Episode 013 「新しい朝」



「エッチなコトしたんですね?」


 翌朝、ジルに言われた。


「してない」

「嘘ですッ! 三人から、ムンムン互いのカラダの匂いがしてきます! 交尾したんですよね!?」

「ムン……ッ!?」

「交……ッ!?」


 早朝からパワーワード過ぎて、姉妹の顔がすでに茹でダコのようだ。

 だが昨夜は、たしかに添い寝をしただけ。


「交尾ならそのうちするよ。ジル、朝から大きい声はやめてくれ」

「ム、ムムム? 分かりました、英雄様。でも、ジルだけ仲間はずれはイヤです……」


 黄褐猫カラカリアの少女が、シュンと耳を倒した。

 俺は少し驚く。

 リザードの罠にかかって足を怪我しても、あんなに元気にハキハキ喋っていたのに。

 こと『恋』となると、こんなふうにイジらしい一面も見せてくれるのか。

 あまり本気で受け止めていなかったが、考えを改める必要があるかもしれない。


(そういえば、ネリエルもジルを〝健気で良い子〟だって言ってたか?)


 キャラメルブラウンの肌に黄色の目。

 同じく黄色の髪は、額を大きく出したロングのストレート。

 睫毛は長くて化粧要らずなのか、目元は非常にパッチリしていてギャルっぽい。

 黒房の飾り毛を生やした猫耳に猫尻尾。

 黄褐猫カラカリアはカラカルの亜人のため、八重歯も覗く。

 そのため見た目から、つい軽めに好意を受け止めてしまっていたか。


(……いや、違うな)


 単に〝英雄様〟って呼ばれ方が、俺ではなく別人を指しているように思えて、認識が遅くなった。

 だって俺、自分を英雄だとは微塵も思っていないんだもの。

 宿場町デザダルの傭兵、ベンジャミン。

 本物の英雄とは過去に一度だけ、戦場で遭遇した経験がある。

 なので、


「ジル」

「? なんですか、英雄様?」

「俺のことは、名前か違う呼び方で頼む」

「え?」

「自分の奴隷に、英雄様って呼ばれ方をしていたら、周囲に変な目で見られるだろ?」

「そ、そうでしょうか……」

「できればジルには、名前で呼ぶところから始めて欲しい」

「! わ、分かりました!」


 猫耳と猫尻尾が、ピコン! と垂直に立って感情を伝えてくれた。

 ニコニコ、ニコニコ。

 可愛い子の笑顔は、やはり健康にいい。

 ミルキオラとメルティオラが、横からムクーと膨れ始めてもいるが、二人はもう心の底から俺の所有物なのだから、少しくらい我慢して貰わなければ。


(全員を平等に愛するとか、どうせ出来ないし)


 じゃあどうすんの? って言われたら、向き合える時にひとりひとりと、きちんと向き合う。

 そういうやり方しか、俺にはできません。


「では、これからはベンジャミン様と、そうお呼びしますね!」

「ああ。よろしく」









「それで、エッチなコトはしたんですか?」


 朝食の時間になると、アマルに言われた。

 スープに浸したパンを頬張っている途中だったので、思わず噎せかけた。

 いや、そりゃ昨夜の話の成り行き上、気になるのが人間心理だとは思うが。


「……ちょっと、遠慮が無さすぎるのでは?」

「すみません。ベンジャミンさんとお二方が、昨夜男女の関係になられたのなら、確かめてみたいコトがあったもので」

「確かめてみたいコト?」

「はい。ベンジャミンさんに、どんな超能力が宿るのか」


 気になってなかなか、眠れませんでした。

 アマルは悪びれた様子もなく、淡々と呟く。

 神秘学者ゆえの旺盛な知的好奇心か?

 探求に余念が無いのは、学者として素晴らしい姿勢なのだろうが、少々ノンデリカシーな女だと思った。


「超能力というと、神聖娼婦の祝福による?」

「もちろん。お二方の聖痕は、昨日話した通り本来はウルティ神のものです。

 ですが、女神ベルゴによる偽装のせいでしょう。南方大陸でも長らく、ウルティ神の祝福が具体的にどんな恩恵をもたらすのか」


 それは失伝し、明らかになっていない。

 金翠羊サテュラはジィィ……と、やや遠慮の無いガン見で、俺を見つめてくる。


「興味があるので、結果が分かるまではデザダルに留まろうかと思います。そこで提案なのですが、しばらくベンジャミンさんのお宅に、泊めていただくコトは叶いませんか?」

「え、嫌ですけど」


 ピタリ、固まるアマル。

 不思議そうにコテンと首まで傾げてみせるが、この流れでこちらが喜んで頷くと、本気で思っていたのか?


「ネリエル様を頼られればいいのでは? 従姉妹であるなら、普通そうするべきだと思いますが」

「ネリエルはわたくしを、あまり好いてはいないんです」

「失礼ですが、私も別に貴女を好いてはいません。会ってまだ一日ですから」

「ですが、ゆえに嫌いでもないはずです」


 身を乗り出してテーブル上で腕を組むアマル。

 どうやら、交渉を開始するつもりらしい。


「実はわたくし、宿には泊まれないのです」

「……は?」

「お恥ずかしい話ではありますが、デザダルに足を運んだのは、ネリエルにお金を無心するためでして」

「……困窮しているんですか」

「はい。南方大陸からここまでは、どうにか路銀を遣り繰りできましたが、ついにスッカラカンなのです。わたくしはもう、着る物しか持っていません」

「えぇ……」


 言われてみれば、アマルはたしかに手荷物などを持っていない。

 旅の学者だという割には、ずいぶん軽装だった。

 俺はてっきり、ネリエルのところに所持品を置いてきているだけかと思っていたが。


「何故そんなコトに?」

「……南方大陸で少し、トラブルになってしまいまして」

「トラブル」

「わたくしはタダの神秘学者に過ぎないのに、あちらの然る御方から、ある日突然、見初められてしまったと言いますか……」

「その御方は、名前を出すのもはばかられるほどの?」

「ええ。で、逃げて来たんです」


 は? マジかよ。


「ですが、ご安心を。わたくしはあちらでは、死んだコトになっているので、特に追っ手などはかかっていません」

「……ツッコミどころが多すぎますが、とりあえず納得しましょう。それで?」

「とはいえ、取る物も取り敢えずの脱出劇でしたから、先立つものが少なくてですね」


 結果、ついにデザダルにて路銀のすべてを失った。


「道中、何かしらの仕事で金を稼ごうとは?」

「しました。が、キツイ旅路の中では、人々は智識よりも別のコトに価値を見出します」

隊商キャラバンの雑用などは……してきたみたいですね」

「あいにく、子どもにも劣ると大した稼ぎにはなりませんでしたが」


 アマルは見れば分かるが、生粋の上流出身。

 肉体労働が基本の雑用業務などは、不慣れなコトだらけで向いていなかったんだろう。

 体つきもお世辞にも筋肉があるとは言えない。

 痩せている。

 こうなって来ると、昨日の〝食事を忘れていた〟発言も嘘だったと判断するしかないだろう。

 ネリエルは知っているんだろうか? アマルのこの事情を。


「ベンジャミンさんは、かつて騎士だったようですね?」

「私に、庇護をお求めですか?」

「お願いします。わたくしに出来るコトなら、何でもします」


 ただ養われるだけのブタにはならない。

 恩には報いる。

 アマルは頭を下げて懇願してきた。

 長寿古代種族に縋りつかれるのは、初めての経験である。

 美女が簡単に、男に向かって何でもしますとか言わないで欲しいが、簡単に聞こえるのは俺がまだアマルと出会って、一晩しか経っていないからだろう。


「分かりました。構いませんよ」

「! ほ、本当ですか?」

「昨晩、智識を分け与えてくださったコトには感謝していますので。

 ただ、自分と彼女たちの情事を、研究みたく観察されるつもりであるなら、前言は撤回します」

「──誓って、そこまでの無礼は働かないと約束しましょう」

「当たり前の話ですけどね」


 セックスの様子をいちいち、他人にうかがわれている。

 そんなのは居心地が悪いにも程があるし、プライバシーが無さすぎる。


「詳しい取り決めは、追って話していきましょう」

「ありがとうございます、ベンジャミンさん」

「ネリエル様の御親族に、冷たくはできません。さしあたっては、昨夜と同じく一階の客間を使ってください」

「っ……感謝を」

 

 アマルはそこで、若干ながら声を震わせた。

 予定外ではあるが、蓄えならまだ余裕がある。

 女神の祝福が実はやっぱり呪いだった。

 二転三転している話だ。

 その可能性も考慮し、何かあった時のためにアマルを置いておくのは、悪い判断ではあるまい。







「さて」


 茶を飲み、ホッと息を吐く。

 朝日は昇り、人々の活気はデザダルを覆い始めた。

 今日もまた、新しい一日の始まりだ。

 食器の片付けを始めた少女たちに言う。


「三人とも、今日は主に家の補修を頼む」

「「「はい!」」」

「ジル、屋根は登れるか?」

「ジル、登れます!」

「だよな。でも一応、無理はしないでくれ。黄褐猫カラカリアの足なら大丈夫だとは思っているけど、まだ治ったばっかりだろう?」

「ネリエル様のおかげで、バッチシ完治です!」

「でも、気をつけてくれ」

「〜〜! はい!」

「ミルキオラとメルティオラは、このまえ教えた注意事項を、ジルに教えておくように。その後はいつも通り頼んだ」

「「はい。承知いたしました、ご主人様」」

「俺は仕事をしてくるよ」


 立ち上がり、居間を出る。

 腰に差すロングソードは忘れない。

 デザダルには小規模ながら、幾つかの傭兵団が存在する。

 団と言っても、五〜十。

 多くてもせいぜいが二十人足らず程度で、大した連中じゃないが。

 彼らと俺は、同じ傭兵仲間でもあるので、定期的に情報の交換、スカウトなどを互いにし合っている。


(昔は縄張り争いだ。取っ組み合いの喧嘩だ。剣を抜いての殺し合いだ)


 野蛮な事件がそれなりに多かったものの、血の気の多い連中は総じて罪人となり、長い時をかけて淘汰されていった。

 もちろん、今でもデザダルにそういった連中がいないってワケじゃないが、少なくとも幅を利かせている傭兵団に、オカシイ奴はいない。


(いたら、そいつはすぐに消えていなくなるからな〜)


 俺も気をつけながら、情報収集のため彼らと会っている。


 〝剣で糊口をしのぐと決めたなら、流儀に従え〟


 傭兵たちのことわざ、格言。

 蓄えに余裕はあるが、人が増えた以上、冬を迎える前にドカンと一発稼いでおきたいところだった。




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