第3話 奴隷からの解放
「旦那様がお倒れになったぞ!?」
「奥様もです!」
「坊ちゃまもお嬢様もお倒れになっているだと!?」
「なんてことだ!?」
バダンテール伯爵の屋敷は、ハチの巣をつつきまわして壊してしまったような大騒ぎだった。いきなり当主とその奥様が倒れたのだから無理もないね。ついでに当主の息子であるテオドール様たちも倒れているし、バダンテール家は完全に機能不全になっていた。
そんな大騒ぎの伯爵家の屋敷の中を、僕はある人を探してふらふらしていた。
こんな一大事に奴隷に構っている余裕はないのか、咎められたりはしなかったのは幸いだった。
<次の角を右に曲がるといますよ>
「わかった」
僕は肩にトカゲ型の火の精霊を乗せて、胸の前でハニワ型の土の精霊を抱きしめるようにして、シーネの指示に従って歩いていく。
ちなみに初級精霊である火と土と水の精霊はまだしゃべることができないらしい。なので、僕は彼らの名前をまだ知らないのだ。
僕の腕の中で嬉しそうにダンスするハニワを抱きしめながら、僕は廊下の角を右へと曲がった。
「すぐに治療班に連絡を! 在野の者にも出動を命じなさい! バダンテール家の一大事です! 金に糸目は付けません! 冒険者にも声をかけなさい!」
「「「はっ!」」」
廊下を曲がると、周囲の人々に指示を出している目的の人がいた。燕尾服を着こなした品のいい初老の男性。バダンテール家の家令、ファビアン様だ。僕はさっそくファビアン様に声をかける。
「あの、ファビアン様。少しお話があるのですが……」
「リュカ? 今は奴隷なんぞにかまっている暇はありません!」
「重要なお話なんです」
「いい加減にしないと衛兵に……」
「テオドール様たちが突然意識を失ったことと関係があります」
「なに!? 早く話しなさい! いったい何があったのですか!?」
ファビアン様が僕の肩を掴んで前後にゆすってきた。
「あ、あの、ここでは少し……」
「他聞をはばかるのですか? こっちに来なさい」
ファビアン様は、僕を近くの部屋に押し入れると、怖い顔で僕を見た。
「それで? 旦那様たちはどうして急に意識を失ったのですか? 知っていることをすべて吐きなさい」
「はい……。まず、旦那様たちが意識を失ったのは、精霊たちのせいなんです」
「……は? 精霊? 君は何を言っている?」
「旦那様たちと契約していた精霊たちが、テオドール様たちの僕への扱いに怒って一方的に契約を破棄してしまったみたいで……」
「そんなことが……!?」
僕はシーネの考えてくれたシナリオ通りにファビアン様に現状を伝えていく。もちろん、僕たちの都合がいいようにだ。
「精霊たちは怒っています。自分で言うのも恥ずかしいですが、僕は精霊たちのお気に入りです」
<お気に入りじゃなくて彼氏だけどね!>
茶々を入れてくるジルを無視して、僕はファビアン様に話を伝えていく。
ジルはシーネとノアに頭を叩かれていた。
「なので、テオドール様たちの僕への扱いに怒ってるんです」
「そんなことが……。ですが、君はバダンテール家の奴隷だ。奴隷が主人に逆らうのなら死罪ですよ? そのことを精霊に話して、理解してもらいなさい。そして、旦那様たちをすぐに元に戻すのです」
「無理ですよ。そんな人間の常識なんて精霊たちには関係ありません。契約だって一方的に破棄できるくらい精霊は強いんですよ? 本当はすぐにでもこの屋敷を破壊しようとしていたのを必死に止めてもらったんです。これ以上は……。精霊たちの要求は一つだけです。僕の奴隷からの解放。それだけです。それができたら、旦那様たちの魂は返すと言っています」
「奴隷からの解放……。魂……。無理です。私にはその権限がありません。旦那様に確認を取る必要があります。そのことを精霊に話して旦那様の魂を返してもらいなさい」
<リュカ、譲歩してはいけませんよ>
<ん……>
僕はシーネとノアに頷くとファビアン様を見た。
「譲歩はないと言っています。ファビアン様は家令ですから、僕の奴隷の契約書の場所を知っていますよね? それを燃やしてくださればいいんですよ。期限は今日のお昼までだと言っています」
「お昼……。それはいくらなんでも……。リュカ! これが最後のチャンスです。早く旦那様たちの魂を解放しなさい! でなければ、君を主人への反逆の罪で死罪にしますよ!」
交渉は諦めたのか、ファビアン様が怖い顔で僕を見ていた。その手には本が握られており、ファビアン様が魔術を使おうとしているのがわかった。ファビアン様は本気だ。
「無理ですよ」
「なにが無理だというのですか!? 私は本気で――――!?」
瞬間、ファビアン様の持っていた本が灰になった。たぶん、ノアの魔法だ。
「ありがとう、ノア」
<ん……>
「ファビアン様、僕は今、精霊たちに守られているんです。六人もの精霊と戦争するおつもりですか?」
「く……ッ。わ、わかった。リュカの奴隷契約の書類は破棄する。しかし! 必ず旦那様たちの魂を返すように!」
ファビアン様が悔しそうな声をあげ、睨みつけるように僕を見ていた。
しかし、他に手はないのか、ファビアン様と一緒に旦那様の書斎に移動すると、隠し金庫に仕舞われていた僕の奴隷契約の書類を目の前で破棄してくれた。
これで僕は自由だ!
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