第5話

 カイルが盗賊団討伐から戻って数日、平穏な日常が続いていた。クタの村落も活気が戻り始めたようで一安心だ。

「さて算術の講義だが」

「ぐえぇー」

「潰れたカエルのような声で抗議をしても受け入れないぞ、ロイ」

「誰が潰れたカエルだ!」

「教科書五十二ページからだな。適宜メモを取りながら聞くように」

 カイルが教科書を片手に算術の解き方、使い方を教えていくが演習と違ってやる気のない生徒が多い。やはり身体を動かす方が座学より楽しいのだろう。カイルはある程度仕方ないと思いながらちゃんと聞いている一部の生徒に向けて講義を続けていく。

「今日はここまで。復習をちゃんとしておくように」

「やっと終わった~……」

「ああそれと、そろそろ演習成果発表祭の時期だ。気を引き締めて臨むように」

 演習成果発表祭。独立魔導学舎特有の行事で普段行われている演習、特に魔術演習の成果を発表する行事になっている。クラス対抗でスコアが集計される競争形式になっており生徒からの人気も高い。当日は見学を希望した父兄や近隣軍の視察も入り、将来の配属に影響されることもある重要な行事だ。クダスリ校では行われないが、帝都近辺では近隣の学舎との合同演習祭が行われることもあるという。

「っしゃぁ先生! 今年こそは一組の連中に勝ってやろうぜ!」

「負けん気を出すのは勝手だがお前は課題を終わらせてからな、ロイ」

「うぐっ……」

 クラス対抗で行われるということもあり、負けん気の強い生徒は早い段階からやる気を見せる。普段からそのやる気を見せてほしいところだが悪いことではない。とはいえ本懐は普段の授業や演習にある。課題が終わっていなかったり試験に合格できていない生徒は参加が認められていない。今回やる気を見せているロイもその一人で課題がいくつか提出されていない。どれだけやる気があっても規則は規則、発表祭までに提出してもらわないと参加は認められない。

「というわけで、ロイみたいになりたくなければみんな課題はきちんと提出するように」

「はーい」

 ロイを引き合いに出して授業を終えたカイルは教室を後にした。途端にロイが席に座って教科書を整理していたキリエのところに走ってきた。

「うぐぐ……頼むキリエ!」

「嫌です」

「まだ何も言ってねええ!!」

「課題を写させてくれっていうんでしょう? カイル先生は許してくれるでしょうけど私は許しません」

「くぅ……」

「でもよー。実際ロイの魔力量は貴重な戦力だぜ」

「それは、そうだけど……」

「そうそう! 俺、魔力量だけは自信あるから! 発表祭で活躍できる自信ある!」

 ロイの言う通り、ロイの魔力量は同世代の中では頭一つ抜けている。成長中でありながら大人に混じっても遜色ない魔力量をしている。発表祭でロイの所属している二組が勝つには必要な戦力と言えるだろう。

「はぁ……仕方ない」

「よっしゃ!」

「写すのはダメ。でも教えてあげる」

「答えを!?」

「解き方を! 答え教えるのじゃ写すのと変わらないじゃない」

「それでも助かる! 感謝!!」

 なんとかキリエに課題を教えてもらうことにこぎつけたロイは命が助かったと言わんばかりに頭を下げて感謝を伝える。キリエは呆れながらロイに教えるために整理していた教科書を再び開いた。

「それで、どこが終わってないの?」

「えっと、ちょっと待ってな……」

 ロイは自分の鞄を持ち出すとゴソゴソと中を探ってグシャグシャになった課題を引っ張り出した。

「これ……」

「これって、もう先月のじゃない!」

「先生、何も言わないからつい……」

「カイル先生もなんで何も言わないの……全く……」

 カイルの優しさというかやる気のなさ故に見逃されてきた一ヶ月ものの課題が発表祭の名のもとに白日のもとに晒されてしまった。キリエも怒りより先に呆れたと言った様子でやれやれと教科書を開く。

「じゃあまずここだけど……」

「ふぁぁ……」

「ロイくん」

「はい、すいません」

 開始数秒でやる気のないあくびを見せたロイにどすの利いた声でキリエが怒る。流石にこれ以上怒らせたらまずいと察したロイは姿勢を正して真面目に勉強を始めた。

 二人の勉強会が始まって数時間。高かった日も暮れ始めた頃、ようやく終りが見えていた。

「これ、で……こうだから……できた~…………」

「ふぅ、お疲れ様」

「ありがとうキリエ! 本当にお前がいなかったらどうなってたことか……」

「全く、次からはちゃんと期限内に提出するように」

「う、はーい……じゃあ俺これ先生に提出してくるから!」

「いってらっしゃい。ん~……私もつかれた……帰ってご飯食べなきゃ」

 課題を終えたロイが提出するために教員室へと駆け出していく。キリエも教科書を片付けて宿舎へと向かった。

「カイルセンセー!」

「ん、ロイか。珍しいなどうした?」

「課題! 提出に来た!」

「お前が? うわほんとだ終わってる」

「生徒を疑うとかそれでも教員かよ!」

「そう言うなら普段から疑われないようにしろ。まぁいいとりあえず課題は受け取った。次の課題も忘れないようにな」

「う、はい……」

「にしても発表祭のためとは言え今日の今日で提出とは……誰のを写した?」

「写してねえ!」

「ほう? でも一人でやったわけじゃないだろ?」

「……キリエに教わった」

「ああなるほど。あいつも優しいな。ちゃんとお礼するんだぞ」

「わかってるよ……じゃあな先生! 課題少なめにしてくれ!」

「それは無理な相談だ。気をつけて帰れよ」

 課題を無事に提出できたロイは教員室を後にして廊下を駆けていく。おそらく食堂へ向かったのだろう。カイルは提出された課題をぱらぱらと見てチェック済のところにいれるとカイルの課題未提出マークを消した。

「おや、これでロイくんが発表祭に参加できるのかい? これは強敵だねぇ」

「リンか。まぁまだこれから出る課題もあるし試験もあるから確定じゃないがな」

「いやはや、あの若さであの魔力量は魅力的だよ。数日受け持ったがあれはやる気次第でトップを狙えるね」

「そのやる気がねえからあんなんなんだけどな。発表祭、お前のとこはどうなんだ?」

「バッチリさ。今年も君には負けないよカイル」

「俺らのバトルじゃねえだろ、けどまぁお前に負けるのは癪だよリン」

 バチバチと火花を散らし合う二人。仲が良い二人とはいえ発表祭ではライバル同士。仲が良いからこそ負けたくないというのもあるのだろう。

「ほほ、二人ともやっておるな」

「校長? どうされましたか?」

「じじいがこっちに来るなんて珍しいな」

 火花を散らし合う二人に割って入ったのは校長だった。普段校長室から出ることのない校長が教員室まで来るのは珍しい。用があるなら呼び出すような人だ。何かがあったのだろうかと緊張が走る。

「ほっほっ、そう構えなくて良い。発表祭に際して少し懸念点があるだけじゃ」

「懸念点?」

 校長はついていた杖で地面をカツンと叩くとサラリと言った。

「脅迫状が届いたのじゃよ。発表祭を中止せよ、とな」

「なっ!!」

「なんだって!?」

 軽く言ったにしては重い内容。学舎には生徒を守るための結界が張られているとはいえ安心しきれるものではない。ましてや発表祭当日は生徒だけでなく父兄や帝国軍の上層部が来ることもある。父兄に混じって部外者が入り込むのも普段よりはよっぽど簡単だ。

「校長! 一体どういう……」

「落ち着きたまえよ。順を追って説明するからの。脅迫状が届いたのは昨夜、連絡魔術を使ってのことじゃった」

 校長が言うには、連絡魔術を応用して鏡に脅迫状が映し出されたという。内容は

『発表祭を中止しろ。さもないと生徒の安全は保証できない』

 というもの。魔力の出どころは帝国内のなにもない平原付近、送り主は不明とのこと。

「というわけでじゃ。教員諸君には発表祭の日まで警戒を強化してほしい」

「中止すると言う選択肢は?」

「あるわけなかろう。帝国軍として脅迫に屈するなどあってはならぬ。生徒の安全を守り、父兄の安全を守り、発表祭を例年通り開催する。そのために尽力せい!」

「はいっ!」

 

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