Episode 016 「夜の魔物」



 ロック鳥がいなくなった後、ロック・マウンテンの地形はかなり変わっていた。

 しかし、それでも意外だったコトに、黄金楽土教の光輝僧は何人か生き残っていた。

 もちろん虫の息だ。

 トドメを刺して終わりにする。


「──まあ、刺し傷があれば仕事の証拠にはなるからな」

「おう、ごん……」

「逝けるといいな。黄金楽土そこ

「ァ──」


 サクリと一刺し。

 最後の一人を眠らせてやり、イヤな気分になりながらホッと一息を吐く。

 死者の数はおびただしいが、どうあれ仕事は終わった。

 辺りに散らばっている破損した錫杖を拾い、麓まで下りる。

 隠していた馬は、無事に生きているだろうか?

 心配したが、さすがはネリエルのところの陽金鬣種アポロ

 ロック鳥があれだけ怒り狂いながら暴れていたのに、逃げもせず残っていた。

 安心して鞍にまたがり、デザダルへ戻る。


 ロビンソンから朝に情報を聞いて、昼前にオアシスで馬を借り、そこから昼食を挟まず一気にロック・マウンテン。

 到着したのはおよそ十五時くらいで、会敵したのは夕方前。

 三羽のロック鳥が光輝僧を潰し、怒りを鎮めて自分たちの巣へ戻って行ったのは日没前になる。

 馬上から見上げる空は、すっかり満天の星だった。

 それ以外にも、およそ八つほどのリングが宙にはかかっているが、何にせよヰ世界の美景である。


(夜の荒野を馬で走るとか、それだけでワクワクするよな……)


 吹く風の乾いた感触。

 頬を撫ぜる夜の大気。

 大地を蹴りつける馬の律動。

 日が沈んだコトで、荒野には夜行性の動物たちも姿を現す。

 コウモリ、ラーテル、コヨーテ、ハイエナ。

 しかし、一番の脅威はやっぱり魔物だ。


 夜は死の世界。


 目を合わさないよう意識して顔を伏せるが、うっすらとした異形の輪郭が、視界の端で声を震わせている。

 四つの目玉と六本の角を有するモノ。

 足の甲に目がある四つん這いの巨人。

 カマキリとヘビにミミズを足したような悪霊。

 名も知らぬ『魔物』どもが、ようやく我らの時間がやって来たと言わんばかりに蠢き始め、


「ねえ」

「ね え」

「 たす けて 」

「みえてる?」

「み て」

「こっち おいで」


 反応したらアウトだと分かる罠。

 ことごとく無視して、デザダルまで戻った。

 宿場町の壁門を潜り、境界をまたぐコトで〝人の世界〟に戻る。


「ふぅ……あー、怖かった」

「ブルルゥッ」

「おお、オマエも怖かったな? よく頑張ったぞ」


 陽金鬣種アポロの首を撫で、お互いに安堵の呼吸を挟んだ。

 門番である衛兵が、驚いた顔で声をかけてくる。


「アンタ、夜の荒野を走って来たのかい?」

「ええ。バカでしょう?」

「いや、そこまでは言わんが……無事で良かったな」

「ありがとうございます。貴方も、お仕事お気をつけて」

「何事も無いコトを祈るよ」


 衛兵は肩を竦めた。

 会釈して背中を向ける。

 さて。


「暗くなっちまったが、仕事の成果はすぐに報告しないとな?」

「ブルッ」


 返事なのか偶然なのか、イマイチ分からない馬の声に癒しを覚えつつ、代官の屋敷へ足を進めた。

 デザダルは小さな町なので、一度中に入ってしまえば、何処に用があってもさほど時間はかからない。

 うだつの上がらない代官は、光輝僧どもの壊れた錫杖を見るや否や、「報酬は確認が済み次第、追って手渡す」端的にそう答えるだけだった。

 異論は無かったため、素直に頷いてようやく仕事完了。

 疲れた〜、と肩を回しながらクランハウスへ帰った。


(馬の返却は、さすがに明日でいいだろ)


 なんて思いつつ、庭に馬を繋ぎ玄関を開ける。

 すると、


「「「ご主人ベンジャミン様ッ!」」」

「うおっ!?」


 三人の奴隷が、いきなり胸の中へ飛び込んで来た。

 驚きながらも受け止め、どうしたんだ? と目をしばたかせる。

 少女たちは目に涙を溜めていた。

 アマルが奥から現れ、申し訳なさそうな顔で告げる。


「おかえりなさい、ベンジャミンさん」

「え、ええ。ただいま戻りましたが……」

「ベンジャミン様っ、ご無事で良かったですっ」

「心配しました! もう、戻って来ないのかとっ!」

「うぅっ、ご主人様……!」

「──すみません。その娘たちですが、わたくしが余計なコトを聞かせてしまいまして……」

「……ああ、なるほど」


 ロック・マウンテンに出かけた傭兵が、ほとんど戻って来ていない。

 察するに、夕方そんな噂でも耳にしたんだろう。

 アマルはやや無神経なところがあるから、世間話の延長でそれを三人に話し、古代長寿種族ではない三人は順当に俺を心配した。

 加えて、俺は今日、珍しく帰りが遅くなった。

 不安になる気持ちは理解できる。

 玄関の前で待ち構えていたのは、そういう理由か。


「──俺は生きてるよ。ほら、心臓の鼓動もちゃんと聞こえるだろう?」

「はい、聞こえます!」

「これが、ご主人様の心臓の音……」

「好き……」

「分かったら、涙は引っ込めてくれ」


 苦笑して少女たちを引き剥がした。


「帰りが遅くなったのは悪かったな。今度からは、事前に連絡をするよう注意するよ」

「そ、そんなっ」

「ご主人様が謝られることでは!」

「ジ、ジルはそのほうが安心です……」

「「ジル!?」」


 性格の差だろう。

 元気で直情的なジルの方が、ミルキオラとメルティオラより自分の気持ちに素直なようだ。

 爆乳双子姉妹は、胸が大きすぎるために気持ちもなかなか外には出しにくいと見える。

 いや、ジルもジルで水餅のように素晴らしいモノの持ち主ではあるが。

 スレンダーながらもカタチのいい美乳。うわ、今の俺ものすごくセクハラオジサン臭い?


(……あー、ダメだな)


 さすがに朝から晩までフルで外を駆け回ったからか、思考がワケ分からん方向に飛んでいる。

 メシ食って風呂入ってセックスして寝てえ。

 命の遣り取りをした日はいつも、こんな風にとんでもなくムラムラするから困る。


「とりあえず、今日の晩餐は?」

「グリプトドンの残りです」

「なるほど。じゃあ、今夜は我慢できないかもしれないな」

「「「え?」」」


 三人のカラダをじっとり見下ろしつつ、


「まずはメシを頼む」

「……え、え!?」

「あ、は、はい!」

「ジルも! ジルもですよね! ベンジャミン様っ?」

「そうだな」

「〜〜! ジルがんばります!」

「ちょ、はしたないこと言わないの!」

「わ、私たちだって頑張れますからっ」

「……これは、明日には超能力が?」


 夜はそうして、更けていくのだった。


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