第16話
発表祭が終わって一週間ほど。ほとぼりも冷め、学舎に日常が戻り始めていた。発表祭で怪我をした者たちもほとんどが完治して普段通りの日常に戻っていた。
「今日は近接格闘の演習だ。魔力行使は身にまとう分と身体強化だけに限定して組手を行ってもらう」
カイルのクラスもいつもどおりの授業や演習が行われていた。今日行うのは近接戦闘の演習。
「先生、私はあまり近接戦闘が得意ではなく中距離での魔術戦のほうが得意なんですけどそれでも近接戦闘をやるべきですか?」
「いい質問だ、キリエ。もちろん得意を伸ばすのは大事だ。苦手を潰すよりも得意を伸ばしたほうが戦力として強くなるという考え方があるのは分かる。だが俺は苦手もある程度潰すべきだと考えている。近接戦闘を例に取ると、中距離戦で勝ち目が薄いときや相手に懐に潜り込まれたとき、近接戦闘が手札にあると対応ができるようになる」
「なるほど……」
「もちろんすべてのエキスパートになれとは言わない。だが苦手を潰したり、苦手だと思っていたが適性があるものを拾い上げるのは大事なことだと俺は思っている。若いうちは特にな」
カイルは自分の考えを丁寧に生徒たちに説いていく。キリエもカイルの説明を聞いて納得したのか質問を取り下げた。
「さぁ、というわけで近接戦闘演習だ。多少の怪我は気にせず本気でいけよ。じゃあ相手を作って」
生徒たちが二人組みを作っているのを見守っていると連絡魔術が入った。
『カイル。至急校長室へ来い』
『今演習の監督してるんだけど』
『緊急じゃ。急げ』
『あ、おい』
生徒たちに聞かれないように魔術による念話だけで会話を済ませたがどうやら急いで校長室にいかなくてはいけないらしい。学舎において教育を優先して緊急の要件だなんてめったにない。
「すまんが自習だ。危険のないように気をつけて近接戦闘演習をするように。俺は離席する、場合によっては次に来た教員に指示をもらってくれ」
カイルは生徒たちに慌ただしく離席の説明をすると演習場を飛び出した。廊下を小走りで進み校長室へと向かう。
「ジジイ、どういう要件だ?」
「カイル来たか。まぁ座れ」
カイルは勧められた椅子に座りながら校長に話を促す。するとすぐにカイルと同じく授業中だったであろうリンが入ってきた。
「校長、緊急の呼び出しとのことですが……カイル!?」
「リンも呼ばれてたのか」
「うむ、リンも座れ」
「は、はい……」
校長はリンとカイルの二人を座らせると自身も椅子に座って話し始めた。
「帝国領の西方、ケスの近くに深い森があるのは知っておるな?」
「はい。魔女の森とも呼ばれ、軍管理の元立ち入りが禁止された地域のはずです」
「うむ。その魔女の森にはドラゴンがおってな。お互い付かず離れずの関係を保っておったのじゃが、先日管理していた帝国兵が焼かれて死んでおった」
「ドラゴンの気が変わったんじゃねえの?」
「わからん。いずれにせよそれが発覚してから帝国は軍を派遣してドラゴンとの交渉に出た。最悪狩猟することも視野に入れての魔導部隊を含めた五百人の大隊を編成しての」
「五百!? それはまた大規模な……」
「そしてその結果が先程ワシに送られてきたわけじゃ」
「そ、その結果は……?」
「わざわざ送ってくるんだ。失敗だろう」
「うむ……。結果は全滅。敗走してきた数人を除いて全員が帰ってこなかったそうじゃ……」
校長の口から告げられる残酷な事実。精鋭も多かったであろう五百もの軍隊が一匹のドラゴンにやられたという恐ろしい現実。
「んで、それを俺らに伝えるってことはそういうことでいいのか?」
「そうじゃ。お主ら二人で魔女の森の調査とドラゴンとの交渉、あるいは討伐を依頼されておる。魔女の森までは軍から魔動馬車が派遣されるそうじゃ」
「それほど緊急の案件ってことか、めんどくせぇ」
「光栄なことだよカイル。お受けします校長」
「どうせ受けるしかねえんだろ、ジジイ。受けるよ」
「うむ。では魔動馬車を急ぎ派遣してもらうよう要請する。くれぐれも気をつけるんじゃぞ」
「はい」
「おう」
リンとカイルは教員用宿舎に帰ると簡単な旅支度をして魔道馬車が来るという時間まで休息を取る。二人がいない間の授業や演習の代わりの教員は校長が上手く調整するようだ。
そして夜中、到着した魔動馬車に二人が乗り込み魔女の森へと出発する。魔動馬車は静かに走り出し、加速して高速で目的地へと向かう。
「それでカイル、どう思う?」
「どうってのは?」
「帝国軍が敗走したことについてだ」
「報告書チラッと見たけどほとんどが武装軍、魔導部隊は炎の七番隊だけだろ? 並のドラゴンならともかく監視措置が取られてるドラゴンに立ち向かうには役不足が過ぎるとしか言えんな」
「炎七番隊ってのはそんなに不甲斐ないのか?」
「いんや。充分に力のある部隊だったと思うが、今がどうかは知らんが若手が多かった印象だな。経験不足がイキって志願して散ったと見てる」
「辛辣だな」
「尻拭いさせられるこっちの身にもなれってんだ。厳重警戒してるドラゴン相手ならシバやクルス、エナあたりが出張ってもおかしくないだろうに」
「そりゃ無理だろ。彼らは軍の要だ」
「まぁな。だから地方で強い方の俺らが選ばれたんだからな」
「俺はともかくお前は地方で強い方ってレベルじゃないだろう、カイル」
「よせよ」
都合が悪くなったのか外の景色に目を向けるカイル。リンもそれ以上追求することはなく資料を再度読み込み直す。
やがて馬車が魔女の森に近くまで来ると、カイルとリンは急に顔を上げた。
「リン」
「気づいてるよ。感知されてるね」
魔女の森は決して狭い森ではない。その奥地から森の近くとは言えまだある程度距離のあるところまで広がる探知魔術。ドラゴンの圧倒的な力を感じ取るには十分すぎるものだった。
「恐ろしいな。ここまでか」
「これはちょっと、やばいかもね……」
ドラゴンの力の一端を垣間見て二人は気を引き締める。軽口を叩く余裕もなく、馬車が進んでいき魔女の森にたどり着いた。
「さて、本番はここからか」
「ここでもまだ僕たちの探知は届かないってのに」
「カイル教員、リン教員ですね。ご武運を」
見張りの帝国軍人が見送る中、二人は魔女の森へと足を踏み入れた。夜明け近く、空が白み始めてきたが鬱蒼とした森はまだまだ暗い。辺りを警戒しながらゆっくりと二人が進んでいくに連れ暗さは深まっていく。不気味なほどに静かな森は嫌な魔力を孕んでおり小さな異変は見逃してしまいそうだ。
「おっと、こりゃ……デカいな……」
「ん? うわ、確かに……」
二人の探知魔術の範囲にドラゴンが入ったのだろう。巨大な魔力の塊を二人は感知した。じっとりと滲む汗を拭いながら、二人はドラゴンの方へと向かっていく。木々をかき分け進んでいく二人、順調に進んでいた二人に突然矢が飛んできた。
「っと」
矢が当たる寸前でカイルが矢を凍らせてリンがキャッチする。矢には魔力が込められており木々の生い茂る森でも目標まで届くようになっているようだ。
「カイル、分かるか?」
「いや、遠すぎるのとドラゴンの魔力が濃すぎる。もうちょい探索しないと分からんな」
続けて飛んでくる数本の矢。それらもカイルの冷気で凍らされて勢いが死んで容易く受け止められてしまった。
「とりあえず、ドラゴンと協力してるのかは確認しときたいな。まずはこっちからか」
カイルとリンは矢の飛んできた方向に向かって歩き始めた。矢が何本も飛んでくるが二人はちょっとうっとおしいくらいにしか思ってないのか、ペースを落とさず矢の出どころを探して歩いていく。
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