Episode 002 「奴隷を求めて」



 やあ。俺の名前はベンジャミン。

 俺がなぜ傭兵になったかと言うと、ぶっちゃけ強かったからの一言に尽きる。


 殺伐硬派と書いてシリアスと読む叙事詩ファンタジー。


 ヰ世界であるここでは、力無き者はどこまでも悲惨な運命を辿るが、力有る者は逆にそこそこ美味しい思いをして生きていける。

 転生した当初、貴族だった俺は夢のファンタジー世界に目を輝かせて、剣と魔法による立身出世を期待していた。

 そのため、小さい頃から剣術だとか魔法の勉強だとかに精を出して、結構はしゃいでいたんだな。

 男ってほら、だいたい皆んな〝最強〟や〝天才〟って肩書きに、一度は憧れてしまうものじゃん?


 俺が生まれた国っていうか家では、男は将来、騎士になるのを見据えて教育されるのが慣わしでもあったみたいで。

 ロングソードを基本に、一通りの各種戦闘術ってものをガンガン叩き込まれる日々だった。

 識っておかなきゃならない常識や学問なんかも、英才教育ってコトで毎日勉強漬けで。


 俺もバカだったから、「うおおおおぉ! これで俺もチート主人公だ!」なんて張り切っちゃっていたワケ。


 いま思い返すと、普通に苦しかったはずなんだが、たぶんあの頃は、熱に浮かされていたんだろう。

 転生っていう非常識な現実を目の当たりにして、舞い上がり、地に足がついていなかった。


 それでも、身に修めた技能と智恵。


 十代の前半になる頃には、問題なく騎士叙勲アコレードもされるくらいに、実力は鍛えられて。

 サー・ベンジャミン。

 騎士として幾つかの戦功も挙げて、少しは名声ってものを集めたりもした。


 なのに、それがなんで今じゃ傭兵なんだ? ってのはよく疑問に思われる話なワケだが。


 別に、取り立てて大層な過去があるワケでもない。

 俺が傭兵になったのは、単に実家が没落したためだ。

 子爵だった父親が政敵にハメられて、領地も事業も経営に大失敗。

 財政的に厳しくなっていたところを、運悪く疫病に襲われ一族全滅。

 俺は遠征に従軍していたため、ひとり生き残ったんだが、たったひとりでは貴族の義務ってのを果たせそうもなかったんで、粛々と貴族籍の剥奪を受け入れた。


 あらましとしちゃ、そんなもんで。


 騎士時代に個人の別宅として購入していたクランハウス。

 宿場町デザダルを拠点に、傭兵稼業で生計を立てていく道を選んだ。

 ここは王国でも辺境の方で、土地も荒れがちだから中央の目が少ない。

 町の規模自体もそれほど大きいものじゃないから、代官のやる気も雀の涙だ。


 治安は『ヰ世界』基準で評価値をつけるなら、十段階で五か六。


 傭兵として働きながら、のんびり暮らしていくには程よい場所だと言えるだろう。

 俺はそこそこ腕っぷしが立つからな。

 ドラゴンとかの強すぎる敵が相手でもなければ、大抵の脅威に対抗できる。

 ゲーム的な表現をすれば、デザダルは俺のレベルより、一段か二段下のレベル帯って感じだし。

 ファンタジーらしい非日常や浪漫を満喫しながら、適度に気ままな暮らしをするには、まさにもってこいの土地だった。


 さて、商店街に来ている。


「お、ベンジャミンさん。いらっしゃい」

「どうも」

「今日は何をお探しで?」

「新しい魔導書グリモアはあるか?」

魔導書グリモアですか……ちょっとお待ちを! 待ってるあいだ、そのへんのヤツを見ててくだせぇ」

「ん」


 馴染みの店員に小さく返事をしつつ、店先に並んでいる巻き物スクロールをテキトーに眺める。

 色褪せた羊皮紙には〝ばらけた文字〟が踊っていて、軽く指で弾くと、すぐさま整列を開始した。

 意味を成さない乱雑な落書きだったものが、数秒後には理路整然とした文章を紙面に作り出す。

 だが、この巻き物はもう購入済み。

 書かれている『呪文』もとっくに知っているので、手には取らない。

 文章はまた数秒すると、元の〝ばらけた文字〟に変わった。


 この世界の魔法は、魔力を持っていないと呪文すら読めない。


 魔導書グリモアというのは、言ってしまえば呪文集のようなもので、俺は定期的に新しい魔導書グリモアを探しては、未知の呪文を学んで魔法の勉強をしていた。

 今しがた俺の目には、スクロール上の文字が綺麗に整列したように見えたが、魔力を持たない者には読字障害ディスレクシアみたいに、ずっと意味不明なまま。特に変化があったようには見えないものらしい。

 不思議な話だ。とても面白い。


 しかし、


「すみません、ベンジャミンさん」

「新規入荷は無しだったか?」

「はい。残念ながら、今月はいまあるヤツだけだそうで」

「そうか……家の掃除に使える日用系の呪文でもないか、ちょっと期待していたんだが」

「へ? 掃除ですかい? い、いやぁ、どうでしょうね? あっしは魔力が無いんで分かりませんが、そういう魔導書グリモアがあるって話は、あんま聞いた覚えがありません」

「だよな。忘れてくれ。ちょっとした無いものねだりさ」

「ハハハ! まあ、家の雑用を魔法でちょちょいっと片付けられたら、いろいろ楽ですからねぇ」

「また来るよ」

「あ、はい! お待ちしております!」


 店員にヒラヒラ片手を振って、商店街をさらに奥に進んでいく。

 残念ながら目当ての魔導書グリモアは無かったが、もともと本気であるとも思っていない。

 あったらいいなー、くらいの感覚で店に足を運んだだけだ。

 やはり雑用を片付けるには、素直に奴隷を買うのが一番だろう。

 これまでも何回か奴隷を買った経験はある。

 その時も、今回のように人手が欲しくて雑用をしてもらった。


(奴隷って言うと、ひどい差別みたいに聞こえるけど)


 デザダルでは奴隷だからといって、全員がひどい扱いを受けるワケじゃない。

 せっかく買った労働力を、自分で潰して損をしたがる人間は少ないし。

 デザダルでは奴隷の購入は、最低賃金での終身雇用契約みたいな認識が一般的である。


 もっとも、買った奴隷を本当に死ぬまで雇う人間も少なくて、大抵は奴隷に自分自身を買い戻させて、良い時期でおさらばしてもらうのが双方にとっての最良の関係終了だと言われている。


 現に俺も、そうした取り決めで奴隷を買い、これまで何人かを手放して来た。


 中には奴隷という身分に我慢ならず、主人を殺して逃亡を図るようなヤツもいるらしいが、少なくとも俺の奴隷にそんなタイプはいない。


(傭兵なんてアンダーグラウンドな職業をしていると、同じようにアングラな職業人とパイプを結べるからな〜)


 良い傭兵には良い奴隷商人の友がいる、ってな話である。

 んで、デザダルの商店街を奥に進むと、ウェイストランド・マーケット。

 通称『荒れ地の市場』ってのが密かに区画化されている。

 俗に言う闇市ってところだ。

 入るには路地裏の道順を知っている必要があり、まぁまぁアンダーグラウンドな商売が営まれていたりする。


(後は表通りじゃ風紀的に良くないってんで、合法ではあるけれど裏側でやるようお達しされた店とかな)


 娼館などもそのひとつ。

 地下闘技場なんてのもギャンブルで賑わっている。

 ここ数年は特段用も無かったので、久しく足を向けていないが。

 顔馴染みの奴隷商も、同じ通りに店を構えているので、こういう時はチラリ様子をうかがう。


「あら、ベンジャミンさん。お久しぶりね?」

「お久しぶりです。レディ」

「今日はウチに?」

「いいえ。ウィップマンに」

「あらそう。ベンジャミンさんなら、いつだってお安くしておくわよ」

「光栄です」


 娼館の女主人にぺこり頭を下げ、奴隷商館の門扉を叩く。

 すると、門番がすかさずこちらの顔を確認し、どうぞと扉を開けた。

 前庭を通り、店の中に入る。

 鞭男、ウィップマン。

 デザダルで唯一の奴隷商売人。

 見かけは何処にでもいる普通のオッサンだが、こと奴隷取引という点では、このあたりのシェアをほとんど独占しているやり手である。

 あと、変な喋り方でも有名。


「おお、これはベンジャミン様!」

「ウィップマン。奴隷を買いたい」

「オッホッホ! これはまた直截! 単刀直入! 話の早いお客様は大好きです!」

「家の掃除、洗濯……雑用全般。あと、窓とか屋根とか、補修できるのがいい」

「ベンジャミン様はいつもそんなんばっかりですねぇ!」

「人数はひとりかふたり。支払いはいつも通り、ミステリア銀貨で」

「ワタクシのセリフがほとんど奪われてしまいました!」


 どうぞこちらへ。

 ウィップマンはケラケラ笑いながら、〝商品〟の元へ俺を案内する。

 しかし、これまでなら展示室で品定めタイムに移行したところを、ウィップマンは店の裏手──バックヤードへ手招きした。

 思わず警戒して立ち止まる。


「ベンジャミン様、ささっ、こちらへ!」

「? 展示室のを選ばせるんじゃないのか?」

「オッホッホ! 今日は特別に、とっておきのをご紹介させていただきます!」


 とりあえず、害意があるワケではないようだ。

 怪訝に思いながらも、ウィップマンの後を追ってバックヤードへ入る。

 そこには、


「────」


 息を呑む『宝』が鎖に繋がれていた。


 まず、目を引いたのは褐色の肌。

 ミルクティー色のきめ細やかな肢体。

 むっちりとした肉付きは潤いながら、艶やかに照って柔らかさを主張し、滑らかな稜線が自ずと視線を引き寄せた。


 美しい顔立ち。

 金の長髪。

 尖った黒角は、聖牛族ハトホリアの証。


 それがふたり。


 双子と思しいそっくりな顔をして、檻の中に繋がれている。

 少女たちの肌質は、まるで熱く溶け流れるミルクティーチョコレートのように蠱惑的だった。

 そして、次に目を引いたのは当然のごとく胸。


(デカ)

 

 はっきり言って、あまりにもデカかった。

 種族として、肉感的な体型になりやすいと噂に聞くハトホリアだが、少女たちの胸はそれにしても、遥かに巨乳の域を超えている。

 

 爆乳。

 

 そう、これはまさしく爆乳と評する他にない双つの名峰。

 推定だが、Iカップはあるだろうか。

 グラビアアイドルや、ポルノ女優でも数を減らす豊かさである。

 ふたりとも、綺麗な円錐型であり、ハリがあり、ボリュームがある。

 それでいて、襲いかかる重力に何ら負けることもなく。

 むしろ、服の下から今すぐにも溢れ出したくて堪らない、と言った激しい存在主張を湛えていた。


 だというのに、身にまとっているのは何故か露出の多い踊り子衣装!

 

 顔の下半分を薄布で覆い、肩と腕、それ以外はたわわに実った胸と股座くらいしか隠せていない。

 デザダルではたまに見かける南方の文化装束だが、全体の基調を黒で統一していて、やたらヒラヒラと薄く。

 見る者の情欲──とりわけ男の欲望を、非常に煽る意匠デザインだった。


 繊細な金細工によるチロチロとした鎖と留め金。

 

 少女たちの丸みを帯びた肢体の上では、ほんの少しの身動ぎが波打つように波紋を広げて装飾具を揺らす。

 インモラルでエロティック。

 誰かがほんの少し、力を入れて引っ張ってしまったら、それだけでいともたやすく全ての布がほつれて床に落ちてしまう。

 そんな懸念と危険な衝動が、視界に入れただけで心を襲う。

 目に毒な、あまりにも過激すぎる出で立ちだった。

 

(……一方はややツリ目、もう一方は柔和なタレ目)

 

 薄橙のパッチリした瞳。

 長い睫毛やスっと通った鼻梁から、どちらも容貌がかなり整っているのは即座に分かった。

 肉厚な太ももや、これまた大きく膨らみのある尻たぶ。

 アンバランスにキュッと締まった腰。

 脳裏に知らず浮かび上がってくるのは、『極上の牝』の四文字。

 

 それが、ふたり。

 

 どう見ても、双子の姉妹という奇跡で顕現している──

 

「どういうつもりだ? ウィップマン」

「ベンジャミン様。こちらのふたり、奉仕奴隷としてお買い求めになられませんか?」

「買うに決まってるだろう。だが、意図を言えよ」

「オッホッホ!」


 即答に、ウィップマンは吹き出すように笑った。


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