第10話 バダンテール伯爵の憂鬱②

「クソッ! クソッ! クソッ!」


 俺、テオドール・バダンテールは自分の部屋の中をグルグルと回りながら止めどない憎悪を吐き出す。


 俺は今、武装も取り上げられ、自室に軟禁中だ。『虹の翼』の皆と会うことすら許されていない。


 こんなことになったのも、すべてはあの小汚い奴隷のせいだ! 奴隷なんだから、おとなしく俺様に処刑されればいいものを!


 母上も言っていた。今まで育てた恩を仇で返しやがって!


 それに、父上のあの冷たい瞳。あれはまるで家畜を見るような目だった。あの目を見たら、嫌でも自分が切り捨てられたのだとわかる。なにかあったら見殺しにされるに違いない。いや、むしろ積極的に俺に無実の罪を被せて処刑するかもしれない。


「クソッ!」


 なんとかならないのか? 部屋の外には衛兵が見張りに付いている。逃げ出すこともできない。


「どうすればいい……?」


 俺はもう死を待つことしかできないのか……?


 その時、扉がゆっくりと開いたのが視界の隅に見えた。



 ◇



「どうすれば……。どうすればいいんだ……?」


 儂、バダンテール伯爵であるエマニュエルは苦悶の中にいた。


 『精霊の愛し子』である奴隷を力ずくで取り戻すのは難しい。それはわかった。だが、ではどうやって取り戻せばいいのだ!?


 主人に逆らった奴隷ということで指名手配するか?


 無理だ。仮に見つけたとしても六体の精霊相手に勝てる軍事力など無いし、儂は『精霊の愛し子』を殺したいわけじゃない。敵対は意味がない。


 では、懐柔はどうだ?


 無理だな。他家に『精霊の愛し子』だと露見するのを避けて独占するために、敢えて特別扱いをせず、普通の奴隷扱いをしたのだ。恨まれている理由なら山ほどあるが、今更懐柔できるとは思えない。


「クソッ!」


 カシャカシャ……!


 どうにも上手い考えが浮かばない。


 しかも、この問題にはタイムリミットが二つある。


 一つは『精霊の愛し子』が我が領を出たら使える手札が極端に減ってしまうということだ。自領ならば多少強引な手も使えるが、他領ではそうもいかない。なんとかして我が領にいるうちに問題を解決してしまいたい。


 そしてもう一つ。十日後にある王都でのセレモニーで、儂が精霊魔法を披露することになっている。精霊との契約を破棄された今の儂では精霊魔法を使えない。


 精霊に契約を破棄されたとバレれば、我が家は終わりだ。十日後のセレモニーは病で欠席したとしても、ずっと病欠では不信を招く。我が家は儂に妻など六人も精霊と契約に成功したことになっているからな。全員病欠ではあまりにも不可解だ。


 クソッ! こんなことなら侯爵になるために欲をかかねばよかった!


 カシャカシャ……!


「ええい! うるさいぞ! 気が散る!」

「旦那様、さすがにそれはひどうございます」

「はぁー……」


 儂はファビアンの言葉に不満を溜息と一緒に吐き出し、冷静であることを心掛けた。


「そうだな、すまん。いい考えが浮かばず、苛立ちをぶつけてしまった……」

「いえ。しかし、戦力で敵わぬ以上、懐柔策しかないように思いますが……」

「無理だ。儂だって検討しなかったわけではない。だが、『精霊の愛し子』を強引に奴隷にしたのは儂だ。その後も我が家で『精霊の愛し子』を独占するために、普通の奴隷として接してきた。恨まれていることだろう。ここからどうやって懐柔するというのだ?」

「難しいことはわかっています。しかし、やらねばお家の未来がありません。ようは、『精霊の愛し子』を独占しようとしたこと、そして、旦那様が精霊との契約を破棄されたことが露見しなければよいのです。この際、お家で『精霊の愛し子』を独占するのは諦めましょう。むしろ、『精霊の愛し子』を見つけ出したということを旦那様の功績とするべきです」

「ふむ……」


 『精霊の愛し子』を敢えて表に出すのか。たしかにそれなら今より打てる手は多くなる。それに、儂の功績にもなる。侯爵位にも手が届くかもしれん。しかしそれでは……。


「儂は『精霊の愛し子』を奴隷にして独占しようとしたことが露見してしまうではないか」

「旦那様、どのみち『精霊の愛し子』を懐柔せねばなりません。こちらの提示できる最大限を提示しましょう。旦那様と同等、いえ、旦那様以上の待遇を与えるのです。そうして、奴隷であった過去を、旦那様が精霊との契約を破棄された事実を秘匿してもらうように頼み込むしかありません」

「なるほど……」


 それで敢えて『精霊の愛し子』を表に出すのか……。


 独占が最上だが、ファビアンの言う通り、それはもう諦めよう。これ以上欲をかいて苦しみたくない。


 それに、この策ならば、なにより大切な時間を稼ぐことができるかもしれない。


「旦那様、奴隷に頭を下げるなど忸怩たる思いがおありでしょうが、すべてはお家の為です。ご決断を」

「……わかった」


 普通の奴隷に頭を下げるとなれば憤死ものだが、相手は『精霊の愛し子』だ。頭を下げることには抵抗はあるが、致し方無い。


 こうなったら派手に歓待してやろうではないか。




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