第2話

 カイルが受け取った依頼書には盗賊団が武装していること、正確な数は不明だが数十人程度は確認できていること、そして魔法を使用する人物がいることが書かれていた。ちょっとした自警団や、辺境軍では歯が立たず被害は広がる一方だという。

「さて、早速行ってくるとしますか。リンにでもうちの生徒は預けといてくれ」

「うむ。君のことだから大丈夫じゃろうがくれぐれも気をつけるんじゃよ」

「はいよ」

 カイルはひらひらと気だるげに手を振りながら校長室を後にした。そのまま学舎を出ようと歩いているとキリエが玄関口に立っていた。

「キリエ、どうした?」

「カイル先生、またご依頼ですか?」

「まぁな。大したもんじゃない、そう心配そうな顔するな」

「でも……」

「キリエ、俺は教員であると同時に帝国軍人でもある。軍人である以上命令には従わなければならない。分かるな」

「……」

「キリエもいずれそうなる。危険だからって軍人が逃げたらいけないんだ」

「無事に帰ってきてくださいね……」

「おう」

 聡い生徒でもあるキリエはついていっても足手まといになることがわかっており、心配だからついていくなどということは言わない。だがそれでも心配を隠すことはできず、怯えるようにカイルに縋ってしまっていた。カイルの諭すような言葉で表面上は納得したようだが、心配そうな顔は残ったまま。それでもキリエは絞り出すようにカイルを送り出す言葉を口に出した。

「いって、らっしゃい……!」

「おう。行ってくる」

 キリエに見送られてカイルは学舎を出て街道へと進んでいく。依頼書に書かれていた盗賊団の行動範囲は学舎から少し離れたクタの村落のあたり。まずは街道に出て乗合馬車に乗っていくのが楽だ。カイルは早足で街道へと歩いていった。

「さて、そろそろ通る頃合いのはずだが……」

 カイルが街道についてから十分あまり、クタの方向へ向かう馬車がやってきた。カイルが手を挙げると馬車はゆっくりと止まり、カイルを乗せてまた動き出した。馬車の中には人がちらほらと座っており、本を読んだりうたた寝をしたりと思い思いに過ごしている。カイルも端の方に座り腕を組んでウトウトと身体を休めることにした。

 カイルが乗り込んで数時間、馬車が何度か止まり客が降りて乗客がカイルだけになってしばらく。クタの村落まではまだ程遠い辺りで馬車が止まった。

「ん?」

「お客さんすいやせん、これ以上先は盗賊が出るらしくて進めないんですわ」

「そうか。ならここまででいい。ありがとう」

「お客さん、悪いことは言わねえ。こっから先はいかねえほうが……」

「仕事でそうもいかなくてな。気持ちだけ受け取っておくよ」

「そうですかい……くれぐれも気をつけてくだせぇ……」

 御者はカイルからお代を受け取ると素早く引き返すと逃げるように街道を戻っていった。

「報告より、被害が広がってるみたいだな……」

 まだ被害が出ていると言われていたクタの村落には遠い。盗賊団が移動しているのが勢力を拡大しているのかはわからないが油断できる状況でないのは確かだった。カイルは気を引き締め直すとクタの村落の方へと歩みを進めていった。

 数時間は歩いただろうか、日はすっかり傾き道も細くなってきている。近くに町や村もないため野宿をしようと荷物を広げた瞬間、矢が鋭くカイルに飛んできた。

「ここまで勢力を伸ばしてたか」

 パキパキと生み出された氷の壁が矢を受け止め、飛んできた方向に目を向けると弓を構えている男が数人見えた。

「防がれた!?」

「手練れだぞこいつ……」

「くそっ、一気に行くぞ!」

 おそらく依頼の盗賊団の一味だろう。カイルはコキコキと首を鳴らすと、襲いかかってくる盗賊たちに向き直った。

「くらえっ!」

「どりゃあっ!」

「ふっ!」

 距離を詰め、三人がかりで襲いかかる盗賊たち。剣を振り下ろし、薙ぎ払い、突き出す。三方向から異なる攻撃を繰り出すコンビネーション、しかしカイルは一歩も動くことなく氷の壁を生み出しそれらすべてを受け止めた。

「くそっ!」

「砕けねえ!」

「悪いが凍っといてくれ」

「ひっ、がっ!」

 氷の壁を突破しようと四苦八苦している盗賊たちを尻目に、カイルは盗賊たちの手足をあっという間に凍らせて動きを止めた。

「冷てえよぉ……!」

「このっ、くそぉっ!」

 剣を握ったまま凍らされた両手は満足に動かせず、凍った足は地面を上手く蹴ることができず倒れ込んでしまう。そのまま両足の氷を繋いで凍らされた盗賊たちは襲いかかってから三分と経たずに無力化されてしまった。

「さて、お前らが辺りを騒がせている盗賊団だな?」

「へっ、それがどうしたってんだ……!」

「拠点はどこだ?」

「言えるかよ!」

 氷漬けにされてガタガタと震えながらも強気な態度を変えない盗賊たち。口を割りそうな気配を見せない彼らを尋問するのは早々に諦め野宿の準備と近くの軍に連絡魔法を飛ばす。早ければ翌朝には連絡を受け取った軍が盗賊たちを引き取りに来るだろう。カイルは盗賊たちが逃げないように三人の手足を氷でつなぎ、地面に縫い付けた。獣やモンスターが来ないように焚き火を熾し、その近くに布を敷いて仮眠を取る。本当に最低限の野宿で夜を明かしたカイルは、翌朝近づいてくる足音で目が覚めた。

「ん、くぁ~~……もう来たのか、早いな」

「カイル教員、盗賊の捕縛ご苦労さまです!」

「とりあえず三人、そこで転がってる凍ってる奴らがそうだ。多分死んでない」

「武装の上からの凍結……相変わらずの腕前流石です!」

「褒めても何も出ないぞ。ほら、さっさと輸送してくれ」

「はっ! 罪人を運び込め!」

「はっ!」

 統率された動きで辺境軍が盗賊たちを罪人護送用の魔動馬車に乗せていく。これであの盗賊たちは罪人として帝国軍の管理する牢へと送られ罪を償うこととなるだろう。

「俺はこのままクタの方へと向かって盗賊団を叩きに行く。護送も気をつけろよ」

「はっ! 我々が不甲斐ないばかりに教員を動員することになってしまい……」

「そう思うなら日頃の訓練をしっかりすることだな」

「はっ! ありがとうございます! それでは失礼します!」

「さて、俺も行きますか」

 焚き火を消してクタの方向へと歩みを進める。クタに近づくに連れチラホラと見える焼け跡は盗賊の襲撃跡だろうか。先程のような襲撃がいつ来るかわからない、魔力による探知精度を上げ警戒を強める。

 警戒を強めてしばらく歩いていると、道を外れた先で不自然な動きが検知された。警戒しながら近づいていくと慌てて逃げ出す人影が一つ。よく見ると前日襲ってきた盗賊たちと似た格好をしている男だった。

「盗賊団の斥候ってところか。しっかりした組織だなおい。……ま、今はアジトまでの道案内として使わせてもらうかね」

 探知から外れないように距離を維持しながら逃げていく斥候を追いかけていく。街道を外れ山間に伸びる獣道を進んでいくと、薮に覆われたところに斥候が入っていくのがわかった。

「おおう、うじゃうじゃいるな……」

 斥候が入っていった辺りには人の気配が数十あまり。この人数で統率の取れた動きをされたらちょっとした戦力じゃ抑えきれないのも納得できる。カイルは魔力をためて氷の大槍を作り出すと、挨拶代わりと薮めがけて射出した。

 キャキィィンッ! 薮を貫いた先にあった洞窟へと突き刺さった氷の大槍は、甲高い音を立てて砕け散った。

「なんだっ!?」

「敵襲っ! 敵襲~~!!」

 盗賊たちが洞窟の中で騒いでいるのが外からでもよく分かる。カイルは騒然とした音の聞こえる洞窟へと、堂々と脚を踏み入れていった。

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