Episode 011 「晩餐の思わぬ対価」
ところで、この世界の動物だが。
巨猪ダエオドンや、バーバリライオン(またの名をアトラスライオン)。
こういった名前を聞いて、ピンと来た人はいるだろうか?
まあ、普通はいないだろうな。
俺もこの世界に転生して初めの頃は、名前を聞いてもヰ世界原産の動物だと思って、特段注意はして来なかったし。
けれど、ある時にだ。
──え、アレって……?
騎士時代、とある遠征先で、サーベルタイガーを見つけた。
スミロドン。
特徴的な牙を持つ、地球じゃ言わずと知れた古生物の名前。
もちろん、生物学者でも化石学者でもなかった俺だ。
この世界にいるそれが、本当にサーベルタイガーと同種なのか? ってのは今でも分かっていない。
でも、素人目ながらにも、あの動物はサーベルタイガーと特徴が一致していて。
ナショナル●オグラフィックや、ディ●カバリーチャンネルなど。
ドキュメンタリー番組で古生物スペシャルなんかを見た記憶もあったし、氷河時代を題材にしたアニメーション映画も見た経験があったから。
──え、アレ、めっちゃサーベルタイガーじゃん……
そのとき以降、俺はこの世界に、地球ではとっくに絶滅した生き物が存在している事実。
図鑑や伝記などを漁って、ダイアウルフやオオツノシカ、ティタノボアなどがいることも調べあげた。
原始世界を舞台にしたオープンワールド・サバイバルクラフトゲームとかやったコトがあると、馴染み深い名前かもしれない。
もっとも、それと同時に、地球には絶対にいなかったであろう〝ヰ世界動植物〟の存在。
ドラゴンを筆頭にした生粋のファンタジーアニマルや、埒外の変異を果たした液体樹林。
そういう不可思議生物も、この世界には同居している事実も頭には叩き込んだ。
まあ、俺のような転生者がいるくらいだ。
この世界とかつての世界には、何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
真相はたしかめる術も無いので、まったく考える気にもならないが。
ともあれ、『古生物』っていうのも、男の子にとっちゃ浪漫の塊。
ヰ世界原産の不思議アニマルだって、それが猛獣で襲いかかって来ないなら、見ている分には面白い。
いや、見ているだけじゃなく、実際に肉を食べてみたり、料理してみるのも、めっちゃくちゃインタレスティングじゃないか?
(つーワケで)
デザダルの市場でも、俺はたまに珍しそうな食材があると、つい好奇心をくすぐられて財布の紐を緩めてしまうのだった。
突然の来客や新しい奴隷が居ようと、構いはしない。
俺は自分が稼いだ金はいつだって好きなように使わせてもらうし、たとえそれがゲテモノであっても興味をそそられたら買う。
彫歯獣グリプトドン。
今日は全長約三メートルの巨大アルマジロの肉を売ってもらえたので、これを使って優勝していこう。
なお、購入時に見ただけで筋張っているのが分かって、絶対に美味くなさそうだと思ったが、物は試しだ。
一応、
デザダルは麦が特産なだけあって、だいたいは主食に困らないのが良い。
「ご主人様、あの……」
「これは……?」
「悪いけど、追加で二人分の食器を用意して貰えるか?」
「あ、はい……」
「それは分かりましたが……」
クランハウスに着くと、案の定、ミルキオラとメルティオラが戸惑った雰囲気になった。
長寿古代種族、
道すがら、結局途中で拾うことになった
朝出かける前までは、たしかにひとりだったはずの主人が、帰宅したら二人も女を引っ掛けて来た。
今夜は記念すべき同衾一日目のはず。
双子姉妹が困惑するのも、無理は無い状況だろう。
「あー、こちらのお方だが」
「神秘学者のアマルです。ベンジャミンさん、こちらが神聖娼婦のお二人ですね?」
「ええ」
「徴を拝見させていただくのは、食事の後でもよろしいでしょうか」
「空腹なのでしょう? 構いません。途中で倒れられても困りますから」
「では、そのように。お心遣い、ありがたく頂戴します」
アマルは我が物顔でクランハウスを歩き、真っ直ぐテーブル席へ着いた。
ネリエルとはまた、違ったマイペースさを感じる。
「えっと、そ、それで」
「そちらは……?」
「ジルです! 奴隷です! 今日から英雄様の奉仕奴隷になりました! よろしくお願いします!」
「「……ご主人様?」」
「聞くな。買ったワケじゃない。半ば強制的に譲られたんだ」
「でも、引き取っていただけました!」
ニッコリ。
猫娘がパァァ……! と陽のオーラを発する。
どうやら足の調子は、すっかり良いらしい。
ぴょんっ、と跳ねて、腕に抱きついて来る。
手足が長く、スレンダーなモデル体型美少女。
プルンプルンの胸が弾力を伝えてきて気持ちがいい。
ミルキオラとメルティオラが、途端、目を見開いて頬を膨らませた。
嫉妬。
ジェラシーだろうか。
「──とりあえず、いったん食事にしよう」
「「……はい」」
頷く二人に小さく首肯を返しつつ。
何はともあれ、話はそれからだと俺もテーブル席へ向かった。
空にはもうすっかり、星が瞬いている。
茶をしばく時間だ。
「意外にイケるな……」
「思いのほか、かなり美味でしたね」
グリプトドンの肉は鶏肉に似ていた。
筋張って見えた箇所は予想の通り美味しくはなかったが、それ以外の部位は柔らかく、赤身肉のような趣きも感じられ、ジューシーだった。
「野趣に富んだ味かと想像していましたが、店の主人がきっちり下処理をしていたのでしょう」
「たしかに、臭みもほぼありませんでしたね」
「南方大陸では、滋養強壮を高める珍味として取り扱っているそうです」
「へぇ、そうなんですか」
食事が終わると、アマルは旅の学者らしく、面白い豆知識を語ってくれた。
滋養強壮。
つまりは精のつくもの。
真相は分からないが、珍しい食材にはたしかにそんな効果を期待したくなる。
麦茶で喉を潤しながら、俺たちはしばし晩餐の余韻に浸った。
なお、普段はミルキオラとメルティオラと、同じ卓で食事をとっているが、今夜は客人……アマルがいるため、奴隷少女三人には別席で食事をして貰っている。
視界の端で、ゲテモノ食いにオロオロしている姿は、言っては悪いが少しだけ面白かった。
が、そろそろ舌鼓を打つ時間も、終わりにしていいだろう。
「アマル」
「はい。貴重な糧を分けていただいたのです。お望み通り、彼女たちの徴を検分させていただきましょう」
「ミルキオラ、メルティオラ」
「「はい。ご主人様?」」
「悪いが、少し舌を見させてくれ」
ウィップマンの店でもやったように。
付け加えると、二人は「?」疑問符を浮かべながらも、素直に指示に従った。
アマルが顔を近づけ、それぞれの舌ベロを確認する。
ジルは何が始まったのかと、目をパチクリさせていた。
「あ、あにょ……?」
「ぅぅ……」
「──やはり、呪業ではありませんね」
わずかに赤らむ二人の前で、アマルがやがて小さく断言する。
「これは、酩酊と嫉妬の女神ベルゴの寵愛紋です」
「えらく禍々しいですが」
「神にはよく、二面性や複数の性格があります。女神ベルゴは南方大陸でも、今やほとんど忘れ去られた遠い大地母神の一柱ですが、かつては豊穣と多産をも司り、美と性愛、そして果実酒の女神として多くの信徒を誇る有数の女神でした」
「なぜ、過去形なんです?」
「女神ベルゴには、酒に酔って淫奔に走り、他の女神の配偶神を誘惑、堕落させた逸話があり、そのせいで悪しき女神と排斥されたからです。排斥したのは、神話では
「なるほど?」
つまり、だから酩酊の女神なのか。
だが、嫉妬の方はどういう由縁だ?
続きを促すと、アルマは澱みなく言の葉を続けた。
「
その守護女神は、貞淑と結婚、正しき恋を司る処女神ウルティ。
女神ベルゴは、自分と比べてあまりにも清く美しく正しいウルティ神に、嫉妬を抱いたそうです」
以来、その神性は
「ってコトは……これは」
「ええ。呪業のように見えるだけで、実態は普通の神聖娼婦の祝福と変わりありません」
続いた明言に、二人の奴隷は大きく愕然とした。
俺はチンチンがイライラして来ていた。
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