Episode 015 「黄金と竜炎と猛禽」
金の話をしよう。
この世界──いや、ミュステリオン王国の貨幣についてだが、その価値は字面から受け取る印象とは対照的に、驚くほど低い。
金貨、銀貨、銅貨。
いずれも頭に、〝ミステリア〟の名前をつけて知られている三種のコイン。
元日本人の感覚としては、金・銀・銅なんて言われてしまうと、メダルの方が印象に強く。
最初は「これがお金だよ」と言われても、イマイチしっくり来なかった思い出がある。
なんというか、子どもの頃に遊んだ人生ゲームとかの
加えて、やはり時代の差だろう。
技術力が低いために、どの貨幣もカタチが歪で、粗雑な造りをしている。
それぞれの硬貨に含まれている金、銀、銅の含有量も怪しく。
他の国の貨幣がどうかは知らないが、少なくともミュステリオン王国の貨幣については、ぶっちゃけ『悪貨』と呼んでしまっていい。
その昔はもう少し、マシな貨幣が流通していたらしいとも聞くのだが、悪貨は良貨をなんとやら。
俺が騎士になる前には、すでにほとんどの土地で今現在の硬貨が出回ってしまっていた。
そうなると、人間ってのは誰しも同じように考えるものだ。
物々交換の時代が終わり、貨幣取引が膾炙した時代。
人々は王家が箔をつけた公式の貨幣を、〝信頼〟して使わなければならないが。
悲しきかな。
金貨も銀貨も銅貨も、どの貨幣も。
誰が見たって、一目で粗悪品だと分かってしまう残念クオリティ。
そんな状況では、当然、偽造品や更なる悪貨もが市場に出回る──ゆえに。
(人々は現在、〝金の価値〟を信じられていない)
露店でケバブなどを買うとしよう。
その時、店主は銅貨を対価に要求し、購入者である俺も当然銅貨を支払うワケだが。
果たしてその銅貨──本当に正規の鋳造貨幣なのか?
商人でもあるまいに、いちいち秤で重さ較べをするほど、市井の民は暇じゃない。
そうなると、ある程度は妥協で取引が行われ、世はますます悪貨で溢れるというワケだ。
質のいい本物は、皆んな内に溜め込んで、世に解き放とうとは思わない。
人の命も同じだ。
ミュステリオン王国では、いつ死んでもおかしくない人間には、それほどの価値をおかない。
人を三人殺した魔物を退治しても、銀貨三枚の対価。
農夫ひとりにつき銀貨一枚。
遠い異国からやって来た、見目麗しい美少女双子奴隷でも、二人合わせて銀貨六枚だけ。
銀貨一枚が一万円だとすれば、まったくひどい話だ。
けれど、人間は死ぬ。
(簡単に死ぬ。いとも容易く死ぬ)
戦争、略奪、天災、飢饉、疫病、怪物、地竜、妖精、精霊、魔物、ドラゴン。
人類はこの星で霊長の座にない。
よって、人々は〝いつなくなるか分からないもの〟に大金を使おうとは思わず、結果的に、恐ろしいほどの低価格が当たり前になってしまったようだ。
(──
金貨、銀貨、銅貨で比べれば。
どんなアホウでも分かるように、『金』の価値だけは他よりも群を抜いている。
西暦2020年代の地球でも、金は最も信頼を置ける通貨だった。
その価値は『不変』であり、古今東西、誰の目から見ても美しく。
どれだけ質の悪い硬貨であろうとも、それか金貨であるなら、一定の水準を保って価値を認められる。
したがって──
デザダルの代官が提示した異例の報酬の内容に、色めき立たない傭兵たちはいなかった。
金貨として鋳造される前の、ナマの黄金。
そんなモノがもし多少なりとも手に入れば、何が買えるだろう?
田舎の宿場町に、突如訪れたビッグチャンス。
やる気を出すのは当然で、冬も間近いとなれば、懐を温めたいのは誰しも同じ。
そのため、
「家を買うぜ……」
「今年の冬は娼館で越えるッ」
「上質な槍に馬……」
「メシだ……美味いメシ……」
俺よりも早くに情報をゲットしていたヤツらは、それぞれ常にないマジ顔で仕事へ出かけて行った。
敵は黄金楽土教の光輝僧。
邪教の
ご大層な名を掲げていても、所詮は略奪を繰り返す悪しき野盗の群れ。
本物の戦場を識る我ら傭兵、どちらが荒くれ者として格が上か、目に物見せてくれようぞ。
対人戦闘に自信のある連中が、我も我もとロック・マウンテンへ向かって行った。
敵は黄金楽土教だけじゃなく、大仏並にデカい猛禽、ロック鳥も考慮に入れて臨む必要があったが。
デザダル暮らしが長い彼らにとって、ロック鳥と遭遇した際の対処は常識も同然。
──ロック鳥が出て来たら、ひたすらに息を潜めて身を隠す。
──それが出来なきゃ、後は運任せよ。
スプリガンに頼れる環境でなければ、小さな人間にできるマトモな対抗手段など、そもそれくらいしか無いのだ。
ある意味で、無謀とも言える命知らずな荒くれ者ども。
さりとて、彼らも別に自殺願望があって危険な場所に赴くワケじゃない。
ロック鳥と遭遇さえしなければ、敵は同じ人間、勝算は十分にある。
ほとんどの者がそう考えた。
「「「おお、悲しきかな。我らと同じ人の欲持つ者が大地に斃れる。黄金の楽土は未だ遠い。愚者たちよ声を上げよ。この世は悪しき
錫杖を鳴らす、十人以上の光輝僧だった。
ロック・マウンテンにやって来た俺は、まず見知った顔の死体を発見し、次に野盗の集団に囲まれた。
黄金楽土教の金色の法衣。
錫杖を鳴らす種族も年齢もバラバラの男たちは、どいつも一様にイッた目つきで口を揃えている。
「集団トランスか。儀式魔術の特徴だな」
「「「人の欲持つ者。我らはおしなべて愚者の末裔。偉大にして低俗なる女神の輝きに、汝も瞳を焼かれしか」」」
「何言ってんのか分かんないな。もっと平たく、砕いて喋ったりはできない感じか?」
「「「おお、愚か者。これぞまさしく無知蒙昧。人の欲持つ者は、総じて智恵無き俗物なれば歓迎しよう」」」
「バカにされてるのは分かった」
死ねよクズども。
「“
「「「黄金は不変なり。黄金は永遠なり。黄金は不死身なり」」」
「あー、そういう感じか」
複数人による同時詠唱。
及び後述詠唱。
光輝僧たちは自分たちが信奉する黄金楽土教の元ネタ、『神話』を利用した魔術式で自分たちを守っている。
察するに、黄金が象徴する『不変』や『永遠』といった概念を、自分たちに適用しているんだろう。
黄金楽土教の光輝僧をやっていれば、長らく黄金と連れ添って来ただろうし、不思議は無い。
「自分たちだけ無敵ってのは、ズルいにも程がある話だけどな」
「「「黄金の楽土を築こう。黄金の楽土よ来たれ。女神は空より黄金の塔を降らせた」」」
錫杖が岩山を突く。
その瞬間、光輝僧どもが持つ錫杖は黄金の槍に変化し、空高く跳躍して一斉に飛び掛ってくる。
神話の逸話を利用した擬似再現。
塔が槍に置き換えられているのは、元の神話を考えるとあまりにスケールダウンが激しいが、どちらにせよ躱す以外に選択肢は存在しない。
バックステップで距離を取りつつ、ロングソードを肩に乗せて、さてどうするかと考えた。
(ネリエルに馬借りて走って来たのに、トンボ帰りはイヤだしな……)
イカれた略奪者どもを退治するのは、できれば一日で終わらせたい。
問題は全員、魔術で無敵モードに入っているコトだが、この手の魔術はそれなりに手がこんでいるので一度破綻させれば後は簡単だ。
魔術を使っている=非魔力持ち。
(元手にしてる魔力源は十中八九、黄金だろうな……)
黄金にあやかった魔術で、黄金以外の触媒を使っているとは思えない。
錫杖についている鈴や装飾も、恐らくは黄金でできている。
身につけている法衣も、金糸を織り込んだ特製品に見えた。
「──趣味の悪い
「「「足りぬ。足りぬ。足りぬ。我ら黄金ならざる黄金。地上に黄金の楽土を求めたり」」」
「溶かして鋳潰してやろうか」
“
竜の炎。
人生で一番熱いと思った火炎の奔流を、試しに解き放つ。
荒れ果てた岩の山肌が、赤熱し空気を撓ませるまで。
が、
「「「黄金は不変なり。黄金は永遠なり。黄金は不死身なり」」」
「──は? ちょっと
黄金楽土の神話は、
ドラゴンはこの星で最強の種だが、何かしらの異界法則で防がれた手応え。
黄金楽土。
もしかすると、神話のなかでドラゴンスレイの逸話でもあるのかもしれない。
「竜炎が効かないとか、絶対マトモな黄金じゃないぞそれ」
「「「黄金の楽土を築こう。黄金の楽土よ来たれ。女神は空より黄金の塔を降らせた」」」
「またそれか」
ループに入った。
ギリギリ会話っぽかった遣り取りは、そこで完全に一方通行の壁打ちに変わってしまった。
ジャンピングランスアタックを、再度ステップで躱す。
仕方がない。
こうなれば、採り得る手段は少ない。
俺は深く息を吸った。
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイーーッ!!」
数少ない特技のひとつ。
長年デザダルで暮らしていたため、いつの間にか身につけていた鳴き真似。
何人かの光輝僧の顔に、微かな動揺が走る。
その頃には俺は、全力で走りロック・マウンテンの安全地帯へ逃げている。
ここは峻険なだけの荒れ果てた岩山だが、岩山であるがゆえに巨岩には囲まれていて……
「「「黄金は不変。黄金は永遠。黄金は不──!?」」」
「「「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイーーッ!!」」」
ドゴォォンッ!
ドゴォォンッ!
ドゴォォンッ!
山肌に衝突する絨毯爆撃のような岩石のミサイル。
黄金楽土教の光輝僧が、如何に無敵モードであろうとも、圧倒的大質量による強制的な生き埋め。
それに付随する集団トランスの解除。
魔術が発動をやめれば、待っているのは人間として当然の運命だけだ。
(……まあ、代官もどうやって退治するかまでは、条件に言い含めてなかったし)
多少、山の形が変わってしまったかもしれないが、金鉱を占拠していた野盗問題はこれで解決だろう。
あの場に残されていた遺体には申し訳ないが、仇は討ったってコトで勘弁願いたい。
俺は崖にぶら下がりながら、しばらくのあいだ息を潜め続けた。
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