Episode 012 「添い寝」



 深夜になった。

 アマルは客室で、ジルは使用人部屋で就寝についている。


 俺の寝室では、まだ明かりは消していない。


 湯浴みを済ませた後の、仄かな石鹸の香り。

 姉妹はネグリジェを着て、先ほどからチラチラ、こちらの顔を盗み見ている。

 しかし、晩餐の場であんな話が出たからといって、いきなり俺が

 そんなふうに思っているなら、ちょっと思い違いだ。


「さて、ふたりとも」

「「! は、はい!」」


 ベッドに座りながら、静かに声をかけた。

 ミルキオラとメルティオラは、案の定ビクッ! と肩を震わせ視線が安定しない。

 あっちに行ったり、こっちに行ったり。

 双子特有のシンクロか、目の泳ぎ方までそっくり共通している。

 つい苦笑してしまった。


「落ち着いて。まずは話をしよう」

「「は、はい……!」」


 全然ダメそうだったが、待ったとしても期待は叶わないだろう。

 淡々と言葉を紡いで、雰囲気を変えてしまう。


「アマルの話によると、どうやらオマエたちの呪いは、呪いではなく祝福らしいな」


 ウィップマンのところで初めに話を聞いてから、文字通り二転三転。

 神聖娼婦の祝福は、やはり言い伝えの通りに『祝福』であると。

 呪いと考えていたのは間違いで、すべては女神の企み。

 酩酊と嫉妬の女神ベルゴ、貞淑と結婚の女神ウルティ。

 二柱の神性が結んだ、神代の因縁が原因で、地上の人間は単に振り回されていただけだった。


 結論から言うと、ミルキオラとメルティオラは、本来なら要らない不幸を背負わされた被害者である。


 祝福も呪いも、紙一重。

 授けられた時点で、運の尽きだった。

 そんな風に片付けられれば、人生も簡単だが。

 きっと今の二人には、様々な想いが去来している。


「アマルの言葉を、どこまで信じられるかっていう話でもあるけど、二人はどう思った?」

「ど、どう……」

「と仰いますと……?」

「もしかしたら、故郷に帰れるかもしれない。事情を説明すれば、家族にもう一度受け入れて貰えるかもしれない」

「「!」」


 可能性の話だが、元をたどれば充分にありえるだろう。

 ハトホリアの少女ふたりは、神聖娼婦の祝福を授かり、けれどそれを呪いと思われて追放されたワケで。

 高貴な家の美しい姫だった者が、遠い異国の地で奴隷にまで身を落としたのは、すべてそこが始まりだった。

 だから、


「これは俺の奴隷、全員に必ずしている話なんだがな?」

「は、はい」

「な、何でしょう?」

「ミルキオラとメルティオラ。オマエたちがもし望むなら、俺はオマエたちを必ず手放す」

「「……!?」」

「だが勘違いはしないでくれ」


 動揺から涙ぐみかけた二人を、それぞれ両隣に座らせ、傍に置きながら手を握り込む。

 節くれだち傷だらけの俺の手と違い、姉妹の手はずいぶん柔らかい。


「俺はオマエたちを買った。買った以上、最低限は役割を果たしてもらう」

「……そ、それは」

「奉仕奴隷として……という意味でしょうか?」

「違う。いや、違くはないんだが。どちらかと言うと、二人には今年の冬を越すための労働力として、仕事をしてもらわなきゃならない」


 俺も男だからガッツリ爆乳に釣られたが、真面目な話。

 頭と心から性欲を切り離して考えれば、電気もガスも無いこの世界で冬はマジ苦痛である。

 なので、来年も変わらず窓辺で星を見上げながら茶をしばくためにも、は絶対的に外せない。

 

「仮にオマエたちが自由を望んだとしても、俺が二人を買ったのは今年の冬越えのためだから、春までは俺の所有物だ」

「「っ」」

「けれど、だったら? いつだろうと自分たちを買い戻してくれて構わない」


 ミステリア銀貨六枚。

 奴隷が働いて返すなら、半年ほどの期間を要するだろうが、逆に言えばたったそれだけの期間で──


「かつての人生を取り戻せる」

「! それは……」

「……でも」

「もちろん、すぐには決断できないだろう」


 二人にはなにせ、自分たちを追い出した親類縁者への暗い感情。

 恨み辛みが無いとも言い切れないワケで、今さら南方大陸に帰りたいか。

 帰ったとしても、果たして居場所はあるのか。

 それはまったく分からない。

 なので、


(……俺は弱みにつけこむ悪い男、ベンジャミン)


 当然ながら、現状、二人をまったく手放したいなどとは思っていない俺である。

 呪いというデメリットが消えた以上、是が非でも物にしたいぜおっぱいいっぱい。

 美少女褐色爆乳牛娘御奉仕奴隷とか、傍に置いておけるなら、そりゃ永遠に置いておきたいに決まっている。

 したがって、ここからは怒涛のナンパタイム。

 手練手管を駆使し、口説き落とす時間の始まりだ。

 もっとも、ただ素直に気持ちを打ち明けるだけだけどな。


「すぐには決断できない。それを、分かった上で俺の気持ちも伝えておく」

「え」

「ご主人様の、お気持ち、ですか……?」

「ああ。言うまでもないコトだが、俺はできれば二人には、ずっと俺の奴隷ものであって欲しい」

「「────」」

「理由は並べなくても分かっていると思うけど、ミルキオラもメルティオラも、女として魅力的だ」


 両隣の少女たちが、直截的な言葉にうっすら体温を上げた。

 高揚と緊張からだろう。

 握り合った手のひらからは、しっとり汗も滲んでくる。


「それに、呪いじゃなくて祝福だって分かった以上、『聖娼』であるオマエたちに手を出さないのは、俺にとっちゃ損でしかない。抱かない理由が見つからない」

「「──ぁ、ぁ、ご主人様っ」」

「まだ二週間程度の短い時間しか過ごしていないけど、俺は良い主人だったろう?

 だからさ、俺と一緒に、幸せになってみたくないか?」


 いや、俺を幸せにしてくれよ。

 伝えると、ミルキオラもメルティオラも、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 同じ有角種族でも、オアシスの女主人とはまったく違うウブな反応。

 可愛いから絶対に手に入れたい。


「……そうだな。もし、二人が今の話を聞いた上で、それでも構わないって思うなら……約束通り、今夜はこのまま添い寝してくれ」

「「えっ」」

「大丈夫だ。今夜に限っては手を出したりはしない。ただ、今後は分からないから、覚悟は済ませてくれ」


 俺を選ぶのなら添い寝を許す。


「自由を選ぶのなら、悪いが約束は無かったコトに。退室してくれ」

「そ、そんなっ」

「えっと、えっと!」

「どっちを選んでも、怒ったりはしないよ」


 俺は明かりを消すと、ベッドの真ん中に移動して横になった。

 ベッドが軋み、静かな沈黙。

 姉妹はしばらく、そのまま石のように固まって、五分、いや十分は動かなかっただろうか?

 目蓋を閉じながら、俺が内心で「あれ、負けた?」と不安になり始めた頃、


「「……ご主人様を、選びます」」


 耳元で囁かれる精一杯の声。

 ミルキオラが左を、メルティオラが右を。

 両側からピッタリ挟み込むように同衾。

 少女たちの心拍が、震える息遣いが、肌を通じて読み取れたので、


「ん」

「「あっ……」」


 俺は無言で、双子姉妹を腕の内に招き込んだ。

 ムニュッ、ムギュゥ。

 両脇と胸板に感じる幸せの感触。

 チンチンはずっとイライラしていたが、勝利の確信を以って今夜は〝満足〟としよう。


 明日からは、よりいっそう金を稼がないといけないな。



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