第4話
「おっらぁ!」
叫びとともに人一人包み込むほど大きな炎がルカの手から放たれた。カイルは冷気を強めて炎を相殺して攻撃を防ぐ。
「我流じゃねえな……。どこの軍人くずれだ?」
「忘れたよそんなもんっ! そらそらぁっ!」
今度はこぶし大の火球が何個もルカの両手から飛び交う。カイルも氷の球を生み出して火球にぶつけて防いでいった。炎と氷の応酬、ルカが放った炎をカイルの生み出した氷で防ぎ続ける展開が続く。
「うっとおしいっ! 大炎槍!!」
ルカの叫び声とともに、巨大な炎の槍が生み出される。高温の炎は周囲をジリジリと焼いていき、見守っていた盗賊たちが慌てて逃げ惑う。貫くと言うよりは焼き尽くす、そういった性質の槍がカイルめがけて飛来した。
「氷河壁!」
パンっと、地面に手をついたカイル。その目の前から巨大な氷の壁がせり上がり炎の槍を受け止める。ジュウゥっと氷と炎が打ち消し合い、水蒸気が充満していく。
「やるじゃねえか……センコーごときがよ!」
「盗賊の分際でここまでの魔術を使うのは予想外だ。どこで身につけた技術だ? 帝国式のも混じってるだろう」
怒りを露わにするルカに対して淡々と質問を投げかけるカイル。ルカはとりあわず無言で炎を放っていくがカイルにことごとく防がれてしまう。
「戦闘時に魔力をまとって戦うのは帝国式の戦闘術、お前のそれは未熟だが見様見真似ってほどずさんではない。どこで学んだ?」
「それがなにか関係あるかよ! 炎舞!」
「分析は得意ではないが東部の魔術様式も混じってるか? 他にもいくつか流派がはいってるだろう。それだけの知見がある者が盗賊団に協力してるとなると大事になる。さっさと吐いてもらおうか!」
ルカの手から離れた炎が踊るように上下しながらカイルを取り囲んでいく。しかしカイルはルカに言葉を投げかけながら不規則な動きの炎をすべて氷で叩き落とす。片手間で落とされたことに憤りを感じたルカはさらに炎の勢いを強めるがカイルはことごとく防いでいく。実力差は明白だった。遠巻きに眺めていた盗賊もルカが劣勢なことに気づき始めており、不安そうにうつむく者も多い。
「クソがっ! なんで! 最強になれるんじゃねえのかよ!! 炎弾連舞!!!!」
「氷撃泉!」
怒りに身を任せたルカが放つ大量の炎、しかしカイルが放った冷気は地面を凍らせながら炎をかき消していき、そのままルカを凍結させた。
「く、そが……」
「死にはしないだろう。連絡魔法で帝国軍を呼んだ。そこで洗いざらいすべてを話すんだな」
「なんで、溶けねえ……! おれの、炎は……!」
「魔術精度の差だ。そんな雑に組んだ炎で溶かされるほど俺の氷は安くない」
カイルは凍ったままのルカを置いて盗賊の残党を捕まえに行く。ルカやガレスほどの手練れはもういないだろうが武装しているというだけで充分凶悪だ。カイルは手当たり次第に逃げ惑う盗賊を時に氷の刃で切り裂き、時に冷気で凍らせ、どんどんと捕縛していった。
「くそっ……」
「これからだってのに……」
何人かは取り逃がしたかもしれないがほとんどを捕まえることができたはずだ。逃げ延びたものも頼れるボスを失いしばらくは大人しく隠れるだろう。あとは連絡魔法を受け取った辺境軍が盗賊団を捕縛して牢に閉じ込めて一件落着だろう。
「ふぅ……」
カイルは一つ息をつくとわずかに残る懸念について考え込む。
「これから、か……」
何人かの盗賊が言っていたこれからという言葉。なにか明確な目的を持って略奪を行っていたということだろう。そしてボスであるルカの言っていた最強になれるという言葉。軍人くずれにしても傭兵くずれにしても帝国式戦闘術を始めとした複数の流派が混ざった戦い方は違和感を覚える。ただ色んな地域で戦ってきて習得したというなら良いのだが、東西様々な流派を他者に教えられるだけの実力者がこういったならず者に協力しているというなら、そしてそれがルカだけに留まらず何人もいるというなら。目的や規模どころか実在すらわからない以上妄想の域を出ないが、それでももし本当にそんな存在が、あるいは組織が存在するなら帝国の敵になりうるかもしれない。この違和感は明確に言葉にして誰かと共有する必要があるかもしれない。
「カイル教員ですね! 帝国軍クタ支部隊、ただいま到着しました!」
「ん、もう来たかご苦労。この洞窟の中に色々転がってる。ほとんどが無力化されてるはずだが、気を付けて捕縛に当たってくれ」
「はっ! 総員、気を引き締めていけ! ツーマンセルを崩すな! では、突入!」
カイルの連絡を受けた辺境軍が洞窟へと突入して死屍累々の盗賊団をどんどんと拘束して運び出していく。護送用の魔導馬車に乱雑に放り込まれていき、三十分ほどでルカやガレスを含めた盗賊団が魔導馬車に積み込まれることとなった。
「ではカイル教員、任務ご苦労さまでした!」
「おう、そっちも護送や尋問、これから頼むぞ」
「はっ! では失礼します!」
魔導馬車が起動し、高速で監獄へと向かっていく。よほどのことがない限り帝国の監獄が破られることはない。クタの平穏は再び保たれたと言って差し支えないだろう。
「さて、俺も学舎に戻るか」
伸びを一つしたカイルは街道へ向けてゆっくりと歩き出す。盗賊団は壊滅したとは言えまだまだその情報が伝わるのは遅いだろう。乗合馬車が来るところまでは遠い、カイルはげんなりと肩を落としながら歩みを進めていった。
カイルが学舎へついたのは翌日の夜だった。演習も終わり、生徒たちは寮で寝静まっている頃だろう。校長へ報告のために静かな学舎内を歩いていく。
「ようカイル」
「リンか。こんな時間まで何やってるんだ?」
「ご挨拶だな。お前がいない数日お前の生徒を見てやったのは誰だと思ってるんだ?」
「はいはいありがとよ。で、何やってるんだ?」
「ちょっと書類を処理してたらカイルの気配があったからな。友人を出迎えに来ただけだよ」
「そうかい。俺は校長に用があるんだ。行かせてもらうぞ」
「あいよ。お疲れさん」
思いがけずリンと出会って軽口を交わすことになったが、校長室へとまっすぐ向かうカイル。
「起きてるか?」
「口の聞き方に気をつけろと言っておるじゃろうが……」
「へいへい、失礼しますよっと」
軽い口調で校長への挨拶をするカイル。校長にたしなめられても態度が変わらないのは相変わらず。カイルは砕けた態度を改めることなく報告をはじめた。
「クタの村落のあたりにいた盗賊団、クタ盗賊団と言っていたな。はほとんど壊滅したと思って良い。ボスや用心棒は叩いたしクタ近辺の軍が監獄へ護送していくのを確認した」
「うむ、ご苦労」
「だがいくつか違和感はあった」
「ふむ、言ってみよ」
「一つはボスの戦い方について。我流とは思えない程度には洗練されていて、いくつかの流派が混じってる感じだった。確実に言えるのは帝国式戦闘術をどっかでかじってたことだな」
「なんじゃと?」
「俺と向き合ったとき炎をまとってた。お粗末な精度ではあったが見様見真似でやってるっていう感じではなかったな」
「ふむぅ……帝国軍人を抜けた者かそれとも……」
「他にも東部の戦闘様式も混じってそうだった、あとは何個か流派の型らしきもの、全部中途半端だからそれ以上はわからなかったが……あいつに教えた誰かがいるとなると厄介なことになるかもしれん」
「報告ご苦労。このことは後に中央にも共有するとしよう。下がってよいぞ」
「あいよ。じいさんも遅くまでご苦労さん」
カイルは校長室を抜け、あくびを噛み殺しながら教員用宿舎へと向かう。 明日からはまた学舎での指導が始まる。かすかに残る不安を見なかったことにするようにまた始まる日常へと思いを馳せた。
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