1-5

「さっそくバリアを突破してきたか。詩情が足りなかった」

「ど、どうするんですか」

「悪魔がこちらに渡れるのも数の限界がある。おそらくあれを撃退すればしばらく安泰だ。つまり……何とか頑張る」

「え、やばい企業みたいな目標ですね……」

「やらなければやられるぞ。いいか、奴らは対象の周囲を破壊する」

「そ、それは嫌だなあ」


 たいして好きじゃなかった体育館だけど、壊されると想像すると護りたくなってきた。ダサいけど。網のクズが落ちてきて汚いけど。詩情とはそういう、消えたり汚れたりするもののことかもしれない。

「んー、疲れちゃった」

 中道さんがぐったりしていた。どうしたんだろう。

「大丈夫? 保健室行く?」

「ありがと。ちょっとプレッシャーが」

「動画上げてる中道さんでもそうなんだね」

「だって私が何とかしなくちゃいけないから……」

 んん? つまり僕が頼りないってことだよな?

「僕に任せてよ。今度の詩は大丈夫!」

「だめ。さっきだって自信あったんでしょ。今のうちに次の詩を作っておいて。世界を救うために!」

「話が大きくなってる」

 中道さんはよろよろと立ち上がると、腰に手を当てて構えた。でかい悪魔は先ほどよりも近付いて、こちらを見下ろしている。鋭く長い角と、牙。鬣のような、なびく髪。怖い。

「大丈夫なのか」

「まっかせなさい!」

 ムルサイセイヌに頷いた後、指を天に向けて中道さんはびしっとポーズを決めた。



「迷い



(作・踊り セントラルポエマー)


傷を知った日に

鳥は

迷って

迷って

月と

愛を目指して

飛んでいった」



 中道さんはどや顔で締めのポーズを決めているが、ムルサイセイヌは渋い表情をしていた。

「内容は悪くない……が……言葉が軽かった」

「ええっ」

「詩はテキストだけのものではない。上手くやろうとしたことが裏目に出たな」

「そんなあ。自信あったのに」

「その詩情で、できることをするしかないな」

 ムルサイセイヌは何やら詠唱を始めたが、悪魔も同様だった。

「え、あっちもなんだ!?」

 僕は驚いていたけど、中道さんはもうそういう気力もないらしい。

 ムルサイセイヌの手から、赤と白の光が渦のように放たれた。悪魔めがけて飛んでいくが、悪魔からも黒い靄が放出されている。雨雲のような黒い影。すごい魔法っぽい。

「やはり押し負けるっ」

「だ、大丈夫なんですか?」

「まあ、私は神だから何とかなる。が、お前らはやられるかもしれない」

「えっ、建物だけを破壊するのとかそういうのではないんですか!?」

「そんな都合のいい魔法はない!」

「ぼ、僕にできることは……」

「鮮度の高い詩を詠め!」

 そう言われても、即興詩は創ったことがない。いつも推敲に推敲を重ねているのだ。だいたいなんの詩を詠めばいいのか……

「今の思いを素直に語ればいいのっ」

 中道さんが叫んだ。僕は、覚悟を決めた。

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