Episode 004 「怪物と魔物と妖精」



 怪物と魔物の違いだが、生物と非生物で分けられる。

 怪物が生物で、魔物が非生物だ。


 前者は神話とか伝説で、グリフィン、シーサーペント、キメラ、ヘカトンケイル、グレイマルキン、フェンリル、ミノタウロスなどなど。

 地球のゲームでもよく、エネミーモンスターとして登場する名前があったと思うが、そういうのをイメージして貰えば問題ない。


 ただ、コイツらはこっちの世界だと、『異界生物』って呼ばれている。


 俺たち人間が暮らす世界とは別に、神話や伝説の世界があって、そこからやって来る生き物って考えられているみたいだ。

 というのも、怪物たちはこっち側で命を落としても、めったに死体を残さない。

 死ぬと霞のようにスぅー、っと消えて、魂が本来あるべき場所に戻っていくんだと云われている。

 だから、異界の生物って認識になっているらしい。


 一方で、生き物じゃないと明言されている魔物。


 コイツらも異界の存在っちゃあ異界の存在なんだが、その枠組みは幽霊とか悪魔のポジションに当てはまる。

 冥界、魔界、黄泉の国、地底、地獄、あの世、彼岸。

 そういう場所からやって来る、魑魅魍魎で妖怪変化。

 つい先日も、麦畑の案山子がシリアルキラーのバケモノになっていたが、あんな感じで何かに取り憑いたり、化けて出たりするのが魔物だ。

 スケルトン、ゾンビ、ヴァンパイア、グール。

 有名なアンデッドも、もちろんこの分類に含まれる。


 それ以外にも、この世界には種々様々な脅威があるが……デザダルじゃもっぱら、特定の怪物と魔物に注意していれば生きていける。


(腕の立つ傭兵や町の兵士が、しっかりと外壁や防柵の見回りを行い、日々、体を張っているからな〜)


 俺もそのひとりであり、今日はデス・ストーカーとロック鳥への対策に、ヤツら用の〝おどし〟を用意しているところだった。

 デザダルの北には荒れ地が広がっていて、ここにはミニチュアダックス並のサソリと、大仏級にデカいワシが棲息している。

 デス・ストーカーは小型犬サイズだが、外壁や防柵を簡単によじ登ったり通り抜け、ロック鳥は言うまでもなく空から飛んで町に侵入可能。


 なので、ヤツらの天敵である土蜘蛛とスプリガン。


 デス・ストーカーを捕食する化け蜘蛛と、アンチロック鳥の妖精さんにご機嫌うかがいの挨拶だった。


 土蜘蛛は荒れ地を徘徊していて、巨大な胴体とめちゃくちゃ細長い節足を持った、虎模様の魔物である。

 頭の部分には目の代わりに、人間の顔が八つ。クソきめぇ……

 けれど、土蜘蛛の吐く粘糸はデス・ストーカーが嫌がる匂いを発していて、家の敷地にぐるっとこびりつけておけば、サソリの怪物を半年は退けるだろう。

 つーワケで、まずは土蜘蛛さんとエンカウントする。


「肉だ」

「肉の匂いだ」

「ニンゲンか」

「肉」

「食われに来たか」

「待て」

「こいつは」

「ベンジャミン・ペンバートン……」

「家名はもう捨ててるよ。調子はいいかい? 土蜘蛛」

「腹が空いた」

畜犛牛オーノックを一頭、持ってきたよ。コイツとオマエの糸を、交換させてくれ」

「またか」

「ニンゲンがいい」

「オマエ、食って、いいか」

「殺し合いになるけど、それでもいいのか?」

「やめておこう」

「やめておこう」

「オマエ、つよい」

「なら、交渉は今回も成立だな」


 連れて来た牛を生きたまま土蜘蛛の前に差し出し、背負ってきた籠にたくさん粘糸を吐いてもらう。

 腰に差した剣の柄からは、絶対に手を離さない。

 何気ない風を装ってはいるが、人喰いの魔物は隙あらば人間を襲う。

 退治してもいいが、それをするとデザダル周辺の生態系が乱れるので、利用できる内はこうして、互いに油断ならないネゴシエーションを続けていた。

 デス・ストーカーが絶滅すれば、殺してもいいだろう。

 籠いっぱいに粘糸が溜まったので、背中を向けずに距離を取る。

 三十メートルほど離れたら問題なし。

 土蜘蛛の縄張りから出たので、胸を撫で下ろしながら荒れ地を西に進む。


 西には、環状列石クロムレックがあるのだ。


 ストーンサークル。

 イギリスのストーンヘンジとか有名だろう?

 巨石を並べた謎の古代遺跡で、中には妖精スプリガンが棲んでいる。

 妖精は怪物や魔物とはまた違った存在だが、どちらかというと魔物寄り。

 しかし、無闇に人を襲ったり殺したりはしないので、土蜘蛛に比べれば幾分かは気が楽になる。

 スプリガンは〝岩の防人〟とも呼ばれ、自分たちの住処を非常に厳格に守ろうとする性質で有名だ。


 ロック鳥はその名の通り、岩石ロックを待ち上げて、空から落とし、狩りの道具にする習性がある。


 そのため、スプリガンはロック鳥が大嫌いで、家の周りにスプリガンの暮らすストーンサークルがあれば、万が一の際、巨大化して怒ったスプリガンが、ロック鳥と戦い撃退してくれる。

 サークルに入る前に、懐から銀貨を十枚。

 お賽銭みたいに地面に並べ、


「世界を構築する五大元素のひとつ。偉大なる地の眷属よ。ここに宝を献上し、あなたがたへの贈り物とします。強く、堅く、巨いなる戦士。然ればあなたがたのいさおしを借り受けたく、我が家の厳にしばしお泊まり願います」


 礼儀を尽くして三拝。

 すると、十枚の銀貨はたちどころに地面の中へ沈んでいき、「リーン……」と入場許可の鈴の音が、何処からともなく聞こえて来た。

 スプリガンは金銀財宝が大好きな妖精なので、今のは言ってしまうと、逆家賃。

 サークルに入って、クランハウスの敷地から持ってきた大きめの石を真ん中に置くと、ぽわん、とした明かりが石に灯ってすぐに消える。

 どうやら、一時の仮住まいとして、今回もまた俺の申し出を受け入れてくれたみたいである。

 頭を下げて、石を持ち帰った。


「ふぅ」


 デザダルに戻る。

 北門から宿場町に入り、テクテクしていると、空はすっかりオレンジ色。

 赤茶けた足元に影が伸びていく。

 不要な出費だったかもしれないが、金なんていつでも稼げばいい。

 えっちらおっちら、命を運んでいるつもりでクランハウスに帰る。


「よいしょっと」


 スプリガンの宿った石は庭の中央に置いて、いつものように小規模の擬似サークルを配置。

 土蜘蛛の粘糸は、敷地の石垣や植樹にこすりつけた。

 そうしていると、家の中から二つの影が慌ただしく出てくる。

 長い金髪と黒い角。

 召使い姿の褐色牛娘。

 爆乳がばるんばるん揺れていた。


「ご、ご主人様……!」

「お、おかえりなさいませ!」

「ただいま」


 ミルキオラとメルティオラは、まだ少し緊張した様子で、ぎこちなく俺の上着や荷物を持とうとする。

 が、籠いっぱいの土蜘蛛分泌物を見た瞬間、ギョッとして硬直した。


「こ、これは……」

「キモイよな。その気持ちはよく分かるぞ」

「蜘蛛の、糸でしょうか?」

「ああ。キモイけど、石垣や庭の木にこびりつけておくんだ」

「デス・ストーカー除け……ですね?」

「……私たちのため、ですか?」

「なんだ。分かるのか」


 少女たちは意外なことに、デザダル周辺の怪物と魔物について、ある程度知識があるようだ。

 もしかすると、ウィップマンには酒の席で話したことがあるから、事前に聞かされていたのかもしれない。

 腕は立つが、キモイ家に住んでいる傭兵の話を。


「オマエたちのため、っていうのはそうだけど、前々から続けてるコトだからな。大した労苦じゃない」

「そうですか……」

「あそこの石も、ひょっとして?」

「おっと、触るなよ。妖精は気難しいところがあるからな。くれぐれも気分を害さないように」

「っ、はい」


 忠告も済んだため、首を回して骨を鳴らす。


「んじゃ、飯を食おうか。腕は聞いてないが、期待はしていいか?」

「あ、はい!」

「今夜は黒パンと、丘芋のスープにしてみました」

「か、簡単なもので、すみません……」

「いやいや。旅料理の定番だな。情緒があっていいじゃないか。三人で星でも見ながら、ゆっくりパンを浸して食べよう」


 そう言うと、姉妹はちょっと照れた様子で、はにかんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る