Episode 017 「アムブロシア」



 冬になると、俺は超能力に目覚めた。


「なんだ、これ……」

「わ、わぁ〜、すっごくおおきい……」

「太くて、硬そう……」

「こっちのは、まるで白いブドウみたいですね!」


 朝、ベッドで身を起こした際の出来事である。

 三人の異種族美少女とねやをともにするようになって、幾晩か経った頃。


 俺は睡眠から目覚めると、決まって〝緑〟に囲まれていた。


 ベッドを中心に放射状に植物が広がり、寝室のなかが軽い植物園のような在り様に変わっている。

 ツタや根っこ。

 どう見ても植物らしきものが、たった一晩の内に天井まで伸びて成長しているのだ。

 そして、それらは天井から奇妙な『果実』を垂らす。


 ひとつは、なんというかミル貝。

 大きさは五十センチくらいで、男性からすると、初めて見たはずなのに初対面の気がしない。

 そんな感慨を、不可避にもたらす白色のバナナにも似た珍妙な果実。


 もうひとつは、なんというか月桃の花。

 こちらも大きさは、五十センチと大きい。

 色も白色で、艶やか且つ潤いがありそうなのは、前者と同じ。

 しかしながら、先端は薄らした桜色で、カタチは巨峰のようなまんまる。

 どことなくだが、まるで女性の胸部を連想させる非常に興味深い果実だった。


 どちらももぎり取ると、不思議なことにツタや根っこは霞のように消えて、ただ果実だけが手元に残る。


「これは、まさか……!」

「知っているのかアマル」

「はい、ベンジャミンさん。これはきっと、ですよ!」

「アムブロシア?」


 アマルによると、どうやらそれは『神話の実』

 南方大陸の神話に登場する、神々の聖餐の一種。

 俗に黄金のリンゴ、不老不死の銀の実、仙郷の桃などとも呼ばれる、〝食べれば不老長寿になる果実〟と思われるらしかった。


「神話に曰く、女神ウルティは神々の聖餐を厳重に管理するため、〝聖なる果樹園〟の守り人だったとも云います」

「見た感じ、完全にチンコとオッパイなんですが」

「たしかにそう見えますね。ですが、女神ウルティは貞淑と結婚、恋愛を司ります。神聖娼婦はヒエロ・ガモス。聖婚を成す存在ですから、多少性的な印象を覚えるとしても不自然ではないでしょう」


 そうなのだろうか。

 そんなんでいいのだろうか。

 専門家が言っているので、俺はとりあえず神妙な面持ちで頷くコトしかできなかったものの、現実のシュールさ加減に困惑は捨てきれなかった。

 五十センチ大のオッパイ(フルーツ)はともかく、五十センチ大のチンコ(フルーツ)は眉間にシワが寄ってしまう。

 手で持って、ずっしりと重たいなど、できれば一生知らなくていい感触だったかもしれない。


 とはいえ神話の実、アムブロシア。


 俺の超能力はコレである。

 透明人間になれたり、瞬間移動できたり、そういうモノを密かに期待していたんだが、まさかの植物系スーパーパワー。

 食べると、どうなるんだろう?

 当然、好奇心はくすぐられたから、ひとまず食べてみようという話にはなった。

 最初の毒味役は、もちろん俺だ。


「 実 食 !」

「どうですか? 何かカラダに、変化などはあるでしょうか?」

「……んー。今のところは、これといって特に……味はめちゃくちゃ美味しいですけど」


 甘く、ねっとりとした豊潤な果汁が、口の中で溢れる。

 果肉は乳白色で、不思議なほどまろやか。

 ひとまず、ミル貝ではなく月桃形の方を先に食してみたが、柔らかくてぷりぷりもしており、本当におっぱいを味わっているみたいだった。

 おっぱいを口に含んだ際に、こんな味がしたら最高だなぁ……と、なんだかそういう味がする。

 近しいもので例を挙げるなら、アレだ。

 おっぱいミルクアイス。

 味はかなり似ているかもしれない。


「なるほど」


 アマルは興味津々な様子で、一心不乱にメモとスケッチを行っていた。

 しかし、こんなモノを食べたところで、本当に不老長寿になれるのだろうか?

 寝て起きたら食料が手に入る。

 そう考えると、たしかに凄い能力だとは言わざるを得ない。

 けれど、まるまる一個をきちんと完食した後でも、特段これといった肉体の変化は感じられなかった。


「ご主人様、では次は、こちらもお召し上がりになられてみては……?」

「なんか、とぉっても、美味しそうです……」

「はい! はい! よろしかったら、ジルが食べてみたいです!」

「んー……まあ、興味があるなら」

「すみません。わたくしもひとつ、良いでしょうか?」

「アマルまで? 構いませんが、後でお腹を壊しても、俺は責任取れませんよ」


 なんて言っているあいだに、四人はそれぞれ果実へと手を伸ばす。

 五十センチほどの白ミル貝。

 女性が「わぁ」と感嘆した顔で触っていると、そういうコトを想像してしまう。

 無表情を貫き平静を装いながら、しっかり直視させてもらった。


 まず、最初に勇気を出したのは双子の妹、メルティオラだった。


「あむっ……ン、スゴい、おっきい……」


 果実の先端部分を口にくわえ、大きすぎるモノをおっかなびっくり舐めながらモグモグ。

 サイズに瞠目しながら、それでもやはり味は美味しいのか、次第に病み憑きになった様子で喉を鳴らしていく。

 唇から零れる乳白色の果汁が、顎を伝い首筋を流れ、鎖骨の窪みに溜まったのち、峡谷のように深い谷間へ。


(エッロ……)


 視線が吸い込まれるが、そんな俺の目の前で、今度は姉のミルキオラが果実を食す。

 しかし、ミルキオラの選んだ果実は果汁が豊富だったのか、歯を突き立てた瞬間にドピュッ! と中身が溢れ、顔面へかかった。


「きゃっ! ……もぉ〜! あ、でもホントだ。これ、すっごく甘い……」


 唇の端に垂れた乳白色を、ミルキオラは舌を伸ばしてペロリ舐めとった。

 果汁は胸元にまで飛んでいて、召使い用の上衣がぴったり肌に張り付いているが、それがまた凄まじくエロかった。

 褐色の肌に白は映える。

 一方で、ジルはミルキオラと違い器用だった。


「ン、ちゅっ、ジュルル! ン〜〜♪」


 溢れ出る果汁を、一滴も零さない。

 手で握り、押し出し、中身をゴックン、ゴックンと嚥下しながら、最後まで吸い出し綺麗に飲み切る。

 よほど美味しかったのだろう。

 黄色い猫目が自然と細められ、顔は恍惚に染まっていた。

 その後は、まさに無我夢中といった様子で、果実を何度も口の中に含む。

 アイスキャンディーの棒を、アイスが無くなった後でも舐め続けてしまうかのように、名残惜しげに。


 では、アマルはどうだろうか?


 わずかな期待とともに視線を送ると……


「このままだと大きすぎますね。わたくしはナイフで、カットして食べます」

「オイ嘘だろやめろ!」

「!? え、べ、ベンジャミンさん、すみません。わたくし、何かマズかったでしょうか?」

「──あ、いえ。すみません、私の方がなんでもありません。どうぞそのまま、気にせず」

「は、はぁ……」

 

 思わず叫んでしまったコトで、アマルをだいぶビックリさせてしまったものの、金翠羊サテュラはナイフとフォークを使い、上品に果実を食べ始めた。

 刃を差し込まれ、身肉を切り落とされる我が半身。


(いや半身じゃないが)


 美少女三人の食べっぷりに、思わずそういうコトを想像していたので、脳が錯覚している。

 高まりかけていた静かな興奮に、冷や水をかけられた気分だった。

 ともあれ、


「別に、どうってコトないですよね? オマエたちも、そうだろう?」


 俺は自分の身に何も変化が無いコトから、四人も同様だろうと質問した。

 瞬間、


「うっ、これは……?」

「ハァ、ハァ……」

「カラダが、アツい……」

「ァ、ご主人、様……!」

「な──どうしたんだ、いったい……?」


 女性陣全員が、突然、上気した頬になって呼吸が乱れ始め、ねっとりした視線で俺を見つめてきた。

 そればかりか、部屋の中が次第にムワムワした熱気に包まれていく。

 いや、違う。


「体温が、上がって……?」

「べ、ベンジャミンさん」

「アマル。これは、もしかして……」

「どうやら、みたいです」

「「どういう、コトですか……?」」

「んにゃあ……ジル、カラダがぽかぽかして来ちゃいました〜」

「──媚薬。しかも、神々の!」


 アマルが大声を発し、どさり凭れかかって来る。


「あっ! ズルいですよ〜、アマル様! ベンジャミン様は、ジルたちのご主人様なんですから〜!」

「こ、こらっ、ジル! そんなふうに、ベタベタしちゃダメっ」

「お、お姉ちゃん。でも私も、もう我慢できない!」

「アッ、メルティまで……!」


 見目麗しい女性たちが、切なげに身悶えしながら、しなだれかかってくる。

 俺の興奮は復活した。

 なんだか頭がクラクラする。

 ただ分かったのは、股間に感じる常ならざる怒張。


(アムブロシア……不老長寿って、そういう意味だったのかよ──!)


 要は精力剤じゃねぇか。

 正気が消えて理性が吹き飛ぶ。


「ヤるぞ」

「「「「っ、ゴクリ」」」」


 ……その後は、何日ぶっ通しでセックスしただろう?

 俺たちは今年の冬、めちゃくちゃに交じり合い続けた。

 黄金を稼いでおいたおかげで、食い扶持には何も困らなかったし、朝起きればアムブロシアが成っているので、疲れも知らなかった。

 やる気、元気、精気、根気。

 あらゆるモノを回復させ、スタミナまで持続させる神の果物。


 アマルは後にこう語る。


 〝女神ウルティの祝福は、男女間の愛を爆発させ、夫婦の子作りを応援する──まさに繁栄と豊穣をもたらす祝福だったのですね〟


 つまり、そういうことだ。

 春、俺が四人を……いや、それ以上の人数を養うため、更なる仕事をこなすようになったのは、言うまでもない。


 宿場町デザダルの傭兵、ベンジャミン。


 気心知れた仲間たちは、以降、俺を『絶倫』と呼び敬意を表した。

 西方大陸の南東部では、もしかすると何処かで、吟遊詩人もが歌っているかもしれない。

 恥ずかしいから、もし耳にしたら気にせず素通りしてくれると助かる。


 間違っても、コインは払わないでくれよ?


「それじゃあ、また」


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殺伐硬派な叙事詩ファンタジーの世界でハーレムスローライフ 所羅門ヒトリモン @SoloHitoMari

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