第7話
リコからの呼び出しを受けたカイルは実験室に戻ってきた。演習中の一時間ほどで解析が終わるのはさすがリコと言ったところか。
「リコ先生、入るぞ」
「おうカイルくん、入りたまえ」
カイルが実験室のドアをノックするとリコの偉そうな声が返ってきた。カイルがドアを開けると、待ち構えていたかのようにリコが豊満な胸を張って立っていた。
「なんでまたそんな偉そうに」
「ふふん、実際偉いからだ。まぁ詳しくは中で話そう」
「はいはい、それで。どうなんだ?」
実験室の中に入ったカイルはおどけた態度のリコをあしらいながら結果を聞く。リコは椅子に座るとさらりと結果を口にした。
「結果から言うと監視と盗聴の魔術だな」
「やっぱりか」
「なんだやっぱりっていうのは。あたしの分析が要らないみたいじゃないか」
「確認は必要だろう。俺らのは予想に過ぎなかったわけだし」
「そういうことにしておいてやろう。で、問題はどこの誰がやったかだ」
ビーカーに入ったお茶を飲みながらリコが続ける。
「誰かまではわからない。少なくとも学園内の誰かってことはないからその点は安心だな」
「そりゃよかった」
「様式は皇国の術式がベースになった我流って感じだな。皇国の軍人崩れかどっかの誰かの真似事か。まぁこのあたりなら帝国じゃなきゃ皇国ってのは納得できる」
「問題は我流ってところか。皇国の魔術をかじってる程度の実力ならなんとかなるだろうが」
「皇国の上の方でもなんとかするでしょカイルくんは。まぁでもそうだね、我流ってのは怖い。情報がないからね。カイルくんがこないだ倒してきた盗賊団みたいな崩れの連中かもしれないし、皇国できちんと修行した後何らかの方法でこっちに来た人かもしれない」
「まぁそれ以上は想像で話しても仕方のないことだ。それで、探知の範囲は?」
「学舎がすっぽり入る程度にはしっかりと。まぁ当然だよね」
「それもそうか……」
当然探知範囲は学舎をしっかり全範囲覆っていたようだ。脅迫状の犯人と同一犯と考えていいだろう。
「逆探知はできるか?」
「一応頑張ってはいるけど無理そう。まだ魔術が働いてたら楽だったけどまぁそういうわけにもいかないからね」
「何かわからないものを持ち込むのは流石に怖い」
「でしょ? まぁ期待しないで待っててよ」
「おう。ジジイにこの事伝えてくる」
「任せたよ~」
リコに伝えられた内容を校長に伝えるべく校長室へと歩いていく。リコは引き続き逆探知が効かないか試してくれることだろう。
「ジジイ、入るぞ」
「カイル、なんじゃ?」
「魔力反応のあった石の件だ。リコ先生の解析が終わったからとりあえず報告にな」
「うむ。言ってみよ」
「監視と盗聴だったらしい。逆探知は今リコ先生が試みてるが術式が破壊されてるから難しいと言っていた」
「ふむぅ……」
「範囲は当然学舎全体はすっぽり覆うほど。俺らの動きは概ね把握されてるとみていいだろう」
「だとしても、警戒を緩めるわけにはいかん」
「だな」
「他にも探知魔術のかかっているものがあるかもしれん。魔力反応は細かいものも気をつけるように徹底せい」
「おう。それじゃあそろそろ外の見回りと交代してくる。ジジイも気をつけろよ」
「分かっておる」
発表祭を狙うということで一番まずいのは生徒を狙われることだが学舎や校長に恨みを持つ人間の犯行の可能性もある。少なからず権威のある独立魔導学舎の校長というだけで狙われる理由になり得てしまう。たとえここが辺境の地だとしても。その校長がかつて戦場で暴れていた軍人ともなれば恨みを買うには十分すぎる理由になる。
「っと、他にも報告があるみたいだ。じゃあなジジイ」
「カイル先生、お疲れ様です」
「サレン先生も何か報告に?」
「ええ。少し気になることがあったので」
「っと、そろそろいかねえと。見回り行ってきます」
「はい、お気をつけて」
校長室に入っていくサレンと入れ替わりで外に出たカイル。そのまま学舎の外へと足を向けて見回りを始める。魔力反応のあるものがないか、特に念入りに警戒していくがそうぽんぽんとあるものでもない。他の教員も見回りを強化していることだし気をつけるべきは野盗や魔物だろうか、と思案しているとカイルの探知範囲の端でかすかな魔力反応がかすった。
「……?」
一瞬気のせいかと思うほどかすかな魔力反応、しかし近づいて行くとたしかに小さな反応がそこにある。警戒を強めながら近づいていくと一羽の小鳥が飛び立った。
「ッ! 氷波っ!」
飛び立つと同時に動いた魔力反応に素早く反応したカイルは冷気の波を浴びせて凍結させる。完全に凍結した小鳥はポトリと地面に落ちて沈黙した。
「こいつも、リコ先生行きだな」
こぶし大の氷塊となった小鳥を手にしたカイルはリコに連絡魔術を飛ばしながら学舎へと戻っていった。
「さすがカイル・リベリア……ふふ、やってくれる……」
学舎から程遠い地点、一人の男がひとりごちる。小鳥を通じて学舎を監視していた男が何も映らなくなった水鏡の前に座っていた。男はカイルのことを知っている様子で、小鳥が凍らされたのもカイルが相手なら仕方ないと割り切っているようだ。
「ふむ、たしかあの学舎には解析に長けた者がいたな。引き払うぞ」
「もうそんなにアジトも残ってないよ」
「問題の祭りまでもう間もない。次のアジトで抜けきれるだろう」
「ならいいけど。ほらアンタたち、撤収だよ!」
「うーい」
側近らしき女の号令で控えていた者たちがガサガサと装備や荷物を手早く片付けて撤収していく。一時間と経たずに謎の組織のアジトはただの空き家へと戻ってしまった。
「リコ先生、解析お願いできるか?」
「カイルくんまた~? まぁやるけどさぁ」
学舎に戻り早速実験室へ向かったカイルを出迎えたのは気だるげに机の上に寝転がるリコだった。白衣がはだけて胸の谷間があけっぴろげになっているが気にしている様子はない。
「よっと。うわぁ冷たそう」
「魔力反応はこの小鳥だった。かなり小さかったが凍ったら感じられなくなったから使い魔の類かもしれん」
「使い魔、眷属、操られてただけかもしれないね。いずれにしても生き物を使うのはそれなりに高度な術式が絡む。敵は思ったよりも本気かもね」
机から飛び降りたリコは軽く白衣を整えると解析の準備を始める。カイルから氷塊を受け取るとチラチラと色んな角度から小鳥を観察して不審なところはないか確認していく。
「うーん生き物は専門外だしわからんね。カイルくん、これ溶かして~」
「いいのか?」
「うん。死んでるし魔力が復活することはないと思うよ。一応警戒はするけどね」
「わかった。はっ」
カイルが魔力を放つと氷塊がみるみる溶けていく。数分で氷は溶け、ぐったりと沈黙した小鳥が残された。
「さてさて、何が分かるかにゃ~」
リコは小鳥に向き合うと解析魔術を使い始めた。解析に時間がかかるだろうと踏んだカイルは実験室から外に出ようとしたがリコに呼び止められる。
「待ってカイルくん、そんなにかからない」
「そうか? じゃあ少し待ってるか」
「もうちょっと、うん。やっぱり監視と盗聴だね。しっかり学舎全体を覆えるくらいの範囲だ」
「使い手は同じか?」
「いや、別の人だね。でも皇国ベースなのは同じだね。組織単位で何かが動いてると思って良さそうだ」
「皇国の組織、ではないんだろうな。皇国から抜けた誰かが作った組織ってところか?」
「かもね。逆探知もできそうだから試してるけど、あんまり期待しないで待ってて」
「できそうなのにか?」
「魔術が死んでからの逆探知だからね。精度がそこまで高くできないのと何よりバレやすい」
「捨てられてるかもってことか。まぁそれでも収穫だ。頼む」
「あいあいさー」
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