第8話 バダンテール伯爵の憂鬱
「このバカ者どもがああああああああああああああああああああああああああ!」
事の顛末を知った儂、エマニュエル・バダンテールは吠えた!
伯爵位の高位貴族である儂が感情を露わにするなど滅多にないことだ。だが、今回ばかりは吠えずにはいられなかった。
儂の書斎には、妻のコランティーヌと家令のファビアン、そして最初に問題を起こした『虹の翼』の面々がいた。なぜこうも揃いも揃ってバカばかりなのだ。頭が痛い。
「しかし、父上! あの小汚い奴隷は我々をバカにしたのです! それ相応の罰が必要ではありませんか! それなのにこのようなことをして……! 許せるはずがありません!」
「そうですよ、あなた! 汚い奴隷ごときが伯爵家嫡子のテオドールちゃんをバカにするなど許されるはずがありませんわ。テオドールちゃんは正しいことをしようとしたのです。それを今まで育ててやった恩を忘れた薄汚い奴隷が、こともあろうにこんなことをするなんて! テオドールちゃんの言う通り、今すぐ処刑するべきですわ!」
「お前は黙っていろ!」
儂は執務机を叩いてぶくぶくに太った妻を黙らせる。
クソッ! 侯爵家の出でなければ、こんなバカな妻は即時捨ててやりたいくらいだ! いつもこの儂に上からものを言いおって……!
「いいか、テオドール。貴様は決してやってはならんことをしたのだ。あの奴隷の代わりにお前を処刑してやりたいくらいだ!」
「ち、ちちうえ!?」
「まあ! なんてことを言うのですか! あなたはそれでもテオドールちゃんの父親ですか!」
「ファビアン! この女を連れていけ! これでは話が進まん!」
「かしこまりました。どうぞ奥様、こちらへ」
「ファビアン! 腕を掴むのはやめなさい! いたたた!? 痛い!? ちょ、ちょっと!?」
ファビアンが妻を外に連れていき、ようやく書斎の中が静かになった。
バカ者が。子どもなどまた作ればいい。それよりも『精霊の愛し子』を優先するのは当たり前だ。
「テオドール、貴様ら『虹の翼』のバカさ加減にはもううんざりだ」
「ち、父上、私のなにが不満だというのですか!」
ここに至ってもテオドールはまだ事の重大さがわからんらしい。その妻と同じくぶくぶくに太った醜い体ではなく、頭に栄養を行き届かせろ!
「その知恵の足らんところだ。テオドール、貴様は風の精霊と契約していたな?」
「はい……」
「なぜ風の精霊と契約できたと思う? 『精霊の愛し子』がいたからだ。『精霊の愛し子』がいたからこそ、お前は風の精霊と契約できた。他の皆もそうだな?」
「「「「はい……」」」」
テオドールたちが面白くなさそうに頷く。
利益よりも自分の感情を優先する無能どもめ!
「『精霊の愛し子』には、人と精霊を契約させる力がある。その価値はバカなお前でもわかるだろう?」
「はい。ですから私は、私たち以外に精霊と契約する者が生まれないようにあの奴隷を処分しようとしたのです! 独占することでさらに価値が高まります!」
「その結果どうなった? 皆が精霊との契約を破棄され、命の危機に陥った。その責任をどうとるつもりだ?」
「せ、責任!? 私の責任なのですか!?」
「お前がリーダーなのだから当たり前だろう」
「そんな!? 私よりもクレマンスの方が奴隷を嫌っていました!」
「お兄さま!? で、でも、最初に奴隷を殺そうと言い出したのはパドリックですよ!」
「お、俺は、アデライド様が奴隷を嫌っているので、殺そうとしただけです!」
「パドリック!? なんてことを言うのですか!?」
『虹の翼』の面々が、お互いに責任を擦り付け合っている。非常に醜い光景だ。
これが自分の血族なのかと思うと涙が出そうだ。
「もういい、黙れ。もう出ていけ。追って沙汰を知らせる」
儂は頭痛を堪えて醜い争いを終わらせた。
「父上、私は!」
「出ていけ。もう話もしたくない」
「はい……」
消沈した様子のテオドールたちが部屋を出ていくのを見ながら、儂は考えを巡らせる。
我が国は、土の大精霊様と契約している。だから、我が国の作物は豊作であり、それを他国に輸出することで富と地位を築いているのだ。それ故に、我が国の精霊への信仰は高い。精霊との契約を成功した者には一代限りの貴族位を授けるほどだ。
そんな国で精霊の信用を失い、契約を一方的に破棄されたと知られたらどうなる?
しかも、『精霊の愛し子』を秘匿し、自分たちだけ繁栄を享受しようとしていたと知られたら?
そんなの火を見るよりも明らかだ。お家取り潰しもありえる。
「旦那様、ただいま戻りました」
「ファビアンか……。どうだった?」
「仕向けた追手ですが、すべて強烈な光で目を潰されたようです」
「『精霊の愛し子』の行方は不明か……」
「ただいま手の者に住民たちへ聞き取り調査をしています。おそらく所在はわかるでしょうが……」
「居場所がわかればいい。すぐに追手を差し向けろ。絶対に我が領を出る前に捕まえるんだ」
儂の指示に、ファビアンが珍しく情けない顔を浮かべた。
「旦那様、目標の確保は容易ではありません」
「なぜだ? 相手はただの奴隷だろ? 他家に勘付かれるかもしれんが、軍を差し向ければ、たとえどれほどの手練れだろうと確保できるだろう? 他家への言い訳は、軍事演習だとでも言っておけばいい」
「無理です、旦那様。怒れる六体の精霊を領軍だけで倒せますか?」
「六体の精霊? ファビアン、何を言ってるんだ? 人が精霊と契約できるのは一体が限界だろ?」
たしかに精霊は強力な相手だ。だが、一体の精霊ならば……。
「それが、『精霊の愛し子』は規格外のようでして……。少なくとも闇の精霊と光の精霊とは契約しているようです」
「に、二体……だと……?」
儂自身も闇の精霊と契約していた身だ。その強さはわかるつもりだ。二体の精霊を使役しているとなれば……。
「旦那様、考えたくはありませんが、相手は六体の精霊と契約していると想定するべきです……」
ファビアンが恐れを含んだ震えた声で進言した。
「は、ははは……」
六体の精霊? そんなの勝てるわけがない。 どうすればいいんだ?
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