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「しかし驚いたな。学校に詩を読める大人がいないとは」
「じゃあおば……ムルちゃんのとこにはいたの?」
「神とは詩を読む者のことだ。世界は詩によって始まり詩によって作られる。詩の力で魔法は生まれ、詩の言葉で形作られる。神にとって詩とは瞬きのようなものだ」
「すごーい」
「私も様々な土地に行ったが、学校に行けばだいたい詩を読める大人がいた。詩作は教養ある大人の証でもあるのだ。この国の教師には教養がないらしいな」
言いながら、ムルサイセイヌの視線は中道さんとは違う方向に向かっていた。つられて見るけど、そちらにあるのは体育館である。
「何か気になるんですか?」
「悪魔は詩情にあふれたもの、詩情を導くものを破壊しに来る。ここにはそういうものがあるということだ。で、あちらから感じるのだよな、詩情の泉を」
「あっちって、体育館じゃね? まあ、へんてこではあるけど」
「へんてこ? 確かに異様な柄だな」
そう、うちの体育館は他の学校と少し違うのだ。いや、少しじゃないかもしれない。いたるところに網が使われていて、本当にへんてこな建築なのである。中身はいたって普通の体育館なので、普段はあまり気にならなくなったけど。
「でもあれがなんでなん? あれで詩を書こうと思ったことないけど」
「聞いたことある。あれを設計した
「なるほど。それは匂うな」
尾亜の作品は世界的に人気が高い。ただ、あの体育館はすでに網がところどころ剥がれ落ちたり、雨漏りしたりと使っている僕らからすると、あんまりいい印象ではない。「役に立たないものを作る」という意味で詩人と言われているならば、ちょっとへこむ。
「そうだとすると、あれを壊しに来たんですか?」
「そういうことになるな。……ちょっと待て、それほどの建築家ならば、この国中に建物があるのではないか?」
「そりゃまあ」
「まいったな。他の連中も詩人を見つけるのに苦労しそうだ」
どうやら女神様というのは何人もいるらしい。そうするとこの人は当たりなのか外れなのか?
「ちゃんとこの国にも詩人はいっぱいいるんですよ」
「本当に『ちゃんと詩人』なのを期待するしかないな。お前もまだ成長過程だ。詩情を紡げるようになるのを期待するぞ。さあ、案内してくれ」
「え?」
「あれに向かうぞ。悪魔たちが狙いに来るとしたら、あそこで待つのが適当だ」
完成当初は、体育館だけを観に遠くから訪れる人もいたという。世界中に熱心な尾亜ファンがいるのだ。
と、校長先生が得意げに話すのを何回も聞いた。
「ううむ、いいな」
ムルサイセイヌはうっとりとしている。どうやら気に入ったようだ。
「そっかなー」
中道さんは不満そうだ。好みではないらしい。
「詩とは好き嫌いがわかれるものだ。その意味ではこの建築には確かに詩を感じる」
「そういうものですか」
「これを壊しに来たので確定だろう。もう少し力を貸してもらうぞ」
「あれ、もう来てるんじゃない?」
中道さんの指さす先には、巨大な黒い影があった。先ほどの倍以上の大きさの悪魔が、こちらを向いていた。
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