第4話 遠く儚い自由

「はぁー……」


 僕は感慨深く石造りの街の中を歩いていた。自由に出歩けるのなんて初めてだ!


 これからはどこへでも好きな時に好きな場所へ行ける。なんて素晴らしいんだ!


「ありがとう、みんな。みんなのおかげで僕はもう奴隷じゃない!」

<いえいえ。リュカがようやく決意してくれて助かりました>

<だよねー。リュカってばいい人すぎ! 普通ならもっと早く愛想尽かしてもよかったのに!>

<ん……>

<クア!>


 シーネ、ジル、ノアの意見に賛成なのか、僕の頭の上にいる尻尾に火のついたトカゲも、抱っこしていたハニワも頷いて、宙に浮いた水球も周りに浮いた水滴をクルクル回して同意を表現していた。


 トカゲもハニワも水球もしゃべれたらいいのにね。僕は彼らと契約しているけど、彼らの名前すら知らない。彼らはまだ初級精霊だからしゃべれないらしい。それに、彼らに名前を付けるのもダメみたいだ。今はしゃべれないけど、彼らにも名前はあるから。


「ひょっとしたら、僕は一人になるのが怖かったのかもしれない……」


 奴隷という立場は辛かったけど、それでも命令に従っていれば粗末ながらも食料や水は貰えた。嫌われてはいたけどテオドール様たちがいたし、それに精霊のみんなもいた。僕はそこから飛び出すのが怖かったのだ。


 結局、殺されそうになるまで僕は自由を欲することができなかった。精霊のみんなが付いてきてくれるとわかるまで自由を怖がっていたのだ。


<あたしがリュカを一人にはさせないし!>

<そうです。リュカに寂しい思いはさせませんよ>

<ん……!>

<クア!>

「みんな……。ありがとう!」


 精霊のみんなといれば寂しくないし、自由というものが輝いて見えた。


<ですが、油断もしていられませんね>

<シーネ、どゆこと?>

<ジルも少しは考える頭を持ちなさいな>

<えー?>

「ねえ、シーネ。油断できないってどういうことなの?」


 奴隷の契約書は無くなったし、僕は自由になったんじゃないの?


<ほらー、リュカもわかんないみたいじゃん。シーネ説明してよー>

<リュカは仕方ありません。この子は人の悪意には鈍い子ですもの。そこがかわいいところなのですが>

「えっと……」


 お人形さんみたいにかわいらしいシーネにかわいいと言われるとなんだか照れてしまう。


<では説明しますね。わたくしたちは、バダンテール伯爵家に恨まれています。たしかに、リュカは自由の身となりましたが、相手は貴族。平民には命令できますわ。おそらく、あのファビアンという者もそれを見越した上で奴隷契約書を焼いたのでしょう。早いうちに逃げなければなりません>

「そんな……」


 自由ってなかなか遠いんだなぁ。打ちひしがれる僕を見て、ジルの眉が逆立つのが見えた。


<やっぱさー。あいつら殺しちゃった方がスッキリ片付かない? 今からでも遅くないっしょ?>

<ん……!>

「ちょ、ちょっと待ってよ! 殺しちゃうのはさすがにやりすぎじゃないかな……?」


 だからノアも「私やっちゃうぞ!」って感じに力強く握りこぶしを作らないでもらいたい。


「僕が逃げれば済む話なんでしょ? じゃあ、早く逃げよう! ……あっ!」

<どうしましたか?>


 心配そうに僕を見るシーネにこんなことを言うのも恥ずかしいけど……。


「えっと……ね。僕、お金持ってない……」

<<<あー……>>>

<クア!>


 精霊たちがなにかに納得したように頷いた。


<ニンゲンは、生きていくのになにかとお金が必要ですね。そうですね……。たしか、リュカは冒険者として登録していましたよね?>

「うん……」

<でしたら、冒険者としてお金を稼ぎましょう>

「えぇ!? む、無理だよ! 僕は戦いはからっきしダメで……」

<そこはあたしらにお任せってね!>

<はい!>

<ん……!>

<クア!>


 精霊たちがやる気満々だ。腕の中のハニワもガッツポーズしているし、水の精霊が器用に親指を立てた手の形を取る。


「みんな……! でも、大丈夫なの?」

<テオドールたちの時もほとんどあたしたちが戦ってたし、よゆーよゆー!>

<では、冒険者ギルドに行きましょうか。それはそうと、次はわたくしを抱いてほしいのですが?>

<あ、ズルい! あたしも抱かれたい!>

<ノアも……>

「えー?」


 どうやら精霊たちは僕に抱っこされたいみたいだ。ハニワがここは譲らないとばかりに強く僕の腕を抱きしめていた。



 ◇



 大通りにある無骨な石造りの建物。それが冒険者ギルドだ。


「ん?」

「奴隷かよ」

「またお笑い集団が来たのか?」

「奴隷一人みたいだな」


 冒険者ギルドに入ると、いつものように強面の鋭い視線がいくつも突き刺さる。怖くて背筋が丸まる思いだ。


<さっさとクエスト選んでお金稼いじゃお!>

「う、うん」


 ジルに指を引っ張られて僕はクエストが貼り出されたボードの前にやってきた。


<これとかいいんじゃない!>


 ジルが指差したものを見ると、グリフォンの討伐依頼みたいだった。


「えぇ!? む、無理だよ!」

<いけるいける!>

「えー?」


 どうやってジルを説得すればいいんだろう?


「あいつ、さっきから一人でなにやってるんだ?」

「いつもの奇行か」

「ああ、いつものか」


 周囲の冒険者たちがすごく不本意なこと言ってるけど、それよりも今はジルの説得だ!




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