Episode 003 「呪われた聖娼」
意図を問うと、ウィップマンは声のトーンを落とした。
「実はですね?」
「ああ」
「こちらのふたりなのですが、呪われているのです」
「呪われている?」
「はい。どうも、元は南方大陸のさる高貴な家柄の出自だとかで」
「貴種なのか」
「ええ」
「どんな呪いで、一族から追放された?」
「それが、どうやら『聖娼』らしいのですよ」
聖娼。
囁かれた言葉に、ピクリ片眉が跳ねる。
呪いと一口に言っても、この世界には様々な種類の呪いがあるが。
ウィップマンが口にしたのは、呪いというよりかはむしろ、祝福の文脈下で語られるものだ。
まあ、呪いも祝福も、どちらも表裏一体であると言えばそれまでなのだが、字面から受け取る印象はやっぱり違う。
祝福、加護、呪業。
大別して三つの分類。
ヒトがヒトならざるモノから、何かしらの特殊能力や悲運を贈られるコトを、この世界ではそう呼んでいる。
たとえば、精霊に愛される『精霊の祝福』
これは水の精霊から授かれば、水中呼吸が可能になったりするし。
地に生きる獣の王から、『地竜の祝福』を授かれば、動物との会話が可能になったり。
妖精に攫われたチェンジリングは、『取り替え仔の加護』で妖精の眼を与えられ。
死神に見初められる『死界の王の加護』だったら、亡霊やアンデッドとの縁が強く結ばれる。
祝福や加護と呼ばれるものは、授かった人間にとってのメリットやデメリット。
それらが大きいものを指すパターンが多い。
では、呪業について。
こちらは例を挙げると、見るもの触れるものを何でも黄金に変えてしまう『尽きせぬ黄金の呪業』や。
他者を心酔させ、憧憬と崇拝を集める代わりに必ず悲劇を招く『飽くなき名声の呪業』など。
その特性から、明らかにロクな末路を想像させないヤツを、人々は呪いと呼ぶ。
聖娼──『神聖娼婦の祝福』
ウィップマンが口にしたのは、その中でも南方大陸に逸話を散見される、とても大昔からある伝承でもあり。
古くはヒエロ・ガモス。
聖婚、神婚、聖体婚姻。
都市国家の王とこの祝福を受けた女性が、天頂神、地母神による男女交合神話をなぞる形で、神聖な結婚儀式を行うことで、人々に豊穣や繁栄をもたらすと云われている。
実際、南方大陸にはその特性を活かして、神聖娼婦による後宮制度を作った大国家などもあったそうだ。
聖娼と関係を持った王は、〈癒しの手〉に代表されるロイヤルタッチの能力や、不可思議な超能力に目覚めもしたらしい。
(だから、一族から『聖娼』が生まれれば、本来、間違っても追放されたりしないはずなんだが……)
日本人的に考えれば、家に座敷わらしが生まれてくるようなものである。
富と幸運を招く福の神。
まあ、座敷わらしは家人にイタズラを働く妖怪だとも言われているので、ちょっと的のズレた例えかもしれないが。
さりとて、怪訝に思うには充分な
「たしか、神聖娼婦の祝福は、授けてくださる女神様によって、『聖痕』……体に浮かび上がる
「オッホッホ! ええ、ええ。さすがはベンジャミン様。博識でいらっしゃいます」
「ってコトは、このふたりの聖痕は、どの女神様のものだったんだ?」
訊ねると、ウィップマンは双子の奴隷に合図を送った。
視線を受けた姉妹は、それぞれ自分の顔の下半分を覆っているフェイスヴェールを、ゆっくりとズラし口を開ける。
ピンク色の綺麗な舌べろが、ヌ、と晒された。
「これは……」
そこにあったのは、たしかに『聖痕』──寵愛紋とも呼ばれる──だったが、独特な紋様を描く薄赤い徴は、非常に禍々しかった。
人々に幸福をもたらす女神の祝福だとは、とても思えない。
ともすれば邪神、魔神の眷属ではないかと眉を顰めてしまう。
黒く尖った側頭部からの角も合わせて、半魔のようにも見えなくはないし。
「ワタクシどもも調べましたが、伝承に記されるどの女神様とも一致しませんで」
「なるほど……じゃあ、二人はこれのせいで、故郷を追放されたのか」
「もったいない話でございましょう? 二人ともせっかくこんな美姫だというのに、
「地元の民ですら、得体が知れないって判断したワケか」
それはまた、奴隷になるのも納得の身の上話だ。
祝福の保持者。
呪いを受けた人間は、特有のオーラを放つそうで、昔から怪物などにも狙われる。
怪物が神の敵対者だからなのか、それとも、単に他の人間より美味そうに見えるからかは知らないが、厄介払いを望まれるのも仕方のない宿命だろう。
「問題ない。支払いはいくらになる?」
「「!」」
「オッホッホ! 私が言うのも何ですが、ベンジャミン様、本当によろしいので?」
「奉仕奴隷でも、家の雑用くらいは出来るだろ」
「そらそうでございますが」
「それに、オマエも俺に、引き取って貰いたくて紹介したんだろ?」
「何が起こるか知りませんよ?」
「問題ない。神聖娼婦の祝福は、関係を持つコトで初めて周りに何かをもたらす。要は、一線さえ守っていればいいだけの話だ」
「怪物どもは、どうなさるおつもりで?」
「おいおい。俺がこのあたりのに、遅れを取るワケないだろう」
「オッホッホ! では商談成立ですなぁ!」
銀貨を六枚。
契約書にサインをして、ウィップマンに渡す。
ちなみに奉仕奴隷っていうのは、性的な奉仕をも契約内に含んだ奴隷の呼び名だ。
せめてそういうエサでも吊って、客の購買意欲を煽る魂胆だったのだろう。
魔物や怪物への恐怖心のせいで、あいにく、買い手探しには苦慮していたようだが。
いや、それとも、
「なあ、俺が来るのを待ってたのか?」
「明日には、うかがおうかと思っていました」
「まったく……」
何が〝とっておきを紹介させていただきます〟だ。
端から俺に、売り込むつもりで準備していたらしい。
拾った奴隷が思いのほか、厄介な事情を抱えていたんで、さてはめぼしい客にはすべて断られた後だったか。
鎖の鍵を貰い、二人の拘束を外す。
ハトホリアの少女たちは、鎖で繋がれていた手首を、思わずと言った様子でさすった。
「「……」」
「名前は?」
訊ねると、二人は顔を見合わせ、おずおずこちらを見上げる。
歳の頃は、種族が違うので分かりにくいが、十六歳かそこいらだろう。
俺は二十七なので、一回り以上差がある。
どうやら二人とも、買われるとは思ってもみなかったのか、突然の展開に驚きと戸惑いが勝っているらしかった。
「俺の名前はベンジャミン。宿場町デザダルの傭兵だ」
こちらから名乗ると、ハッとした顔で慌てて頭を下げる。
「ご主人様。私は姉のミルキオラです」
「ご主人様。私は妹のメルティオラです」
「そうか。ミルキオラとメルティオラだな。今日からよろしく」
ツリ目が姉で、タレ目が妹。
頭に叩き込みつつ、ウィップマンに言う。
「おい。二人を着替えさせたいんだが、代わりの服はあるか?」
「召使い用のを一式、用意しております!」
「さすがにこんな格好で、外をうろつかせられないからな。着替えてきてくれ」
姉妹は頷き、垂れ幕のかかっている間仕切りの奥に移動した。
ウィップマンがササッと耳元に顔を近づけて来て、小声で聞いてくる。
「先ほどの衣装も、もちろんご入用でしょう?」
「当たり前だろ」
「オッホッホ!」
エロい有角美少女奴隷が、二人も手に入った。
冬に向けた人手不足問題は、一先ず解決だな。
今日からは、三人分の衣食住が必要になる。
(怪物への対策も、やっていくか)
祝福保持者のオーラは、誘蛾灯のように怪物を引き寄せる。
さすがに宿場町に、いきなり怪物が降って沸くようなコトは無いが、サソリ系のデス・ストーカーや猛禽系のロック鳥。
外壁や防柵だけじゃ止められない怪物もいる。
(そうだな。明日は
もちろん、魔物になって勝手には動き出さないやつを。
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