殺伐硬派な叙事詩ファンタジーの世界でハーレムスローライフ

所羅門ヒトリモン

Episode 001 「ひとり暮らし傭兵」



 殺伐硬派と書いてシリアスと読む叙事詩ファンタジーの世界に転生した。


 この世界にスキルやレベルやステータスだとかいった、ゲーム的な要素は無い。

 俗に言う指輪系。

 映画で有名な古典系ハイ・ファンタジーに近い世界観だ。

 史上最も多くの賞を獲得したと云われている群像劇ドラマでもいい。ほら、鉄の玉座を巡るヤツ。


 剣と魔法。

 王と騎士。

 血と惨劇。


 この世界には様々な種族がいて、しょっちゅう戦争したり龍に襲われたりしている。

 怪物や魔物がゴロゴロ歩き回ってもいる。

 だから、ここでは皆んな毎日真剣に生きて暮らしていて、死んでるヤツらも真剣。

 真剣すぎて、たまに何を言ってるのか分からなくなるくらいだ。

 

 ──あれ、ポエム始まった?


 心の中で首を傾げた回数は、一度や二度じゃない。

 でも、皆んな真剣だし何か重い雰囲気だし。

 とりあえず俺も、そういう時はいつも分かってるフリをして、その場の空気に身を任せている。

 アレだ。オープンワールド・アクションRPGを楽しんでる時のノリと一緒だ。

 NPCが難しいコトを言い始めたら、雰囲気で「なるほど〜!」って頷くだろう?

 この世界はゲームじゃないけれど、ファンタジーではあるから。

 非日常や浪漫を楽しむ面白さはあって、そっちが充実していれば、「ま、いいかな?」って思って日々を送っている。


 こんにちわ。俺の名前はベンジャミン。


 貴族として転生したけど、現在は諸事情あって傭兵稼業に身をやつしています。

 異世界ファンタジーと聞くと、すっかりイメージが固定されてしまった令和日本だと思いますが、そちらはお変わりないですか?


 こちらはボチボチです。


 便宜的に『ヰ世界』とでも呼ばせてもらいますが、この世界での生活にも慣れてきたもので、最近はフリーランスでも問題なく日銭を稼げています。


 今日は雇い主からのオーダーで、案山子の魔物『スケアクロウ』を退治しに来ました。


「…………」


 小金色に揺蕩う秋の麦畑。

 麦穂の波涛は美しく、その端で頭陀袋を被った木偶人形が、害獣や麦泥棒を見張っている。

 普段ならなのだろうが、案山子の足元には農夫の死体。

 農具である手鎌で首を掻き斬られ、おびただしい量の血を地べたに広げている。


 その数、すでに三人。


 案山子は澄ました顔で木偶人形を気取っているが、頭陀袋に跳ねた返り血までは隠せていない。

 おどろおどろしい造形は、麦泥棒への脅しと警告のためだったのだろうが、リアルに作りすぎたために『怪談』に取り憑かれてしまった。


 案山子の悪魔。農夫を殺す悪霊。殺人鬼のホラーテラー。


 退治してやるには、案山子本体をバラバラに砕いてから燃やしてやる必要がある。

 なんでかって?

 人形のカタチを人の手で失わせてから火をつけないと、燃やしても燃えてくれないのだ。

 物理法則を超越している。

 これはそういうファンタジー。

 てなワケで。


「よ〜し。挑戦者が来てやったぞ〜?」

「……ギ、ギギ」

「そうだ。俺の棍棒とオマエの農具、どっちが強いか勝負しようぜ〜?」

「ギ、ギギギッ!」


 呼び掛けると、スケアクロウは耳障りな軋み音をあげながら、俊敏な動きで磔台から跳躍した。

 筋肉も骨も腱も撥条バネも無いクセに、その動き、どうやって実現しているのか。

 不思議で仕方がないが、とはいえ真っ直ぐ飛び込んで来る分にはノープロブレム。

 血錆に汚れた鉄鎌が、勢いよく空から振りかざされるものの、スケアクロウと聞いてあらかじめ準備していた俺に動揺は無く。

 木製の人形を、バラバラに破壊するために持ってきた丈夫な棍棒で迎撃体勢。

 落下地点を見定めて、ちょうどいい位置まで下がったら、


「そら、ぶっ壊れて逝っちまえッ!」

「ギッ!?」


 フルスイングで薙ぎ飛ばす。

 手加減は無用。

 ただ暴力のみを頼りに、スケアクロウの形代カラダを破壊した。

 バキバキにへし折れ、地に散らばる木片と破ける襤褸布。

 ダメ押しにモグラ叩きで念を入れて、動かなくなったらオイルを撒いてマッチを着火。

 スケアクロウだったものは、それでボゥボゥと燃えて塵になった。

 今日のお仕事これにて終了。


「ふむ。棍棒は久しぶりに使ったけど……」


 原始的な武器は、扱いが楽で便利だから助かる。

 この世界の魔物は、色んな種類がいるからな。

 日頃から相性を踏まえて、複数の武器を使えるよう訓練はしているが、棍棒だけは特にそういった労力がかからないので何かと重宝していた。

 今度からこの辺りの農民たちには、棍棒を常備しとくよう忠告しておいた方がいいかもしれない。


「……まぁ、それをすると食い扶持の稼ぎが減るかもしれんのだが」


 どうせこの世界、傭兵などの職業戦士は何処に行っても引く手あまた。

 昨日助けた人間が、今日何かに襲われて死んでるなんてのはザラにあって、人生は楽しんだもんが勝ちである。

 火が十分にスケアクロウの残骸を消し炭にしたところで、俺は土をかけて消火活動を行った。

 ともあれ、充分な労働には充分な対価が必要。

 今日の仕事は大半が終わったようなものだが、報酬をきちんと受け取るところまでが傭兵稼業の要。


 雇い主のところに戻ると、さっそく金を請求した。


「麦畑のスケアクロウ退治。アンタ、ひとりでやったのかい?」

「なんだ。話を引き受けた時も、俺はひとりだっただろう?」

「い、いや。ワシはてっきり、アンタは傭兵仲間と一緒に仕事をするのかと……」

「幸い腕は立ってね。フリーランスでやらせてもらってる」

「そうか。アンタ、すごいお人だったんだな。これは報酬のミステリア銀貨だ」

「三枚、たしかに。また人死にが出たり出そうな話があれば、いつでも呼んでくれ」

「分かったよ。サー・ベンジャミン」

「サーは要らない。もう貴族じゃないんで」


 麦畑の大旦那に別れを告げ、帰路へつく。

 サー・ベンジャミン。

 懐かしい呼ばれ方だったが、今の俺は荒事全般を請け負う一介の傭兵ベンジャミン。

 必要とあらば魔物も怪物も人間も、何だって相手にする野蛮な荒くれ者。

 今回は人が三人死んでいたから銀貨三枚を貰ったが、果たして命の値段がこんなコイン三枚ごときで妥当なのかどうか。


「まあ、その辺は時代や世界観が決める話だよな?」


 真面目に考えて、変に気負ってしまうのも疲れるだけだ。

 道中露店で豚の腸詰とパンを買いつつ、隠れ家セーフハウスにしているクランハウスに戻る。

 と言っても、そう大した家ではない。

 裕福な豪農や、成功している商館くらいなら、容易に並び立ててしまえる小さな邸宅。

 数少ない財産のひとつで、ひとりで生活するには充分以上に広い。


 ここは荒野と麦畑とオアシスに囲まれた宿場町。


 砂漠も近いため、昼と夜では気温が激しく違う。

 俺は暖炉の火で炙った豚の腸詰を、黒くて硬いパンに強引に挟み込んで、モッキュモッキュと口の奥へ押し込んだ。

 酒は下戸なので飲まない。

 しかし、窓の外で夕焼けと夜の狭間を飾る空のグラデーション。

 美しい自然の景色に穏やかな茶をしばくのも、存外乙なものだと感じている。


 なにせ、地球じゃ見られなかった景色だ。


 星も綺麗だし、心がスゥーっと癒されていく。

 また明日も、この空を眺めて同じ時間に茶をしばきたい。

 心からそう思うぜ。


「……日が暮れたな」


 やがて、空は陰影を深めて、紺から黒へと変わった。

 隙間風から忍び込む冷たい夜気が、ゾクリと身体を震えさせる。

 季節は秋。

 しかしながら、冬の準備も兼ねて、明日からは本格的に物資の蓄えを始めた方がいいかもしれない。

 薪と食糧と日用品と。


「この家の補修もしなきゃな〜」


 男のひとり暮らしは、気がついたら雑になっている。

 荒くれの傭兵ともなれば、仕方がないと自分に言い聞かせもして来たが、さすがにちょっと汚すぎるか?

 衛生観念はしっかり守ってきたつもりだけど、郷に入りては郷に従え。

 無いものは無い。

 ひとりの努力で賄える範囲には限度があるからな。

 奴隷でも買うか。


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