Episode 005 「薄緑の略奪者」
宿場町デザダルは、荒野と麦畑とオアシスに囲まれている。
西方大陸の南東に版図を持つミュステリオン王国の辺境で、一番近い大都市でも馬で一ヶ月。
ドがつくド田舎であり、麦畑とオアシスが無ければ、行商路も敷かれなかったであろう辺鄙な町。
しかしながら、たとえどんなに小さな町でも、そこに食の恵と水の癒しがあるならば、略奪者ってのは現れる。
傭兵は町の代官に雇われて、野蛮な襲撃者から宿場町を守らなきゃいけない。
秋の空にうろこ雲。
デザダル西門から少し離れ、物見の
簡易的に築かれた防衛線に、男たちの怒号と剣戟の音が鳴り響く。
今日の敵は、ゴブリン族だった。
小さな背丈と薄緑色の肌。
長くて太い鷲鼻に尖った顎。
髪は生えず禿頭で、眉毛も無い。
体毛がまったく無いゴブリン族は、しかし、醜く奇怪な容貌だからといって、舐めてはいけない。
服も着ているし装備もバッチリ。
鹿の骨を模して作った金属の冠も被り、手には剣身が三つ又に別れた奇妙なショートソードが握られていて、一気呵成に流れ込んで来る。
刃物を持った小学五年生か六年生の男の子。
運動のできる男子が、数十人単位で人の街を襲うのだ。
油断すれば平気で人が死に、だからこそ町を守る立場の俺たち傭兵も──
「
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉーーっ!!」」」
本気を出して、略奪者を蹴散らしにかかる。
鎧を身にまとい、馬に騎乗し、大型のランスを脇を固めながら構えて突撃。
その〝一斉駆け〟は、巨猪ダエオドンの突進にも似た破壊力を秘め、馬を駆れないゴブリン族は瞬く間に轢き潰され、あるいは胸や顔を無惨に抉られ跳ね飛ばされる。
けれど、中には当然、俊敏な身のこなしで部隊の迎撃を躱したヤツらもいて。
「シュアッ!」
「セイッ、シュア!」
経験を積んでいる猛者や、機転の利く精鋭は、仲間の死にも億さずデザダルに迫る。
それを後詰めに控えていた俺や数人の傭兵が、剣を抜いて相手取った。
数はパッと見て、十三。
対する傭兵は、八。
向かってくる薄緑色の餓鬼たちは、優勢を見て取ってギラついている。
「シャアッ!」
先頭を走るゴブリンが、投げナイフを使って来た。
炭か何かで黒塗りにされていて、小賢しい。
ロングソードですかさず打ち払い、その隙に腰を低くし、膝を突き刺そうとしてきたフォークソード(三つ又のショートソードのため命名)を横にズレて回避。
小さなステップターンで体の向きを変え、いい位置に来た首を上から切り落とす。
そんな俺の近くでは、同じようにゴブリンを返り討ちにしている傭兵たち。
数の差はすぐにデザダルが優位になった。
しかし、それでも諦め切れないのだろう。
「セイッセイッ」
「シュヴァシュウア!」
「シャアヴッ」
作戦を変えたゴブリンたちは、一番前に出ていた俺から片付けようと、三人がかりで連携して来る。
俺は囲まれたので、一気に屈んで右足を軸に、左足を円を描くようスライドさせる。
土煙が舞い、ゴブリンたちは足払いをかけられ転倒した。
そこを遠心力を利用して立ち上がった俺は、まず一体目のゴブリンの胸にロングソードを突き刺して、刃先をねじり。
起き上がりかけた二体目には、顔を蹴りつけ首の骨を折る。
その頃には三体目は這うようにして逃げていくが、その背中は仲間の傭兵が矢を射って終わりにした。
「逃げられるとは、腕が鈍ったんじゃないか、ベンジャミン?」
「漁夫の利ご苦労さんだよ、ロビンソン」
「ヘヘッ」
気取った三角帽子の中年に、肩を竦めながら返事をしつつ。
略奪者の掃討が終わったため、物見に合図を送って喇叭を吹いてもらう。
定期的に訪れる襲撃イベントで、住人たちも慣れっこの緊張だが、なるべく早くに安心を与えてやった方が皆んな喜ぶ。
喇叭が鳴った。
それを機会に、後詰め隊もすっかり空気が弛緩していく。
「怪我したヤツはいるか?」
「イテテテ……」
「新人が軽く腕を斬られたくらいだ」
「マヌケめ」
「そのくらい、治療薬院に行かなくても治るわ」
馬上のひとりが、すまなそうな顔で近寄ってくる。
「すまない。案外、討ち漏らした」
「今回は四十近かっただろ」
「大半は仕留めてるんだから、気にすんな気にすんな」
「そのための後詰め隊だしな」
「オレらもちったぁ仕事しねぇと、代官殿から金をせびれねぇ!」
「ハハハハハハハハハハ!」
男たちの口調は明るい。
どいつもこいつも、荒くれ者のむさ苦しいマッチョ野郎ばかりだが、デザダルの傭兵は付き合いが長く、ほとんどは気心が知れていた。
俺も笑い、何人かと肩を叩き合って門に戻っていく。
「ところで、ベンジャミン」
「ん?」
「オマエさん、最近また奴隷を買ったんだってな?」
「お、その話聞いたぜ」
「しかも奉仕奴隷なんだろう?」
「お堅い元騎士様も、とうとう我らのご同輩ってワケだ」
「もう味見はしたのか?」
「うるせーよ」
「ハハハハハハハハハハ!」
「まだなのかよ!」
「実はあっちのケがあるんじゃないか?」
「そうなのか!? 俺は一向に構わん」
「え?」
「え……?」
「ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
粗野な男たちは下品に笑う。
しかし、悪気があるワケではない。
この程度の軽口や揶揄いは、荒くれ連中にとっちゃ挨拶みたいなものだ。
狭い町だし、噂が広まるのも早い。
これも受け入れられている証拠だと思って、軽く受け流しておくに限る。
「しかし、山猫流はやっぱり身動きが楽でいいな」
「ベンジャミンのはちょっと、動きが巧すぎるけどなー」
「盾もほとんど使わねぇし」
「さっきの足払い、なんか舞踊みたいでもあったよな」
「カーッ! 気に入らねえ! 傭兵ならもっと泥臭く戦えよ!」
「そうだそうだ。優雅気取ってんじゃねえぞ!」
「優雅ってんなら、伊達男のロビンソンはどうなんだよ」
「それもそうだな」
「中年が恥を知れ」
「オイ。なんか俺だけマジトーンじゃないか!?」
ロビンソンが「なんでだよ!」と抗議の声をあげる。
標的はそれで、完全にロビンソンへ移った。
三角帽子の伊達男は、口々に「似合ってない」「そういうのはいいかげん卒業しろ」だの揶揄われる。
俺はこれ幸いと息を潜めて、集団の輪から徐々にフェードアウトした。
別に傭兵仲間が苦手なワケじゃないが、ポリティカル・コレクトネスなんて
ヰ世界に擦り寄れる部分と、擦り寄るしかない部分。
合わねぇな、と思ったら、無理せず距離を置くのが、自身のメンタルヘルスのためだった。
それに、今日はただでさえ人型の生き物を殺している。
ストレスはなるべく減らしていく方向で、楽しいことを考えたい。
傭兵たちの武術、山猫流。
今日は剣と盾で、オーソドックス&オールマイティな戦闘スタイルをやってみたが、手癖のせいか、あまり盾を使えなかった。
柔軟敏捷な身のこなしで、山猫のように敵に攻撃を叩き込み、小盾を以って身を守る。
ゴブリン族や対人戦闘には向いていて、けれど、基本に忠実なあまり真新しさに欠けている。
ヰ世界の非日常と浪漫を楽しむには、もう少し面白いバトルがあってもいい。
硬派かつスタイリッシュで血生臭いアクションもいいが、ド派手なアクションだって乙なもの。
今日は魔法や魔術を使う敵もいなかったので、いい運動をしただけで終わってしまった。
代官から一足先に報酬を受け取って、露店で三人分の串焼きを買う。
まだ昼下がりなので、ミルキオラとメルティオラも串焼きくらいは食べるだろう。
(昼食の足しだな)
二人はまだ手の込んだ料理は作れない。
練習も兼ねて毎日任せているが、そろそろ不満も溜まっている頃合だ。
元は高貴な出自だったと云うし、他人が作った料理を食べるのも学びには違いない。
(三日連続、黒パンと丘芋のスープはな……)
飽きる。
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