコの大声で目覚めた。
「出た!!」
「うおっ! 出たって、逆探知できたのか?」
「うん。大体こっから西に百二十キロくらいのところ」
「西にそれだけだと、ちょっと待ってろ地図がいる」
カイルが持ってきた地図を見てリコの出した距離に当てはめると一つの街があった。
「コトエ、商人がよく使う街だったはずだ。人の出入りも多い」
「となるとそういう組織が混じっててもバレないね」
「武器や防具、魔道具を売る商人なんかに扮装すれば違和感はない。商団のフリなんかすればそれなりの組織でもバレないかもな」
コトエ。中規模程度の街で交通の要所でもあることから商人の出入りが多い街だ。大小さまざまな店の他に露天商や行商も多く商業の街として発展している。カイルの言う通り商人は多くの物資や人員を紛れさせるにはちょうどいい。脅迫状を送ってきた組織が潜伏している場所としてもおかしくない。
「逆探知はバレてるのか?」
「わかんない。でもまぁアタシの存在は分かってるだろうし逆探知されたものとして考えててもおかしくないよね。他にも監視や盗聴の魔術があってもおかしくないし」
「確かに。一応コトエの駐屯地に連絡は飛ばすか」
「まぁ何もしないよりはね」
カイルはコトエに駐屯している帝国軍に連絡魔術を飛ばして簡単に事情を説明する。駐屯軍は警戒を強化するとは言ったものの、出入りする人間すべてを見ることは難しいと言っていた。カイルもそれで了承し、気をつけるように伝えて連絡魔術を終えた。
「さて。リコ先生、今日は色々ありがとな」
「ほんとだよ~。全く久々に忙しい一日だった」
「普段からもっと働いても良いんだぞ? 講義とか」
「え~? アタシのレベルについてこれる子がいないとやだ~」
「本当になんで教員やってるんだこの女は……」
「え? 中央でも仕事してなかったら飛ばされただけだよ」
「なぜよりによって学舎なんだ……」
「さぁ? 学舎ならアタシが真面目に働くと思ったんじゃない? まぁ無理だけど」
「はぁ……まぁジジイが許してるのも悪いんだろうな……」
「ねー。ほんと校長には感謝だよ。こういうのと結界の解析、強化だけで許してくれてるんだからさ」
教員という立場でありながら教鞭を執らないリコを校長はその有用性から学舎に置くことを許している。実際解析の技術と、それを活かした結界の補強は学舎の安全のためにも手放し難い。それに気が向いた時に行われるリコの解析講義は興味のある生徒には人気が高い。校長も立場上注意をすることはあっても大きく罰則を与えることはしない。渋々かもしれないが納得の上なのだろう。
「何にせよ警戒するのは西だな。校長に伝えてくる」
「あいあい。アタシは寝るよ」
「はいよ。おやすみ、ゆっくり休んで備えてくれ」
「うへー。働きたくないねぇ」
リコは机の上に寝そべると白衣のままで寝息を立て始めた。カイルは呆れながら実験室をあとにすると急ぎ足で校長室へ向かっていく。
「じじい。リコ先生の逆探知の結果が出た」
「うぬ? 居場所が分かったのか」
「まぁもう引き払ってるだろうが、西だ。コトエの街から反応があったらしい」
「コトエ、商人の街か。なるほどのう……」
「駐屯軍には連絡を飛ばしてある。警戒を強めてはくれるらしいがやはり出入りの多い街だけあって全部をカバーするのは難しいらしい」
「じゃろうな」
「それに俺が反応を捕らえてからリコ先生の逆探知まで数時間あった。そこから連絡飛ばして捜査を始めて、となると撤収に間に合わない可能性も高い。逆探知されるようなアジトは使い捨てだろうしな」
「ふむぅ。じゃが警戒する方角はわかったの。明日以降は西の警戒を強める、外地演習も東だけにするように伝えなくてはの」
警戒の方角が分かっただけで収穫ではある。そもそもが敵地を叩くのではなく学舎を、生徒を守る防衛戦の様相が強い。迎え撃つ方角さえわかれば防衛はかなり簡単になる。もちろん西以外も守る必要はあるが最警戒は西。今活動している教員全員に連絡が飛び、休憩中の教員にも起き次第伝えられるだろう。
「じじいも寝ろよ。脅迫が来てからロクに寝てねえだろ」
「お主もな。生徒に心配されとるようではまだまだじゃよ」
「これから寝るさ。じじい、ゆっくり寝ろよ」
「ふん、余計なお世話じゃ」
カイルは最後に軽口を叩くと校長室を出た。あくびを噛み殺しながら廊下を歩いて教員用宿舎へと向かっていく。発表祭まで残り十日。警戒も準備も、忙しくなっていく。
西の警戒を強めて数日、嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。恐ろしいほど何も起きなかった。教員たちの警戒をよそに魔力反応も怪しい人影も何も無い。ただジリジリと時間だけが過ぎていく中、発表祭の準備が順調に進んでいく。
そして何も起きないまま発表祭前日。生徒たちは発表祭に向けてやる気を見せていた。
「先生! 俺、いつでも行けるぜ!」
「お前がいつでも行けても発表祭が明日なのは変わらねえ。さて、ロイはおいておいてみんなも準備はできてるか?」
カイルの受け持つ組でも発表祭前日ということで空気が浮足立っていた。浮かれやすいロイはもちろんのこと、キリエですらそわそわと落ち着かない様子だ。カイルは連日の警戒の疲れを見せないようにいつも通りを心がけて組のメンバーに声をかけていく。
「明日の発表祭、もちろん他の組に勝ちたいのはそうだろうが一番は成果を無事に発表することが目的だ。怪我がまったくなく、とは難しいだろうがシエカ先生の治癒術で治せる範囲の怪我で済むように気をつけること。いいな」
「はい!」
「んじゃあ今日は明日に備えてしっかり休むように。特にロイ、はしゃぎすぎて明日疲れて動けませんじゃ意味ないからな」
「わ、分かってるよ!」
「それじゃあ解散。明日の発表祭、楽しみにしてる」
発表祭前日ということもあり生徒たちの休養のために簡単なホームルームだけで講義や演習は行われない。
「先生……」
「キリエ? どうした」
カイルが教室を出ようとしたところを若干顔を赤らめたキリエに呼び止められる。キリエはもじもじと恥ずかしそうにしながら声を絞り出した。
「私、明日……頑張りますから……!」
「ん? おう、がんばってな」
「ですから、先生も……ご無理なさらず……!」
「お、おう……」
「そ、それでは……。失礼しました……!」
パタパタと慌ててカイルの元を去っていくキリエ。どこまで察されているかはともかく、何かが起きてるのを察しているのは確かだろう。キリエに何かが降りかかることがないようにカイルはこっそりと気合を入れ直して警戒へと向かった。
そして翌日。発表祭当日。
「えー、生徒諸君、教員諸君、本日は帝国独立魔導学舎クダスリ校の演習成果発表祭じゃ。各々の日頃の演習、講義の成果を存分に発表しその有用性をしめせぃ!」
校長の挨拶で発表祭が始まる。魔術を使った花火もあがり生徒たちが大きく盛り上がる。
「西方向担当カイル、現状動きなし」
「北西方向担当リン、同じく現状動きなし」
「全域探知担当リコ、来賓を除く大きな魔力反応なし」
同時に周囲を警戒する教員たちの緊張も高まる。発表祭が開始した時点で脅迫状の要求を飲んでいないことが明確になる。敵の動きが活発になるならその瞬間の可能性が高い。教員たちはアリ一匹見逃さないといった様子で警戒を続けていく。
そして開始から十分後、動きがあった。
「こちらリコ、南西十キロほど地点、高速でこちらに向かう多数の魔力反応を検知!」
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