Episode 014 「傭兵の情報網」



 デザダルで傭兵が集まる場所と言えば何処か?


 よくイメージされるのは、酒場だろう。


 しかし、傭兵ってのは金で雇われて働く職業戦士。

 言ってしまえば、自営業の個人事業主みたいなものだ。

 主君に仕えて忠義を誓う代わりに、領地や俸禄などを安堵される騎士と違って。

 傭兵は自由にいつでも雇用主を選べる分、しっかりと『契約』を意識しなきゃいけない。

 面倒を見てくれる主君がいないため、何事も自分で管理・把握しておく必要があるのだ。


 酒臭くて指先の震えているような傭兵が、そもそも雇ってもらえるか? ってな話でもある。


 つまり、野蛮な荒くれ者だからといって、俺たち傭兵が年がら年中、酒場に集って飲んだくれているかと云うと、当然そんなワケがない。俺に関しては下戸だから、そもそも酒が飲めない。


 新参者や流れ者なら、そりゃ確かに酒場に行くくらいしか情報収集の手段が無いだろう。


 だが、同じ町に長らく留まっている〝地元の傭兵さん〟


 そういうヤツらは、真面目な情報交換やスカウト、ヘッドハンティング等を行うにあたっても、町の公会堂などを一時的に借りられる。


 伊達に代官と付き合っちゃいない。


 そのため、デザダルの公会堂に足を運ぶと、見慣れた顔と景色があった。

 顔パスで入りつつ、仲のいい連中のところまで「よぅ」と片手をあげて歩いていく。


「ベンジャミンか。オマエ、最近リザードをテキトーに殺し回っただろ」

「ロビンソン。心当たりはないでもないが、なんだ。なんか迷惑でもかけちまったか?」

「いや。ただ南から来た行商人が、ちょうど見てたらしいぞ?」

「なにぃ……?」


 ちょうどその瞬間、公会堂の端から吟遊詩人の歌が聞こえてきた。


 “そこは 荒野に蠢く 妖人根アルラウンの園”

 “リザードが 炎を焚き 邪悪な儀式に嗤う”

 “囚われの乙女 哀れなる生贄のさだめか!”

 “しかしてそこに現れし 白刃閃かす勇ある若武者”

 “砂塵舞う烈火の戦い 乙女を救う疾風の剣!”

 “旅人は見た これぞ辺境の地の英雄譚……”


「──勘弁しろ。なんだあの歌」

「オマエの活躍をペチャクチャ喋ったんだろ。何人かが悪ノリして、吟遊詩人まで雇いやがった」

「最悪だな暇人ども!」


 叫ぶと、下手人たちだろう。

 何人かの野郎が「「「ウェーイ!」」」と手を叩き合っていた。

 巨猪ダエオドン隊のヤツらである。

 俺をからかえて、さぞかしご満悦らしい。

 当の吟遊詩人は俺の怒鳴り声にビックリしたのか、気まずげに帽子を目深に被り直している。


「ったく……」

「それはそうと、今日は何しに来たんだ?」

「ハァ……ここに来る用なんて、決まってるだろ?」

「デカい仕事を探してんのか」

「冬を迎える前に、ドカンと稼ぎたくてな」

「喜べ、ベンジャミン。ちょうど今日は、オマエと似たような考えのヤツらが、ウロウロしてやがるぜ」

「一番羽振りの良さそうなのは?」


 訊ねると、ロビンソンは無言で片手を差し出した。

 情報料。

 金を払えと暗に示して来ている。


「ケチ臭い中年だな」

「俺が朝一番から此処に来て集めた情報だぞ? 串焼き代くらい寄越せ」

「年下にタカるのかよ」


 文句を言いつつ、銅貨を一枚渡す。

 ロビンソンとは先日のゴブリン退治でもそうだったが、何かと持ちつ持たれつな関係であるため、このくらいは何てことない。

 三角帽子の伊達男気取りも、特にプライドを刺激された様子もなく金を受け取った。


「それで?」

「あっちに『麦の穂先』がいるだろ? どうもアイツら、近々それなりの戦に出るらしい」

「──デザダルから近いのか?」

「少し遠い。詳しくはヤツらに聞けば分かると思うが、どうやら異教徒の征伐だってよ」

「宗教絡みか……」


 キナ臭い話だ。

 あまり関わりたくはない。

 ロビンソンも同意見なのだろう。

 眉間にシワを寄せて傭兵団『麦の穂先』を眺めていた。


「王国のカルメンタリス教贔屓にも、困ったもんだ」

「アイツらも信徒だったな、たしか」

「ああ。話の通じるヤツらではあるが、やっぱこう、信徒同士の繋がりとかがあるんだろ」

「異教徒征伐なんざ、何のご利益にもなりゃしないってのに」


 この世界にはカルメンタリス教と言って、世界規模で信仰を獲得している宗教がある。

 人類文明の守護神カルメンタを崇拝し、その加護を求める宗教だ。

 カルメンタ神は、人が手がけた道具。文明を象徴する器物。

 優れた工芸品や、偉大な建築物などに魔除けの祝福を与え、人々に『聖域』を与えてくれる。


(結果、それは悪しき魔物を遠ざけ、脅威から守ってもらえるコトに繋がって、人々はカルメンタリス教を頼り、信徒の数は今日も明日も日に日に増えていくってワケ)


 聖剣、聖槍といったファンタジーあるあるな武器も、この世界ではカルメンタ神の祝福を得た特別な武器を意味する言葉である。

 創造と文明を司る聖なる女神。

 鍛冶師や建築家が寵愛を授かったっていう話は聞くが、異教徒を殺して御利益を得たって話は、一度も聞いたためしが無い。

 なのに、どうして異教徒の征伐なんて話が一向に後を絶たないのか?

 推測すると、世はまさに殺伐である。


「パスだな」

「じゃあ、少し規模は小さくなるが、野盗退治はどうだ?」

「オイオイ。ただの野盗退治じゃ、そんな儲からないだろ」

「ところが、だ」


 ロビンソンはニヤリ口角を歪め、さりげなく辺りを見回してから小さな声で言った。


「これもちと、異教徒絡みの話じゃあるんだが」

「オイ」

「まあ聞け。こっから少し西に行ったところに、新しくが見つかったらしい」

「……へぇ。でも、利権はもう誰かが握ってるんだろ?」


 デザダルは小さな宿場町だが、一応はミュステリオン王国の領土である。

 顔は知らないが領主もいるし、オアシスにはネリエルがいる。

 この辺りで金鉱なんて見つかっても、即座に権力者たちが貪り尽くすだろう。

 ロビンソンもそこは頷いた。


「金鉱はロック・マウンテン。忌々しいロック鳥が棲みつく、峻険なだけの岩山で見つかった」

「意外だな。昔は火山だったのか?」

「知らん。肝心なのは、そこの利権を我らが代官様が握ってるってところだ」

「マジかよ」


 デザダルの代官は、如何にもな木っ端役人で、辺境に左遷されるのも納得の低血圧タイプなのに。

 金鉱なんか見つけて、さては私腹を肥やす魂胆なのか?


「だけど野盗退治って言ったな」

「そう。いまロック・マウンテンには、悪名高い野盗の一団、彼の『光輝僧』こと黄金楽土教のクズどもがいる」


 黄金楽土教。

 人間の欲望、特に金銭欲や富への渇望を肯定する邪教の名前だ。

 光輝僧ってのは黄金のためなら、何でもする略奪者ってコトで、傭兵ネットワークにも噂は轟いている。


「代官様は、野盗どもを退治した者には、〝金〟を支払うと仰せだぜ」

「──じゃあ、乗るっきゃないなぁ、そのビッグウェーブ」




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