Episode 008 「魔法と魔術」
魔法と魔術の違いについて話そう。
『魔法使いと魔術師』って本が、この世界にはある。
それによると、魔法は一の意識を映し出す水鏡。
魔術は全の無意識を結ぶ機織り機と表現されている。
どちらも魔力が必要になる超常現象なんだが、発動の背景と過程に大きな違いがある感じだ。
魔法ってのは、個人が個人に宿った魔力を使って、呪文を唱えることで成立する。
一方で、魔術は星の魔力(自然物に宿る)を使って、霊脈≒集合的無意識に働きかけることで成立する。
前者は特に説明せずとも、イメージはつきやすいだろう。
後者は少し、補足が必要かな?
この世界の魔術は、催眠術の強化版みたいなもので、集合的無意識を対象に暗示をかけて発動される。
雨乞いの儀式、指差しのタブー、神への信仰。
世界には異なる文化圏だろうとも共通して類似した認識があり、それらは人が死んだ後、土に還って星の霊脈に残留思念を堆積させる。
よって、魔術師は人々のあいだで広く深く知られている常識──神話や伝説、文化、伝統、価値観をもとに。
望んだ超常現象を発動させるため、儀式や祝詞、ボディアクションなど通じて霊脈に暗示を働きかけ、
すなわち、集団錯覚を導く。
(もちろん、一朝一夕に身につく技術じゃないけどな)
世界に詐術を働くペテンの仕掛け。
術式の構築や効率化は永遠の命題で、どんな魔術師も最初は火を熾すだけに、年単位の修練を費やすそうだ。
なので、指パッチンでタバコに火をつけられる魔術師は、かなり熟達した腕の持ち主。努力家の証拠。
霊脈との親和性や接続域を増やすため、常に大地と接触した時間を増やそうと『杖』なども持ち歩く。
魔法が完全な運否天賦。
天性の才能──魔力有無によって扱える者を選別するのに比べ、魔術は誰にでも使える資格がある優しいファンタジーと言えるだろう。門戸が開かれているだけで、修得には苦難の道が待ち構えているが。
さて、それはともかく。
(敵が魔法使い。あるいは魔術師だと思われる場合)
傭兵がどうやって敵の能力を判断するかというと、真っ先に確認するのは杖とローブの典型的な格好がいるかどうか。
魔術は星の霊脈、集合的無意識にアクセスして発動される性質上、先ほども言ったように大地との接触がバフ効果を持つ。
魔術師は自然物の魔力をリソースにするしかないため、触媒に宝石や希少鉱物を利用するパターンも多い。
となると、魔法使いか魔術師かを見分けるのは、超簡単で大抵は見ただけですぐに分かる。
馬を走らせてデザダルから南方、一刻ほどの距離にある
顔を出した草がモゾモゾ動く気色の悪い景色のなか、俺は岩陰からリザード族のキャンプ地を捕捉していた。
身長二メートルほどの人型トカゲが、およそ二十体。
ローブ姿と杖の頭目らしき個体の前で、ファイヤーダンスを演じている。
真ん中には井形のキャンプファイヤーがあって、そのすぐ近くには捕虜。
植物のツタで作ったと思しいロープでグルグルにされた一人の
予想していた通り、ネリエルの奴隷がリザードとトラブルになっているようだ。
岩陰に馬を隠し、ロングソードを抜きながら様子をうかがう。
とりあえず、助け出すのは確定として、どうやって攻めるべきか。
リザード族はゴブリン族とは違い、身につける衣服や装備等もみすぼらしい。
見てくれも人型ではあるが、だいぶトカゲよりで四足歩行もする。
知能はそこそこあり、独自の文化を持っているのは知られているが、ニンゲンの幼児や家畜を食うために襲う種族。
二メートルの体長は筋肉と硬質の皮膚に守られていて、普通に戦えば苦戦は必至。
もっとも、俺は強いので、普通にチャンバラしても勝てる。
(複数相手となると面倒臭いんで、魔法でズルさせてもらうけどな)
下手に時間をかければ、人質を取られたりする可能性もある。
敵が魔術師だとあらかじめ分かっていれば、不意を打って早めに始末してしまった方が上策だ。
「“
「「「!?」」」
井形のキャンプファイヤーに、大きめの火柱を作る。
驚いたリザードたちは、ファイヤーダンスを中断して炎に注意を奪われた。
そこを走って近づき(足音は燃え盛る火柱の勢いに掻き消される)、まずは魔術師リザードの心臓を背後から刺す──と思ったが。
「ギィヤ!」
「っと、やるな」
「ギジギィ!?」
寸前で気づかれ、側近リザードが身代わりになった。
魔術師リザードは驚きながら、怒った様子で声を上げ、十九体の仲間たちが一斉に俺の存在に気がつく。
やべえ。カッコよく終わらせたかったのに、失敗してしまった。
猿轡をはめられた
こうなっては仕方がない。
「“
「「「ラギィッ!?」」」
今度はキャンプファイヤーではなく、キャンプファイヤーから舞った火の粉を種に、リザードたちの襤褸衣服を派手に着火。
(最初からコッチでやった方が良かったか?)
もんどり打って地面を転がり始めたトカゲどもを、逃げる魔術師リザードを追いながら回転剣舞で斬りつける。
ローブの上から、結構深めに肉を裂いた。
五体の悲鳴。
残りは十四。
「ラッギィッ、ギィリアッ!」
「あ、オイ」
魔術師リザードが何かを叫ぶ。
杖を回し、地面に律動を三拍与え。
術式を起動したのだろう。
魔術が働き、魔術師リザードの頭上に砂が集まっていき、ドラゴンの顔になった。
「ギィリリリ……」
勝ち誇った声音で舌を出す魔術師リザード。
俺は驚きつつも、やっぱりこんなオチだったかと嘆息する。
デザダル周辺にドラゴンはいない。
いたらとっくにデザダルは滅んでいる。
大方、リザードなりの竜信仰を利用した必殺技のつもりに違いないが、
「“
「──ラギ、ギア……?」
ディティールが甘い。
本物の竜はもっとおっかない。
砂で模した仮初のドラゴン──それも頭部だけなど、実際の竜炎を知る俺には虚仮威しにしかなり得ない。
魔術も魔法も、存在の密度が高い方が強い。
体を回して、ロングソードを水平に振るう。
魔術師リザードの首は、それで高く空へ飛んだ。
振り返ると、指導者を失った残りのリザードたちが、ちょうど恐れをなして散っていく。
ま、こんなところだろう。
魔法はひとつの呪文でも、詠唱時に何を意図したかで効果を変える。
一度目は陽動として火柱。
二度目は撹乱として発火と火傷。
三度目は騎士時代に見たドラゴンブレス。
いずれも所詮は俺の記憶に依存した紛い物に過ぎない。
だが、同じ紛い物でも、今回は俺の方が〝真〟に迫っていた。
経験の勝利ってところだろうか。
「さて……そこの
「! はい、相違ありません。英雄様!」
……英雄様?
声をかけると、褐色肌に猫耳の少女は、ものすごくキラキラした目で俺を見つめて来た。
きっと本物の英雄を、知らないんだろう。
「俺は英雄じゃない。怪我は……してるみたいだが。立って歩けはするか?」
「ダメそうです!」
「声は元気そうだけどな」
「お恥ずかしながら、足を挫いてしまって……」
ジルはスカートの裾をぺらりとめくると、右の足首を晒した。
青黒い痣と擦過傷に少しの腫れ。
「リザードにやられたのか?」
「はい。薬草を採取しに来たのですが、ロープの括り罠にかかってしまい……ネリエル様、怒っておいででしたか?」
「いいや。オマエのことを心配していた。仕方ない。少し身体に触れるぞ」
「あっ」
ジルをお姫様抱っこし、岩陰に戻る。
「しっかり捕まってろよ」
「英雄様……!」
「……だから、俺は英雄じゃないって」
キラキラの視線が止まらない。
辟易しつつ、俺も馬に乗ってデザダルへ移動を開始した。
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