第7話 食べる楽しみ

 ジュウッという肉の焼ける音と、スパイスの香ばしい匂い。


「おいひい……」


 僕は屋台の連なる街の広場で肉の串焼きを二本買って、その一本を頬張っていた。


 テオドール様たちがたまに買っていたんだけど、僕は食べたことなかったんだよねぇ。こんなにおいしかったんだ。


「ジルたちも食べる? おいしいよ」


 僕は持っていたもう一本の串焼きをジルに差し出すと、ジルたちは困ったような顔をしていた。


<たしかにいい匂いだけど、これって生き物の死骸を焼いたものでしょ? そんなの食べて大丈夫なの?>

<わたくしたち精霊は基本的に食事を取りませんので……。少し勇気が必要ですね>

<ん……>

<クア……>

「そうなんだ……」


 たしかに食事している精霊って見たことないかも。


「まぁ無理にとは言わないよ」


 差し出した串焼きを引っ込めようとすると、シーネが待ったをかけた。


<ですが、せっかくリュカに勧められたのです。わたくしは食事に挑戦します! たしかに精霊には食事は不要ですが、食事によって魔力を吸収する方法もあるにはあるのです。せっかくできるのですもの、何事も挑戦ですわ!>

<シーネ!? 本気なの!?>

<ノア、も……>

<ノアまで!?>

<クア!>

<あなたまで挑戦するの!? わ、わかったわよ! あたしも食べる!>


 なんかみんな決死の覚悟で食事に挑戦することになってしまった。ちなみに食べることができない水の精霊と土の精霊はくるくる回ったりしている。応援しているのかな?


 シーネが串焼きの肉をスパッと切り取り、ジルたちに分けていく。


<では……!>

<ん……!>

<あたしだって、やる時はやるんだから!>

<クア!>


 なんかゴブリンを相手にしている時よりも緊張してない?


 そして少しの間、決意を固めるための時間が流れ、みんな一斉に肉を口の中に入れた。


 もぐもぐと時間が過ぎること少し。


<クア! クア!>


 火の精霊であるトカゲが目をキラキラさせて鳴いている。喜んでいるみたいだ。おいしかったのかな?


「もっと食べる?」

<クア!>


 僕は串焼きの肉を一つ取ると、火の精霊の前に置いた。


 火の精霊は飛びつくように肉をむしゃむしゃ食べている。気に入ってくれたみたいだ。


 それとは対照的なのがシーネたち中級精霊だ。


<うーん……。これっておいしいの?>

<どうでしょう? わたくしも初めてものを食べたので、比較できるものがなくて……。マズくはないと思います。ですが、おいしいかと訊かれると……>

<いたい……>


 なんだか微妙な感じだね。串焼きはお口に合わなかったのかな? ノアにいたっては嫌そうな気配がしてるし。


 僕も今日初めて知ったけど、おいしいものを食べるのって幸せだ。できたらみんなにも幸せになってほしいけど……。精霊ってなにが好物なんだろうね? 火の精霊はお肉が好きみたいだけど、精霊によって好みの違いもあるのかも?


「あ、じゃあ今度は果物なんてどうかな? このお肉はスパイシーだけど、果物なら甘いから」


 僕は半分腐ったような果物しか食べたことないけど、それでも甘くておいしかったもんなぁ。あれなら気に入ってくれるかも!


「おじさん! 果物ちょうだい! 甘くておいしいの!」

「あん? ちゃんと金持ってるんだろうな?」

「うん! 持ってるよ」


 僕はゴブリンの右耳を換金して手に入れたお金の入った革袋から、銀貨を一枚取ってみせる。


「あるのか。今の季節ならこれが旬だな。甘くてうまいぞ」

「ありがとう! これどうやって食べるの?」

「今から食うのか? なら剝いてやる」

「ありがとう!」


 簡素な服を着た村人風のおじさんに剝いてもらった名前も知らない果物は、汁気たっぷりですごく甘い匂いがした。おいしそうだ。


「シーネたちもよかったら食べてよ。すごくおいしそうだよ」

<リュカが用意してくれたんだもん。あたし食べる!>

<そうですね。リュカの好意を無にはできません>

<ん……>


 またスパッとシーネが果物を手刀で切り取って、ジルたちに分けていく。そして、意を決したように口に入れた。


<クア! クア!>

「気に入った?」

<クア!>


 火の精霊はまたまた気に入ってくれたみたいだ。僕は小さな一切れを取ると、火の精霊の前に置いた。勢いよくむしゃむしゃ食べるトカゲの姿を見ていると、なんだかかわいく見えてきて、その頭を人差し指で撫でた。


<クア~>


 そして肝心のシーネたちはいうと……。


<なにこれめっちゃおいしい! これがおいしいってやつね!>

<わたくしも先ほどの焼いた死骸よりも好みです。なるほど、これがおいしいという感情ですか>

<うま……>


 どうやら今度は三人とも気に入ってくれたみたいだ。僕も嬉しいよ。


 食べることができない水の精霊と土の精霊がちょっと寂しそうだった。シーネの話では、二人も中級精霊になれば食べることができるらしいので、早く進化してほしいなぁ。


 こうして食事を終えた僕たちは、今まで食べて見たかったけど食べられなかった大量のご飯や果物を買って旅の準備を終えた。


 でも、出来合いのご飯ばっかり買っちゃったけど、これでいいのかな? シーネが秘策があるとか言っていたけど……。まぁ、シーネの言うことだし、大丈夫だよね。


<さて、街を出るまでは決まりましたが、目的地はどこにしましょうか?>

「うーん……。そうだなぁ……。王都、とか?」

<いいですね。ではこの国の王都に行きましょう>

<ん……>

<王都ねー。それじゃあこっちよー>


 こんな簡単に旅の目的地を決めてよかったのかな?


 そんなことを思いながら、僕はジルの先導で街を出た。




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