第12話

 発表祭の初日が終わったあと、生徒たちが宿舎に帰ったのを見送ったカイルは救護室に来ていた。救護室は発表祭で怪我をした生徒やそれを治療する救護教員がごった返しており、忙しないのが伝わってくる。カイルは慌ただしく駆け回る救護教員を避けながら奥のベッドへと歩いていった。

「サレン先生、調子はどうだい?」

「カイル教員……見ての通りです。怪我はだいぶマシになったのですが、いたた……まだ反動の痛みが抜けなくて……」

「すまないな。足止めするって行ったのに手練れを二人行かせちまった」

「いえ、カイル教員が謝ることでは……! カイル教員があれだけの人数を足止めしていなければ今頃発表祭が無事に開催できていたかもわかりません」

「……そうだな」

 サレンが言ったことは事実だと認めたうえで、カイルは後悔の残る顔をやめなかった。自分の不甲斐なさがサレンを追い詰めたのだと決めつけているようだ。

「そんな顔をしないでください。カナ先生のおかげで怪我はもうバッチリなんですから」

「バッチリなもんかい、そんなに中身グズグズにして」

「ババア、聞いてたのか」

「カナ先生!」

 サレンとカイルの話を聞いていたのか、老婆の救護教員、カナが口を挟む。

「ふん、相変わらず口の聞き方のなってないガキだね。カイル」

「そりゃどーも。中身がグズグズってのはどういうことだ?」

「そのまんまの意味さ。思いっきり加重をかけられて筋肉やら靭帯やらがボロボロなのさ。その状態で反動のある強化なんてしたもんだからもう目も当てられない状態さ」

「うっ、すいません……」

「ほんとに、身体に無理させすぎなんだよ。少なくとも数日は絶対安静、生徒が気になるだろうけど発表祭は見に行かないように」

「はい……」

 カナは厳しい口調でサレンに注意を繰り返す。サレンはうずうずとしていたがキッとカナに睨まれるとしゅんと縮んでしまった。サレンも担当している生徒がどう活躍するか見たかっただろうが絶対安静ならば難しいだろう。

「まぁサレン先生も無事とはいいづらいかもしれないが無事でよかった」

「ふん、あんたは……ほんとに手がかからなくなったね。昔はすぐここに運び込まれてたってのに」

「おかげさまで。ババアには大層世話になったよ」

「口の聞き方だけは魔術でどうにもならんかったね」

「はは、ジジイにもよく言われる」

「ふふ……」

 カナとカイルは昔を懐かしみながら軽口を叩きあう。長い付き合いが伺えてサレンはつい笑みがこぼれてしまった。

「サレン先生、俺はこれで。他にも挨拶してやらなきゃいけない先生もいるからな」

「はい、ありがとうございました。カイル教員」

「ふん、あんたも運び込まれないように気をつけるんだよ」

 カイルはサレンとカナに見送られながら救護室を抜け出した。その足で実験室に向かいリコに会いに行く。

「リコ先生、入るぞ」

「ういー? あ、カイルくんだやほー」

「全域探知お疲れ様。まだ続けてるんだろ?」

「そりゃぁね。あの組織が脅迫状を送ってきたのかまだはっきりしてないし」

 机の上に寝転んでだらけているように見えるが、まだリコは仕事中。学舎の周りの全域に探知魔術をかけてくれている。

「そうか。まだそこが確かめられてないのか」

「まぁ今のところ他に反応来てないし大丈夫だとは思うけどね。事前に探知しかけてたのはあいつらだったし」

「そうなのか?」

「うん、リンくんが戦ってたやつ、サレンちゃんが戦ってたやつと魔力が同じだったからね」

 脅迫状が届いてから見つかっていたいくつかの探知魔術の犯人も分かって、一安心といったところか。もちろんまだ続く発表祭を狙う他の組織がいないとも限らないから絶対の安心は存在しないのだが。

「帝国軍に属する学舎を狙うなんて、よほど崇高な目的でもあったんかね」

「さぁねー? そこらは帝国軍が尋問で聞き出してくれるんじゃない?」

「まぁそれ待ちか。とはいえメッタメタにやっちまったからなぁ。いつになったら尋問が始まるやら」

「カイルくんは手加減しないからねー」

「手加減なんてして足元すくわれるのが一番怖いからな」

「それもそうだけど、もう少し手心ってものをだね」

「敵にかける手心なんてものはない」

「あはー」

 カイルとリコが談笑しているとドアが開いてリンが入ってきた。リンもカイルと同じでリコを労いに来たのだろう。

「リコ先生、っとカイルもいたか。ふたりとも今日はお疲れ様」

「リンくんもお疲れ様。あいつ一応あの組織のボスでしょ」

「まぁ大したことなかったよ。サレン先生のが大変だったんじゃないかな」

「サレン先生の様子見に行ってきたけどババアにこってり絞られてたぞ」

「あらぁ。カナちゃんに怒られるほどってことは結構やったねぇ」

「サレン先生にはきつい相手だったかな。重力だったから光で突破できると思ったんだけど」

「重力を簡単に切れるのはお前くらいだろうよ。俺だって重力魔術と対面したら結構めんどいぜ」

「でもカイルくんはなんだかんだなんとかするでしょ?」

「実力差による。飛ばれたあいつくらいなら、まぁなんとかなったんじゃないか?」

「僕だって切れるのは相手の魔術が僕より弱いときだけだよ。僕より強力な魔力で重力波なんて非物質出されたら切るのは相当難しい」

「なーんて言ってるけど、いざ対面したらなんとかしそうなんだよねぇ」

「まぁなんとかするしかないからな」

「状況にもよるけど基本的には対面した相手が強かろうと対応するしかないからね。戦うにしても逃げるにしても」

「ほへー、戦闘職は大変だ」

「後方支援も同じでしょ。広域探知がめんどくてもやらなきゃいけないときはあるわけだし」

「そういうもんかね?」

「まぁそういうもんじゃね? 俺達は結局プロなんだから、やるべきことをやる必要があるってだけだ」

「まぁ、そういうことだね」

「それはそうか。っと? いや、魔物の反応だなこれは。遠くだし小さい、気にしなくていいよ」

「ほんとに、ずっと気を張ってもらって助かるよ」

「終わったらご飯奢るよ」

「やったね。何奢ってもらおっかな」

「ふぁ……俺はそろそろ戻って寝るわ。流石に疲れた」

「あいあい、リンくんも気にせず寝なね。アタシは慣れてるから」

「じゃあお言葉に甘えて、僕も戻って寝るよ。リコ先生、警戒ありがとう」

「ほいほーい」

 連日続いた警戒に、学舎を襲う組織との戦闘、さらに発表祭の監督と心休まる瞬間のなかったカイルとリンの疲労はピークに達しそうだった。あくびを噛み殺すこともせずに漏らしたカイルはリンとともに教員用宿舎へと歩いていく。

「リン、ありがとな」

「急にどうしたのさ」

「俺が逃がした敵のボスを仕留めてくれて」

「ああ。構わないよ。それに君があの数を止めてくれなきゃ発表祭がどうなっていたか」

「それでも足止めの役割を果たせなかったのは俺だからな」

「はぁ……まぁ君のお礼は珍しいから受け取っておくけどね」

「それだけだ」

「ふふ、そうかい。明日も負けないよ」

「おうとも、うちの生徒舐めんな」

 カイルとリンは、お互いの生徒が相手の生徒に勝つと信じて疑わず、負けないという宣言をしてそれぞれの部屋に戻る。二人は軽く水浴びをして汗を流すと、ベッドに潜り込みストンと眠りに落ちた。


 そして翌日、発表祭二日目。

「やってやるぜ~!」

「カイル先生、私負けませんから」

「おう頼もしいな」

 カイルは生徒たちに囲まれて意気込みを聞いていた。初日の疲れが残っている様子はなく、モチベーションは万全。頼もしい限りだった。

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