第17話

 矢を撃ち落としながら出どころを探す二人。矢は真っすぐ飛んでるだけでなく、追尾とまではいかないが軌道が曲がっていることもあり捜索は難航していた。

「参ったな。思ったよりも遠くから、それも移動しながら攻撃してきてるなこれは……」

「木をなぎ倒せばもう少し探しやすくなるだろうが……」

「バカ言うな。この広さの森だ、焼け石に水だし魔力も取っておきたい」

「とはいえ、無視できるものでもないだろう」

「矢の速度が上がってきてるってことは近づいてると思っていいだろう。探知に入るまで近づいたらこっちのもんだ」

 探知を切らさないように広げながら二人は森を彷徨っていく。

 そのまま一時間が過ぎようとした頃、探知の端を移動する反応が横切った。

「かすった! 左!」

「了解!」

 速度を上げて一気に距離を詰めていく二人。立て続けに矢が飛んでくるが撃ち落とし、あるいは躱して、出どころへと走っていく。

 そして二人が近づくと、弓に矢をつがえている女性が目に入った。

「なんなんだよお前ら! こないだは大挙してズカズカくるし今度は強いのが二人!? あんまりドラゴンを怒らせるようなことしないでくれよ!」

「こちらとしてはいきなり矢を射掛けられる方が困るんだが」

 矢をつがえたまま問いかける女と冷気を構えながら応対するカイル。一触即発の様相こそあるがとりあえずは会話が通じる相手のようだ。

「ドラゴンが怒ったらここら一体は焼き払われる! そしたらどこで暮らせばいいってんだ!」

「こっちとしても穏便に済むならそれでいいんだがね、外の同胞を先に焼かれてんだわ」

「外の……? ああ、森の外で火の手が上がってたな。それがどうしたんだ?」

「ドラゴンの仕業だって国では噂されてる。それが真実かどうかはともかく、国としてはドラゴンが牙をむかないか心配してるんだ」

「ふん、意味もなく雑魚を焼いたりするもんか。そもそも間の森が焼けてないんだ、ドラゴンがそんなことわざわざする必要ねえ」

「一理ある。だが、さっきも言ったが真実はどうでもいいんだ。必要なのは安心、ドラゴンと話し合うなり、最悪討伐するなりをする必要があるのさ」

「帰ってくれ」

「何の成果もなしに帰れるかよ」

「撃つぞ」

「何をいまさら」

 女は警告はしたとばかりに矢をいかける。魔力によって強化された矢は高速でカイルへと向かうが冷気によって凍らされて容易く打ち砕かれた。

「悪いが、今は急いでるんだ。凍ってもらうぜ、凍風」

「っ、ふっ! くぁっ……あ……」

 カイルの放った冷気の風は女を包み込みパキパキと凍らせていく。逃れる隙もなく、全身を凍らされた女はドサリと倒れ込んだ。

「ふぅ、手間取ったがこれでいいだろう。リン、いくぞ」

「相変わらず手早いねぇ。まぁ、ドラゴンにもだいぶ近づいたしいいことかな」

 目の前の脅威を排除したカイルとリンは本来の目的であるドラゴンの元へと再び歩き出した。強大な魔力を持つドラゴンは遠くからでも居場所がはっきりと分かる。

 三十分ほど歩くと、開けた地帯が目に入った。そしてその中心に居座る巨体。ビリビリと伝わる威容。二人の目的であるドラゴンがそこにいた。威嚇なのかただの吐息なのか、熱気を孕んだ風が二人を包み込む。

「改めて目の前にすると、すげえな……」

「耐熱の魔術はかけているが、それでも熱が伝わる……。開けた場所にドラゴンがいるのではなく、ドラゴンがいるから開けているのか……」

 ただ立っていても何も変わらない。二人はドラゴンの前へとゆっくりと歩いていった。

「人間、また来たのか」

「丁寧に言葉を合わせてくれて感謝する」

「ふん、おおかたこの間大挙してきた人間と同じ用だろう。ワシは歯向かっても来ない人間をわざわざ殺すような真似はせん」

「だろうさ。だが国の中心部はそう考えてない」

「それがワシになにか関係あるのか?」

「少なくとも安心を国に提供できるまでこうやってひっきりなしに俺たちみたいな人間が来ることになる」

「ならば何をすればいい。口約束でもすれば満足か?」

「俺はそれでも良いと思うが、国は満足しないだろうな。誓約書でも書くなら多少はマシかもしれんが」

「人間の流儀は面倒だ。断ればどうなる」

「この森から追い出すくらいはされてもらうかもな」

「お前にできると?」

 ドラゴンがカイルたちを睨むと、周囲の温度がグッと上がった。陽炎が立ち上り、ドラゴンの口から小さく火花が漏れる。

「できるじゃない、やるのさ」

 カイルの体から冷気が立ち上り熱気を相殺していく。パキパキと地面に霜が降り、戦闘態勢が整う。

「グハハハハ、威勢がいいな人間、そらっ!」

 ドラゴンの口から猛火が吐き出された。カイルの纏う冷気を押しのけ高温が、高熱が、荒れ狂う炎が二人を襲う。

「虚空閃刃!!」

 リンが構えた腕を抜き放つと、巨大な斬撃が炎へと飛来して断ち切った。二つに分かれた炎は二人を焼くことなく周囲の草や木を燃やしていく。

「ちっ、炎までか」

 リンが漏らした通り斬撃は炎を断ち切ることには成功したが、ドラゴンにダメージを与える前には威力は減衰されきって消滅してしまっていた。

「やりおる。これはどうだ!」

 ドラゴンは身にまとう熱をより一層高めて周囲を焼いていく。落ち葉が乾いて発火し、草木が枯れていく。耐熱魔術をかけていなければ二人はとっくに乾ききっていただろう。

「あっつ……カイルの側にいて暑いと思ったのは久しぶりだな……」

「相当な熱だな……こっちもギアを上げねえと、な!」

 カイルが気合を入れるとカイルの周囲の冷気がより一層鋭さを増した。そのまま氷の槍を数本放ったがすぐに溶けて蒸発してしまった。

「なら、リン!」

「おう! 抜刀一閃!」

「氷刃一閃!」

 リンが居合の要領で腕を跳ね上げると魔術の斬撃が熱を切り拓く。そしてその熱が裂けた空間をなぞるようにカイルの放った氷の刃が駆け抜けていった。

「ふんっ」

 熱に溶かされることなくドラゴンの身体へと吸い込まれる氷の刃。しかし強固な鱗が弾き返し蒸発してしまう。

「硬えな……これ以上近づくのは難しいが……」

「構わないさ。君が守ってくれるんだろう?」

「はぁ……氷冷風……!」

 カイルがまとう冷気が風となってカイルとリンを包み込む。二人の周囲で燃え始めていた草は鎮火し、白く凍り始めた。二人はさらにドラゴンに近づき攻撃を繰り広げる。

「虚空閃刃!」

「氷華閃乱!」

 熱を切り裂く斬撃とその間隙をつく氷の嵐。先程よりも近くで放った攻撃は熱の減衰の影響が小さくドラゴンの身体へと降り注ぐ。だが鱗に小さな傷こそついたもののドラゴンに大きなダメージを与えるには至らなかった。

「ほう、我が鱗に傷をつけるとは……人間にしてはやりおる!」

「まだ、熱が上がるのか!」

「ちっ、リン下がれ!」

 カイルの声と同時にリンがバックステップで二歩三歩と距離を取る。カイルは冷気に包まれているにも関わらずじわりと汗が滲むのを感じていた。

(リンじゃねえけど……暑いってのは久々の感覚だな……)

 さっきまで生い茂っていた木々から水分が抜けカラカラと枯れていく。ドラゴンの周りはすでに炎で覆われておりカイルが冷気で抑えていなければ森は炎に包まれていただろう。

「ぐふふ……燃えよ人間! ぶおあぁぁぁぁぁっ!!」

 ドラゴンが口から炎のブレスをカイルに向けて吐き出した。二人と相対して初めて放たれる明確な意志を持ったドラゴンの攻撃。熱量も魔力量も圧倒的な攻撃は並の防御など意味をなさないほど無慈悲にすべてを焼き尽くす。

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辺境の学舎でゆっくりしたい氷魔術教師 白綴レン @ren-siratudu

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