Episode 007 「オアシスの女主人」
翌朝、話をした。
結果、分かったコトだが。
要約するとミルキオラとメルティオラは、〝寂しさ〟からあんな行動に出てしまったらしい。
俺が部屋から下がらせたコトで、ご主人様の不興を買ったんじゃないかと、ビクビクしていた二人だったが。
理由を聞いて理解を示すと、うるうる泣き出して、途端に子どもみたく謝ってきた。
「すみませんでした、ご主人様……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「泣かないでくれよ」
十六歳という年齢は、この世界じゃ立派に成人だが、十代半ばの少女が親類縁者からも絶縁されて、異国の地でふたりぼっち。
俺は「なるほどな〜」と。
それはたしかに、「試し行動に出てしまっても仕方がないかもしれないな〜」と。
二人の肩をトンと叩き、胸の中で密かに冷や汗を流した。
やっぱ青少年保護育成条例って大事だわ。
ヰ世界の常識に染まって奴隷とか買ってるけど、大人として倫理と節度は守っていかなければ……危うし危うし。くしくし。
ハム太郎を思い出して心に戒めを刻み込んだ。
だって、精神ロリは守護らなきゃダメだろ?
しかし、二人からはそれから、非常に厄介なことに……
「あ、あの、ご主人様?」
「お願いが、あるのですが……」
「? なんだ?」
「そ、その……」
「これからは、一緒にベッドに入っても」
「よろしい、ですか?」
「──────────なぜ」
恥ずかしそうに、真っ赤になりながら。
もじもじ上目遣い。
長い睫毛をパチパチさせて、薄橙の瞳でおねだり。
こちらの服の裾を、指でつまみながら言ってきたのである。
「ご主人様と、添い寝させていただきたいんです……」
「その……二人だけだと、やっぱり寂しくて……」
「────────分かった」
可愛いすぎて舌を噛んで耐えなければ、いろいろヤバかったとだけここでは言おう。
ともあれ、二週間目には奴隷少女二人の緊張も顔を隠して、笑顔の増える我が家になった。
(あ〜〜)
呪い、邪魔くさすぎる。
というワケで、俺の名前はベンジャミン。
今日は可愛いミルキオラとメルティオラにかけられた祝福について調べるため、デザダルのオアシスにやって来ている。
燦燦と照り輝く熱い太陽、青々と澄んだ美しい水辺。
ヤシの木を生やした巨大な岩亀が、のっそのっそ歩き、同じくらい巨大なサボテンを食む。
地球じゃありえないサイズの動物だが、怪物ではなく魔物でもない。
ヰ世界原産のリクガメらしく、草食かつ鷹揚な性格のため人に危害は与えない。
けれど、岩のごとき甲羅と巨大な体躯から、敵対者には恐るべき伸し掛り攻撃をしてくる。
デザダルのオアシスを狙うゴブリン族やリザード族が、よくペシャンコになって地面に染みを作っているので、このあたりの人間にとっちゃ共生関係にある亀さんだった。
俺たち傭兵にも、たまに甲羅掃除の要請が来る。
まあ、そんなコトはどうでもいい。
オアシスに来たのは、知り合いの魔法使い。
『
デザダルではそう呼ばれ、恐れられ、敬われている長寿古代種族。
魔法、魔術、錬金術に長け、古の叡智に富むこのあたりの地主。
オアシスの所有者で、何か困ったことがあると、デザダルじゃ代官などより、ネリエルに相談しに行く者も多い。
長寿種族は生き字引きだからな。ぽた●た焼きのおばあちゃんみたいに、智識やアドバイスをくれるのである。
ネリエルの住む家は、オアシスの豪邸。
敷地には、ウィップマンから買ったと思しき美少女奴隷──うさ耳バニーの
相変わらずの美少女趣味。
ネリエルはオアシスの端で、ロングチェアに寝そべりながら、奴隷たちにデカイ葉っぱの扇で風をあおがせていた。
「まるで王侯貴族ですね」
「そう思うかや? 貴族だった男にそう思われるなら、妾もまだまだ大物らしさがあるようじゃ」
「ネリエル様は、もう百年はデザダルのご意見番かと」
「百年? なんじゃ。意外と短いの」
「百年後まで、デザダルが残っているか分かりませんので」
「クハハッ! うぬは相変わらず、悲観的じゃな。のぉ、ベンジャミン?」
何用じゃ? とネリエルは起き上がりもせず訊ねてくる。
その姿は、セレブがよく身につけている綺麗なバスローブのような白長衣のもので、大胆に開いた胸元と際どいスリットが、艶めかしく素肌を露出していた。
金の豊髪に月桂樹の冠。
斜め下向きにバナナのように伸びた羊の角。
目はオアシスのように青く、千年以上生きているとはとても思えない妙齢の美女である。
片手に持っているのは、薄青く澄んだ美味そうな飲み物。
嘘か誠かは知らないが、ネクタルだとか以前聞いた時には言っていた。
それってギリシャ神話じゃ、不死をもたらす神の飲み物じゃなかった?
実は神なのかもしれない。
慄いた俺は、ぷっ! と笑われ、揶揄われたコトに気づいた思い出がある。
閑話休題。
「今日は聖娼についてお尋ねしたく」
「聖娼? 神聖娼婦の祝福かや?」
「最近、奴隷を買ったのですが、その者たちが奇妙な徴を持っていまして」
「スケベ」
「どうも、史に記録が残されていない謎の女神様からの贈り物みたいなんです」
「スルーかや……どんな徴なんじゃ?」
「禍々しく、呪われたと一目で分かる徴です」
「ふむ」
ネリエルはそこで黙考し、しばし記憶を辿っている様子になった。
やがて、飲み物を一口嚥下すると、
「ぷはッ、心当たりが無いでもない」
「さすがはネリエル様」
「おだてても素直には教えんぞ〜」
いつものように、毎度恒例の面倒臭ババアムーブを始めた。
空いてる片手の指先を、ぴょろぴょろ動かして「教えんぞ〜ビーム」を撃ってくる。
面倒臭いが、ここからは相談料の時間だ。
ネリエルは嘘だけは吐かないので、信じて要望を聞く必要がある。
「傭兵に何をご所望ですか?」
「うぬの美徳は、話が早いところじゃ」
「また亀の甲羅掃除ですか?」
「うんにゃ。今回はちと、戦働きをしてもらおうかの」
戦働き。
つまり、傭兵として俺の腕が必要なのか。
「構いませんが、敵は何です?」
「敵かどうかはまだ分からんのじゃが、妾の奴隷がひとり、昨夜から帰っておらんのじゃ」
「夜逃げではなく?」
「たわけ。妾は高待遇じゃぞ。そうではなく、使いに出してから帰って来んのじゃ」
ネリエルはムッとした顔で、簡潔に説明する。
「
薬草を採りに行かせてから、普段なら四半刻で帰って来るところを、一晩経っても戻らん」
「薬草は、どこの何を?」
「ここより南の、
「馬で一刻はかかりますが……
「うむ。ジルは特に足が早くての。健気で可愛い子なんじゃ」
「探して来ましょう」
「頼む。じゃが、噂だと南にはリザードどもが彷徨いておる。そやつらは、『竜』と共にあったそうじゃ」
「ドラゴンは群れず、共生もありえません」
「然り。ゆえに術理か、何らかの法よの」
魔法か魔術。
どちらにしても、超常現象を操る手合いが、デザダルの周辺にいるようだ。
関係があるかは分からないが、ネリエルの奴隷が薬草採取に南に行って、帰って来ないとなればトラブルの可能性はある。
敵対的でなかったとしても、ドラゴン関係の超常現象となると危険度は高い。
どちらにせよ、情報を探る必要はあるだろう。
「馬をお借りしても?」
「
「では
「ヒトによく懐き、物怖じしない勇ある馬じゃ。傷つけるなよ」
「もちろん」
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